「あの娘が居なくなった?」
収容所からそろそろ次の目的地である、王族の血を引く者が囚われているらしい小都市に向かおうかという頃、モモンたち王国冒険者の世話役を任命されていた従者ネイア・バラハが収容所から姿を消した。という話が飛び込んできた。
「らしいな。元々ただの従者だったからな。戦いが怖くなって逃げたんじゃないか?」
きっぱり切り捨てるイビルアイだが、ラキュースは疑問に思う。
あまり長く話したわけではないが、彼女の国を思う気持ちは本物だと思っていたからだ。
「ふむ……そうは見えなかったがな」
腕を組んだままそう言うモモンに、ラキュースも同意した。
「モモンさんもそう思う? 私も同感。もしかして例のこの中に紛れ込んでいるかもしれない裏切り者の仕業なんじゃ……」
「モモン様の言っていた幻術で悪魔が解放軍に紛れ込んでいるかもしれないという話か。グスターボは秘密裏に確かめたが少なくとも上層部には居なかった。と言ってはいたが、どうだかな。知り合い同士で確かめさせようにもそいつら全員が悪魔という可能性もあるしな」
大っぴらに調査すると、隠れている悪魔に気づかれるからと、大規模な調査は行われていない以上、安心はできない。
「どちらにせよ。今まで同様、何か思いついたことや気づいたことがあっても、まずは我々だけで共有した方が良いだろうな」
モモンの言葉にラキュースとイビルアイは同時に頷く。
モモンが幻術による悪魔が潜入した可能性を指摘してから、蒼の薔薇の五人にモモンを加えた六人はそれぞれが何か気づいたことや疑問があっても、直ぐに聖王国側には話さず、先ずは六人で情報を共有しあった後、改めて聖王国に伝えるか決めることにしていた。
効率は落ちるが安全面を考えるとこうした方が良い。とモモンが強く推したためである。
あれだけの強さを持ちながら驕ることなく、慎重に行動するモモンの考え方は、常になにがあるか分からない、未知という名の冒険をくぐり抜けてきたが故のものであり、蒼の薔薇としても大いに勉強になる。
「しかしそうなると、例の都市には王族なんて居ないんじゃねぇのか?」
黙って話を聞いていたガガーランが口を開く。本当に解放軍の上層部内に悪魔がいた場合、次の目的地である王族がいると目されている小都市も敵の罠である可能性があるという意味だ。
「かと言って私たちが提案したところで証拠があるわけでもないし、責任も取れないもの。その可能性を頭に入れて行動するくらいしかできないわね。でも前回のことがあったから、少しはやりやすくなると思うけど……モモンさん。体の調子はどう?」
「ああ。元から怪我を負ったわけではないから、そちらは問題ない。問題なのは──」
魔法の力によって見た目より遙かに多くのアイテムが収納されている雑嚢に目をやるモモンに、イビルアイが反応する。
「例のアイテムか。全くあの女のせいで、厳しくなったな」
「カストディオ団長には少し言い過ぎたかも知れないが、何度もああ上手くいくとは限らないからな」
この収容所を取り戻すための戦いで、人質を取った亜人を前にレメディオスが一人の犠牲も出さない方法を強要しようとし、軍全体が混乱した時のことだ。
いち早くそれに気づいたモモンが魔導王の宝石箱から渡された多数のアイテムを使用し、蒼の薔薇も全力で協力したことにより、なんとか死者は出さずに済んだが、その時にモモンが告げた言葉によってレメディオスはすっかり大人しくなった。
聖王国に雇われている以上、ある程度は向こうの命令で動かなくてはならないことも踏まえ、モモンがあの場面で救出に動いたことに間違いはないと思う。
その上で今回限りだと言わなければ、今後もレメディオスの無茶な命令を聞かなくてはならなかったことからも、あれでも言い過ぎだとも思わない。
それを告げようとして、先にガガーランが口を開いた。
