2015年12月16日、別府市でケースワーカーがパチンコ店などで「張り込み」をし、来ていた生活保護利用者に対し生活保護の停止を含む制裁を行っていたことが報道されました。
発端となった市議会での質疑と答弁を、関連情報および私見とともに紹介します。
別府市議会で発言したのは?
2015年12月15日に開催された別府市議会の平成27年第4回定例会本会議で、国実久夫市議が一般質問を行いました。
国実市議の現在有効な(選挙用などではない)個人Webページは見当たりませんが、別府市議会の議員情報によれば、会派は「自民・創生」、1948年生まれ(2016年1月現在、67歳)、市議4期目。厚生環境教育委員会の常任委員ということです。
発言内容は?
この時の論議はまだ議事録には掲載されていませんが、別府市議会サイト内で動画ファイルが公開されています。
国実市議は、
1.別府市の地方創生政策について
2.生活保護対策について
3.空き地・空き家・廃屋について
4.野口原総合グラウンドについて
(1)陸上競技場の改修について
(2)陸上競技場の公認について
(3)野球場の設備について
5.中学校の統合問題
(1)浜脇中学校と山の手中学校の統合の状況
(2)教育委員会の進め方について
6.その後の南部振興について
7.市庁舎前の整備について
と、大変幅広い内容にわたる質問をされたようです。
地方議会の議員として、具体的な、目の前の、複雑な利害の衝突が陽に陰に起こりやすい問題の数々に対し、時間をかけて取り組んで来られてきたご様子が伺えます。
この日の約50分にわたる質問のうち約13分(動画の6:18~19:18)が、「2.生活保護対策について」にあてられました。
生活保護に対する質疑(書き起こし(抄))
別府市での生活保護の実施状況は?
最初の質問は、生活保護の実施状況についてです。
- 国実市議
議員になって12年をこえた。
財政をみて、別府はいつも、目を通したときは大丈夫、立派と思う。
しかし、生活保護費、高齢者が多くなっていく。危惧はもっていた。
生活保護費、別府では高いのではないか。
生活保護の実施状況について、過去5年間の推移と傾向について。金額、被保護世帯数は?
- 社会福祉課長
平成22-26年度決算数値から。
H22 保護費 69億8200万円 前年比6.61%増と高い伸び、2955世帯、前年比216世帯増
H23 保護費 70億7900万円 前年比1.38%増、世帯数 166世帯増
H24 保護費 73億4900万円 前年比3.81%増、世帯数 54世帯増
増加傾向ややおだやかに。
H25 保護費 70億9000万円 前年比3.51%減、世帯数 7世帯減
H26 保護費 72億1400万円 前年比1.79%減、世帯数 14世帯減
H27 (保護費?)0.33ポイント減少と思われる。
経済状況に変化なければ、保護費は72億円くらいで推移しそう。
ここでは話題に出ませんでしたが、別府市自体、生活保護利用率が周辺自治体に比べて高い現状もあります。
大分県全体での保護率は1.74%(2013年)。経済状況を考えると、むしろ「こんなに低くて大丈夫なのかな?」という感じがするくらいです。自治体による保護率の差は大きいのですが、それでも豊後高田市(0.9%)~大分市(1.9%)と、「こんなに低くて大丈夫のかな?」です。別府市は突出して保護率が高く、3.2%。といっても、違和感を覚える高さではありません。少なくとも、雇用や経済の状況に対して「高すぎる」ということはないのでは? と思います(この段落のデータは「大分県の生活保護」2013年版によっています)。
別府市の資料から私が電卓で計算したところでは、「その他の世帯」が約20%と比較的高くなっていました。
この背景が何なのかは、一度は現地を踏んで、よく調べてみなくてはならないと考えています。
大分県は大企業の工場を数多く誘致している地域でもあります。
一説によると
「2008年のリーマン・ショックと派遣切りのとき、仕事を求めて、また周辺自治体で水際作戦に遭って、別府市に流れ込んで生活保護につながった人がたくさんいた」
ということですが、それだけでは説明つかない感じがします。
特に単身の派遣労働者だったら、北九州市や福岡市のような場所に行ったほうが仕事は探しやすいでしょう。だから「なぜ別府?」なのです。高速バスで安価に行けますし。
それとも、地元を離れるわけにいかない事情があるのでしょうか? 別府には、地元を離れにくい事情が何かあるのでしょうか?
