障害者に対する公的支援、さらに減免・手当・助成などの制度は、都道府県・市区町村などの自治体が独自に行っています。その自治体の障害者観は、提供されている制度と利用者数・利用率・金額ベースの利用実績に表れている、と言っても過言ではありません。
しかし、精神障害は見た目で分かりにくいため、どうしても制度の整備が立ち遅れがちです。
本記事は、医療費助成に焦点を当て、この問題の「傾向と対策」を考えてみます。
制度の不備と地域生活の困難は「ニワトリと卵」
精神障害者が病院の中や施設ではなく地域で「ふつう」に暮らすことは、地域で利用できる制度が不十分であることによって困難になり、地域生活している精神障害者が少なくイメージされにくいことにより、さらに地域生活が困難になるという悪循環を形作っているものの一つは、利用できる制度が不十分であることです。
ニワトリが先なのか、卵が先なのか。
「基本、精神障害者は地域で暮らすもの」という前提に立てば、今、その自治体で地域生活している精神障害者がゼロでも少数でも、「必要な制度は整備しておく必要がある」ということになります。
制度の整備がニワトリか卵かはともかく、制度が利用できることは、精神障害者を含め、障害者の地域生活へと確実につながります。
精神障害者への国の医療費助成は、精神疾患限定
今、地域生活する精神障害者が最も必要としているのに最も手薄な助成の一つは、医療費の助成です。
精神疾患であれば、国が用意している制度(厚生労働省:自立支援医寮)があります。所得制限その他の条件はありますけれども、精神疾患に関しては、外来での診察および投薬・デイケア・訪問看護・病院等でのカウンセリングなどが対象になります。
問題は、「精神医療だけ」ということです。向精神薬の副作用による胃腸の不調や関節のこわばりなどの身体症状、向精神薬の副作用をチェックする目的での血液検査などは対象になる場合もあります。しかし、精神科に定期的に通院するついでの「風邪を引いているので風邪薬」「腰痛なので湿布薬」はNG。もちろん、精神科は精神科なので、たとえば虫歯の治療はできません。
「精神疾患に対する助成だから」という趣旨は、それはそれで筋は通っているのかもしれません。しかし、それでは不十分すぎるのです。
医療からの排除をもたらす、貧困と障害の複合
加藤真規子さん(精神障害者ピア・サポートセンター「こらーる・たいとう」)は、
「精神障害者が病院に入院しっぱなしになったり、施設に入れておいたほうが安心と思われたりする状況を脱却するのに役立つのは、病気になったときの保障です」
と、はっきりした口調で語ります。
加藤さんは長年、精神障害者どうしの対等な関係の中で互いが互いを助ける“ピアサポート“を中心に、数多くの活動を推進してきました。加藤さん自身も精神障害者です。
「今、うつ病や統合失調症の人は、精神障害者として位置付けられています。病気を持っていて、病気が固定化・慢性化するからです。でも、見た目では分かりません」(加藤さん)
精神障害者は、若くて五体満足なのに働かずにブラブラして、と批判されやすい人々でもあります。
「でも、働こうとしても働けないことが多いです。だから貧しくて、内科や外科、眼科や歯科に行って治療を受ける必要があるときにも、病院に行けません。だから、全科の医療費助成が必要なんです」(加藤さん)
精神障害者は、症状によっても向精神薬の影響によっても、日常動作の一つ一つが困難になりやすいのです。身体が重くて動かしにくかったり、非常に疲れやすかったりします。パワフルにハイになる精神疾患もありますが、経験している人数でいえば、「パワー出ない」「落ちる」という症状の方が一般的です。
「精神障害者は動かない、というより動けないし、太陽に当たらない生活になりがちだし、食生活も貧困なことが多いんです」(加藤さん)
太陽に当たらないのは、なぜ?
