貧困層は生きられなくなる!? 財政審方針にツッコんでみるテスト(生活保護と母子世帯編)
2016年10月27日、財政審・財政制度分科会は、社会保障の今後に関する検討を行い、資料を公開しました。
本記事では、公開された資料のうち、生活保護と母子世帯に関する「はあ?」について述べます。
財政審・財政制度分科会が公開した資料は?
こちらにあります。
うち、生活保護についての記述があるのは、
資料1 社会保障(2)(年金、生活保護、雇用、障害福祉、医療提供体制)
です。
狙われる母子世帯と医療
生活保護についての記述は、
資料1 社会保障(2)(年金、生活保護、雇用、障害福祉、医療提供体制)
の7ページから始まり、11ページ・12ページが母子世帯となっています。
なお13ページには、級地(生活コストの考慮)に関する記述があり、これがさらに頭の痛い内容となっているのですが、本記事ではさておきます。
「生活保護母子世帯はゼイタクだ」という、イミフすぎる計算
生活保護の母子世帯に関する内容の冒頭(資料11ページ)には
生活保護制度によって保障される「生活扶助」水準は、母子世帯(母、子2人)においては月18.4万円(2級地-1)になっており、これを一般世帯の消費支出と比較すると、第5・所得十分位相当となっている。これは年収に換算すると、500万円を超える世帯の消費支出と同水準であることを意味している。
という記述があり、何と何を比較したいのかよくわからないグラフがあります。
「月18.4万円(2級地-1)」がなぜ、一般世帯の消費支出で「500万円を超える世帯の消費支出と同水準」となるのでしょうか?
月あたり18.4万円なら、年あたりでは220.8万円。
グラフ左上に「母子世帯一般はもっと苦しいんですよ?」と訴えたいかのように掲げられている
平均年間収入(母子世帯)
母自身の収入 223万円
世帯全員の収入 291万円
※H22年の1年間の収入
よりも少ないわけです。
家賃補助(住宅扶助)の最大4.95万円を加えても、年あたりで
18.4万円+4.95万円×12ヶ月=280.2万円
となります。
これで母と子2人(10歳・5歳)が暮らしていくことを考えると、
「暮らせなくはないけれども、相当厳しい」
というのが実際のところでしょう。
さらに分からないのは、一般世帯の消費支出で「500万円を超える世帯の消費支出と同水準」というくだりです。
なぜ、年収が概ね2倍の世帯と同じ消費ということになるのでしょうか?
答えを一言でいえば、消費支出と収入という異質なものについての、比較そのものに意味のない比較をしているからです。
年収500万円を超える世帯の生活には、「最低生活」にはない負担と、それ以上の余裕がある
この資料でいう「年収500万円を超える世帯」、所得階層でいう「第5・所得十分位」は、所得の低い方から40%~50%にあたります。
年収でいえば、510万円~560万円です。
家のローンを抱えているかもしれません。また、子どもたちの将来のための預金も欠かせません。
地方都市なら、生活必需品として自動車も保有しているでしょう。例にあげられている生活保護母子世帯の住む「2級地の1」には、金沢市・富山市・宇都宮市などの地方都市が含まれます。
また、資産も持っている可能性が高いでしょう。
一方で、生活保護は、資産がほとんどなく収入が少ない「丸裸」状態にならないと利用できない制度です。
生活保護世帯では、自動車の保有・運転は原則として禁じられています。通勤や買い物の足がない状態で、「就労を」「節約を」と迫られているわけです。年収が同じなら、生活保護ではない世帯より不利な生活を強いられるわけです。
なぜ、生活保護だからといって、その地域の「ゼイタクではない普通」が許されないのでしょうか? 考えても、屁理屈以外の説明は思いつきません。
資産がない状態で、その地域の「ふつう」に満たなくなるハンデを背負って、生活保護基準で生活することが求められているのです。
これらのハンデの分だけ、月々の生活費は割高になります。安売り店に買い物に行けず、移動にかかる時間というコストが必要になるわけですから。
余裕があるゆえに月々の生活を「省力運転」できる世帯の月々の実際の消費と、余裕がない生活保護世帯の、そもそも生活保護が貯蓄を前提としていないゆえに月々の保護費での自転車操業を強いられている状態での消費の最大の可能性を比較して、何がわかるというのでしょうか?