まずはデータを丁寧に見てみなくては、です。
別府市は医療扶助比率が高い?
続く質問は、医療扶助に関するものでした。
- 国実市議
全国的な数値と別府市の数値の比較、特徴、72億円のうち医療扶助が平成26年に39.7億。59%を占めている。
全国的には、医療扶助比率は減少傾向。平成19年、50%以下。平成23年 、46%。平成26年 、45%くらいと思う。
全国と別府市、10%の差。縮める努力が必要と思う。
医療扶助の比率が高い要因は?
「精神科閉鎖病棟のベッド数は? 長期入院患者数は? もしや別府市に集中しているとか? いやちょっと待て、そうはならないのでは?」
という疑問が一瞬、頭をかすめるのですが、答弁を見てみましょう。
- 社会福祉課長
医療扶助、全国的数値より高いのは認識。
その要因。単身高齢者比率が非常に高い。
別府市は医療機関が比較的充実、病院にかかりやすい。
昨年(注:2014年)7月1日、生活保護法が一部改正された。
医療扶助について、指定医療機関に関する改正がされた。
後発医薬品、医師が使用を認めている場合には、受給者に使用を促す。
そのための専任職員を1人配置した。
国の医療機関への直接指導が可能に。レセプトチェック要因を2人配置した。
県とも協力して医療扶助を適正化する。
「病院に行きやすいから病院の利用が多い」が要因と認識されており、取られている対策は「後発医薬品の使用促進」「レセプト内容のチェック」のようです。
医療扶助の内訳をもっと細かく見てみないと、本当のところ、何が原因で医療扶助が多いのか分からない、というのが正直なところです。
「生活保護でパチンコ」を摘発、の実際は?
さて、話題となった「生活保護でパチンコ」を摘発、の件です。
・国実市議
市民と議員との対話集会をもった。一般市民の方々から苦情があった。
生活保護受給者が昼間からパチンコや競輪をしている。
今回、課長との話の中で、10月に遊技場の立ち入り調査をしたということを聞いた。
状況は? 問題点は? 今後の対策は?
これ自体は、生活保護とその周辺の「あるある」です。
「パチンコ(競輪)をしていた、そういう遊びができるということは不正受給でもしてるんじゃないか」
と、「不正受給」がセットになることもあります。
ふだん仲のよい生活保護利用者が2人、一緒にパチンコに行き、1人は勝ち1人は負け、負けた方が「不正受給だ」と福祉事務所にタレコミした、という話もあります。
このような情報提供に対し、どういう対応を取るかは、福祉事務所とケースワーカーしだいです。
「パチンコは生活保護でも禁止されていませんし、パチンコだからといって不正受給とは限りませんが、情報ご提供ありがとうございます」
で済ませる場合もあります。
さて、別府市は?
- 社会福祉課長
2015年、10月5日から30日にかけ、全ケースワーカーを、延べ5日間動員して、全パチンコ店と競輪場、遊技場調査をした。
立ち入りを禁止しているにもかかわらず、25人の保護受給者を発見した。
そのうち6割が、高齢受給者だった。
自分が(注:25人の)一人一人と面接した。
複数回の指導に従わない場合、保護の停止など、厳しい措置を実施した。
しかし、そのような方にこそ、生きがいをもって、社会的自立を促す指導も必要と実感。
今後の対策、これまで以上に、遊技場調査を強化、厳格な措置を行うのはもちろんのこと、
加えて、たとえば自治会や老人クラブでの活動、介護支援ボラ登録など、社会参加に向けた支援も充実。
一人一人が地域の中で生きがいを見出すことにも力を注いでいこうと考える。
正直、意味が分からないです。
全ケースワーカーの動員には「才能の無駄遣い」という言葉が思い浮かびました。才能というより「ヒューマン・リソースの無駄遣い」というべきですが。
それに、この方々はすでに「生きがい」を持っているわけです。パチンコや競輪という生きがいを。
生活保護費のやりくりで楽しめているんだったら、他人がとやかくいう筋合いはないかと。
それに「生きがい」は、自分で見出し、選ぶからこそ「生きがい」になるのではないでしょうか。
他人に「これがあなたの生きがい」とあてがわれたものに、内心ムカつきながら「生きがいをありがとう」と言わされるなんて。
その方々のお気持ちを考えただけで、胸が痛みます。高齢となって、それまでの人生で積み重ねたものを尊重してもらえるわけでもなく、ただ「生活保護だから」という理由で、他人の考える「生活保護にふさわしい生きがい」を「生きがい」と言わされるなんて。
生活保護利用者にパチンコ・競輪を禁止する規定は、生活保護法にも施行規則類にもありません。
つまり、生活保護利用者に対して遊技場への立ち入りを禁止する権限が、自治体にはないんです。
さらに、それを理由とした保護停止ですか……?
