なぜ、貧困と格差を問題にするのか
貧困と格差を放置することは、人道上の問題です。
貧困である期間、その人は、貧困であることによって数多くの機会を失います。
失う機会の中には、その人にとって「あったからといって、別にどうということはない」というタイプの機会もあります。
たとえば私にとって「家に大型液晶テレビを置く機会」「パチンコをする機会」「タバコを買う機会」は、ないからといって別に困らない機会の最たるものです。TV持ってない歴33年目、ギャンブルに興味がなくパチンコ店に入ったのはトイレを借りた一回だけ、喘息持ちでタバコは「喫ったら死ぬで」。私にとっては意味のないゼイタクであったり、誰かの嗜好品だけど私の嗜好品ではなかったりするわけです。
しかし、世の中の多くの人に親しまれているメディア・遊び・嗜好品に対して「触れることもできない」「近寄ることもできない」となると、その人は、意識しているかしていないかにかかわらず、数多くの機会を失うことになります。ないからといって死なないけれど、社会生活上の問題が引き起こされ、あるいは社会生活の範囲が狭められることになるでしょう。
「生存が保障されているかどうかも怪しい」というレベルになると、誰から見ても問題は明確です。
現在は夏休み。ふだんから給食が命綱となっている貧困家庭の子どもは、給食のない夏休みに痩せてしまったりします。三食食べられる家庭の子が、たくさんの楽しい経験をし、学びを進め、身体的にも40日分成長した夏休み明けの二学期、ひもじい思いを重ね、身体の成長の機会が40日分少なく、もちろん楽しい経験や学びも少ない子どもたちが、同じ教室にいるわけです。このことの非人道性は言うまでもないでしょう。
子どもほどわかりやすくない大人の場合も、問題の内容と構造は同様です。
貧困を解消しないとは、ご飯が十分に食べられない人はそのままでいい、ということです。
格差を解消しないとは、「貧」がもたらす多数の「困」で身動きできない人を、そのままにしておくということです。
貧困を解消するには、不足している分のカネが必要です。現金・現物・サービスのいずれの形を取るとしても、そのためのカネは必要です。もし格差が貧困とセットになっているのなら、カネを確保するには格差を解消するしかありません。貧困状態にある人々がもしも充分に働いていないのであれば、就労を促進する必要はあります。働けば充分に暮らしていける状況をもたらすためには、賃金の財源が必要です。手当であろうが仕事であろうが、貧困状態の人が暮らしていけるカネを手にするためには、「あるところからないところにカネを移転する」が必要なのです。
たとえば「オリンピック・パラリンピックスタジアムの建設」といった機会は、方法によっては、貧困状態の人々へのカネの移転につながります。費用のうち人件費の比率(労働分配率)の最低線を、充分な報酬を支払えるレベルに最初から決めておけばよいのです。間違いなく人手不足が起こるでしょうから、「最低賃金で」というわけにはいかず、「最低賃金×1.5(例)」といった感じになるでしょう。長時間労働を必要としない賃金としておき、その間に資格取得などに対する支援も行えば、オリンピック後の仕事・キャリア形成につなぐことも可能です。
(個人的には、スタジアムは仮設建造物にしておき、オリンピック・パラリンピック終了後は解体して更地のままにしておくか、あるいは災害時に備える何かを作ってほしいと思いますが)
貧困と格差は、東京のような大都市でこそ明確になりやすいものです。
東京の足元の人道問題に対し、解決を担うために都知事になるはずの候補者たちは、どう考えているのでしょうか?
参考にした公約
本記事で参考にした公約は、下記のとおりです。
小池百合子氏小池ゆりこ 都知事選2016
鳥越俊太郎氏政策
3候補の公約を比較してみた
雇用・最低賃金については?
