僕、頭が悪いんです。
僕みたいな人間は、どうやって生きていけばいいのでしょう?
こんな相談を、ときどきネットで受けます。
いや、だったら、頭で勝負しなけりゃいいだけです。
頭が悪いなら、好感度で勝負すればいいんです。
実力が低く、成果をあまり出せない人でも、
好感度が高ければ、実力も成果も、実際以上に高く知覚されるからです。
これは、感情ヒューリスティックという認知バイアスが作り出す、思考の錯覚です。
もちろん、逆もあります。
それなりに実力があって、成果もそこそこ出している人でも、
嫌われちゃうと、実力も成果も実際よりもずっと低く知覚されます。
「好かれるやつは、”えこひいき”されるってことだろ? そんなの当たり前じゃん」
って思いました?
そうじゃないんです。
拙著『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』に詳しく書きましたが、ここで重要なのは、『「意識」の知らないところで、「無意識」が実力と成果の知覚を書き換えるために、えこひいきが行われていることに誰も気づかない』という点なんです。
だから、みんな、自分がえこひいきしているという自覚も、えこひいきされているという自覚もないんです。
私は、会社は、概ね公平に人事評価をしていると思っていましたし、
私自身が上司になったときも、極力、好き嫌いではなく、冷静で客観的に成果と実力を評価するようにしていました。
だから、
会社は仲良しクラブじゃねえ!
おべっかやお追従はいいから、きっちり、いい仕事をしてくれ。
好感の持てる人間よりも、有能な人間と一緒に働きたい。
ずっとそう思っていました。
社員の親睦を深めるための社員旅行とか飲み会とか、金と時間の無駄だと思っていました。
しかし、いろいろ経験するうちに、
なんだかんだで上司に好かれている人たちは、そうでない人たちより、圧倒的に高く評価されているということが、だんだんわかってきたんです。
同じような成果でも、なぜか、上司に好かれている人のほうが圧倒的に早く出世していくなーと。
それが世の中の現実なんだなーと。
私の場合、このことが感覚的に理解できるようになったのは、社会人になってから10年以上経ってからでした。
今なら、そんなにも時間がかかった理由がわかります。
学生時代は、人に好かれたからって、テストの点数がよくなったりはしませんでした。
私は、会社の人事評価も、その延長線上で考えていて、人に好かれるかどうかで人事評価が大きく左右されるなどとは、思ってもみなかったのです。
しかし、現実はそうではありませんでした。
人に好かれると、実力も、成果も、好意的に解釈され、成長できるいいポジションを与えられますし、先輩たちは丁寧に教えてくれますし、同僚も部下も親身になって協力してくれます。
だから、好かれる人は、早く実力を身に着け、早く出世していくというわけです。
勘のいい人は、これにすぐに気が付きますが、私のように勘の鈍い人間だと、社会人になってから、気づくまでに、5~15年ぐらいかかったりします。
これは、非常にもったいないことです。
なぜなら、若い人ほど、「人に好かれる努力」が大きな実を結ぶからです。
自分に好感を抱いた同僚・部下・上司は、時を経て、いろいろな部署や会社に散っていき、出世し、権力を握って、太い人脈になっていきます。
そして、40代以降は、人脈次第で、生きやすさが、全然違ってきます。
若い頃に「人に好かれる努力」をして、多くの人脈の種を蒔いておいた人間は、40代以降の人生で、大きな自由と、豊かな収穫にありつけるのです。
逆に、若い頃に「人に好かれる努力」を怠った者は、会社でどんなに理不尽な目にあわされても、転職先が見つからず、独立するためのコネもなく、結局、どんなにひどい仕打ちを受けても、今の会社にしがみつくしか生きるすべはなくなります。
これは、学校では教えてくれない、残酷な人生ゲームのルールです。
「そんなことを言われても、私は、人に好かれるタイプじゃないから、損だとわかっていても、実力だけで勝負するしかない」
と思いました?
いやいや、人に好かれるかどうかは、生まれつきの部分も大きいですが、努力で変えられる部分も、かなり大きいのです。
「そんな不毛な努力に時間を使うのはもったいない」
って思いました?
