相模原事件、措置入院までの「トホホ」を検証してみるテスト

大変な事件だからこそ、ありふれた人のありふれた事件としての検証が必要そうです。(写真:アフロ)

2016年7月26日に発生した相模原市の障害者殺傷事件から、2ヶ月が経過しました。

事件へと至った経緯、容疑者がこれまで歩んできた人生は、充分すぎるほど明らかにされました。

厚労省も検討チームを設置し、既に中間取りまとめが発表されています。

本記事では、あえて「どこまでも普通の人たちの、トホホな判断と行動の集積」として、相模原事件を検証しなおしてみます。

特殊性や異常性に注目する限り、事件の本質は何なのか、何が予防策として有効なのかを明らかにすることはできないでしょう。

わりと普通の人たちの、ありがちな行動とありふれた背景、その中に現れた「トホホ」という面から検証すると、まったく違う風景が見えてきそうです。

障害者施設退職から措置入院までの流れ

2016年9月20日の毎日新聞記事「相模原・障害者施設殺傷 見逃されたサイン」によれば、

2016年 

2月14・15日 

衆院議長公邸で手紙を渡す

2月16日~ 

県警が施設周辺パトロール開始。施設訪問し防犯カメラ設置を助言

2月19日 

施設側と面談、退職届を提出。警察は施設内で待機、保護が必要と判断し、相模原市へ通報。市内の病院精神科へ緊急措置入院

2月22日 

医師2人の診察で措置入院

となっています。

「障害者がいなくなったら経済活性化」のトホホ

容疑者の「手紙」全文は、現在、ハフィントンポスト記事で読むことができます。

公開された当初、「異常だ」「狂気だ」という反応が数多くがありました。まあ、確かにヘンです。

(引用注:障害者を殺そうと考える)理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。

「世界経済活性化」の方は、ありがちな主張です。

「障害者は社会にコストを強いる存在であり、いなくなったらコスト削減できる」

という考え方は、日本に限らず、世界のどこにでも見られます。

しかし、実のところ、問題はそんなに単純でもありません。

たとえば要介護者がいるから、介護労働というものが生まれるわけです。容疑者自身も、介護労働でゴハン食べていたわけですよね?

やや古いデータですが、2013年、日本には常勤・非常勤あわせて171万人の介護労働者がいました(厚労省「介護人材の確保について」)。

うち常勤は102万人、その方々の平均年収は218万円。ため息が出るほどの薄給です。

しかし、ざっくりと、100万人が年間200万円を稼いでいるとすれば、年間の給与総額は2兆円。

この他に非常勤の方々がいらっしゃいます。非常勤69万人の方々が、年間約100万円稼いでいるとすれば、年収合計は約7000億円。

合計2兆7000億円が、まずは介護労働者の収入となり、ついで地域その他で消費されているわけです。

障害者・高齢者を含め、介護を必要とする人々がいなくなったら、介護労働もなくなります。すると、この2兆7000億円の内需が消えてしまいます。

日本以外の国々でも、近代化された国々では、要介護者がいれば介護労働が職業として成り立つ事情は変わりません。

障害者をコスト要因として殺してしまえば、障害者に対する介護・医療・補装具などのコストは「浮く」のかもしれません。しかし同時に、障害者がいるから生まれていた仕事もなくなり、多数の失業者が生まれます。

なぜ、これが世界経済活性化につながるのでしょうか? 

失業者が増え、経済不安が蔓延すれば、第三次世界大戦が起こる可能性だって高くなるのではないでしょうか?

人道・人権の問題を度外視しても、単純に経済の問題として、容疑者の言い分はヘンすぎます。

手紙の宛先とされた衆議院議長は、「バーカ」と鼻で笑い飛ばしていればよかったのではないでしょうか。

「ただの犯罪予告」扱いをしなかったトホホ

それにしても、障害者施設の職員が「障害者を殺す」とハッキリ意思表示しているわけです。

前掲の手紙にも、

私は障害者総勢470名を抹殺することができます。

(略)

作戦内容

職員の少ない夜勤に決行致します。

重複障害者が多く在籍している2つの園を標的とします。

見守り職員は結束バンドで見動き、外部との連絡をとれなくします。

職員は絶体に傷つけず、速やかに作戦を実行します。

2つの園260名を抹殺した後は自首します。

と書かれています。

障害者殺しの「経済効果」は鼻先で笑い飛ばせても、「障害者を殺す」という意思表示を放っておくわけにはいきません。

ただこれは、「障害者を殺す、と意思表示した」をもって、逮捕・処罰が可能です。

手紙には、津久井やまゆり園と高齢者施設の名前が明記されていました。どこの障害者施設なのか明記されているわけではありませんが、どこかの障害者施設が具体的なターゲットとして想定されていることは読み取れます。

この書き方には、「新宿でデパートを爆破する」「名古屋発の長距離バスでバスジャックする」という犯罪予告と同程度の具体性はあると考えられます。新宿のどのデパートなのか、名古屋発のどの長距離バスなのかはわかりませんが、ターゲット候補ははっきりしています。ネット掲示板にこのような書き込みを行い、犯罪予告として逮捕された事例は多数あります。