「怠けているだけだという誤解をされたり、『怖い』という偏見を持たれていたりしますから。でも精神障害者は、無理して動きすぎて消耗して動けなくなることの方が多いんですけどね。休んだり、気分転換したりできない、モラトリアムが必要でも休めない人が多いです」(加藤さん)
体力気力の限界まで動いて疲れ果てているときに「怠けているだけ」と言われたら、精神障害であろうがなかろうが、簡単に引きこもりがちになるでしょう。外に出にくくなると、病院にも行けません。
「だから、不調があっても、なかなか治療を受けずに見逃していることが多いんです」(加藤さん)
その先に多いのは、心筋梗塞で突然亡くなったり、倒れて入院したら進行がんが判明して治療困難、余命は長くないことが判明したりする成り行きです。
「大きな病気になる手前の小さい治療は、お金がなくて出来ないことが多いんです。歯の悪い人、精神障害者には本当に多いです。歯を見れば、その人の健康状態は分かる感じ。それに、長期間の投薬で身体に影響が及ぶことも多いです。肝臓へのダメージなど」(加藤さん)
お金がなくて病院に行けない悩みを抱えているのは、精神障害者だけではありません。私が生活保護問題の取材を続ける中での「あるある」の一つは、「生活保護が開始になって、やっと病気の治療が始められた」です。
「精神障害者だからという理由で医療から排除されているわけではないのですが、医療から排除されているわけです。ワーキング・プアの方々が無保険状態になって医療を受けられなかったり、ワーキング・プアなのに社会保険料や医療費を負担しなくてはならなかったりするのと、半分くらいは共通点のある状況です」(加藤さん)
貧困によって医療から排除される状況は、ワーキング・プアと共通しています。精神障害者は、貧困と精神障害が複合した状況なので、さらに精神科以外の医療から排除されやすいのです。
精神障害者は死にやすい? 理由はなぜ?
この10年間、日本の精神科入院患者は、概ね31万人~35万人で推移しています。この人数自体が「全世界の精神科入院患者の約20%は日本にいる」という異常事態を示しているのですが、年間で約2万人は死亡退院しています(厚生労働省「患者調査」など)。入院した患者の12人~15人に1人が死亡退院することは、精神科以外の病院では「ありえない」に近いと思われます。
「死亡退院される方のうち約1万人は、躁鬱病や統合失調症の方です。残りの約1万人は、高齢になって入院した方です」(加藤さん)
躁鬱病や統合失調症そのものでは、人は死にません。自殺はありえますが、年間1万人が精神科病院の中で自殺しているわけはありません。高齢者も含め、亡くなる方の多くは、何らかの身体疾患で亡くなっているのです。
「入院させた責任は、退院させる責任と表裏一体だと思います。入院病棟は、病気を治すため、入院しないとできない治療をするはずの場所なのに、精神科病院の場合、治らないまま死亡退院する方が多いんです」(加藤さん)
背景にあるのは、精神科病院の中で可能な医療が少ないことです。「精神科特例」により、精神科病棟では患者48人に対して医師が1人いればよいことになっています。一般病棟では16人に1人です。看護師も、一般病棟に対して少ない人数でよいことになっています。
患者が精神疾患以外の病気にかかった時、医師も看護師も医療スタッフも少なく、可能な治療が非常に限定されるのであれば、死亡退院が多くなるのは必然でしょう。
では、そういう時に一般の病院に転院できるのでしょうか? 残念ながら、そうは行きません。
医療を拒まれる精神障害者たち
山本眞理さん(全国「精神病」者集団会員・世界精神医療ユーザーサバイバーネットワーク(WNUSP)理事)は、10代で精神疾患を発症し入院した経験から、精神障害者が「人間」として扱われることを目標とした活動を開始しました。
国際的ロビイング活動を含めた多様な活動歴は、そろそろ半世紀に達します。
「内科疾患をもつ人が精神科に入院すると、その内科疾患は治療されず、最悪の場合は死んでしまいます。でも、誰も責任を問われないんです」(山本さん)
精神科ではなく、その疾患を専門とする科へ、という選択肢が事実上存在しないこともあります。「精神科通院中」「精神障害者として障害者手帳を取得している」などの場合、救急搬送を断られることもあります。精神障害者が容易に治療できる疾患の治療を受けられずに死んでしまう事例は、数年に一回程度は報道されています。年間に何人がそういう死に方をしているのか、実態は判明していませんが、少なくないことは間違いなさそうです。
私にも、そういう経験はあります。過去に通院していた精神科クリニックの前で車椅子が転倒して後頭部を強打したとき、すぐに救急車をお願いしたところ、どの病院も「精神科通院中」を理由として受け入れ拒否。「頭部CTを撮るだけで異常があっても治療しなくてよい」を条件に受け入れを了承した病院が見つかったので、そこに搬送されました。頭部CTの結果は「異常なし」なので結果オーライではあったのですが、頭部CT開始は後頭部強打から2時間近く後のことでした。
「1991年に『宮崎透析拒否事件』が起こりました。43歳の女性の腎機能が低下し、人工透析が必要になり、設備のある総合病院に入院したのですが、その病院が『精神障害者は自己管理できないから透析は無駄』と断ったので、女性は亡くなったんです。当時は、九大医学部の腎臓病の権威が書いた教科書に『精神障害者には透析は不要』と書いてあったりしました」(山本さん)
なぜ?
