トランプ政権成立から一ヶ月 - 米国の障害者・低所得層支援NPOは、どう見ているか

自分の生きられない国を「偉大なアメリカ」と感じる国民は、いるでしょうか?(写真:ロイター/アフロ)

昨年2016年12月の米国大統領選の結果は、多くの日本人から見ると「まさか」でした。

今年1月、トランプ政権が発足し、米国内では、さまざまな新方針・抵抗や反撃・方針変更や方針強化・さらなる抵抗や反撃……という動きも続いています。

米国内で、トランプ政権による社会保障縮小方針・社会福祉縮小方針の影響を「モロかぶり」しそうな社会的弱者たち、障害者や低所得層の当事者・当事者団体・支援NPO等は、この動きをどう捉え、どう行動しようとしているでしょうか?

悲観して「結論を出すのはまだ早い」とたしなめられた私

私は大統領選が終わった直後、米国の障害者や、障害者支援に関わる人々に、

「あなたたちはどうなってしまうのだろうか、米国の長年の積み上げはどうなってしまうのだろうか」

と悲観を口走りました。

米国は「社会福祉大国」というわけではありませんが、それでも世界に先駆けて、1990年、包括的で実効性のある障害者法(ADA1990)を成立させた国です。障害者を含む全ての人々に対して社会を「アクセシブル」にするという発想は、2007年に採択された国連障害者権利条約にも影響を与えました。

トランプ政権は、この障害者法が施行されて27年目という現在、積み上げられてきたすべてを、ぶち壊しにしてしまうのではないか。そう危惧されてなりませんでした。

でも、最も影響を受けるであろう米国の当事者たちは、遠い日本から危惧と不安を口にしている私を

「ヨシコ、結論を出すのはまだ早いよ、これから私たちがどうするかにかかっているんだから」

とたしなめました。

それから約1ヶ月半、トランプ政権は発足し、オバマケアの廃止を含め、社会保障・社会保障削減方針を次々に実現しようとしています。

「いつだって、こうだったじゃないの」

トランプ政権発足から約1ヶ月後にあたる2月16日から20日にかけ、米国・ボストン市で、米国科学振興協会(AAAS、科学雑誌『Science』の発行元)の年次大会が開催されました。AAASは1970年代から障害者の社会参加を拡大する活動に取り組み続けており、1990年の米国障害者法(ADA1990)の成立にも貢献した団体の一つです。この事実は日本ではほとんど知られていませんが、私は非常に重要なことだと考えているので、2011年以来、毎年渡米して参加し、障害と科学に関する活動のミーティングにも参加しています。2017年2月も、AAAS年次大会および障害と科学のミーティングに参加してきたところです。

旧知の皆さんと、会場で1年ぶりの再会を祝したあと、「トランプ政権下で、どう?」と尋ねると、長年に渡って活動をリードしている60代の2人は、

「まあ、いつだって、こんなものよ。ジリジリと活動しつづけて、機会があったらタイミングを逃さずに物事を動かして、後退しそうになったらジリジリと抵抗して。私たちは、ずっとそうしてきたんだから」

と語りました。もちろん、ホンネではあるでしょう。また、「これからもそうするしかないし、どうにかできるだろう」と自分に言い聞かせているようにも聞こえました。

しかし30代以下の若い障害者からは、不安の様子や声も若干はありました。これまで私に見せたことのない不安や焦燥を見せる若い障害者もいました。特に、障害とLGBTなど他のマイノリティ属性が重なっている障害者は、強い不安を感じているようでした。

理解を得やすく潰されにくい何かを中心にまとまる戦略

トランプ政権の打撃を受けそうなのは、いわゆる「マイノリティ」や社会的弱者だけではありません。能力も資金も集まっているかのように見える学術界も同様です。今のところ、工学は比較的安全かもしれませんが、理学はどうなるかわかりません。人文社会科学は、特に目の敵、重点的削減対象とされています。気象変動研究などトランプ政権に「都合悪い」と考えられている分野は、トランプ政権が重視したい自動車産業などとも大きな共通部分や強い関連を持っています。にもかかわらず、危機にさらされています。

政府機関に勤務した経験もある男性障害者(元研究者)は、

「やりようはあるよ。今だって、医学とか製薬産業とか食糧とか、誰から見ても必要性がはっきりしていて、トランプ政権も貿易黒字化のために重視しようとしている分野を中心に、学術界がまとまって動こうとしているし」

と語りました。

言われてみれば、米国の科学界は大統領選の直後から、まさに、そういう動きをしていました。医学・薬学・食糧の重要性は、政権が何であろうが、政権の意向がどうであろうが、揺らぎません。

