それを「申請は不実」と言われましても - なんのための生活保護?
ある生活保護利用者(単身)の住まい。他界した家族の暴力の痕跡が生々しい。
秋田県湯沢市で、2015年1月、単身生活を開始してから生活保護を申請した女性が「申請は不実」とされ、申請を却下されました。
2015年4月、秋田県への審査請求によって、幸いにも申請は認められました。
何が問題となったのでしょうか?
現時点では、詳細はまったく不明ですが、報道されている情報から問題点を整理してみます。
出来事のあらまし
まずは、2015年5月8日午後時点で見ることのできる報道から、あらましを見てみましょう。
湯沢市福祉事務所が同市の女性(65)の生活保護申請を却下したのは「適正ではない」として、県がこの処分の取り消しの裁決を出した問題で、福祉事務所は1日に生活保護の支給を決定したことが7日、明らかになった。
(略)
奥山耕伸所長は「県の裁決を尊重した。事務所の却下決定の判断については、間違っていたともいないとも言い切れない」と話している。
女性は生活苦などを理由に1月に生活保護を申請したが却下された。女性は行政不服審査法に基づき2月、県に審査請求した。福祉事務所は「申請は不実。女性は第三者(社会福祉協議会など)の入れ知恵で単身生活を開始している」などとして請求の棄却を求めたが、県は4月23日、却下を取り消すよう裁決していた。【佐藤伸】
「単身生活」については、やや詳細が「秋田魁新報」に報じられています。
県の裁決書によると、女性は長女と2人で生活していたが昨年12月にアパートに転居し、単身世帯となり生活保護を申請。市福祉事務所は「受給目的の形を整えるための別居」「食料その他を長女からの援助で生活しており、長女と共に(2人世帯として)申請することを助言したが、履行されなかった」などとして却下した。
これに対し県は「女性と長女が同一世帯と認定することはできず、保護要件を欠いているとは言えない」として市の処分を取り消した。
時系列で整理してみます。
- 2014年11月まで 秋田県湯沢市で、65歳の女性が長女と2人で生活していた
- 2014年12月 女性が湯沢市内のアパートに転居(社会福祉協議会のアドバイスによる)
- 2015年1月 女性が生活保護を申請。湯沢市は長女と同居して長女とともに2人世帯として生活保護を申請するよう助言したが、女性は応じず。湯沢市は、生活保護の申請を却下。
- 2015年2月 女性が秋田県に審査請求。
- 2015年4月 秋田県、湯沢市の却下処分を取り消す。湯沢市も応じる。
何が問題になったのか
私が最も気になったのは、湯沢市が
「長女と共に(2人世帯として)申請することを助言」
した、というくだりです。長女の生活状況は不明ですが、もしかすると、2人世帯の生活保護基準のうち、少なくとも生活費分(生活扶助費)は超える収入があったのかもしれません。
今ちょっと計算してみたところ、母親65歳・長女30代とすると、湯沢市での生活扶助費は97220円となります。長女が就労しており、手取り収入が1ヶ月当たり10万円あれば、「生活保護基準以上の収入がある」ということになります。住居が持ち家である場合には、こちらに当たります。持ち家でも、ローンが残っておらず資産価値が低い場合、生活保護を利用して住み続けることは可能なのですが、家賃補助にあたるものはありません。
もし賃貸住宅に住んでいれば、住宅扶助費(家賃分)が加わります。現在のところ、上限は単身者で37000円です。生活扶助費と住宅扶助費を合計すると、144,200円となります。住宅扶助は2015年7月から見直され(≒引き下げられ)ますし、また当然ながら、2人世帯>単身世帯 です。いずれにしても、長女が就労していて手取り収入が1ヶ月16万円あれば、「生活保護基準以上の収入」ということになります。
長女には、持ち家など何らかの資産を利用した上で何とか自活できるだけの就労収入はあり、さらに、ときどきなら母親に食料の援助をできる程度の余裕はあるけれども、これから高齢になっていく母親を養い、介護するのは無理。そういう状況だったのではないでしょうか。
長女が就労していない場合、
「実は長女が障害者で、しかも障害厚生年金の一級を受給できており、父親などが残した持ち家もある」
という状況も考えられるのですが、あえて、そういうレアケースまで想像をたくましくしてみる必要はないかと思われます。
現在、報じられている情報は非常に少ないのですが、私はそこから
「長女の就労収入は1ヶ月あたり10万円程度。ボロボロの持ち家があるので辛うじて暮らして来ることはできたけれども、自分と娘の今後を考えた母親が社協に相談。現在は一人暮らし出来る程度には健康な母親も、これから加齢に伴い、現在の住まいでの生活は困難になっていくかもしれない。そこで社協が単身生活と生活保護申請をアドバイスした」
「長女の就労収入は1ヶ月あたり16万円程度。なんとか母娘2人でアパート暮らしを続けてこれたが、もし母親が介護を必要とするようになったら、長女は就労を継続できなくなる。自分と娘の今後を考えた母親が社協に(以下同文)」
の2つの可能性を考えました。
であれば。
母娘2人暮らしの状態に戻せば、ギリギリで「生活保護の対象ではない」ということにできる。
湯沢市がそう考えたとしても、あまり不思議ではない感じはします。
近未来に切羽詰まることが見えている現在のうちに「リスク回避」することは悪?