問題は「労働分配」をどう考えるか、「過労死か貧困か」にならない雇用をどう確保するかですが、これらの点についての明確な意思表示は、どなたからもありませんでした。
小池氏は介護問題・保育問題との関連でしか語っておらず、しかも「改善」という漠然としすぎた表現です。介護労働者・保育士の不足の大きな原因の一つは賃金の低さにありますが、低賃金労働そのものはコンビニにもスーパーにもありふれています。介護だけ・保育だけを解決しても無理、というものです。
鳥越氏は加えて、最低賃金にも言及しています。ここは評価できるところです。また「貧困と格差の是正」とも明言しています。
日本の場合、最低賃金は生活保護基準を下回らないように定められることになっていますので、鳥越市は最低賃金によって「一定の生活の質を担保する(はず)」とも言っていることになります(実際にはそうなりません。最低賃金の算出方法がそもそもおかしいのです)。
お二人に比べれば、増田氏は大変に具体的です。しかし、手放しで評価するわけにはいきません。
「正社員化」「賃金底上げ」が生活水準の維持や向上につながるかどうかは不透明です。増田氏の「国のGDPを600兆円に」という路線が実現すればインフレが発生しますから、インフレ率同等に賃金が上がらなければ生活水準は維持できないわけですが、「そうする」という約束はありません。しかも高齢者も女性も障害者も就労すると、働き手が増えるわけです。もしかすると、GDPが600兆円になったとき、働き手はより貧乏になっているかもしれません。「いえ、そうはしませんから」という安心材料は、増田氏の公約のどこにも見いだせないのです。
それに増田氏は、保育士に対しては処遇改善を明言していますが、介護労働者に対しては「介護職員の人材確保を支援」なんです。介護労働者は、海外からの労働者導入やロボットでなんとかしたいお考えのようす。ロボットはともかく、人間に対しては外国人だからといって処遇改善しないままでいいんでしょうか?
小池氏
あらゆる都内遊休空間を利用し、保育施設、介護施設不足を解消。同時に、待遇改善等により保育人材、介護人材を確保する。
鳥越氏
貧困・格差の是正に向けて、若者への投資を増やすなど、効果的な対策に取り組みます。
保育士の給与・処遇を改善します。
介護職の給与・処遇を改善します。
増田氏
70 歳まで働ける社会の実現
女性の就業継続、職域・登用拡大、キャリア形成、起業等への支援
若者の雇用の安定、所得の改善
若者の正規就労の促進
障害者の雇用・就労の促進
職業訓練の充実
求人求職のミスマッチの解消
賃金水準の全体の底上げ
在宅勤務(テレワーク)やフレックス勤務などの柔軟な働き方の推進
ワーク・ライフ・バランスの推進
保育士の処遇を大幅に改善(給与アップ、家賃補助)
医療機会・医療格差については?
長時間労働(しばしば低賃金とセット)による「病院に行く時間がない」、低賃金その他の困難により「健康保険料が払えないので病院にかかれない」という根本的な問題について、どなたも一言も言っておられません。
病院に行く時間を確保し、もちろん健康保険料はちゃんと払ったとしても、病院で必要な診察・検査・処方を受けることは、たいへん難しくなってきているのが、すでに現状なのですが。
自分自身、ここ数年は「時間とって行くだけバカらしい」と感じることの連続で、病院から足が遠のいています。
「症状を大げさに訴える」「自己責任で(自費で)すべきことをせず検査ばかり欲しがる」「不要な薬を欲しがる」と思われないように神経を尖らせ、言動に注意を払い、でも結局、「2万円払って◯◯(機器名)を購入してデータ持ってきてくれたら、こっちで検査してもいいけど」というふうに適当に口先であしらわれ、検査も処方もなし。
そんなことを、この2年間ほどで何回も経験しました。しかも「生活保護と思い込まれて生活保護差別を受ける」というオマケがつくこともあります。
医療機関があっても「行ってもなんにもならないから、行かないほうがマシ」では意味ありません。
もちろんこれは、医療報酬など、国政レベルでの変化があっての話です。東京都だけでは如何ともしがたいものではあります。
私には医師の友人知人が多数おり、「健保の請求が通りづらくなった」というボヤキは聞いています。医師・医療機関のせいというわけではないんです。
とりあえず、私自身は、必要が充たされる意味ある受診をしたいだけです。それが、この2年ほどで、過去が信じられないほど困難になりました。
候補者の皆さんは、こういう現状をご存知なのでしょうか? たぶん、ご存知ないのでしょうね。
小池氏
女性が健やかに希望を持って、生き、学び、働き、愛し、子供を産み、育む社会を実現する。
健康寿命延伸のための予防医療、受動喫煙対策を推進し、地域の医療機関を支援する。
鳥越氏
東京都のがん検診受診率は現在50%にも達していません。これをまずは50%、最終的には100%を目指します。
だれもが先進医療を受けられる東京を目指します。
増田氏
ほぼ記述なし、不妊治療と周産期医療だけです。
不妊治療支援の充実
周産期医療体制の充実
手当・給付については?