「いや、あの女の言っていることは正論だけどよ、この状況では無茶が過ぎるからな。言って良かったと思うぜ? できることとできないことの区別くらいは付けてもらわないとこっちの命が危ないからな」
ラキュースの考えていたことを代弁するかのようなガガーランにティアが続く。
「トップがおかしいと全体が混乱するのは、良くあること。諫められる人が諫めるのが良い」
「そうね。モモンさんのしたことは間違っていないと私も思う。だからあまり気にしないで」
「そうか──済まないな、気を使わせた」
「な! いや、私もそう思っていたぞ。あの女に釘を刺したモモン様の行動に間違いはないと」
イビルアイが慌てたように付け足すと、ティナがイビルアイの肩に後ろから手を置いた。
「そう言う私も気づいてましたアピールは逆効果」
「本当にそう思っていたんだ!」
「まあ、イビルアイは置いといて。いい機会だから聞いておきたい。モモンがあの時言ったゴウン……殿が居ればもっと楽に制圧できたというのは本当? そんなに強いの?」
ティアがもう片側の肩に手を置きながらイビルアイを宥めつつ、これ幸いとモモンに問う。
その瞬間、モモンの態度が一変する。
「勿論だ。アインズ様はその強さもさることながら、冷静に物事を判断する力や全てを見通すほどの叡智を備えたお方。もしこの場に居れば、それこそカストディオ団長が目指した正義を完璧に体現されたことだろう」
普段は寡黙で冷静なモモンだが、ことこの話題になると途端に反応が変わる。
以前ラキュースが礼節を教えた時と同様に、微笑ましさすら感じる態度だ。
それだけアインズのことを尊敬しているのだろう。
ドラゴンを一刀両断する離れ業を見せつけたモモンとアインズがそこまで強さに差があるとは思えないが、確かに戦士であるモモンより、数多の魔法を使えるアインズの方があの場面で打てる手が多いのは事実だ。
モモンはそれを言いたいのだろう。
自分と同じ
ヤルダバオト討伐という依頼の最中であり、聖王国の民からすれば未だ地獄の真っ只中にいるというのに、不謹慎ではあると頭では理解しているのだが、こうしてモモンと行動を供にし、彼の強さや知識、アインズのことを自慢げに語る時に見せる子供らしさなど、彼の知らない面を知れるのが、楽しいと感じている自分がいる。
アダマンタイト級冒険者チームが合同で仕事をすることなどそうはない。
あるとしても、今回のようなよほどの大事件が起きたときだろう。
それでなくともモモンのアインズへの崇拝と言っても良いほどの強い信頼を見るに、今後魔導王の宝石箱と王国の関係が更に悪化すれば、王国の貴族でもあるラキュースはたとえ仕事であってもモモンと会えなくなるかも知れない。
だから今ぐらいは、この時間を大切にしよう。そんなことを考えながら、ラキュースは未だ止まらぬアインズへの賛美を語るモモンを見つめた。
・
アベリオン丘陵。
多様な亜人の部族が住まい日夜争いを続けている土地。聖王国と関係が深く、ネイアの知る聖王国の歴史はこの丘陵に住まう亜人との戦いの歴史だとも言える。
その最たるものが、ヤルダバオトに破壊された全長百キロにも及ぶ巨大な城壁であり、それが造られるまで聖王国は何度も亜人たちの襲撃を受け、甚大な被害がもたらされていた。
ネイアの父もその場所の防衛をしている最中、ヤルダバオトによって殺されたと聞いている。
その意味ではネイア個人にとっても因縁の場所であり、現在は亜人に占拠されている城壁を乗り越えなければアベリオン丘陵には入ることができない以上、アインズがアベリオン丘陵に向かうと言った時、ここが最も大きな障害になると思われた。
しかし──
「ご、ゴウン様」
目の前の風景が一瞬にして切り替わり、ネイアは目の前に立つ仮面の
「なんだ?」
「ここはいったい──」
