死の超越者は夢を見る   作:はのじ
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G様、S様。誤字報告ありがとうございます。

文字数を少なくして投稿速度を重視しました。



激突(一)

「幸いな事に下僕は全員無事です。えぇ、ジェリコの城壁の維持は不可能ですが恐怖公の眷属は日の出までは無限に増殖し続けます。召喚モンスターを囮にしました。今頃は恐怖公の眷属に紛れて偽神都の外まで脱出しているでしょう」

 

 暗闇。光は一切ない。しかしアーチデヴィルのデミウルゴスに光は必須ではない。デミウルゴスの体のいたる所で恐怖公の眷属が這いずり回り、カサカサと音を立てていた。

 

 デミウルゴスは恐怖公の眷属を気にする様子もなく会話を続けている。

 

 小さな空間だ。楕円の形に仕切られた空間は蠢く無数の眷属に支えられている。天井も壁も手を伸ばせば簡単に届く距離だ。恐怖公の眷属で覆われた隙間とも言える小さな空間。そこにデミウルゴスとエントマ・ヴァシリッサ・ゼータの二人が文字通り、身を寄せながら避難していた。

 

 何から? シャルティアからだ。

 

 デミウルゴスは体を横たえ、エントマはその側で体を折り曲げ座っている。

 

「恐怖公が時間を稼いでくれています。彼は無限とも言える軍団を指揮する戦術家です。時間稼ぎに専念するならば十二分に役目を果たしてくれるでしょう。不幸中の幸いと申しましょうか、偽神都(ここ)にいるのが恐怖公とエントマでよかった。アウラとユリだったならあっさりと全滅していたでしょう」

 

 デミウルゴスはポケットからスキットルを取り出し、ごくりと煽った。モモンガから下賜された尽きることのないウィスキーだ。

 

「朝になれば恐怖公の眷属は消え去ります。そうなれば隠れる事は出来ません。客観的に見て私達ではシャルティアを相手にして勝ち目はない。実際先ほどまでいいようにやられました。シャルティアは勝利を確信していることでしょう」

 

 暗闇の中、くくくと笑う声が聞こえた。

 

 デミウルゴスの独り言ではない。伝言(メッセージ)だ。会話の相手はパンドラズ・アクターだ。伝言の発信はパンドラズ・アクターから。今のデミウルゴスはシャルティアの転移を防ぐ為、次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)に魔力リソースの大部分を割いている。今後の為にも例え僅かでも魔力の消費は防ぎたかった。

 

「ぐっ」

 

 デミウルゴスの口からごぼりと血液が溢れた。シャルティアの攻撃で内臓の幾つかが失われている。

 

「ぎぃぃぃ……ぎぃ……」

 

「すまないねエントマ」

 

「ぎぃ……」

 

 エントマは手巾でデミウルゴスが吐き出した血を拭った。手巾を掴む手は人間形態のそれではない。蜘蛛の節足だ。

 

「ぎぃぃぃ……」

 

 エントマの口から漏れる音は、ぎちぎち、ぎぃぎぃと不協和音を奏でている。

 

 暗闇の中、小さく折り畳んだ節足でデミウルゴスを介抱するエントマの姿があった。蜘蛛人(アラクノイド)としての何本かの節足は無残にも途中から引き千切られていた。仮面の蟲は失われ複眼の目がむき出しになっている。エントマお気に入りの声を出す口唇蟲はシャルティアに笑いながら潰された。

 

 いくつかの幸運。デミウルゴスのとっさの判断。シャルティアの嗜虐心。恐怖公の存在。どれか一つでも欠けていれば、デミウルゴスを含め、下僕は誰一人として生き残る事はできなかっただろう。

 

「状況は圧倒的に我々に不利に見えるでしょう。日が昇れば恐怖公の眷属は消え去る。ジェリコの城壁の準備で恐怖公は魔力の大半を失っています。新たな眷属召喚は厳しいと言わざるを得ない。時間は我々にとって敵となる。シャルティアはそう考えているでしょう」

 

 蜘蛛の節足が符を掴んでいた。回復符だ。僅かに所持していた回復ポーションは下僕達に全て使った。エントマは後方支援職だが回復は得意としていない。デミウルゴスを僅かでも回復させようとしたのだろうが、デミウルゴスにとって無用の行為だ。

 

「エントマ、それは自分で使って下さい。私には不要です」

 

「ぎぎぃ……」

 

 メイドとして、後方支援職として抗議の声を上げるエントマをデミウルゴスは黙殺した。

 

「有象無象のゴミだと侮っていました。文字では気にすることもありませんでしたが、言葉で聞くと不自然な訛りがありました。ケイ・セケ・コゥク。思い当たるアイテムはありますか?」

 

 情報は共有していた。しかし二国で現場指揮を執っていたパンドラズ・アクターと、デミウルゴス以上に情報を精査していたアルベドに責任を押し付けるつもりはない。デミウルゴスこそ気付くべきだったのだ。

