2016年10月27日、財政審・財政制度分科会は、社会保障の今後に関する検討を行い、資料を公開しました。
本記事では、公開された資料のうち、生活保護と就労に関する「はあ?」について述べます。
財政審・財政制度分科会が公開した資料は?
こちらにあります。
うち、生活保護についての記述があるのは、
資料1 社会保障(2)(年金、生活保護、雇用、障害福祉、医療提供体制)
です。
いきなり言い換えてミスリード? 「その他の世帯」→「現役世帯」
生活保護についての記述は、
資料1 社会保障(2)(年金、生活保護、雇用、障害福祉、医療提供体制)
の7ページから始まります。
表紙の次のページは、いきなり、このようになっています。
グラフの右下に「現役世帯」とありますけれども、生活保護に「現役世帯」という用語はありません。
「世帯主が高齢者でも障害者でも傷病者でもなく、母子家庭でもない世帯」
を指す「その他の世帯」という用語ならあります。
元データでも、「その他の世帯」という用語が使われています。
おそらく財務省は「働ける現役世代なのに働いていない」という雰囲気をかもしだすために「現役世帯」としたのでしょう。
「その他の世帯」とはどんな世帯?
厚生労働省が生活保護世帯の類型別統計を作成する際には、以下の定義が用いられています。
少なくとも、用語に「その他の世帯=働ける」というニュアンスはありません。
「その他の世帯」の世帯主は働けるのか?
「その他の世帯」であるというだけで、働けるか働けないかを判断することは不可能です。
「世帯主(42歳・男)・息子(17歳・重度障害児)」
「世帯主(56歳・女)・母親(84歳・認知症・要介護)・夫(62歳・脳疾患の後遺症により要介護)
「世帯主(15歳・女・高校生)・弟(12歳)・妹(8歳・重度障害)」
という世帯も「その他の世帯」に含まれるからです。
これらの世帯主を「働ける現役世代」とするのは、無理がありすぎます。
「その他の世帯」、家族構成の面から見て「働ける」のか?
2012年、厚労省もこのことを認めていました。
内閣府「新仕分け」において、「その他の世帯」の世帯主は障害者・傷病者ではないものの、世帯員の約27%が障害者・傷病者であるという資料を提出していたのです。
詳細は拙記事
生活保護のリアル・政策ウォッチ編:「新仕分け」で生活保護基準引き下げへ 保護費削減賛成派が知らない日本社会に及ぼす悪影響(2012年11月22日公開)
をご参照ください。
「だったら働けるだろ」とはいかない、年齢・時間の経過という事情
再び、財政審・財政制度審議会の資料に戻ります。
資料1 社会保障(2)(年金、生活保護、雇用、障害福祉、医療提供体制)
の17ページ、「就労促進に向けた取組」というタイトルのページには、
リーマンショック後、急増した「その他の世帯数」は、雇用情勢の好転もあり、足下は減少傾向にはあるが、依然とし
て、その水準はリーマンショック前に比べて高止まりしている。
という記述があり、すぐ下にこのようなグラフがあります。
青い線は完全失業率です。2008年(平成20年)のリーマンショック後、2009年の完全失業率は5%以上にまで跳ね上がりましたが、減少に転じ、2015年にはリーマンショック前よりも低下しています。
赤い線は、生活保護の「その他の世帯」数です。グラフ中の吹き出しには「就労可能な受給者が多い『その他の世帯数』は高止まりとあります。確かに、完全失業率ほどには下がっていません。
2008年、リーマンショックで失職した人がもし23歳だったら、2015年には30歳です。失職後、何らかの形で安定した職業に就けている可能性は低くありません。
しかし、2008年に43歳で失職した人は? 再就職は苦戦の連続、正社員になれても安定長期雇用とはいかず、転職のたびに収入が下がることの繰り返しで、2015年に50歳を迎えていることが少なくないでしょう。推測ではなく、これは40代・50代の生活保護に非常によくあるパターンです。
リーマンショックで失職した方々の中には、比較的若年で就労支援や再教育が奏功しやすかった方々と、比較的高年齢で再就職が困難を極める方の両方が含まれていました。高年齢で失職した方々は、就労による生活保護脱却が困難で、引き続き「その他の世帯」の世帯主であるようだ、と見るのが自然に思えます。
財政審・財政制度審議会の資料の同じ17ページには、「その他の世帯」の世帯主の年齢構成もあります。
40代以上になると、新規就労や転職による収入アップは難しくなります。その40代以上が、「その他の世帯」の世帯主の71%を占めています。
絶望的に新規就労が困難になる50代以上に限定しても、「その他の世帯」の世帯主の53%を占める計算になります。
失職に、介護に、看病に……といったことがらのダブルパンチ・トリプルパンチを受けつづけた末、加齢によってさらに就労が困難になり、生活保護にとどまらざるを得ない。
これが「その他の世帯」の世帯主の正確な姿であり、完全失業率の低下ほどには「その他の世帯」が減らない理由でもあります。
実はけっこう働いている「その他の世帯」、それでも生活保護しかない
読売新聞の原昌平記者が連載している「貧困と生活保護」というシリーズで、2016年2月5日、記事
が公開されました。
記事内では、
- 「その他の世帯」の世帯主のうち、家族に障害・傷病などの事情がない世帯では、少なくとも40%以上が就労している
- しかし雇用形態は、低賃金・不安定就労なので、生活保護からの脱却が難しい
という内容が紹介されています。
結論:「働けるのに働いていない」ではなく、雇用市場全体が問題
「働けるのに働かずに生活保護」という事例が皆無ではないことは認めますが、むしろ「珍しいから目立つ」「数が少ないから非難の対象にしやすい」というのが、取材を重ねてきての実感です。「働けるから懸命に働いている生活保護の人」をわざわざ見つけ、目くじら立てて非難する奇特な人は、めったにいませんから。
働きたいと思っており、それなりの経験や何らかの能力があっても、年齢というどうしようもない壁があります。
年齢の壁をなくすことは、一概に「よい」とも言えません。中高年が仕事を手放さない限り、若い人の雇用は増えません。「3年間、就労できなかった」は、50代よりも20代にとって、より深刻な問題です。
生活保護だけを問題にしていると、「誰にどのように雇用機会と報酬を分配するのが最もよいのか」という視点が失われてしまいがちです。
しかし、雇用から押し出されてしまう人・人間らしい生活のできる労働にたどりつけない人があまりにも多いから、生活保護が「増えた」と問題にされているのです。
財務省が見て見ないふりをしつづけるとしても、国民として問題の根源から目をそらさずにいつづけ、自分たちの問題意識を共有してくれる政権を選びたいものです。