高槻中1殺人:決定的に足りなかったのは、子どものための安全な居場所
しんどい場所から少しだけ離れたい少年少女に、安全な行き先を、より多く。(写真:アフロ)
高槻市の中1女子・男子生徒が行方不明になった事件は、殺害された二人の遺体が発見されるという最悪の結末になりました。
容疑者の男性には、過去にも少年を監禁して逮捕された前歴があると報道されています。
再発防止には何が必要なのでしょうか?
被害者家族の側から、被害者の側から、加害者の側から、考えてみます。
親御さんを責められますか?
この事件の発端は、犠牲者の一人である中1の少女・Hさんが、家にいたくなかったことにあるようすです。
大阪の中心部まで京阪電車で二十分。寝屋川市駅近くのベッドタウンにHさんの家がある。二人は一学期は皆勤で、それぞれ部活も熱心に取り組んでいた。だが、小学校からの友人は「Hさんは家族との関係に悩んでいた」と明かす。Hさんは七月中旬、二人が寝られる大きさのテントを購入し、友人たちと何度か屋外にテントを張って泊まることがあったという。
激しい「あるある」感を覚える記述です。
近所づきあいが密なようで、互いに警戒心いっぱい、ウワサ話や陰口が渦を巻くこともあるベッドタウン。
同じ年頃の子どもがいる家庭どうしならば特に、互いに子どもたちの様子を「ウチより上では」「ウチの方が上」という形で気にかけあい、爪はじきされないように地域の行事に付き合う一方で、気持ちの面では孤立していることが少なくないベッドタウンの母親たち。
家庭の悩みごと、子どもの悩み事を隣近所で相談しあうなど、ありえない世界。
……Hさんのご家庭やその周辺が、実際にどうだったのかは知りません。しかし、中1の少女がテントを買って外泊を繰り返すほどの家庭環境とは。誰にどういう原因があったのかはともかく、こじれており、家庭内での解決が既に困難な状況であったのは間違いないでしょう。
親御さんが何を思い、どう考えていたのかは、現在のところは分かりません。しかし、見てみないふりをしていたとしても、内心は気が気でなく、無事に帰ってきた娘を見るたびに「ああ、良かった」と思っていたのではないでしょうか。
「原因は、この親子関係にある」という自覚があっても、どうすればよいのか、誰にどう助けてもらえばいいのかの見当もつかないまま、このような結末を迎えてしまったのではないでしょうか?
今、お子さんを失った上に、自責の思い止まないであろう親御さんが、まずは落ち着いて休息を取られることを願います。
「子どもを外に出すな」で済みますか?
とはいえ、中1の少女がテントを買って外泊を繰り返すという状況は、もちろん放置できるものではありません。ネット空間では、出歩かせた親御さんに対する批判も高まっています。
しかし「家出する」「家に帰らない」は、家庭の中で追い詰められた子どもにとって、生き延びるための最後の手段である場合もあります。
家を出て、帰らずにいて、もしも善意の第三者に救い出される機会があれば。
家出少女たちは、たいていは、そのような望みとともに家を出ます。しかしながら、善意とはいえない人々に絡め取られることが実に多いのです。詳しくは仁藤夢乃さんのご著書『難民高校生』などが参考になるかと思います。仁藤さんは「女子高校生サポートセンターColabo」の運営にもあたっています。
少女たちは、決して安易な気持ちで家を出ているのではありません。決死の覚悟で、辛すぎる場所から脱出しようとしているのです。私も、ビジネスホテル高騰に伴って仕方なく泊まったユースホステルで、父親から内田春菊さんの『ファザーファッカー』も真っ青の虐待を受けていた女子高生と出会ったことがあります。最後の一泊分のお金でネットカフェではなくユースホステルを選択した彼女の賢明さに、支援者・支援団体との接点豊富な私が偶然いたという幸運が重なり、彼女は無事、支援団体のシェルターに保護されました。
この幸運が、家出少女・少年たちの「あたりまえ」にならなくては、と思います。
どんな親にも、子どもとの関係が辛いものになってしまう可能性はあります。どんな家庭にも、「ここにいたくない」と思われる場面はあります。「ちょっと逃れる」が関係改善の糸口になることもあれば、「逃げないと殺される」というところまで問題がこじれることもあります。
家を離れる自由そのものは、むしろ必要なことではないでしょうか。
家出はむしろ、賢明な選択だったのでは?
中1のHさんは、家の居心地の悪さから、家出して事件に巻き込まれ、殺されることになってしまいました。これは愚かな選択だったのでしょうか?
私はむしろ、Hさんの家出という選択、さらに「テントで野営」という逞しさに対して、「すごい!」と賞賛したい気持ちです。
Hさんの家庭状況の詳細は知りません。しかし、誰にどういう原因があったのかはともかく、中1に野営させるほどの困難があったことは間違いないでしょう。その場面での「家出」という選択は、自殺や親殺しに至ってしまうまでガマンを重ねることと比べれば、むしろ賢明だと思います。
問題は、Hさんが考えるほど安全ではなかったことにあります。では、安全に家を離れる方法はあったでしょうか?