いや、そんなたいしたことじゃないです。
ごくごく当たり前のことをやるだけでも、かなり違いますよ。
ほとんどの人は、人に好かれるために必要な「当たり前のこと」をやれていないので、普通に当たり前のことをやるだけで、十分に、その他大勢から抜きん出ることができるんです。
当たり前のことを、当たり前に実行するには、チェックリストを作って、一つ一つ「確認しながら」実行していくのが効果的です(これ自体も、当たり前のことです)。
自分の好感度を上げるために必要なアクションのチェックリストは、たとえば、次のようになります。
- いつでも褒めるべき点を鋭敏に察知するように習慣づけ、その場で、即座に褒める。
- なにかしてもらったら、即座にお礼を言う。
- 相手の話にしっかりと耳を傾け、相手をちゃんと理解するようにつとめる。
- 異論・反論があるときは、まず相手を肯定するところから始め、相手の面子を潰さないように異論・反論を述べる。
- 何かにつけ、相手を持ち上げる。明るく、軽いノリで、気軽に、お世辞や社交辞令を言う。
- どんな人に対しても、悪口や陰口は言わない。具体的な解決策を見つけるために、誰かの問題行動を分析するのはあり。
- 相手の時間を無駄にしないようにする。
- 気の滅入るようなことは言わない。どうしても言う必要があるときは、明るい話とセットにしたり、ものの見方や言い方の工夫で、ショックを和らげる。
- 即レスする。
- 頼まれたことは、すぐにやる。すぐにやれない場合は、いつまでにやるかをすぐに伝える。
- 相手の話したがっていることを鋭敏に察知し、即座にそれを聞く質問をしてあげる。
- 相手が困っていることを鋭敏に察知し、即座に助けてあげる。
- ジョークで人々を笑わせる。
- 相手がボケをしたら、間髪いれずにツッコミをして、面白さを拾ってあげる。
とくに、問題点を指摘するときは、マイナスのハロー効果を最小化するように、工夫することが肝要です。
※ハロー効果とは、ある対象を評価をする時に、それが持つ顕著な特徴に引きずられて、他の特徴についての評価が歪められる認知バイアスのこと。
たとえば、Aさんは、周囲の人からこんな風に評価されていたとします。
この状態で、Aさんの策定した企画の問題点を、あなたが公衆の面前で指摘すると、Aさんの企画力に対する人々の評価が下がります。
もちろん、すぐに直せるような、ささいな問題点であれば、みんなの前で指摘してもたいした影響はありません。
しかし、「企画の方向性が根本的に間違ってるんじゃ…」という不安をみなに抱かせるような問題点だったり、「この人、根本的に、このビジネスを理解していないんじゃ…」という不安を抱かせるような問題点を、みんなの前で指摘すると、Aさんの企画力に対する、人々の信頼が低下してしまうのです。
すると、ハロー効果という認知バイアスの影響で、人々は、Aさんに対して、「全体的に無能」という印象を抱きます。
それによって、Aさんの「頭の良さ」や「安定感」などの、直接的には無関係な属性の評価まで、下がってしまうのです。
もちろん、あなたは、Aさんの悪口を言ったわけではありません。
「Aさんの企画力が低い」と言ったわけでもありません。
Aさんの人格や能力については、なにもコメントしていません。
単純に、その企画の問題点を指摘しただけです。
単に客観的事実を述べただけです。
しかし、あなたの指摘した客観的事実は、思考の錯覚を引き起こし、Aさんの錯覚資産を減らすのです。
(錯覚資産=「人々が自分に対して持っている、自分に都合のいい思考の錯覚」)
このことにより、Aさんは大きな損害を受けます。
そして、その損害をもたらしたあなたに対する好感度が減ります。
その結果、Aさんのあなたに対する評価が下がるのです。
つまり、あなたがこのようなことを続けていると、純粋に、是々非々で問題点を指摘しているだけのつもりでも、周囲のあなたに対する好感度は、どんどん下がっていき、あなたは、実力があろうが、成果を出そうが、昇給も待遇改善も望めなくなり、人脈も失っていき、誰にも相手にされない惨めな中年になっていくというわけです。
これを防ぐには、次の2つの原則を守るようにします。
- 他人の錯覚資産を減らすような指摘は、できる限り早い段階で、本人と二人だけのときに言う。
- 他人の錯覚資産を増やすような指摘は、みんなの前で言う。すでに本人には言ってあることでも、みんなの前で、もう一度言う。偉い人が出席する会議がその後開かれたら、さらにもう一度言う。
先程の例だとAさんの企画の素晴らしい点を見つけたら、すかさず、それをみんなのいるところで指摘すると、Aさんの企画力に対する周囲の評価が上がります。
すると、それがハロー効果によって「全体的に優秀」というイメージに変換されます。
そうすると、「全体的に優秀」というイメージに持ち上げられて、Aさんの「頭の良さ」や「安定感」など、それとは直接関係ない属性の評価まで上がるのです。
Aさんは、これを本能的に感じとるため、Aさんのあなたに対する好感度が上がり、感情ヒューリスティックという認知バイアスにより、Aさんには、あなたの実力も成果も、実際以上に高く知覚されるようになります。
このとき、とくに注意が必要なのは、タイミングです。
褒める方は、多少タイミングがズレても、それほど大事には至りません。
しかし、問題点を指摘する場合、タイミングは、クリティカルに重要になります。
大勢が参加するミーティングが開かれてから問題点を指摘したのでは、遅すぎます。
重大な問題点ほど、ミーティングが開かれる前に、こっそり、本人にだけ、伝える必要があるのです。
これをやるためには、提案書、企画書、設計書、仕様書などのドラフトを、できるだけ早い段階でレビューし、できるだけ早い段階で、本人にだけフィードバックするようにします。
また、ドラフトになるまえの、アイデアベースの段階で、本人とのランチ・立ち話・雑談のときに聞き出し、問題点があれば、その場で即座にフィードバックするようにしておきます。
これは、部下に対してだけでなく、同僚、上司、顧客など、誰に対しても、そうするようにします。
「事前にレビューできなかったときは、どうすれば?」
って思いました?
