人口2000人程度の離島、神津島にある東京都立神津高校へ出張授業。
神津島への飛行機は、羽田ではなく調布飛行場(東京都)から出る。東京都小平出身の私としては最も身近だが、セスナ機だけが離発着する関係ない飛行場であった。はじめて調布飛行場の小さな駐車場に車を入れた。
搭乗手続きでは体重記載する。ウソ申請は命に関わる。90kg。手荷物も軽量される。ガムバは7kg。スケートボード2kg。4kg超過で超過料金1160円だった。
窓際を希望したら、全員窓際。機内には窓際しかない。
搭乗者はカウンターの前に2列に並び金属探知機で検査された。そのまま駐機している飛行機までダラダラと行進する。飛行機は19人乗りのドルニエ機。1人1人名前を呼ばれ座席が指定される。
「松井さん、3Cです」
頼りないタラップ(ドアが下りてくると階段になっているヤツ)を登り狭い機内へ。ガムバが両脇の椅子にひっかかり上手に前に進めない。
エンジンがかかる。そのうちにスロットルを全開。ブウワーンという音に変わり振動が機内に伝わる。頬も振動でビリビリ共振する感じ。
これまでも小さい飛行機に搭乗したことがあるが、こんなに興奮しなかった。エンジンの振動。
「紅の豚」を見るときの感動だ。
スロットルが絞られエンジン音は静かに。
タキシングしながら滑走路の端に進む。
再度フルスルットル。 ブウワーン~
分解しそうだな、と思った瞬間にブレーキが外された。
プロペラ音が変わり急加速する。 プワ~ン
ドルニエ228機は800mで離陸できるという。
陸上競技場2周で空を飛べる。
陸上競技部員と一緒だ(ホントか?)。
「紅の豚」を見たときの興奮だ。
状況と知識が重なると想像はドンドン広がる。
ドルニエはツェッペリン飛行船製作社(ドイツ)から独立してドルニエ社を作った。
ドルニエ228はアフリカでは軍用機として使用されている。
ドルニエ228機はキャビン与圧がないため、飛行高度は低い。
ドルニエ228機をアルフレッドウェーゲナー極地海洋研究所が所有し、南極観測に使っている。
日本とアメリカが戦争をした1940年代。パイロット養成上の最大の差はモータリゼーションを達成していたか否か。日本青年は1000馬力を越える零戦のエンジン音におののいた。既に自動車運転をしていたアメリカ青年は2000馬力級グラマンのエンジン音を「カッケーっ」と興奮した。
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さらっと通り過ぎることもできるし、多くを感ずることもできる。ため息をつきながら出張仕事をすることもできるし、ドキドキしながら出張することもできる。幸せにも今回の私は後者だった。数値で人は動かないが、数値を含めた物語で人は心揺さぶられる。
さて、神津島空港には「歓迎 神津島高校」と書かれたプレートを持って体の大きな僧侶のような先生が迎えに来てくれていた。初めての体験だ。
錆びてツヤのない軽ワンボックスカーにカラダを押し込んだ。
「神津島は初めてですか。じゃ、表の道を走りましょうね」
狭いがきれいに舗装された道を行く。
「あそこがですねぇ・・・」
僧侶先生が解説してくれる。
うーん。宮崎駿の世界だ。
島の人口が武大の学生数ほど。
「赴任するとケーブルテレビで挨拶しますから、私たち教員のことは島の人たち全員が知っているでしょうね」
高校に到着した。海一望。武大と一緒。保健体育教員は国際武道大学8期生。陸上競技部OBだ。残念ながら在学中に私はまだ勤務していなかった。しかし「えっ、岩壁先生がお住まいだった部屋にお住まいですか。私、お邪魔しました。なつかしいなぁ」と共有することは直ぐに見つかる。
大学進学希望者全員にお話しをした。校長先生も受講下さった。スポーツトレーナー志望の生徒が、色々と協力してくれた。
今回、神津高校でのガイダンス。総ての大学が断った。「武大さんが断ると、大学模擬授業は無しです」。
志望学生が少ない・・・?
最後に依頼されたのが気に入らない・・・?
我々はそんな志で学生募集していない。
我々はスポーツで社会を豊かにする仲間を募るんだ。
我々はこの物語を維持しなければいけない。
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国家とか民族とかくだらないスポンサーを背負って飛ばなきゃならないんだ。
『紅の豚』から
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でもね。たとえ、他大学、他の専門学校へ進もうが、どこかで一緒になったら、必ず熱い活動をしよう。スポーツで社会を豊かにする仲間だからな。
建前? いや、その建前を本音にしないとダメだ。
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飛ばない豚は、ただの豚だ。
『紅の豚』から
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