福岡市のすぐ南側に位置する福岡県・春日市は、東西の長さ役4km・南北の長さ役5km・人口約11万人の小都市であり、私が5歳から20歳までを過ごした場所です。
私がいた当時(1969年~1983年)の春日市は、文化・教育に注力はしていましたが、福岡市のベッドタウンとしての急激な人口増、文化・教育といえば、小中学校の新設や新校舎建築が「待ったなし」の課題として連続していました。
建てても建てても足りない小中学校。その他の文化・教育については、ほぼ「無い袖は振れない」状態。公民館づくりと公園整備が精一杯でした。結果として、公共図書館はありませんでした。
私が中学受験をして福岡市の中学・高校に行った動機の一つには「福岡市の図書館を利用したい」もありました。
それから長い年月が経過しました。
1995年、長年の市民の悲願かなって設置された春日市民図書館は、今でも市唯一の図書館として愛されています。
本記事では、この図書館の「今」と、これからへの気がかりを皆様に提供したいと思います。
唐突に表面化した、図書館の指定管理化計画
いまどきの日本に、財政が充分に潤っており、今後もその見通しであるという地方自治体は存在しないでしょう。
福岡県春日市(市ホームページ)も例外ではありません。
財政の苦しい自治体で削減のターゲットになりやすいのは、すぐにお金を産むわけではない社会教育施設です。
ご多分にもれず、春日市でも、唯一の図書館を市直営から指定管理へと転換する計画が進められています。
水面下で進められており、したがって水面下では知られており、市民有志による対策も水面下で進められていたこの動きは、昨年秋、ついに水面上に姿を現しました。
指定管理だから悪いというわけではない
佐賀県武雄市の武雄市図書館が「ツタヤ図書館」と賛否両論を沸き上がらせて以来、公共図書館の指定管理(=民営化)が話題となるようになりました。
公共図書館は「自治体直営だからいい」「指定管理だから悪い」と一概に言い切れるものではありません。悪い直営もあれば、良い指定管理もあります。
また、自治体の強引な指定管理化へのせめてもの抵抗として、地域住民・元職員などが団体等を立ち上げて指定管理先となっている例もあります。
しかしながら問題点が
しかしながら、今回の春日市民図書館の事例は、「保育園一揆」の地元・東京都杉並区に長年住んでいる私から見ても「えーっ?」です。
ちなみに杉並区の図書館は、早々と指定管理に移行しました。
杉並区民の多くは、対外的イメージほど文化を大切にしているというわけではありません。選挙によっては「29%」という恐るべき投票率を”誇る”こと、その投票率に反映された民度もまた、杉並区の一面です。図書館の指定管理化に際して、記憶に残るような反対運動はありませんでした。
春日市に住んでいたり、春日市とつながりを保っていたりする小学校の先輩などから「市民図書館が」という話を聞きはじめたとき、私の正直な気持ちは「そんなもんだ」でした。しかし聞けば聞くほど、驚きと「なんとかしなきゃ」という思いが膨れ上がってきました。
私から見て、問題点は下記の3点に集約されます。
- 数年にわたり、水面下で計画が進められてきており、市民に説明らしい説明がされていない。またパブコメ募集などの予定もないということ(市議会議員談)。
- 2016年末に浮上、2017年3月の市議会で予算案・条例とも審議される(もしかすると成立)という、スピーディ(皮肉)すぎるスケジュール。
- 指定管理化という結論ありき。検討といえる検討がされた形跡はなさそう。真の狙いはコスト削減と思われるけれども、コスト削減効果が実のところどの程度なのか、生じるデメリットとの兼ね合いはどうなのか。納得できる説明は、今のところ春日市側からも、指定管理推進派とされる議員からも行なわれていない。
なお、春日市議会の最大会派は公明党で、公明党が「指定管理推し」とのこと。共産党は反対。自民党の中には指定管理に消極的な議員もいるけれど、「どうなるか……?」とのことです(市民および市議談)。
とりあえず、私に出来ることは、春日市から遠く離れて33年、利害といえる利害がない立場から、記事を書くことくらいです。