「エイヴァーシャー大森林とアベリオン丘陵の境目と言ったところか。ここからでは目視はできないだろうが、少し北に進めばすぐにアベリオン丘陵に出る。ここを前線基地として作戦を立てよう」
「は、はぁ!? ということはここは既に聖王国では無いのですか?」
思わず声を張り上げる。
改めて周囲を見回すと木々が頭上を茂りまだ昼間だと言うのに薄暗い。地面も足場が悪く所々に闇だまりがあるほどだ。これは確かに深い森特有の景色に違いない。
しかしなぜか、この一帯だけに平らな地面が存在しており明らかに不自然だ。
これがあったからここを前線基地に決めたのか、あるいは何かの魔法の力かも知れない。
こんなに広範囲ではなかったはずだが、
「そうなるな。一応エルフの王国の領土になるのだろうが、今奴らは法国との戦争で忙しく、こんな北方まで出てくることは無いだろう。安心して良い」
こともなげにアインズは言う。
確かに元々転移魔法という空間を移動して一瞬で長距離移動する魔法を使うと聞いてはいたが、ネイアがあれほど神経をすり減らしながら移動した国境線をあっさり越えて聖王国を出ることになるとは。
てっきりそうした斥候の役割をネイアに期待しているのだとばかり思っていたから些か拍子抜けした気分だ。
(これが転移魔法、私の苦労はいったい……いや、考え方を変えるのよ。これほどの力があるなら、確かにヤルダバオトを倒せるかも)
「では取りあえず拠点を造ろう」
「あ、はい。私もお手伝いします! テントや天幕はどちらに?」
そう言った物を持っているようには見えないが、ネイアが今も傷一つ付けてはならないと大事に持っているこのアルティメイト・シューティングスター・スーパーを取り出した時のように、どこかに収納しているのでは。と考えたのだ。
斥候として役立てないのならばせめてこれぐらいは自分の仕事だろう。
「ん? ああ、いや必要ない。そもそも天幕は持ってきていないのでな。バラハ嬢には魔法の力がどれほど信頼の置けるものなのか、見てもらおうではないか」
(十分見ましたけど)
とは口に出さない。
アインズは不自然に拓けた土地の前に立つと手を持ち上げる。
「<
そう一言呟くと、何もなかった空間に突如として巨大な影、いや巨大な塔が現れた。
頭上の木々を押しのけて伸びた塔の高さまでは分からない。
両開きの扉は鋼鉄製で、壁面にはよじ登って進入するのを防ぐ為か、無数の鋭いスパイクが飛び出している、その塔はまさに要塞と呼ぶに相応しい。
これほどの建物を造ろうとすれば、どれだけの時間と人手、そして予算が必要になるか想像もつかない。
それを一瞬で作り上げる。
ネイアは魔法は使えないが、それでも知識として魔法のことも勉強している。
魔法は便利だが万能ではなく、対抗策が存在しているというのが定説だが、これはそんなレベルではない。
魔法が万能でないのは単に術者の力量不足であり、真に強大な力を持った
そう思えてならない。
「では行こうか」
これほどの魔法を行使したというのに、アインズは疲れも見せず歩きだす。
アインズが扉の前に立つと扉が自動的に開いた。
「シズ、中に。バラハ嬢も入りたまえ」
「……はい」
「は、はい!」
返事をしつつ、魔法が生み出した要塞に恐る恐る足を踏み入れた。
その後、現在地の確認や、アベリオン丘陵に住まう亜人たちの種族や特徴、済んでいるとおぼしき場所の確認、そしてその中で聖王国に攻め込んできた、つまりはヤルダバオトに服従している亜人の情報などをネイアが話し──本来は機密であり他国の人間に話すことなど許されないのだが、今はそんなことを言っている場合ではない──本格的な調査は明日からと告げられて、ネイアは要塞の一室を貸し与えられ、そこで休むことにしたのだが。
「広すぎて落ち着かない……というか、凄すぎるよ。これ本当に魔法なのかな……」
