高齢者施設を牢獄以下の場にする「拘束の神話」

認知症対策の遅れが目立つ日本

2018年10月30日(火)

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老いること、ケアすることの意味が問われている(写真:ロイター/アフロ)

 2013年、認知症で入院していた男性(95歳)が、車いすに乗って一人でトイレに行き転倒。頭を打ち、全身まひの障害を負い、寝たきりの状態となった。

 男性の親族が病院側に約3890万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、熊本地裁は10月17日、約2770万円の支払いを命じた。小野寺優子裁判長は判決理由で、「男性は歩く際にふらつきが見られ、転倒する危険性は予測できた」と指摘。その上で、「速やかに介助できるよう見守る義務を怠った」と述べた、と報じられている。

 この判決を聞き、複雑な心境になった人は多いのではないか。少なくとも私はそうだった。
 もし、自分の親が同じ状況になったら、「なぜ? なんで一人でトイレに行かせた?」と、病院側を責めたくなるに違いない。

 が、その一方で、こういった判決が、ますます病院や介護施設にいる高齢者の行動を拘束することになってしまうのでは?、と心配になる。

 高齢者施設にご夫婦で入所している知人(90歳)が、「夫は入所時に手すりを伝い歩きすれば歩ける状態だった。しかし、この施設では至るところに監視カメラが設置されていて、伝い歩きしていたら『危ないから歩くのをやめてください!』と警告され、瞬く間に歩けなくなった。そしたらケアマネジャーさんに『これで楽になりますね』と言われた。悪気はなかったんだと思うが、本音がポロっと出てしまったんでしょう。施設がいちばんこわいのは事故が起こって、訴訟問題や新聞沙汰になることだから寝たきりのほうが、施設側には楽なんだと思う」と、教えてくれたことがある。

 また、入所時に車いすだった知人の母親は、看護師呼び出しのスイッチを押し忘れて立ち上がったことを契機に、「転倒でもされたら困る」とオムツにさせられた。

 高齢者は1日寝ていると、それだけで老いる。私自身、父が入院一週間であっという間に老いたときはショックだった。
 小さくなった親の背中や、細くなった腕や足……、それを見た時の切なさといったら半端ではない。

 施設側が事故をおそれるあまり、行動を拘束されてしまうという、悲しく、切なく、いたたまれないリアルが幾多も存在しているのだ。

 熊本の事例と似たような判決は過去にもある。介護施設で認知症の女性(当時79歳)が夜勤の介護士が気づかないうちに転倒し、左大腿骨転子部を骨折。裁判では207万円の賠償請求が認められている(12年3月28日東京地裁)。報告書を見る限り、この施設では高齢者の人権とご家族の思いをかなり汲み入れたケアを施していた末の「不幸な結果」だったことがわかる。

 女性のベッド付近にはポータブルトイレが置かれていたが、女性は介護施設のトイレを利用することが多かった。「事故」が起きた当日、女性のベッド近くに複数の男性入所者が就寝しため、ポータブルトイレを置かなかった。おそらく施設側は「いつも施設内のトイレを使っているから大丈夫だろう」と考えたのだろう。

 深夜に女性が車いすでトイレに行くときにも、介護士は付き添った。女性は自力でトイレブース内の手すりを使って便座に移動し、排尿。このあと、女性から「転んじゃった」と言われ、介護士は転倒の事実を知ったという。

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「高齢者施設を牢獄以下の場にする「拘束の神話」」の著者

河合 薫

河合 薫(かわい・かおる)

健康社会学者(Ph.D.)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は600人に迫る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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