容疑者の手紙で、「2つの園」が「津久井やまゆり園と◯◯園」のように特定されていればいるので、脅迫罪が成立する可能性もあるでしょう。そうでないとしても、重度障害者が多数入所している障害者施設が多数あるというわけではないので、「新宿のデパート」「名古屋発の長距離バス」程度には絞り込まれています。犯罪予告されれば、それら全部が警戒せざるを得ません。すると、業務妨害罪でしょうか。

いずれにしても立派な犯罪予告を行っているわけですから、犯罪予告として、即、逮捕していればよかったのではないかと思われます。

もしも、責任能力が問題になる可能性があるのなら、留置中に精神鑑定を行えば済む話です。

責任能力が問えるようであれば、通常の刑事司法手続きにより、脅迫罪か業務妨害罪で刑事罰の対象になりえます。問えないようであれば、心神喪失者等医療観察法の対象になります(この制度の是非は、本記事ではさておきます)。

いずれにしても、犯罪予告をもって逮捕していれば、措置入院の必要はなく、措置解除後を問題にする必要もありませんでした。

もしかすれば、相模原事件そのものが起こらない成り行きへと結びついたかもしれません。

措置入院のはずが監禁だったかもしれないトホホ

2016年2月19日、容疑者は職場の障害者施設を退職しました。即、施設内で待ち構えていた警察官が、容疑者を市内の精神科病院に緊急措置入院させました。3日後の2月22日、精神保健指定医資格を持つ精神科医2名の診察を経て、容疑者は措置入院となりました。

ところが後に、措置入院の判定に関わった精神科医の精神保健指定医資格が不正に取得されていた可能性が浮かび上がりました。

全国の複数の医療機関の精神科医が、強制入院などの判断を行う「精神保健指定医」の資格を不正に取得していた疑いのあることが、厚生労働省の調査でわかった。

 不正取得が疑われる医師とその指導医は計100人前後に上り、神奈川県相模原市の知的障害者施設で起きた殺傷事件で、逮捕された容疑者の強制入院措置に関わった医師も含まれているという。

出典:「精神指定医」100人不正疑い、「相模原」判断医師も…診療歴偽り取得か(ヨミドクター・2016年9月2日)

精神保健指定医資格は、「患者を病院内に閉じ込めるか閉じ込めないか」という重大な判断に必要とされる資格です。資格があれば適切に判断できるのか? そもそも「患者を閉じ込める」という判断をしてよいのか? という問題はあります。しかし、「精神疾患を理由に精神科病院の中に閉じ込める」という判断は、「逮捕して留置場に入れる」に匹敵する重みがあります。不正取得された資格によって病院に閉じ込められたら、患者はたまったものではありません。

医師免許を持っていない人が医師として医療行為を行うことの有害さと危険さは、言うまでもないでしょう。

患者を精神科病院に閉じ込める資格を持っていない人が措置入院させてしまったら、ただの監禁になってしまうのではないでしょうか?

なお私は、精神保健指定医資格を、措置入院など、いわゆる強制入院をさせる資格とすることそのものに対して、疑問を感じています。それで治療が出来ると言えるのだろうか? と。

「閉じ込める」「閉じ込めない」の判断をはじめ、自分の身体と生活に関わる実権を握っている人を、人はどう見るものでしょうか?

「言うこときかないとロクな目に遭わないから」と、従順な「良い子ちゃん」はするかもしれません。気に入られるように振る舞うかもしれません。でも、その人に対して、「自分を治療してくれる人」「自分の困っている症状をどうにかしてくれそうな人」として心から信頼することは、あまり考えられないと思うのです。

自由を制限する権限を持つ人は、治療をする人とは、制度上も実際も、別であるべきではないかと思っています。

これらの「トホホ」はどこから? なくすには?

容疑者の「障害者を殺したら世界経済が活性化」という、ストレートでわかりやすく、しかし幼稚で、全く当たっていない考え方。

あからさまな犯罪予告を目にして、でも通常の犯罪予告として「逮捕する」といった対応がなされなかったこと。

措置入院のはずが、資格が有効ではないかもしれない精神科医による単なる監禁だった可能性。

相模原事件は、あまりにも、事件の手前の「トホホ」が多すぎます。

これらの「トホホ」、特に、通常の逮捕ではなく措置入院という判断は、「容疑者の精神状態が異常かもしれない」という見立てから行われたものででしょう。もちろん、異常を伺わせることがらは、行動からも衆議院議長への手紙からも、プンプン臭っていました。

しかし、容疑者の精神状態が正常だろうが異常だろうが、ただの犯罪予告として対応し、必要であれば精神状態に適した何かも行うという方法が取られていれば、相模原事件の悲劇に至らない成り行きとなっていた可能性は高いだろうと思います。

このような事件の再発を防止するために、何が必要なのでしょうか?

まずは、「◯◯だから犯罪をおかすかもしれない」という「見立て」による何かを、やめることではないでしょうか?

「精神的に異常がないから犯罪をおかさない」も、「精神的に異常があるから犯罪をおかす」も、言い切れるほどハッキリした因果関係に基づいた話ではありません。

「◯◯だから犯罪をおかさない」「◯◯だから犯罪をおかす」という、あまり当てになりそうにもない都市伝説を根拠にするのはやめて、「誰かが犯罪をおかしたくても、最終的に犯罪の遂行に至れない」という成り行きが増えるように、方策を考えるべきでしょう。

おそらくは、これこそが、相模原事件の最も本質的な再発防止策だと思われます。