外から見るより広く巨大な空間は魔法の力で拡張されていると聞いている。確かに魔法の防具などはサイズに関係なく身に着けられることを考えると、そうした力があっても不思議はないが、それにしても大きすぎる。
こんな力は人、いや英雄譚に登場する英雄だってできない、神話の領域にすら思える。
だが同時に確信した。
彼女の祖国、聖王国を救えるのはあの偉大な
この力があれば例の収容所を無傷で制圧できたという、モモンの言葉も偽り無く、レメディオスが掲げる聖騎士としての正義を実行することも容易いに違いない。
しかしこれだけの力がありながら、確実に倒すことができないと語るヤルダバオトも、きっと恐ろしい存在なのだろう。
力を持つことと正義を成すこと。
それらは同一のものではないが、力を持っていれば正義だろうと悪だろうと誰にも止められずに実行できるのもまた事実だ。
レメディオスがあの場面で聖騎士に効率ではなく理想の正義を成すように命じ、一時は撤退させる命令を出せたのも彼女が聖騎士の中で最も立場が上だから、そしてその立場に就けたのは彼女が強いからだ。
モモンよりも更に強いアインズなら、レメディオスが未だ捨てきれず、モモンや蒼の薔薇ですら完璧に実行できなかった本当の正義をなせるのだ。ということはやはり正義とは力のことなのか。
だがそのアインズと同等の力を持つというヤルダバオトは正義ではなく悪を成している──
思考が混ざり合い、考えすぎて頭の中がグチャグチャになっていくのを感じる。
(少し外に出てもいいかな?)
深くため息吐き、綺麗なベッドを汚すことはできないから。と部屋の隅で丸くなっていたネイアは立ち上がり、こっそりと部屋を出た。
一階の一室を借りたネイアだが、アインズがいるのは最上階、そしてメイドのシズも同じ階にいることだろう。
ならば一階のホールには誰もいないはずだ。と考えて外に出た瞬間、未だ明かりが消えていないホールの真ん中に置かれたソファにシズが腰掛け、ジッとこちらを見ていた。
「ひゃ!」
「…………どこ行くの?」
「ど、どこって少し外の空気を吸いたいと思いまして……」
「…………外は駄目……夜の森は危ない」
一部の隙もない正論だ。
夜の森の怖さは父親から何度も聞かされている。
だから本気で外に出るつもりはなく、ただ頭を冷やすためホールの中でも歩こうと思っただけなのだが。
「あの、デルタ……さんはここでなにを?」
座っていた位置や視線を考えるとネイアが外に出ないように監視していたようでもある。
主の為に怪しい人物を寝ずの番をしてでも監視しようということだろうか。しかし、これだけの力を持った相手にネイア程度がなにをどうしたところで危害など加えられないし、その気も毛頭にないのだが。
「私は寝なくても平気、だからここで待機中」
「寝なくても? ああ、そういうマジックアイテムがあるって聞いたことがあります」
正確には寝なくても良いではなく、眠気を押さえ、体力の消耗を軽減するアイテムらしいが、それでも本職の
これを言っていたのも父だったな。と思い出して少し感傷に浸りそうになるが、今はそんな場合ではない。
すべてはこの戦いが終わってからにしよう。
「……ん。まあそれで良い…………こっち」
「え? あ、はい」
手招きで呼ばれ、大人しく従う。
メイドとはいえ、アインズは彼女をまるで娘のように可愛がっているのは間違いない。
下手に怒らせても良いことはないだろう。
言われるがままシズの向かい側に座らされる。
「…………ネイア、で良かった?」
「あ、はい。そうです。ネイア・バラハです。ネイアと呼んで下さい」
こちらに興味などなさそうだったが、一応名前は覚えてくれていたらしい。
「…………なら、こっちもシズと呼んで良い……ネイアはちゃんとゴウン様と呼んでいるから、見所がある」
「……尊敬しているのね」