「どうせ精神障害者、ということでしょう。どうせ働けないんだから治療しなくていい。穀潰しは死んでいいや、ということでしょう。きちんと身体の病気を見つけずに『いいや』という態度は、特に入院中の患者に対しては、蔓延しています」(山本さん)
病院による差もあります。良心的な病院のスタッフは根拠をもって「ウチはそんなことはしない」「精神科以外の病院から断られることはあるけど、ウチでは病気は治したいと考えて最善を尽くしている」と言います。しかし、特に良心的な病院でなければ必要な治療も受けられないというバラつきは困ります。
「結局、これは差別なんです。障害者に医療費助成が必要なのは、全体的に見て、明らかに低所得だからです。それを放置するのは、差別です」(山本さん)
精神障害者に、すべての人に、全科の医療費助成を求めて
2016年末から、加藤さんを中心に、東京都に対する請願署名を集める運動が進められています。
現在、東京都は、身体障害者に対しては心身障害者医療証(通称「マル障」)を発行し、全科の医療費助成を行っています。この心身障害者医療証を精神障害者にも、というのが請願署名の目的です。2017目1月10日には、新宿で街頭署名を行い、約3時間で署名418筆・カンパ9561円を集めました。
請願署名は、2017年1月30日に東京都議会に提出される予定。また同時に、東京都の各市区町村議会にも陳情書の提出を行う予定ということです。
精神障害者の状況が医療費から底上げされること自体は、悪いことではないはずです。しかし「また、障害者が自分たちだけ特別扱いを求めて」「障害者が良くなっても、ふつうの私たちは少しもよくならない」という反応も予想されます。
加藤さん・山本さんは、このような世間の声に、どう答えるでしょうか?
「繰り返しになりますが、貧困による医療からの排除という意味では、精神障害者とワーキング・プアは共通の問題を持っています。精神障害者の全科での医療費助成が実現したら、同じ問題で困っている多くの方々の解決のきっかけになります。国の制度の漏れを都道府県が補うことは、どなたに対しても必要ですから」(加藤さん)
「加藤さんの繰り返しになりますが、精神障害者の全科での医療費助成は、低所得の人に対する最低限の医療保障になりえます。たとえば、高齢の認知症の方に対する医療の最低限の保障としても使えます。65歳以上だと、介護保険が障害者福祉に優先する原則ですが、障害者手帳は取得できます。将来的には、後期高齢者医療制度の自己負担も、マル障で埋められる制度を作らないといけませんね」(山本さん)
「特別扱いされる特定の弱者」のための福祉は、基本的に存在しません。
誰かが底上げされれば、その効果は、回り回って社会のあらゆる人に及ぶからです。
「将来の自分の役に立つ制度ができる基盤になるかも」という視点から、ぜひ、お住まいの地域の障害者福祉を見直してみてください。
後記(2017年1月25日)
山本眞理氏は既に全国「精神病」者集団を退会しており現在は会員ではない、とする主張(URL)もありますが、山本氏は一貫して「会員」と自己規定しており、「退会している」とする主張には同意していません。また自分の知るかぎりの経緯に照らし、現在のところ、山本氏を全国「精神病」者集団の会員とするのが妥当であろうと判断しています。