もう「なんだかもう訳がわからなさすぎる」というしかありません。
根拠はいったい、何なのでしょうか?
そもそも「生活保護でパチンコ」は生活保護法違反になるのか?
生活保護法には
(指導及び指示)
第二十七条 保護の実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。
2 前項の指導又は指示は、被保護者の自由を尊重し、必要の最少限度に止めなければならない。
3 第一項の規定は、被保護者の意に反して、指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。
指導・指示の権限が「なんでも勝手に指導だ指示だといえば許されるわけじゃないよ」という但し書きとともに規定されています。
従わない場合のペナルティもアリ、極めて強い強制力があります。
だからこそ、指導・指示は簡単に使えるものではないのですが、とりあえず、今回の別府市の件に関係するのは、太字箇所です。
(指示等に従う義務)
第六十二条 被保護者は、保護の実施機関が、第三十条第一項ただし書の規定により、被保護者を救護施設、更生施設若しくはその他の適当な施設に入所させ、若しくはこれらの施設に入所を委託し、若しくは私人の家庭に養護を委託して保護を行うことを決定したとき、又は第二十七条の規定により、被保護者に対し、必要な指導又は指示をしたときは、これに従わなければならない。
2 保護施設を利用する被保護者は、第四十六条の規定により定められたその保護施設の管理規程に従わなければならない。
3保護の実施機関は、被保護者が前二項の規定による義務に違反したときは、保護の変更、停止又は廃止をすることができる。
4保護の実施機関は、前項の規定により保護の変更、停止又は廃止の処分をする場合には、当該被保護者に対して弁明の機会を与えなければならない。この場合においては、あらかじめ、当該処分をしようとする理由、弁明をすべき日時及び場所を通知しなければならない。
5 第三項(注:保護施設利用の場合)の規定による処分については、行政手続法第三章 (第十二条及び第十四条を除く。)の規定(注:行政が不利益処分を行う場合の手続きと弁明方法)は、適用しない。
この指導・指示は文書で行われますので、保護を停止された方々には、その指導・指示の文書が手渡されているはず。
また、指導・指示に従わなかったとしても、
「10月5日から30日までの間に、あなたをパチンコ屋で見たのは2回目。1回目にダメって言ったでしょ。そういうことで、はい、保護停止ね」
というわけにはいかず、理由が弁明の機会とともに、明確に文書で示されているはずです。
これらの手続きはどうだったのでしょうか? たいへん気になります。
また、そもそもの問題は「生活保護でパチンコ」は法で罰することができるのかどうか? です。
根拠になりうるのは、生活保護法のここくらいでしょうかね?
(生活上の義務)
第六十条 被保護者は、常に、能力に応じて勤労に励み、自ら、健康の保持及び増進に努め、収入、支出その他生計の状況を適切に把握するとともに支出の節約を図り、その他生活の維持及び向上に努めなければならない。
ご覧のとおり、罰則なしの努力規定です。
男女雇用均等法や障害者差別解消法が性差別・障害者差別そのものに対する罰則を定めていないのと同じ。
性差別そのものや障害者差別そのものに対して経営者や事業者などなどが法的な罰を受けないのであれば、「パチンコで生活保護」も同じ理由によって法的な罰の対象にならないことになります。でも、別府市で行われた「生活保護の停止」は、生活保護法による法的な罰なんです。
しかもその発端は、一般市民による「生活保護受給者がパチンコや競輪を」という声。
その方のお気には召さないかもしれませんが(私自身、パチンコに全く関心がなく、幼少時に住んでいた家の目の前が「オケラ街道」だったためギャンブルが大嫌い。パチンコ店と公営ギャンブルが今すぐ全部消滅しても全然困りませんが)、法で罰する対象ではないんです。
でも別府市は、やっちゃいました。生活保護に定められた法定刑行政処分の適用を。
「法治国家のふりくらいしてくれませんか? 法治国家に属する自治体のふりくらい、してくれませんか? 地方議員として、法令遵守のふりくらい、していただけませんか? せめて原稿を作る前に、生活保護に詳しい弁護士にチェックしてもらったら、こうはなりませんが」
と言いたい気持ちになってきました。
不正受給対策は? 「働けるけど働いてない」人への就労指導は?
