相模原事件:改めて、措置入院の意味を考える(前編)

「危ない人」とされる人を閉じ込めても、危険は消えません。なぜでしょう?(ペイレスイメージズ/アフロ)

2016年12月8日、相模原事件を受けて厚労省に設置された「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」による「報告書 ~再発防止策の提言~」が公開されました。

「共生社会の推進に向けた取組」「退院後の医療等の継続支援の実施のために必要な対応」「措置入院中の診療内容の充実」「関係機関等の協力の推進」「社会福祉施設等における対応」の5点にわたる提言内容は、本当に再発防止に役立ちそうでしょうか? そもそも、同様の事件が再度発生する可能性があるとすれば、背景はどこにあるのでしょうか?

日弁連「高齢者・障害者権利支援センター」で活動する弁護士・姜文江さんに、措置入院という方法について、前掲「報告書」について、お話を伺いました。

前編・後編の2回で、内容を紹介します。

司法修習で初めて知った「強制入院」

2000年に弁護士登録を行った姜文江さんは、司法試験合格後、福岡県で司法修習を受けました。それが、障害者問題に取り組むきっかけとなりました。

「そのとき、精神障害者が強制的に入院させられる制度がある、と知ったんです」

弁護士になったら自動的に知ることになるわけではありません。

「福岡県の弁護士会は、当時、全国で最も、精神障害への取り組みが進んでいたんです。1993年から、精神保健福祉に関する当番弁護士制度がありました」

当番弁護士制度は、逮捕された時に弁護士の接見を受けられる制度です。たとえば警察に逮捕されたとき、「当番弁護士を呼んでほしい」と言えば、警察はその地域の弁護士会に連絡して弁護士の派遣を受け、立ち会いなしで本人と接見させる義務があります。

刑事事件に関しては、現在では全国すべての地域に当番弁護士制度があります。しかし2000年当時、精神保健福祉に関する当番弁護士制度は、福岡県にしかありませんでした。

司法修習を終え、神奈川県で弁護士としての業務を開始した姜さんは、神奈川県には精神保健福祉に関する当番弁護士制度がないことを知りました。まず、当時の現状の情報収集からはじめた姜さんは、現在では日弁連で精神障害者の問題をリードする存在となっています。

「再発防止策検討チーム」の提言を検証する

では、「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム(以下、再発防止策検討チーム)」による、「報告書 ~再発防止策の提言~」の内容を、姜さんとともに検討してみましょう。

どういう法律になるか、現時点では分からない

この報告書自体は、具体的な法案・法改正案ではありません。

「報告書は、あくまでも提言です。ここから、どのような法律が作られるのかは、今のところ全くわかりません。ですので、あくまでも想像・推測の範囲で、『自分にはこういうふうに読めます』ということしか、お話できません」(姜さん)

措置入院後の通院や「支援」を、誰がなぜ強制できるのか?

現在、措置入院という、強制的に人の自由を奪う制度が存在できているのは、なぜでしょうか?

「自傷他害のおそれがあって、入院治療が必要だからと言われています。ただ、障害者権利条約との関係では、その制度の正当性にも問題があると考えられています。現在の制度を前提にしても、退院(措置解除)の時、自傷他害のおそれは、なくなっているはずなんです。入院の必要がなくなっているから、退院できるわけです」(姜さん)

その後の通院や、地域精神医療福祉とのつながりを強制する制度は、現在のところ存在しません。

「例外は、医療観察法だけです」(姜さん)

ところが、再発防止策検討チームによる、「報告書 ~再発防止策の提言~」では、「III 再発防止のための具体的な提言」節の第2項に、「退院後の医療等の継続支援の実施のために必要な対応」が設けられ、措置入院からの退院後の「継続支援」の重要さが述べられています。

もしも強制入院でなければ、疾患で入院した後の通院フォローアップは、本人が自発的に重要性を認識するでしょう。しかし、「措置入院」というトラウマティックな強制入院を自分にもたらした精神医療とのつながりを、退院後も強制的に要求されるとなると、話は全く異なってきます。

「そもそも、医療を受けるかどうかは、本来、本人だけが決められるものです。仮に自傷他害のおそれがあったことで、措置入院という強制入院が正当化されるとしても、そのおそれがなくなった退院後の医療について、強制される根拠はないはずです。

唯一、その例外として通院の強制が認められているのが医療観察法で、今回の報告書に含められた、措置入院からの退院後の継続支援は、医療観察法での通院の強制に『似ている』といえば似ています。医療観察法では一定の重大犯罪を犯したことを前提とし、措置入院も『自傷他害のおそれ』が前提となっているという点で似ているかもしれません。

しかし、決定的に異なるのは、医療観察法では犯罪を犯したかどうかを裁判手続きによって審査しているのに対して、措置入院では法律家が関与せず医師だけで自傷他害行為の有無を判断しているという点です」(姜さん)

例えば、「自傷他害」がどのようなシチュエーションで行われたのか、ということも問題になりえます。本人としては、不当な暴力から身を守るための正当防衛以外の何でもなかったのかもしれません。

「他人に勝手に身体をつかまれて、離そうとして身体を動かしたら、結果として『自傷他害』と言われることもあります。家族や関係者の話と本人の話が齟齬する場合に、医療現場では客観的な証拠をどこまで確認して自傷他害のおそれを判断しているのでしょうか。本人の妄想とだけで片付けていることはないでしょうか。強制の根拠にするなら、本来は、本当に『自傷他害』があったのかどうかを審査する必要があるはずです」(姜さん)

今の措置入院制度自体に、すでに問題があるということでしょうか。

「法律家から見れば、事実認定があいまいなままで、措置入院になっているケースも見られるわけです。現在の制度では、患者さんに弁護人や代理人がつくこともなく、入院が強制されており、精神医療審査会があると言っても、国際的にも自由権規約に抵触すると言われています。このような問題のある現在の制度を前提として、さらに措置解除、退院となった後まで通院や支援サービスを強制する論理は、私としては見つけられません」(姜さん)

それでも実際には、退院後に支援が必要な場面は多いでしょう。

「本人の同意が前提なら、関係者が集まって退院後の支援サービスの会議を開催するのは、それはそれで悪くないだろうと思います。でも、今回の報告書では、本人が関与することは必須になっていません」(姜さん)

良く分からない理由で措置入院させられ、退院後は良く分からない理由で通院を強制させられ、支援サービスの利用を強制させられ……「なんとか逃げ出したい」と考えるのが自然ではないでしょうか。

本人が自分の健康のために選ぶのではない、医療やサービスとは?

報告書を見る限り、退院後の継続支援に「本人の希望に応じ」「本人の求めに応じ」「本人の同意により」という文言は見当たりません。「すべての措置入院者に対し(行政等が)……をすべきである」という記述となっています。

「治療計画や支援計画に本人が関わることは、この報告書では前提になっていません。むしろ、本人不在でも計画が作られるように読める箇所があります。本人が、その病院やそのサービスがイヤなら、変えられるのでしょうか? 治療を受ける権利は、本人が自分の健康のために選択するものであるはず。その本人の意志が無視されるということは、『当然、通院しなくてはいけない』という強制になるわけです」(姜さん)

さらに、プライバシーに関する問題があり、そもそも精神障害者は危険なのかどうか、危険なら閉じ込めておけばよいのか、数多くの問題が残ります。

後編に続く)