ここ2ヶ月ほど目立つのは、医学・薬学そのもの、あるいは強く関連する分野から、また産業と密接な関係を持つ工学分野から、天文や素粒子や変わった生物を研究することの重要性が語られる現象です。人文社会科学なくして技術の進歩が受け入れられ続けるわけではないことや、科学界が政治に口出し手出しする必要性についても、トランプ政権が「なくなったり弱体化したりしたら困る」と考えそうな医学・薬学などの分野からの発言が目立ちます。

学術研究の各分野は、トランプ政権が潰せない分野を前面に出して「学術」という広い括りでまとまり、自分野のためではなく学術研究のために、自然科学に限定しない科学のために、科学研究が世の中に何か貢献し続ける将来のために、物事を動かそうとしています。

私は恥ずかしながら、そのような戦略的な動きが行われていることに気づいていませんでした。彼に言われて、初めて気づきました。

「不安はない」と言えば、ウソになるけれど

AAAS年次大会でのボストン行きのついでに、近隣のNPO等も訪れました。ボストンは、時間的にも体力的にも費用面でも、そう簡単に行けるところではありません。「ついでに」と欲深く、あそこもここもと訪れてしまいます。

とはいえ、前回、2013年にボストンに行った時に比べると、ずいぶん「ついでに」欲は減ったものです。2013年2月、49歳だった私は、午前5時に弁当を2つ持って宿を出て、ホームレス対象の炊き出しを2ヶ所ほど見てからAAAS年次大会会場に行き、午前7時45分から始まるメディア向けプログラムに参加し、日中はシンポジウムや講演を聴講し、夜は23時まで続くメディア向けプログラムに参加し、また翌日は午前5時から……を繰り返して平気でした。今回は、米国に出発する前から体調激悪だったので、体力面では可能な限りのセーブを心がけていたわけなのですが、ああ、トシは取りたくないものです。

さて、貧困問題に直接関わっているNPO等では、もう少し、現状に強く緊張しています。トランプ政権が次に何をするかに対する緊迫感があります。オバマケアの廃止で医療アクセスを失いかねない当事者が、そのNPO等のスタッフの目の前に多数いるわけですから、当然のことでしょう。

でも、そちらでも同じように

「今までだって、こうだったじゃないか。行政が自分たちに好意的だったこともあれば、冷淡だったこともあるけど、とにかく人々と暮らしを守るために、活動を続け、展開させてきたんだから」

という言葉が聞かれました。

とはいうものの、ボストン市やマサチューセッツ州のように、トランプ支持者が少ない地域でも、すでにトランプ政権の影響は現れているということです。

トランプ政権発足後、有色人種の移民の子どもが、小学校で同級生に「出身国に帰れ」とイジメられるようなことも既に起こっているということです。ただし、学校も教員も親も地域も許容しません。今のところ、それが救いではあります。しかし親たちには、オバマケアの廃止方針と、その後はどうなるのか、また、医療に関する公的扶助の申請はどうすればいいのか、不安と混乱もみられるということです。繰り返しますが、トランプ候補が勝てなかったボストン市での話です。

この現状を私に話したNPOのディレクターは、続けて、

「不安や危惧がないといえば、ウソになるよ。明日どうなるか、何が起こるか、本当に分からない。不安や危惧は、みんな感じている。でも、今までと同じように、人々を守り、地域を守り、将来を作るために活動していくしか、ないんだから。今日の今だって、アフリカではたくさんの人が殺されていて、そういうことがずっと地球の現実だったんだから」

と、真摯な口調で、しかし笑顔とともに語りました。最後のアフリカに関するくだりでは、厳しい表情でしたけど。

私がボストン市に滞在していた期間にも、宿に「近隣でレイシズム集会が予定されているけれど、外国人のお客さんは、不安になることありません。何かあったらフロントに相談してください」という張り紙がありました。でも私は旅行者ですから、逃げたければ、いつでも逃げられます。

地域に根を張って何十年も暮らしてきた人々・活動してきた人々は、地域から簡単に逃げ出すわけにはいきません。トランプ政権下で次に起こることに、文字通り、生き死にを握られています。

それでも彼ら彼女らは、不安や危惧を抱えながら、明日と近未来のために活動を続けようとしています。「そうするしかないから」だけでは説明のつかないタフネスを感じました。

トランプ大統領は、大統領だからといって、何でも出来るわけではありません。

とはいえ、「私の知っているみんなが頑張っているから大丈夫」とも思えません。

しばらくは、遠い日本から表層的なニュースに一喜一憂して振り回されることなく、祈るような気持ちで、ハラハラドキドキしながら、でもできるだけ冷静に、米国の「いま」を見守るしかないだろうと思っています。