つづいて、不正受給と就労指導が話題になりました。
- 国実市議
自分が生活保護対策について、届け出(? よく聞き取れず)が済んだ後、偶然知った、横浜でのこと。
32歳の男性が収入を隠して、320万円の生活保護費詐取をした。
この弾性男性は、交通事故で2300万円の保険金をもらっていた。
「お金をもらえるだけもらおうと思った」と容疑を認めている。
不届きな人がいるものだと痛感。
それはね、時々はいますよ、昔から。でも「たくさん」「ほとんど」じゃないです。
それに、人ひとりが生きられるかどうかのささやかな「利権」と、そのささやかな「利権」にしがみつきたい心理。
不正受給が良いことだとは思いませんが、不正受給に至ってしまう気持ちは理解しなくては、と思います。
そこが理解できなければ、有効な対策もできないはずですから。
- 国実市議
別府市、働ける、生活保護受給している比較的若い年齢層、20-30代、単身世帯は、どのくらいいるのか。
状況はどうか。
稼働指導はどのように行われているのか。
- 社会福祉課長
別府市の受給者のうち、20-30代、稼働能力ありと判断される「その他世帯」単身世帯、20代6世帯、30代15世帯。
20代5世帯、30代5世帯は就労している。
20代1世帯、30代10世帯は稼働指導を実施中。
比較的若い年齢層、今後、長期間にわたり、安定した収入を確保、経済的のみならず社会的にも自立を図る視点から、ケースワーカーと平成22年よりの就労相談員が連携し、きめ細かな、個々の事情に適した就労指導で、生活保護からの自立を目指す取り組みをしている。
簡単に就労できて稼げる人が生活保護を受けているわけではないことが、このやりとりからも見えてきます。
就労可能とはいえ、「きめ細かな、個々の事情に適した就労指導」を行わなければ「長期間にわたり、安定した収入を確保」するに至り得ない方々が、「就労可能だけど生活保護で就労していない」という状況にあるわけです。
このあたりの事情は、過去の拙記事もご参照ください。
生活保護のリアル~私たちの明日は?:生活保護への就労支援はやっぱり絵に描いた餅(ダイヤモンド・オンライン)
「自立の助長」のためにも、遊技場調査なんて、おやめになっては?
最後は、「自立の助長」で締めくくられました。
・国実市議
課長とこの件を議論。よくわかった。
生活保護事務は、大きく捉えると、生活保護法1条に規定するとおり、2つにわけられる。
1つ、憲法25条の理念にもとづく「健康で文化的な最低限度の生活」支給事務。
2つ、自立を助長する事務。
前者、最低生活維持のために重要。
しかし、後者、自立の助長、これこそが各ケースワーカーの力量に違いがある部分と思う。
たとえば先程の遊技場調査。
高齢者に社会で自立、元気になっていただく。大事なこと。
生活保護事務、国の法定受託事務。
地域で差があってはならない。
でも各人の力量で差が生まれないように。
「自立」概念と「自立の助長」の意味する内容は、戦後の生活保護制度史を通じて、政治や財政の都合でグッチャグチャに揺れてきたところです。特に大きな揺れをもたらしてきたものの一つは、国と地方自治体の力関係だったりします。
でも、「自立の助長」を大事にするのであれば、それこそ、法的根拠があるわけでもない「生活保護受給者がパチンコ屋に来てないか?」調査とか、「法に定められた罰?」の「生活保護なのにパチンコ屋行ったから生活保護停止」とか、そんなことに時間とヒューマン・リソースを使っていられないはずです。
別府市の生活保護実施体制は、人員的には、それほど手薄な感じを受けません。しかし人数、地域や業務による密度のち外、資格の有無など、もう少しきちんと調べてみたいところです。
まさか、ケースワーカーの力量が求められるとお認めの「自立の助長」の促進に際して、「社会福祉士または社会福祉主事が少なすぎて、どうしようもない」ということはないでしょう。そう思いたいです。