口調を少し変える。見たところネイアより年下のようだし、無表情故分かりづらいが向こうから歩み寄ろうとしているようにも見える。あまり堅苦しくしない方が良いだろう。
「もちろん。アインズ様は素晴らしいお方、偉大で完璧、優しくて、正しい」
無表情のままべた褒めするシズの最後の一言にネイアは思わず反応した。
正しい。
ネイアがずっと考え続けていた正義とは、正しさとは何か。あの強大な力を持った
「…………なに?」
「ゴウン様はいつも正しいのですか?」
「……当然。アインズ様はなんだってできる……いつも間違えずに正しい行いをする…………みんな言っている」
それは正解という意味での正しさであり、正義とはまた違うのかもしれない。
だが万人にとっての正解はつまりは正義と同じ物なのではないだろうか。
聖騎士が掲げる正義だって、あくまで人間、それも聖王国の人間にとってだけの正義だ。
そのためなら亜人を殺し、他国の冒険者を使い潰そうともする。
亜人からみれば当然こちらは悪だろうし、他国から見ても正義とは言えない気がする。
立場が変われば正義が変わるのは当然の話だ。
だからネイアもこんなに悩んでいるのであり、素直にアインズこそ正しいと言えるシズが羨ましくも思えた。
「なんだってできる、か。これだけの力を持っていればそうね。何をするにも力が必要なのね」
少し皮肉めいてしまったかもしれない。
事実ネイアはアインズを羨んでいた。
正義を行うには力がいるというのなら、間違いなくアインズにはその資格があることになる。聖王国の誰も持ち合わせられなかった、正義を成す資格だ。
しかし、シズは首を横に振った。
「違う。アインズ様が正しいのは強いからじゃない。アインズ様だから正しい」
きっぱりと告げる。
そこには一部の迷いも存在せず、まさしく断言と呼ぶに相応しい言い方だ。
シズはまだ幼く、他に正義を知らないのだろう。
幼子が両親のやることは絶対に正しいと盲信するようなものだ。
だが何もかもが宙ぶらりんになっている今のネイアにはそれすら眩しい。
「そう。羨ましい」
その思いがそんな言葉を口にしていた。そうやって信じられる物があることが羨ましく思えたのだ。
「…………ネイアにも直ぐにわかる。見所があるから、特別に私が教えてあげる……後続に続く者を導くのは先達としての役目」
ネイアの言葉をなにか勘違いしたのか、口にした言葉自体はまるで妹に教えようとする姉のようだ。
しかし見た目や態度は完全に庇護欲を刺激する美少女であり、どちらかと言えば妹の方がしっくりくるが、だからこそ姉ぶりたい子供のようでますます可愛らしい。
そんなことを考えていたのが、見抜かれたのか無表情のシズの目が明らかに不満を訴えている。
「む。ユリ姉みたいな目。生意気…………でも許す…………よし」
姉がいるのか、と思う間もなくシズは立ち上がるとテーブルを挟んで反対側にいるネイアの側に移動し、ネイアの額に何かを張り付けた。
「え? 何、なにを貼ったの?」
慌てて額に手を伸ばすが張り付けられた、つるつるとした薄く丸い何かは剥がれない。
「お気に入りの証。それがあれば安心」
防御用の魔術触媒か何かだろうか。しかしこんなに小さく薄いのに剥がれない何かが額に張り付いているというのは恐ろしい。
マジックアイテムか何かであれば一生剥がれないかもしれないのだ。
「なんで額に張るのぉ。もっと別のところで良いじゃないぃ」
「…………妹っぽい……それで良い。私が先輩、ネイアは後輩」
なにやら頷くシズ。
その後、やっとの思いで剥がしてもらった数字の1に何か奇妙な模様が描かれた光沢のある丸い紙を、別のところに張り付けるように命令され、仕方なく服に張り付けた。
その様子を見たシズはとても満足げだっだ。
・
「アウラ、どう見る?」
