81歳の父親は、何があれば精神障害を持つ娘を殺さずに済んだのか?
当事者の思いは、当事者にしか分かりませんけれど。(写真:アフロ)
2015年2月、精神障害を持つ娘(当時41歳)を父親(81歳)が殺害する事件が起こりました。娘から妻への暴行を見かねての犯行でした。
心より、娘さんのご冥福を祈ります。
両親・ご家族のこれまでのご苦労に対しても、言うべき言葉が見当たりません。
その上で、あえて、このご家族に他の選択肢が本当になかったのか、何がどの程度不足していたのかを検証してみたいと思います。
事件のアウトライン
はじめに、事件のアウトラインを整理しておきます。
参照する記事
産経WEST:「同情の余地は一定程度あるが…」障害ある41歳娘殺害、81歳父親に懲役6年求刑 和歌山(2015年7月17日 7時43分)(以下「産経記事(2015年7月)」)
毎日新聞:娘殺害 社会と考えたい…父が講演 精神障害で暴力20年(2015年11月24日 12時24分)(以下「毎日記事(2015年11月)」)
朝日新聞DIGITAL:精神障害、暴力の末に…長女殺害「お父が足らんかった」(2015年11月25日17時43分)(以下「朝日記事(2015年11月)」)
週刊女性PRIME:精神障害の長女を殺害した父親に長男「よく我慢してきた」(2015年12月8日 11時00分)(以下「週刊女性記事(2015年12月)」)
事実関係の整理
- 娘の生育歴
末っ子の長女は(略)「優しい子」だった。だが、高校卒業後に就いた仕事はいずれも長続きしなかった。20歳ごろからは家にひきこもり、思い通りにならないことがあると両親に暴力を振るい、食器や家具などを壊すようになった。
長女は3人きょうだいの末っ子。内気で反抗期もなかったが、高校卒業後に就職した眼鏡会社を5カ月で退職。約2年で6、7社を転々とし、ひきこもった。(略)
突然暴力が始まった。「小学から高校までいじめに遭い、職場でも人間関係で悩んでいたようだった。長い間ため込んだストレスのせいかもしれない」と村井さんは言うが、はっきりした原因はわからない。
- 通院・入院
2001年12月。長女は買い物で帰りが遅くなった妻をとがめ、窓から皿10枚を隣の家に投げつけた。警察に保護され、精神鑑定の結果、「情緒不安定性人格障害」と診断された。「ショックだった。外見もしゃべり方も普通の子なのに」
村井さんの相談を受けた警察が暴れる長女を保護し、保健所の職員が精神科に連れて行くことも度々あった。自己中心的、他罰的になり、暴言や暴力行為などの症状が見られるパーソナリティー障害などと診断され、入退院は11回を数えた。
2001年、長女は自己中心的で暴言や暴力行為など他罰的症状を伴う「強迫的神経症」と診断された。
入院させられた娘は日記に《生きていることがつらい。誰も私の心をわかってくれない。弱いところをみせられるのは家族だけです》と書いた。
退院後はまた暴れだし、入退院を繰り返した。明確に精神病とされないケースがいちばん難しい。長女は自分の「異常性」を認識しており、病気を治そうと専門書を何冊も買い込んでいたという。(以下、家族が娘の暴力から逃げるために家を離れていた時期があったこと、娘に他罰だけではなく自殺企図が複数回あったこと、暴力のエスカレート、長女に一人暮らしさせてもアパートを壊して帰ってきたことなどの記述が続く)
- 娘の状況
「生きている事がとても苦しい」「病気は此の病院で本当に治るのでしょうか」「弱い顔を見せる事ができるのは家族だけです。今ねとても心が疲れ切っています」
精神的に落ち着いている時の長女は「(暴力が)悪いのは分かっているのにしてしまう」と漏らしたりした。
- 家族の対応
暴力は毎日のように続いた。標的になったのは妻だった。肩と左手をハサミで刺す。家中のガラスを割る。パイプ椅子で壁をたたく。「物音がうるさい」と、隣の家に包丁を投げたこともある。耐えかねた妻は「行方不明ということにして」と言って家を出て、別の町で1年半、一人で暮らしたこともあった。
近所の人や村井さん自身が110番通報した時もあった。その度に精神鑑定を受け、「統合失調症」「パーソナリティー障害」などとも診断された。入退院は11回に及んだ。保健所に相談したが、長女が訪問を拒んだ。「心中すれば楽になれると何度も思った」
警察から「事件でない限り、これ以上の対応はできない」として刑事告訴の選択肢も示されたが、できなかった。保健所や精神障害者の家族会にも相談したが、長女が訪問などを拒んだ時点で関わりが断たれた。考えつく全ての機関に助けを求めたが状況は変わらなかった。
- 2015年2月14日 父親による娘殺害
今年のバレンタインデーの夜だった。(略)午後10時すぎには、自宅が気に入らないと大声をあげ始めた。「新しい部屋を借りろ」。長女はベッドに横たわる妻(75)を布団ごしに何度もたたいた。
妻と長女との3人暮らし。妻は昨年5月から間質性肺炎を患い、足腰も弱っている。布団を頭までかぶり、おびえる妻の姿が目に入った。(略)電気コードで後ろから長女の首を絞めた。ぐったりした長女を見た妻が、別居の長男家族を通じて救急車を呼んだ。駆けつけた警察官に村井さんは現行犯逮捕された。