そのときは、もう、しょうがないので、次善の策を打ちます。
根本的な問題があるのに、根本的な問題を見て見ぬふりをしていては、話が進みません。
そういう場合は、「すり替え」を行います。
たとえば、Aさんの立てた戦略が根本的に間違っていた場合、その戦略が根本的に破綻していることを筋道立てて説明するのではなく、企画書の表現の問題にすり替えて、「この表現だと伝わりにくいので、こういう風に表現してみてはどうだろう?」と言いながら、もっとましな戦略にすげ替えてしまうのです。
まるで話にならない企画だった場合も、単に企画書の体裁や見せ方の問題であるかのように言いながら、まったく別企画にしてしまったりします。「キャッチコピーをこうしてはどうかな」と言いながら、キャッチコピーを変えたりするわけですが、キャッチコピーをそう変えたら、もう全然別の企画になっていたりします。でも、そこをあえて、「単にキャッチコピーの文言を変えただけ」という体裁にして、Aさんの顔を立てるわけです。
あるいは、ミーティング中、他の誰も問題点に気が付かなければ、ミーティング中は黙っておき、ミーティングが終わった後に、Aさんをランチにでも誘って、Aさんだけに、こっそり問題点を伝えるという方法もあります。そうすれば、Aさんは、自分の失敗がばれないように、あとでこっそり戦略変更をして、それをごまかすために、いろいろ細工をすることができます。
「そんな回りくどいことをやっていたら、生産性が上がらない」
と思いました?
逆です。
むしろ、そのままストレートに問題点を指摘するほうが、よっぽど生産性は低くなります。
たとえば、そのまま問題点を指摘すると、本能的に自分の錯覚資産(ハロー効果)を守ろうとして、自分の企画に固執し、不毛な反論をする人はたくさんいます。
そうなると、不毛な言い争いが起き、会議の効率がどんどん落ちていきます。さらに、その人はあなたを敵とみなし、あなたが企画を提出したときに、必要以上にあら探しをし、また不毛な言い争いが起きたりします。
表立って反論しない場合でも、陰であなたのことを悪く言いふらし、あなたの企画を頓挫させようとしたりもします。そうなると、あなたは、自分の企画を通すための、不毛な根回しと政治ゲームに、大量の時間とエネルギーを取られることになります。
これらの、いったい、どこが生産性が高いというのでしょう?
他人の錯覚資産を削らないようにするひと手間をかけるだけで、会議の時間は大きく短縮されますし、根回しや政治ゲームにかかる時間も手間も、圧倒的に少なくて済むようになるのです。
「僕は無能だから、他人のドラフトのレビューなんてできない」
って思いました?
そういう人は、問題点なんか指摘せず、褒めることだけに徹すればいいんです。
たいしたことないところを優秀な人に褒められると、場合によっては嫌味に聞こえたりしますが、さして優秀でない人が「すごいですね!」って褒めても、嫌味に聞こえたりはしません。
だから、素直に、いいね!面白いね!すごいね!って言っていればいいんです。
一見、シンプルな戦略ですが、効果は絶大です。
すごいなー。いい感じですねーって言ってるだけで、みんなに好かれ、みんなに助けてもらえるようになり、いろんなことがうまくいくようになります。
このように、認知バイアスに注意しながら行動することで、生まれつき好かれるタイプではない人も、ある種、システマティックに好感度を上げていくことができるというわけです。
ここでは、感情ヒューリスティックとハロー効果の2つの認知バイアスを紹介しましたが、他にも注意すべき認知バイアスはいろいろあります。
注意すべき認知バイアスのチェックリストを作って、それぞれ対策案を作り、マネージメントすると、人生、いろいろとスムーズに行くようになります(「注意すべき認知バイアスのリストを知りたい」という方は、先程紹介した拙書をご覧ください)。
「そんなにいくつも認知バイアスがあるの? なんだか複雑」
と思いましたか?
いやいや、認知バイアスはいろいろありますが、基本原理は意外とシンプルです。
ようは、これは、錯覚資産を増やすゲームです。
そのゲームの基本ルールとして、「他人の錯覚資産を増やすと、自分の錯覚資産が増える」「他人の錯覚資産を減らすと、自分の錯覚資産も減る」というものがあるというわけです。
ライバルと椅子取りゲームをするような場合は、もっと微妙で複雑な駆け引きになったりすることもありますが、ほとんどの場合、「他人の錯覚資産を減らさないようにする/増やすようにする」というシンプルな戦術をバカの一つ覚えのように繰り返すだけで、あなたの錯覚資産は順調に増えていき、人生、何かと上手くいくようになるものです。
もちろん、まだ他にもいろいろありますが、話が長くなってきたので、今回はこのへんで。
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