二階に続く螺旋階段の中腹から姿を消して一階を覗き見ながら、透明化魔法の範囲内にいるためアインズにくっついているアウラに聞く。
「お気に入りって感じですね。珍しい、シズは可愛いものが好きなはずなのに」
間接的にネイアのことが可愛くないと言っているに等しいが、確かにあの殺し屋のような目つきの悪さは可愛いという言葉からはほど遠い。
「確かにあのシールはシズがお気に入りに貼るものだったな」
「はい。あたしも一度貼られたことがあります。シズは可愛いものが好きで良く魔獣にしがみ付きに第六階層に来てますからね」
「ああ。そう言えばいつかユリがそんなことを言っていたな」
可愛い生き物が好きだというシズを満足させるアイデアはないか。と随分遠回しに頼まれたことを思い出した。
確かモモンとしての活動が無い時はハムスケを第九階層に置くことで解決した気がする。
その後、ハムスケにくっついているシズの姿を目撃したこともあった。
そうした外見の可愛らしさからはほど遠いネイアを、シズが気に入ったというのはアインズにとっても重要だ。
(うーむ。もしかしたらナザリック初の現地の友人になるのでは?)
可愛いからという外見上の理由で気に入るのではなく、話をして内面を気に入ったと考えればそれは友人になり得るのではないだろうか。
ここにいるアウラやシズ、そしてマーレにエントマといった精神的に幼い子供たちに健やかな成長をしてもらうためにも、ナザリック内とは別に外部の友人を作るというのは以前からアインズも考えていたのだ。
あの元奴隷の
それを考えるとあのネイアという娘の存在は貴重だ。
「あの娘、シズと友達になれるだろうか?」
「友達、ですか? うーん。確かにあの人間、アインズ様のことも敬っているみたいですし、シズは種族とかあんまり気にしないタイプですから、もしかしたら可能性はあるかもしれないですね」
「そうか! それは良い。もう少し様子を窺うか……」
(会話内容も聞きたいところだが、さすがにここで<
アウラの前で頭にウサギ耳を生やすのは色々な意味で避けたい。と考えつつ隣を見た。
アインズの視線に気づいたアウラが、なんですか? と言葉には出さず首を傾げる。
実に可愛らしく、幼さを感じさせる動きだ。
やはりアウラもまだまだ子供、ということは──
「あー、アウラも行ってきたらどうだ? 仲良くなれるかもしれないぞ」
ここに来るまでの間も姿を消していたため、ネイアはアウラのことを認識していないが、アインズの転移魔法を知っているネイア相手ならいくらでも言い訳は出来る。
そんなアインズの言葉をどう受け取ったのか、アウラは唇を尖らせる。
「アインズ様がそうご命令するなら行きますけど……」
明らかに嫌がっている。
「いや、無理にとは言わないが……」
アインズとしてはNPCたちが嫌がることはなるべくしたくないのだが、情操教育の意味では多少無理矢理でも切っ掛けを作ることも必要な気がする。
さてどうするか。と考えていると、アウラは唇を尖らせたままアインズの方に体を寄せ、でも。と前置きした後、口を開く。
「あたしは、最近アインズ様とお会いする機会が少なかったので……一緒にいたいです」
彼女にしては珍しい小さく弱々しい声に、ハッとさせられた。
確かにここ最近のアインズは、店の報告書整理やパンドラズ・アクターとの台本読み込みなどで忙しく、店を任せている者やナザリック管理をしているアルベド、今回の作戦を統括しているデミウルゴスなどとは良く会っていたが、森の調査や建物の建設に関わっていたアウラとはあまり顔を合わせていなかった。
加えて彼女の弟であるマーレは、商売に慣れていない上、既にアンデッドの貸し出しを始めている帝都支店が重要なこともあり、良く会っていた。
双子でありながら、マーレとだけ会っていては自分が蔑ろにされているように感じるのも当然だ。