- 裁判員裁判→求刑→執行猶予つき判決
(略)検察側は「強い殺意をもち、犯行態様は軽くない」として懲役6年を求刑し、結審した。(略)
論告で検察側は「被告人に同情の余地は一定程度あるが、被害者と距離を置くなど殺害以外にも方法があった」と指摘。一方の弁護側は「重い精神障害のある娘の面倒を長年見るにあたり、肉体的にも精神的にも限界に達していた。犯行を後悔しており、高齢である」として執行猶予付きの判決を求めた。
精神障害のある長女(41)を殺害したとして、和歌山市の村井健男さん(81)が7月に執行猶予付きの有罪判決を受けた。
- 父親のその後
「私の事件を最悪の事例としてほしい」。同じ境遇にある家族の助けになれば
講演会「求め続けた希望の光」で体験を語る。「どうすれば娘を救えたのか、参加者と話したい」。自宅を24時間開放し、同じ悩みを抱える人が駆け込む場所にしたいとも考えている。
私から見て気になること
- いずれの記事にも「精神障害」という記載があります。家族が警察・保健師と家族が連携できていたところを考えると、精神障害者保健福祉手帳は取得していたものと思われます。
- 娘さんの診断名は、症状や治療方針と対応したものだったのでしょうか? ご家族の心情を考慮して、たとえば「統合失調症」という病名を避ける場合もあります。週刊女性記事(2015年12月)に「明確に精神病とされないケース」という記述が見られますけれども、娘さんとご家族の困難があった時期に精神科で一般的に用いられていた、DSM-III~V(参照:Wikipedia) のような一般的な精神科の診断マニュアルでは、健常でなければ異常のどこかに分類されます。DSMが本当に治療に役立つ診断マニュアルなのかどうかはさておき、娘さんご本人も自分の行動が病的であることは自覚されていたようです。「精神病と診断する」が治療的かどうかの議論はさておき、「明確に精神病とされない」は、時期的にありえない話と思われます。
- ご家族は、娘さんの精神障害に対して、どのように感じていらっしゃったのでしょうか。「暴力はやめてほしい」「ご近所に迷惑をかけてほしくない」は当然のこととして、娘さんが精神障害を抱えているということそのものに対してはどうだったのでしょうか? 「精神障害でなかったらいいのに」「治ってほしい」「そのままでも、どこかで生きていけるなら」など多様な感じ方がありえます。このことは、障害認定や診断名とも大きく関連する問題です。
- 娘さん自身は、救いを求めてどこかにつながろうとはされなかったのでしょうか? 日本には、まだまだ足りないとはいえ、障害者団体も当事者共同体もあります。そういったところにSOSを出そうとはされなかったのでしょうか?
- 医療関係者は、娘さんの精神障害に対して、ご家族が理解でき受け入れられる説明をしていたのでしょうか? 私は、朝日記事(2015年11月)に紹介された、お父様の「ショックだった。外見もしゃべり方も普通の子なのに」が大変気になります。人格障害と診断される方は、たいてい、外見もしゃべり方も普通です。統合失調症や気分障害(躁病・うつ病・躁うつ病)も、落ち着いている時期には見た目では分かりません。
- ご両親が娘さんに深い愛情を注いでおられたようすは理解できます。しかし、どんなに愛情と配慮を注いでも、どうしようもないものが一つあったのではないかと思います。家庭内での力関係です。娘さんは兄二人を持つ末子。ご両親にもお兄さんたちにも理解できない「抑圧された感」があり、それが大きな背景になっていたのかもしれません。
1および2については、精神疾患にまつわるスティグマの問題が大きいでしょう。「うちの子は精神障害で」と堂々と言える親は今でも多くはないと思います。
3は、複数の記事を読んでも良くわからない点です。娘さんはどうしたい・どうなりたいと望んでいたのでしょうか? ご家族はどうだったのでしょうか? 互いの意志の摺り合わせをする機会は退院時などに設けることが可能であったと思います。退院準備段階で、病院からそのような話はなかったのでしょうか?
4は、ご両親の立場では知り得ないことかもしれません。おそらくご両親は、障害者団体や当事者共同体にも相談は持ちかけてみられたのでしょう。でも、親の依頼には応じられなくても、本人の依頼には応じられることが多々あります。
5は、地域精神医療や「コミュニティメンタルヘルス」を含めて、現在の日本の精神保健・精神医療の限界というべきでしょうか。
6は、娘さん自身に「もしかしたらジェンダー問題なのかも」という気付きがもしあれば、ジェンダー問題に強い相談先につながることができ、そこが突破口になったかもしれません。
いずれにしても、娘さんご自身にお話を聞くことが不可能になってしまった今となっては、娘さんが本当はどのように苦しんでおられ、どのような解決を望んでおられたのかは、想像のしようもありません。
ただ、お父様に殺されたいと心の底から望んでいたわけではないと確信します。
今の日本で選べた選択肢は?
