植物が実は痛みを感じているーそんなニュースが大きな話題になっている。より正確に言うと、脳や神経を持たない植物が傷つけられると、その情報を他の部分に伝える仕組みが解明されたのだ。
米サイエンス誌に掲載されたこの研究は、アメリカでも大きな反響を呼び「命とは何か」という議論も起こっているという。今回、研究の中心になった埼玉大学の豊田正嗣准教授からこの研究の新しさや科学の魅力について話を聞くことができた。【取材:島村優】
人間は贅沢すぎ、貧しい植物の涙ぐましい工夫
—これまでわかっていなかった、植物が傷つけられた情報を全身に伝える仕組みが判明したことが話題になっています。
この実験は、どうやって神経を持たない植物が、別の場所に情報を伝えているのかという疑問からスタートしました。植物には脳も神経もないし、切り刻んでも痛いとも言わない、反応しているかどうかもわからない。
実験に使ったのはシロイヌナズナって雑草です。煮ても焼いても食べられない、動きもしない退屈な雑草なんですけど、そこにも素晴らしい能力が隠れていて、それを解き明かしたというのが今回の発見なんですね。
—具体的にはどういった仕組みだったんでしょうか。
結論から言うと、植物は害虫などによってかじられた時、傷ついた細胞からグルタミン酸を流出します。グルタミン酸というのは、食べれば「うまみ調味料」として知られている、あのグルタミン酸です。
このグルタミン酸がグルタミン酸受容体と結合することで、細胞内でカルシウムイオンのシグナルが発生します。このカルシウムシグナルが「師管」という養分を運ぶ管を通って、全身に伝わっていることがわかった、ということなんですね。
幼虫が葉っぱを食べると、その危険を知らせる情報(明るく光っているのがカルシウムイオン)が別の葉っぱに伝えられることがわかる
—神経は持っていないけど、そういう仕組みを使って植物が情報を伝えていたと。
その通りです。言葉の使い方は飛躍してしまうかもしれませんが、グルタミン酸が植物における「神経伝達物質」のような役割をしていることがわかりました。
植物って、決定的に貧しいんですよね。
—貧しい?
僕ら人間はかなり贅沢しているんですよ。例えば、痛覚だって指先まで神経を張り巡らせていて、神経も臓器も何個あるんだっていう話です。いろいろな組織も器官も備えていて、一つの目的のために一つを準備しているようなものです。なんでも揃えすぎで、これはかなり贅沢しすぎです。
植物はそれに比べると決定的に機能が貧しい。でも進化的に人間や動物と同じような仕組みをなんとか当てている、それを発見した時に「この子らよく頑張ってるな」と思いましたね。
—生物としての機能が少ないながら、工夫していると。
そう。植物って茎を切って中を見ると、外に表皮があって、皮層という細胞層があって、内皮があって、その中に導管、師管がある。他に、柔細胞っていう細胞が敷き詰められていますが、大まかに言えば、このくらいしか持っていないんです。
今回、維管束の中にある師管という養分を通す管が「痛みのシグナル」の通り道だということがわかって、これはつまり人間でいう血管に血管と神経の両方の役割を与えているということなんです。すごい工夫された仕組みだなと感心しました。
「痛みを感じる」植物を食べると殺生なのか
どんな反応が起きるか実際に見てみましょう。
この植物は、葉っぱが傷つけられて細胞内カルシウムイオン濃度が上昇すると明るく光るようにしています。試しに右上の葉っぱをつまんでもらえますか?
—こうですか?
そうです、いいですね。今は右上の葉っぱを傷つけてもらったら、すぐに明るくなってそれが段々と隣の葉っぱに移動しました。
この数十秒の間に、右上の葉っぱが傷つけられたことを感じて「これは危険だ。次は近くの葉っぱが食べられないように、周りに教えないと」と情報を伝えているんですね。これを脳も神経も持たない植物が行っていると。
—葉っぱが傷つけられたから、防御体制をとれるようにしているということですか?
そう、植物は葉っぱを摘まれるとすぐに「痛っ!」と感じて、危険を周りの葉っぱに伝えているということです。
—「植物は痛みを感じていた」と大きく取り上げられていましたね。
確かに「痛み」と言うと哲学の世界に踏み込んでしまって、植物が本当に「痛み」を感じているかはわかりません。ただ、少なくとも自分が傷つけられた時に、どういう仕組みでそれを感じているかは明らかになったんです。
—分かりやすく説明するために、そういう言葉を選んで説明していると。
やはり「植物って大事だけど、人間の命とか病気と比べると重要なの?」と考える人は多くいます。そこには大きなギャップがあるのかもしれませんが、取るに足らない植物が非常に巧みな仕組みを使って、動物と同じようなことをやっていると多くの人に伝えたい。だから論理的には飛躍しているかもしれませんが、「痛い」といったキャッチーな言葉を使って説明しました。
—痛みを感じるかどうかで、海外でも大きな話題になっていると聞きました。
この研究は、ニューヨークタイムスやフォーブスやナショナルジオグラフィックでも大きく取り上げられました。アメリカにはベジタリアンやヴィーガンといった動物性のものを食べない人が多くいるんですけど、驚いたのは、これからヴィーガンはどうするのかと盛り上がっていたことです。米サイエンス誌のYouTubeではアメリカ人が熱く議論しているのを見ました。
Science誌がYouTubeにアップした動画でも熱い議論が交わされている
—植物も痛みを感じているのだとすれば、命の捉え方も変わってくるんですね。
そうなんです。芝刈りをしたり、踏みつけたり、口の中で野菜を食べている時も、こうした現象が起こっているかということですよね。
痛みを感じてるとなると、「殺傷する」という考えにも触れてきます。だから、そしたら今まで食べてもいいと思われてた野菜をこれからも食べられるのか、ヴィーガンは何を食べたらいいんだ、といった話になっているようです。
—ただ単に痛みを伝える経路がわかっただけではない、広い影響があったと。
「痛み」という概念を含むと、確かにサイエンスからは少し離れるてしまうんだけど、皆さん興味を持って飛びついてくれたなと感じています。新しい視点で植物を捉えるチャンスにはなったのかなと。