 

「そうですか。えぇ、あれはワールドアイテムでしょう。それも洗脳に特化した。モモンガ様からワールドワイテムをお預かりした意味を考慮すべきでした。完全に私の失態です」

 

 慢心。そう慢心だ。デミウルゴスにとって人間は愛すべき玩具でしかなかった。調べれば調べるほど脅威となり得なかった。次元を超えた先から下僕を守って下さるモモンガとの圧倒的な力の差を実感した。モモンガはデミウルゴス達が陥っている危機すら可能性の一つと考えていたに違いない。この体たらくでいつの日にかモモンガを支えようなどとなんという傲慢か。

 

 あの時、カイレ家の当主が発動したケイ・セケ・コゥクは、シャルティアとデミウルゴス、恐怖公を効果範囲に収めた。

 

『人間を殺すことは許さない! お前の仲間を皆殺しにしろ!』

 

 直後にデミウルゴスの腹部はシャルティアの貫手に貫かれ内蔵をいくつも潰された。恐怖公の機転とエントマの献身がなければ今頃冷たい躯をさらけ出していた事だろう。

 

 裏は取れている。階層守護者と領域守護者はモモンガからワールドアイテムを預かっていた。恐怖公とデミウルゴスは大事に持ち歩いていたがシャルティアは所持していなかった。失くさない様にと仮拠点の自室に大事に飾っていたとパンドラズ・アクターが調べを済ませていた。

 

 アンデッドのシャルティアが洗脳されるなど常識の埒外。極限の混乱の中で冷静に状況を把握し、少ない状況証拠を整理した今、無数の可能性の中から求める答えは絞られた。

 

 ワールドアイテムはワールドアイテムでしか防げない。この世界に何故ワールドアイテムがあるかなど問題ではない。モモンガからワールドアイテムを預かった時点で可能性を考慮すべきだったのだ。

 

「そうですか。貴方が分からないのであれば、洗脳の解除は諦めましょう」

 

 落ち度の塗り重ね。何がナザリック一の智者だ。ナザリック一の愚者の間違いだ。モモンガに合わせる顔すらない。

 

「次元封鎖を解けばシャルティアは仮拠点に喜々として飛んでいくでしょう。シャルティアからすれば恐怖公は最悪の相手ですから。転移出来ない限り目の前の標的を狙い続けるしかありません」

 

 シャルティアは個としてナザリック最強戦力の一角だ。尋常な戦闘であればコキュートスなら善戦するだろう。だがシャルティアの標的はコキュートス一人ではない。ナザリックの下僕全員だ。転移魔法を駆使するシャルティアに、戦う力を持たない下僕を殺された時点でデミウルゴスの戦略的敗北となる。シャルティアの転移を決して許す訳にはいかない。

 

「残念ながら。戦闘の余波でカイレの当主は死にました。検証する時間も足りません」

 

 口からぎぃぎぃと音を立てるエントマは龍が描かれたドレスを身に纏っていた。ケイ・セケ・コゥクだ。カイレの当主の死体から奪ったはいいが、女性しか扱えないとわかりエントマに装備してもらった。残念ながらシャルティアの洗脳の上書きは出来ないと判明しただけだった。

 

 経験則でしか無いが、呪いをかけた術者が死亡しても呪いが解呪されない場合、それは殆どが解呪不可能だ。或いは別のワールドアイテムで効果を打ち消せるかもしれない。しかしデミウルゴスもパンドラズ・アクターもその知識を有していない。

 

「手段は一つしかありません」

 

 胃はシャルティアに引きずり出された。存在しないはずの消化器官が流れ込んだ度数の高いアルコールに悲鳴を上げている気がした。

 

「シャルティアを殺します」

 

 ナザリックが存在しない以上、復活は事実上不可能だ。それはデミウルゴスにとって敗北宣言でしかなかった。

 

 

 

 




【捏造】

デミウルゴスから恐怖公への厚い信頼。

回復符
後方支援職だからあるんじゃないかなぁと。
原作でもアニメでも使った形跡はないので捏造です。

ケイ・セケ・コゥク
本来は傾城傾国と翻訳される言葉だが、文字は失伝。残っていたとしても誰も読めない。
言葉の本来の意味は遥か昔に失われ、語感だけが残った。
もともと譲られたアイテムではなく、神が死した後にネコババしたアイテム。
という捏造。

呪いの解呪
大きすぎる力は制御できず暴走しがち的な?
そんなぼんやりふんわり。

洗脳の上書き
ワールドアイテムだし出来ないんじゃない?(鼻ほじー

軍勢を指揮する戦術家
ゴキブリが汎ゆる方面で優秀。るし★ふぁーなら嫌がらせの為、凹ませる為だけに仕込んでいてもおかしくない。


今回の話の解説は【激突】の最終話で。
(覚えていれば)








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