現在の日本で、こういう場合に家族が取ることの可能な選択肢は、現実の問題としては
「入院させて、なるべく退院させない」
ということになってしまいます。
でも、このご両親は、11回の入院のあと(期間はどうだったのか、あるいは何をもって「退院」という判断になったのかも気になりますが)、娘さんを退院させて家に迎えています。
私には、「病院に任せないで、親としての責任を持って」という強い意志と愛情が感じられます。それが最良の選択であったかどうかは別として。
もしもご両親が「病院に入れっぱなしにして退院させないでもらう」という選択をしており、娘さんに実質的に戻る家がないとすれば、娘さん自身の
障害者団体に接触→退院を支援してもらう→地域生活が可能という見通しのもとに退院
という成り行きを通して、いざこざやトラブルはありながらも地域で暮らせる近未来があり(もちろん、それを支える資源(医療も含め)が確保されているという状況があり)、遠い将来、病院に入れっぱなしにした親との和解もありえたかもしれません。
愛情と責任感の深いご両親に恵まれたことが、悲劇につながってしまったという見方もできます。
もちろん、あくまでも「現在の日本では」です。
「病院に入院させる」以外の選択肢が豊富にあれば、また違った成り行きが期待できるところですが、現在の日本はそういう国ではありません。
「基本、誰もが病院や施設の中ではなく地域で暮らすもの」
が前提、病院や施設は例外的な場合に一時的に利用する存在、家族介護は最初からアテにされてない、という状況を今からでも作るべきなのだろうと思います。
でも今、ないものはない。この事実は認めざるを得ません。
どうあれば良かったのか? これから何をすればよいのか?
では、誰が何をしていれば、このような悲劇は避けられたのでしょうか?
はっきりしたことは何も言えません。
ただ、ご家族とご本人の努力と苦悩を除いて、何もかもが不足していたことは間違いないでしょう。
精神疾患への理解。
精神疾患を持つ人を差別しないこと。
家族にすべてを背負わせるようなことをしない地域と公共。
患者本人にとって、真の意味で適切な治療や望ましい療養の機会となる精神科病院。
働けなくても、精神障害があっても、楽しく幸せに生きていくことができるのが「あたりまえ」の社会。
本人が生きていくことについては、障害年金と生活保護があります。
精神障害者の地域生活には、もっともっと予算が確保されるべきでしょう。
しかし社会の意識変革は、「◯円あればできる」「◯をすればできる」というものではないので、地道に不足を埋めていくしかないのだと思います。
お父様が、いみじくも言っておられます。
精神障害者やその家族が孤立せずにすむ社会なら結果は違っていたのでは、との思いに駆られる。
最後に:だからといって「しかたない」と言っていいのか?
裁判員裁判の判決は
「入院や投薬による改善が望めない」
「告訴できなかったことは理解できる」
「殺害を回避するための何らかの行為を期待することはほとんどできなかった」
を理由として、執行猶予付きとなり、確定しました。
これに対しては「またですか……」という怒りと溜息が漏れます。
治る可能性も症状軽減の可能性も薄く、ご家族にとっての選択肢はあっても限定的であり、ご家族は追いつめられていた。
それはそうだろう、と私も思います。
しかし
「だから娘を殺してもしかたない、長年の苦労に免じて、殺したことに対する罪は問わない」
に対しては「はぁ?」です。
「追いつめられて悲劇的な結末に陥ってからならば、少しくらいは救ってやってもよい」
ということなのでしょうか?
(後記:この論理を認めるならば、親が障害児をさまざまな理由で殺すこと・介護疲れからの家族を殺してしまうことも「しかたない」ということになってしまします。親による障害児殺しの問題については、こちらの検索結果をご参照ください)
私も「執行猶予がついてよかった」と思っています。でも理由は全く違います。
手を下したのはお父様ですが、ご本人とご家族をそこまで追い詰めたのは、日本の社会です。
お父様を罰することに対する意味が、私には全く感じられません。実刑を受ければ娘さんが生き返るわけではないし。
この判決理由に対しては、毛一本ほども認めるわけにいかないと思っています。
障害や病気を持つ人の家族介護者が、疲労や心労、あるいは職を失った末の生活苦から心中を図ってしまう事件は、既に少なくありません。
今考えるべきことは、それを防ぐためには、どこにどれだけの予算が必要で、どういう人にどれだけの給料を払う必要があるのか、ということです。
まかり間違っても、家族の絆や大家族の復活で解決できると考えないことです。
この出来事は、「血のつながり」や愛情や絆が濃かったからこその悲劇です。
原因をより濃厚にすれば、悲劇も増えるだけです。
そういう成り行きを最初から避けるためにも、「家族が責任をもって」という考え方は、今、捨てる必要があります。