精神的に成熟した者ならばともかく、アウラはまだ子供なのだ。
本来なら両親がいるべき年齢として設定されている彼女が、アインズに父性を求めてるというのは分かっていたことだったはずだ。
それを忙しいからと忘れていた自分に腹が立つ。
そんな自分に対する怒りすら抑制されてしまうが、やるべき事は変わらない。
「……アウラ。私に何かして欲しいことはあるか?」
「アインズ様のお側に居られれば満足です!」
思わぬ返答に肩を落とす。
相変わらずNPCには欲が無い。
これだからアインズはいつも報賞や給料について悩むことになってしまうのだ。
「……あ、でも」
「なんだ!? 何かあれば言ってくれ」
アインズが肩を落としたことで何か感じるところがあったのか、少し考えてから口を開いたアウラに、アインズも直ぐに食いついた。
「ん」
対するアウラの返答は言葉ではなく、両腕を広げてキラキラと期待した眼差しを向けながら跳ねることで示した。
そこでやっとアウラの望みを理解したアインズは、望まれるままアウラの脇に手を入れて持ち上げ、そのまま自分の腕にアウラを座らせ、もう片方の手を背中に回す。
お姫様だっこというよりは、赤ん坊を抱く際の横抱きのような抱き方だ。
肉が無く骨だけのアインズでは抱かれ心地は悪いだろうが、アウラはそんなことは気にした様子もなく照れたような、楽しそうな笑みを浮かべた。
「えへへ」
(喜んでくれているみたいだな。やはりまだまだ子供か)
父性を望んでいるというアインズの推理は正しかったのだ。と思った矢先アウラはどこか恥ずかしそうに視線をさまよわせてから、恐る恐ると言った様子で手を持ち上げ、そのままアインズの首に手を回す。
それこそお姫様だっこで女性側がするような仕草だ。
「前にシャルティアがしているのを見て、羨ましいなって思ったんです」
(前に? ああ、シャルティアを復活させた時か)
あの時は歓喜も手伝って普段はやらないようなことをしてしまい、シャルティアもよく分からないまま抱き返してきた。
アウラは特に言及しなかったが、独占欲のようなものがあるのなら羨んでいても不思議はない。
「そうかそうか。いつでも言って良いんだぞ」
アルベドやシャルティアには──あんな状況でなければ──こんなことはできないが、アウラやマーレなら何の問題もない。
「はい! ……ん?」
ニコニコと笑っていたかと思ったら急にアウラの顔から笑みが消える。
その後、アウラは如何にも不満ですと言いたげに深いため息を漏らした。
「アインズ様。外に何か居ます」
「なに?」
アインズでは分からないが、テイマーの他に
その力は音から気配に至るまで全て消してしまう完全不可視化でさえ、何となく程度ではあっても知覚できるほどだ。
この世界の相手であれば多少音や姿を隠そうと、建物の外であろうと関知する程度のことは容易いのだろう。
「魔獣か、亜人、
ゆっくりとアウラを下ろして指示を出す。
せっかく二人が仲良くなりかけているということもあるが、シズのレベルはプレアデスでもっとも低い四十六だ。未知なる敵が相手では心許ない。
「はい! アインズ様! 目にもの見せてやりましょう」
アインズの指示を受けたアウラの返答は力強く、やる気に満ちている。
アウラは特別好戦的な性格では無いはずだが、甘えて居たところを邪魔されて機嫌が悪いのだろう。
目つきはやや鋭くなり、口元にはうっすら笑みすら浮かんでいる。
そんな辺りは、怒らせると怖いぶくぶく茶釜に似ているな。と一瞬だけ考えたが口には出さず、頭を切り替え外にいるという何者かの正体を考え始めた。
今回の話は書籍版と似ているので飛ばそうかとも思ったんですが
シズの立場が違う上、あまり飛ばしすぎても話が分かりづらいかと思ったので書くことにしました
未だにどの程度飛ばせば良いか感覚が掴めません