グラフに掲載されている母子世帯の生活保護基準は、月々の生活費分として支給される金額の最大です。
生活保護世帯の母親たちは、そこから可能であれば貯金をし、不測の出費(たとえば、子どもが夜間に急病で救急搬送された帰りがけのタクシー代とか)や、子どもの学校生活等に必要な費用のうち公的にカバーされない部分を捻出するのです。
「18.4万円」の全部が、年収500万円の世帯と同様の意味での「消費支出」になっているわけではありません。
財務省・財政審はなぜ、こんな無意味な、比較になっていない比較をしてまで、「生活保護は引き下げを」というのでしょうか。
人の人生、場合によっては生き死にがかかっている費用を扱っていることを、もう少し重く受け止めてほしいと、強く望みます。
生活保護母子世帯のお母さんたちは、保護に甘えて働かない、らしい(棒)
資料の続く12ページには
〇 就学児を抱えたひとり親世帯に対する加算・扶助を加味した生活保護水準は、一般低所得世帯(年収300万円未満)の世帯における消費実態と比べるとはるかに高い水準となっている。
〇 母子加算がかつて廃止された同時期に、学習支援費(教育扶助)等が創設され、子どもの学習経費等に係る支援が行われているが、平成21年度に、母子加算は復活されている。
〇 これだけの水準の金額が毎月保障されていることで、就労に向かうインセンティブが削がれている可能性がある。
とあります。
最初の2項目については、前節の記述から「財務省・財政審が話を盛っている」という可能性を考えていただくとして(もうツッコミどころ満載なんですが)、最後の
「これだけの水準の金額が毎月保障されていることで、就労に向かうインセンティブが削がれている可能性がある」
について考えてみたいと思います。
何もしなくても生活保護費をもらえるから、母子世帯のお母さんたちは働きたがらないのでしょうか?
財務省は「そうです!」と言いたいんでしょうね。
資料のそのページには、下記のグラフが掲載されています。
これだけを見て、「生活保護世帯のお母さんたちは、生活保護があるから働かないのだ」と思い込む方は多そうです。
生活保護世帯のお母さんたちは、そもそも働けるのか?
厚生労働省は何回か、生活保護母子世帯の暮らしぶりに関する調査を行っています。2010年5月に公開された
「一般母子世帯及び被保護母子世帯の生活実態について(概要)-暫定集計-」
を見てみると、
被保護母子世帯の母親の就業率は約4割(一般母子世帯は約8割)。
と、就労率が低いことは認めつつも、原因と考えられる事柄について
無職の被保護母子世帯の母親のうち、健康状態が「よくない」、「あまりよくない」と思っている者が約7割(一般母子世帯は約3割)。
無職の被保護母子世帯の母親のうち、精神疾患を疑われるこころの状態にある者が約4割(一般母子世帯は2割弱)。
通院中の被保護母子世帯の母親の最も気になる傷病の約3割がうつ病、こころの病気(一般母子世帯は8%)。
と、「元気でピンピンしているのに働かない」というイメージと全く異なる実態を示しています。
DV被害も、子どもへの影響も
さらに、生活保護母子世帯のお母さんたちは、高い比率でDV被害に遭っており、影響は子どもにも及んでいる可能性があります。
DV被害経験は、当然ながら子どもにも及びます。
生活保護母子世帯で、心身の健康状態が良好ではない子どもたちに対しては、母親の「7割」というDV経験率との関連を、大いに考えるべきでしょう。
直接、暴力を振るわれていなかったとしても、「面前DV」があります。
働いても保護脱却とはいかない事情
努力の末に就労しても、低賃金不安定就労であることが多く、保護脱却とはいかないのです。
生活保護ではない母子世帯と同じくらい苦しい
可処分所得で比較すれば、生活保護の母子世帯は、冒頭の財務省の主張と同様、「中流の下」程度の生活をしているといえます。
しかし貯蓄がない、フローだけでストックのない生活の中、大変な思いをしています。
結果として、生活実感は、「生活保護だからラク」と言えるものではありません。
結論:「女性の生活」「女性の就労」全体の状況が大きく影響している
「生活保護だから」といって、母子世帯の暮らしは、特にラクになっていないことは、以上から明らかでしょう。
逆に言えば、女性の生活・女性の就労全体が、日本ではいまだ劣悪な状況にあり、その全体的な影響が、生活保護母子世帯の生活に特に色濃く現れているということです。
問題にすべきは、生活保護基準が「高すぎる」ことではなく、日本の女性・子どもの多くが置かれている劣悪な状況です。