「手当より仕事」「ワークフェア(働かざる者、福祉を受けるべからず)」という考え方が、2000年以後の日本では主流というかウケがいいというか、です。
冒頭で述べたとおり、問題解決に必要なのは「カネがない人にカネが移転される」です。手段(手当か、労働の対価か)は「カネの移転」の必要性を認めるか認めないかの次の段階の話です。
ワークフェアは、なんのために必要なのか、どういう効果があるのか。私からみると全く意味不明です。「コスパ」面では、生活保護の方が安くつくくらいかもしれません。
また高齢者や障害者が労働市場に参入するということは、そういう人にも出来る仕事が、健常者、特に若年の健常者から奪われるということです。ヘタすると、労働市場の価格破壊といったことにつながりかねませんし、その萌芽的な事例もあります。
お3方のご意見は、どうでしょうか?
「公がカネを出さないと子どもは増えない」が一番よくわかっておられるのは、増田氏のようです。
小池氏は、「働けば? そうすれば手当はいらないでしょ」ということなのでしょうか?
高齢者・障がい者の働く場所を創出。ソーシャルファームの推進。
鳥越氏
手当・給付には言及ありません。
たとえば待機児童問題は、育児中の母親の所得保障によって解消する可能性もあるのですが。
増田氏
第三子以降の保育料・幼稚園費を無償化
ひとり親世帯への支援の強化(保育料の無償化など)
教育・生育環境の格差については?
どなたも「どうでもいい」とは考えておられないようすです。
ただ、公的資金は投入したくない小池氏・公的資金で行いたい鳥越氏・公的資金はメリットベースで(費用対効果という面で期待できるなら)投入したい増田氏と、考え方にはっきりと差が現れました。
小池氏
保育ママ・保育オバ・子供食堂などを活用して地域の育児支援態勢を促進する。
鳥越氏
すべての子どもに学びの場が提供できる環境を整えます。
貧困・格差の是正に向けて、若者への投資を増やすなど、効果的な対策に取り組みます。
子育て・介護に優先的に予算を配分します。
増田氏
第三子以降の保育料・幼稚園費を無償化(前項と重複)
ひとり親世帯への支援の強化(保育料の無償化など) (前項と重複)
都独自の給付型奨学金や無利子奨学金を創設
子供に対する学習支援や食事の提供等を行う場所創設の取組を一層支援
ひとり親世帯向けの職業訓練の充実
ひとり親世帯の保育料の無償化
まだ投票していない東京都の有権者の皆様へ
どうか、今からでも、投票に行ってください。
今、15時を過ぎたところ。あと5時間あります。
あなたのお考えを、投票という形で示し、誰が都知事になるかにつなげてください。
その時、あなたが
「夏休みにご飯ちゃんと食べられない子どもを、一番減らしてくれそうだ」
と考えられる候補者に一票を投じていただければ幸いです。
今回の都知事選の結果がどうなろうが、選挙で終わらないのは同じことでしょう。
どうも、子どもの問題を含めてジェンダー問題を「我が身」のこととして理解しているとは思えない小池氏。
具体性と実行力、マイノリティ(障害者を含め)問題の理解に不安を感じる鳥越氏。
具体性と実行力には大いに期待できるものの、貧困や格差を「人道問題」として解決する意志は感じられない増田氏。
どなたが都知事になっても、不安や期待できない点は残ります。
一市民としては、今日の都知事選を重要なマイルストーンとして今後を考え、出来ることから実行し続けるしかないのだと思います。