市民による「図書館を考えるつどい」が開催されている
本記事を執筆している2017年2月7日夜、市民による「春日市民図書館を考えるつどい」が、図書館に隣接する市のスポーツセンター会議室で開催されています。福岡県小郡図書館・元館長の永利和則氏(参照:朝日新聞「耕論」)をゲストに迎え、会場でも、その後の二次会等でも、活発な議論が盛り上がっていることでしょう。
「市民の声をちゃんと聞かなきゃ!」という機運が、今からでも、春日市・春日市議会の中で盛り上がることを祈りたいところです。
どういう図書館なのか-写真から
床面積・2600平米の春日市民図書館を簡単に紹介するのは、なかなか困難です。
レファレンス(調べ物)サービスの充実・郷土資料の充実など、特色を上げることは可能ですが、書架を見て回るだけで「うわあああ」と嘆息が漏れる選書センス、あちらもこちらも楽しく読みたくなる特集づくり・コーナーづくり、居心地(畳のスペースも、子どものための「ちょっと冒険の場」的なスペースも、建物に作り込まれています)、科学イベントなど市内の他機関と連携した動き……。「三行で言う」は、とても無理です。
ですが、一枚だけ。福祉関連書籍の書架です。生活保護に関する公式ルールブックである「生活保護手帳」「生活保護手帳別冊問答集」の最新版が置かれています。
あっても読みこなせる人がいるとは限らない代物ですが、「いざというときの生存に関する制度の公式ルールブックがないのは、公共図書館としておかしいだろ!」という矜持が感じられます。こんな図書館、そうそうあるものではありません。
周囲にある書籍も、注意深く見ると、生活保護を申請するにあたって情報源としては古すぎる書籍がないのです。
2013年の生活保護法改正以前の書籍をアテにして申請に行くと、大変な目に遭うかもしれません。
「春日市は、法改正前も法改正後も、水際作戦なんかやってない!」なら良いのですが、他自治体の住民も読むかもしれませんからね。
市の財政も潤沢ではないのですが、貧困は、春日市の住民にも拡大しています。
図書館と同じ敷地内にある水飲み場には、水の持ち去りを禁止する掲示があります。
図書館の近辺は、かつての「中流」やその名残を感じさせる住宅と、貧困を感じさせる住宅が混在しています。
社会教育施設は、余裕のある人にも余裕のない人にも役に立ちます。
とはいえ、水道料金も払えないほど困っている方々の役に立ててこその、公共図書館でしょう。
図書館などの社会教育施設は、学校と並んで、貧困対策の砦となりえます。
学籍がなくなったら基本的にはお世話になれない学校と異なり、社会教育施設は、生涯、どのような状況にあっても出入り・利用できる場所です。
春日市民図書館の書架は、黙って「貧困対策をなんとかしたい」という気概を語っているように感じられます。
どういう図書館なのか-数字から
最後に、春日市民図書館を語る数字を、いくつか掲げておきます。
登録者数(2015年度) 46,014人(うち春日市民は31,816人。春日市人口は約107,000人)
来館者数(2015年度) 448,437人
蔵書数 (2015年度末) 335,315冊
総貸出冊数(2015年度) 794,470冊
なお、移動図書館車もあり、図書館に来ることのできない人には図書館からのアウトリーチがあります。
また、市の全域と図書館が、コミュニティバスで結ばれています。
大都市のベッドタウンとなることに成功したものの、ベッドタウンゆえに高齢化や貧困の拡大を抱えることになり。
他自治体に売っておカネに換えられるものは少なく、水・ごみ処理など、買わなくてはならないものが多くて。
パッとする産業を誘致したり育てたりするには、人口密度が高すぎたり低すぎたり、交通の便が良すぎたり悪すぎたり。
福岡県春日市が抱えている問題は、図書館を指定管理化するかどうするかを含め、全国の多くの自治体が「あ、ウチもそう」と言いそうな問題ばかりです。
どうか、「明日の我が地域」を考える参考として、この小さな都市で愛されてきた図書館に、少しだけ、全国の皆様のご関心を傾けていただければ幸いです。