母親が生活保護を申請し、結局は保護開始となったところから見えるのは、
「そもそも、かなり危なっかしい生活になっている」
ということです。
現在のところは、長女と同居していればキワキワで「生活保護基準以上」ということになってしまうのかもしれません。
しかし、母親が要介護になる・娘が病気になるなどの出来事から、いつ「生活保護しかない」という状況に陥るか分かりません。
「母親が動けるうちに単身生活に踏み切って生活保護を利用し、娘の現在の就労など娘自身の生活(もしかすれば、結婚・出産・育児も)の継続・発展が可能な状況とする。さらに、現在の『娘が母親に食料を差し入れる』といった交流が可能な、良好な関係を継続する」
は、
「母親と娘がともども、近未来に生活保護を利用することになる。母親の介護が終了した時、既に60歳(例)となっていた娘も生涯、生活保護を利用し続ける」
より、かなり救いのある将来像ではないでしょうか。
おそらくは、湯沢市社協もそう考えたので、女性が生活保護を利用して単身生活できるようにアドバイスしたのでしょう。
「不実」? 「入れ知恵」?
それでは、
「生活保護を利用できる居住形態とするための転居」
は「不実」なのでしょうか? そのアドバイスは、湯沢市社協の「入れ知恵」なのでしょうか?
このような目的での転居を行わなくては生活保護の利用対象とならない場面、実は多数存在します。
たとえば、現在ただいま配偶者からのDV被害に遭っている人・家族に虐待されている成年の引きこもりの子どもはすべて、「現在は」配偶者あるいは家族と同居しており、家計を同じくしています。生活保護の適用単位は、あくまで「世帯」です。どんな鬼配偶者・毒親・毒きょうだいであれ、家族と同居している間は、「生活保護を利用して身の安全を確保する」は不可能です。まずは逃げ出し、シェルターでもアパートでもとにかく「単身世帯」あるいは「暴力をふるう家族とは別世帯」という実態を作らないと、
「鬼配偶者・毒親・毒きょうだいと別の場所で、生活保護を利用して生き延びる」
は出来ないのです。
もちろん、このことは時に悪用もされるのですが、「時に悪用される」を理由として、今現在、生命や身体の危機にさらされている人を見殺しにするべきではありません。「悪用されている」と判明した時点で不正受給として摘発すれば済む話です。
また、病院に長期入院・施設に長期入所しているうちに血縁者との縁が切れてしまった患者・障害者も同様です。疾患や障害をきっかけに血縁者との縁が切れる事例は、特に珍しいものではありません。もちろん、職歴にも長い空白があり、すぐに就労自立しようとしても「無理無理、絶対無理」。収入はあっても障害基礎年金だけ。そうすると、生活保護しかありません。
病気が治った元患者が退院し、あるいは施設に長期入所していた人が退所し、さしあたっては生計の手段が生活保護しかないので生活保護を利用して地域生活を始めようとするとき、最も問題になるのが住居です。
長期入所・長期入院できる施設や病棟は、だいたい風光明媚な、しかしながら人里離れた場所にあります。単身者の入居できるアパートが近隣に存在し、買い物など日常生活に必要な公共交通手段が整備されているような地域ではありません。
また介助を必要とする障害者にとっては、「介護事業所があって、ヘルパーがいるかどうか」という問題も発生します。
「そもそも介護事業所がないのでヘルパー派遣が利用できず、障害者福祉はヘルパー派遣も含めて制度があっても利用できないに近く、したがって障害者手帳の申請率も低い」
という地域は、「珍しくない」というより、「都市部以外での『あるある』」に近いです。
もちろん、入所・入院している状態のままで生活保護を申請することはできます。その場合、施設や病院のある自治体で保護開始となります。その後で「あまりにも不便すぎて暮らせない」「介護が確保できない」といったことが判明したとしても、別の自治体に転居することは極めて困難です。
「暮らせない地域で生活保護を申請しても」
というわけで、退所・退院準備を障害者団体が支援し、暮らしていける地域に住まいを確保、ついでその自治体に生活保護を申請することが長く広く行われてきました。現在もそうです。そうしなくては「暮らし始める」自体が不可能な制度だからです。
自治体ではなく本人についてまわるタイプの最低所得保障があれば、このような問題はなくなります。障害基礎年金の金額が生活保護基準よりも高かったら、年金受給資格のある障害者は全員、生活保護を利用する必要がなくなります。「介助を確保できるか」という問題はあるとしても、「生活保護だから、ここにしか住めない」ということはなくなります。
これも、支援者の「入れ知恵」による「不実」な申請なのでしょうか? そんなことを言われても。
問題点たくさんありすぎ、では解決は?
以上、
「湯沢市は当初、なぜそう判断したのか? 正しかったのか?」
にとどまらず、実に数多くの問題点の存在が見えてきました。
生活保護制度の実施は、自治体単位、世帯単位のままでいいのでしょうか?
他の最低所得保障が機能していないので「どのようなタイプの人々も、結局はみんな生活保護」ということになる現状は、そのままでいいのでしょうか?
たとえば国の制度として最低所得保障を確立し、さらに個人単位にすれば、
「働いても働けなくても働かなくても、1ヶ月10万円はある。1人ではカツカツだけど、2人だったら暮らせなくはない。3人、4人と増えるとスケールメリットが発生する」
という理由から、出産・育児を推進したのと同じことになるかもしれません。
また、「集まって住む」「コミュニティをつくる」の再確認のきっかけとなるかもしれません。
「どうしても都市部でなくては」というモチベーションも下がるので、地方移住が促進されるかもしれません。
生活保護制度が、そのような制度として改善されてもよいはずです。
というよりも現在の、1954年に「大蔵省 vs. 厚生省(当時)」のバトルで厚生省が敗北して以後、いつもいつも財政上の都合にネジ曲げられてきた生活保護制度を、本来の理念・本来の姿で運用するとすれば?
いきなり、その本来の理念や姿にはできないとしても、現状で近づける努力をするとすれば?
私には、湯沢市社協の「入れ知恵」あるいはアドバイスが、その努力を形にしたものに見えます。