マンガ喫茶でバイトしていたことがある。あの仕事はよかった。すばらしく暇だった。何をすることでもなく一人でカウンターに立っていることが多かった。「労働」と「ぼんやり」の境界線が溶けてゆくのを感じていた。
想像がつくと思うが、マンガ喫茶では、客は受付をすますと、みんな勝手にマンガを読みはじめる。もはや店員は必要ない。食事を頼むときくらいだ。それに食事といっても、私の働いていた店は冷凍ピラフや冷凍チャーハン、それに冷凍のタコ焼きを出すだけだった。どれもレンジでチンするだけである。
店のマニュアルには、「レンジのチンの音は絶対に鳴らさないようにしろ」と書いてあった。客に聞こえるとイメージがよくないからだろう。これはいま思い出すと笑う。そりゃ客だって、バックヤードで三つ星シェフがチャーハン炒めてくれてるとは思ってないだろうが、それでも向こうから「チン!」という音がきこえて、そのあと店員がチャーハンを持ってくれば色々と考えてしまうだろう。
だから、あたため完了の残り数秒、正確にはレンジの数字が「1」になった時点で、すばやく扉をあけるきまりだった。たまに他の作業が忙しく、音が鳴ってしまうと、ミス扱い。すこしだけ場がピリッとしていた。
あの頃は、とにかく掃除ばかりさせられていた。店長はバイトをボーッとさせたくないんだが、やらせるにも仕事がない。だから「掃除」という半永久的にできる作業が生まれる。店に店長がいるときは、バイト全員、潔癖症のようにひたすら掃除をしていた。床を拭き、空いている個室を掃除し、マンガを包んでいるビニールを拭き、トイレを掃除し、バックヤードも掃除し……。
もっとも、これは店による。店長がゆるいところだと、バイトは平気でサボッている。一時期、客として通っていたマンガ喫茶があったんだが、あの店はひどかった。受付のバイトが若い男女二人なんだが、その二人が、まったくバイトらしさを漂わせていなかった。つまり、接客業特有のうそくささ、作り込まれた元気のよさがなく、むきだしの男と女として、カウンターに立っていたのである。まるでジョンレノンとオノヨーコのように。
もちろん、声もまったく張らない。男のほうが店のシステムを説明するが、女はただ隣に立っているだけで、笑顔もなにもない。気だるそうにしている。二人の背後には薄暗い事務室が見える。こいつらあの部屋でヤッてんじゃないか、という雰囲気があった。
すこし前に調べたら、その店は潰れていた。そりゃそうだろ、と思った。あんなにみだらな接客をされると落ち着かない。接客がみだらということありますか!