中1女子が安全に家を離れる手段は、児童相談所に相談して一時保護を受けるくらいしかありません。親類やご近所に
「親とケンカした」
と行ける関係のお宅があれば、「テントで野宿」の代わりに選択されていたでしょう。
では、児童相談所に連絡すれば一時保護が受けられるでしょうか? もしかすると、Hさんは相談したことがあるのかもしれません。いずれにしても、一時保護施設や児童養護施設はどこも、今すぐに助けの必要な子どもたちで一杯です。それに、一時的にせよ「親から子どもを取り上げる」という判断は、容易に行えるものではありません。「暴力を受けて骨が折れている」「性虐待を受けており、今はっきりわかる証拠がある」など、どう考えても親の権利を優先すべきでない状況でなければ、まず「今から保護してほしい」という子ども(あるいは第三者)の申し出を受け入れることは無理でしょう。
自殺でも親殺しでもなく家出を選ぶ賢明さと、テントで野営する逞しさを持ったHさんは、もしかすると児童相談所にも相談してみて、「自分の役には立たない」と判断していたのかもしれません。
おそらくは今、苦しい状況にある中高生の「ちょっと今、居場所がほしい」という時のための場、福岡市にある(一社)ストリート・プロジェクトの「ごちハウス」のような場が、全国に数多く必要とされているのだろうと思います(後記:このような場が数多くあれば、一緒に家出して殺された男子中学生Hさんの悲劇も避けられたでしょう)。今すぐ整備するのが困難なら、「ユースホステルなど一定の信頼を置ける場に限定したクーポン券を、中高生全員に無償配布する」という方法も考えられてよいのかもしれません。
ちなみに米国内のユースホステルは、社会教育施設の一つとして位置付けられ、昼間は近隣の小中学校の移動教室に利用されています。宿泊設備は、審査待ちの難民に住まいとアセスメントの機会を提供する場・火事などで住まいを失った人のための一時宿泊の場としても利用されています。
日本でも、若い国内難民ともいえる家出希望者を視野に入れて、同様の運用を行うことは可能でしょう。運営の困難に直面する各地のユースホステルに対しては、安定収入の一端ともなりえます。また、ユースホステル憲章の「簡素な旅行によって、見聞を広める」という機会を、若い人々に対して提供するのにも役立つことでしょう。さらに、そこに支援者・支援団体へのホットラインがあれば!
容疑者の「再犯防止」に何が足りなかったのか?
しかし、いかに個人が賢明であり、居場所の選択肢がたくさんあったとしても、
「世の中には怖くて悪い人がウヨウヨしていて」
という問題は解決しません。
この事件の容疑者は、過去にも少年相手の監禁事件を起こして逮捕されたことがあると報道されています。
Y容疑者は2002年4月にも、男子中高生を狙った監禁事件で大阪府警に逮捕された。
府警によると、同府寝屋川市の路上で、男子中学生に「寝屋川市駅はどこか」などと声をかけ、車中で手錠をかけて監禁した容疑などで逮捕された。他にも、複数の男子高校生らを粘着テープで縛って監禁した疑いなどでも再逮捕された。
いずれも道案内を依頼して少年を車で連れ回す手口だった。ライターで顔に火をつけられ、けがをした生徒もいた。
逮捕・再逮捕された後はどうなったのか、現在までの報道では分かっていませんが、起訴までの選択肢は、監禁・傷害となれば
- 不起訴(責任能力なし)
- 起訴(責任能力あり)
のいずれかでしょう。
2003年以後ならば、精神障害を理由として責任能力なしとされた場合、触法精神障害者として医療観察法(Wikipediaページ)の対象となり、期限の定めのない閉鎖病棟への入院が行われる可能性がありますけれども、2002年なら対象外でした。
2002年の逮捕の後、誰がどのように容疑者に関わっていたのかは、未だ明らかにされていません。しかし「再犯防止」という効果につながっていなかったことは、再犯がより重大な形で起こってしまったことから、明らかというべきでしょう。
再犯は、なぜ起こるのか? 何がどのように行われれば防止できるのか? 犯罪に対する懲罰を、教育や治療と両立させることはできるのか? 再犯防止のためとはいえ、教育や治療を本人の自発によらず行うことは許されるのか?
世界的に、数多くの検討と試行錯誤が行われていますが、未だ、決め手となりうる方法は見つかっていません。
しかし、少なくとも単なる「社会から隔離する」「どこかに閉じ込める」は再犯防止につながらないだけではなく、妥当な懲罰なのかどうかも不明と考えられるようになりつつあります。ご関心をお持ちの方には、クリスティ『人が人を裁くとき-裁判員のための修復的司法入門』などの書籍があります。
亡くなられた中学生のお二人のご冥福と、残されたご家族のご健康とお心の平安と、容疑者の方が自他とも納得する今後を送られることを、最後に心より願います。