二度目の社会人大学院生活、満一年が経過して - それでも、大学院行きますか?(改題)

2014年4月、立命館大学・大学院先端総合学術研究科(先端研)で博士へのチャレンジを開始してから、満一年が経過しました。

研究テーマは、生活保護制度です。

満一年の節目に、社会人大学院生としてのこれまでを、まとめてみます。

何のための進学だった? 一度目の大学院博士課程

高校卒業以後、ずっと理科系に進学し、理工系のキャリア構築を重ねていた私は、2000年に著述活動を開始した後も科学・技術に特化した活動を続けていました。

しかし2005年、身体障害が発生して以後、それまであまり意識していなかった福祉のユーザーとなり、障害者福祉の利用しづらさや不足によって、どれだけのハンディキャップが発生するかを身をもって知ることになりました。福祉機器の開発は日本も含めて進展しつづけていますけれども、開発資金は充分ではありません。さらに不足しているのは、ユーザーである障害者・難病患者らがそれらの機器を手にするための費用であったりします。

ユーザーそれぞれが持つハンディキャップが福祉機器によって充分に補われ、経済活動も含めた社会活動への参加が容易であれば、この「金回り」の問題は解決されるでしょう。しかし、「身体や生活スタイルに適した車椅子に乗る」でさえ、多額の自費負担を必要とすることが多い現状があります。

このような問題に苦しみながら、2007年、私は2000年に中断したままの半導体研究キャリアを再開しようと、筑波大の大学院に進学しました。しかし「生きる」「暮らす」に多大な労力を必要とし、消耗し続けている状態の中では、研究どころではありませんでした。

筑波大にはたった一人だけ、そもそも私が東京の住まいで暮らせているのかどうかを気にかけてくれた教員(障害科学)がいました。しかしそれ以外の人々からは「障害を理由にして怠けている」という目で見られるばかり。その教員は、私が所属研究室の中で困らないようにするための働きかけをしようと試みてもくれたのですが、研究室のボスが拒んだため、どうしようもありませんでした。

私は何もできないまま、悔しさと哀しさと疎外感とトラウマと自責の念だけを道連れに、退学することになりました。所属研究室の大学4年生に「あれ」「それ」と呼ばれた悔しさは、未だに忘れられません。「つくばエキスプレス」の駅を見かけると、未だに思い出して涙ぐみます。しかし、自分の親でもおかしくない年代の人間を「あれ」「それ」と呼んだ大学4年生の行為の是非はともかく、私はそう呼ばれてもしかたのない状態でした。成果は全く上がっていない。指導教員に評価される能力が何もない。ハッキリ言って、研究室のお荷物。ガス抜きのターゲットに使うしかくらいしか使い道がない。

私の側の理由や背景はともあれ、私が受けたハラスメント行為の是非はともあれ、自分がそういう存在に成り果てていたのは事実でした。私は、生まれてきたことを後悔していました。自殺も考えました。自分が生まれてきたこと・生きていることが間違いだから、そういう目に遭っているのです。その間違いを正す唯一の方法は、自分が死ぬことです。

それでも私が死なず、生き恥を晒して生き延びたのは、守らなくてはならない猫たちがいたからです。

生活保護制度の研究をしようと思った理由

筑波大での苦すぎる経験から、私は、ハンディキャップを持つ人々に対する機会不平等の問題、つまりは「金回り」の問題を直接解決しなくては、と強く考えるようになりました。

女性の就労については「男社会で、男が納得する『名誉男性』になれたら、認めてやってもいい」という根強い感覚が現在もあります。

それ以前に進学に関して、昭和30年代生まれの私の親世代には「女子は、医学部に行けるのなら大学に進学させてもいいけれども、そうでないのならば花嫁コースである短大へ」という考え方をする人が非常に多かったです。

現在、障害者や難病患者が教育を受けることや就労することについて、同じような状況が存在すると私は考えています。そもそも不利なスタートや前提をそのままに競争の舞台に乗せたら、競争自体がどれほどフェアであっても、フェアとはいえません。

自然な流れで社会保障と福祉について執筆するようになった私は、2012年に連載「生活保護のリアル(本編+政策ウォッチ編私たちの明日は?編)」を開始し、2013年に書籍「生活保護リアル」も刊行しました。

取材し、調査し、報道していく中で、

「生活保護を叩くことで、誰がトクをしているのだろう?」

という疑問がわいてきました。生活保護基準が引き下げられることで快感を味わう人はいるのかもしれませんが、経済面で見れば、低所得層から高所得層まで、結局は誰のトクにもなっていないのではないだろうか? と。

「貧困」とは、言ってみれば金銭欠乏障害です。金銭欠乏障害がそのままであることは、私が電動車椅子を交付されず、したがって最寄りバス停や最寄りスーパーマーケットにも行けずにいる状態と同じです。私に電動車椅子のような補装具が交付されているから、社会活動・生産活動が行えるわけです。貧困状態、金銭欠乏障害状態にある人々に対する給付は、補装具のようなものです。お金の形をした、特殊な補装具。私には、生活保護などの給付は、「お金型補装具」に見えます。

しかし「庶民感情」「納税者感情」の納得は、それはそれで重要です。「ふつうの感情」が納得しない政策は、ゴリ押しによってしか遂行できません。

「であれば、まず『庶民感情』『納税者感情』と経済効果の間にあるものを明らかにしたい」

と思うようになりました。最も手っ取り早く明らかにできる手段があるとすれば、たぶん、学問の手法による研究です。

私は「なんとか、もう一度大学院博士課程に行けないか?」と考えるようになりました。

立命館大学と先端研を選んだ理由

私は2012年後半ごろから、国公立も含め、いくつかの大学院・教員に接触してみて、また卒業生の話も聞いてみました。筑波大での痛すぎる失敗に、心から懲りていましたから。

結局、「ここが自分にとってベストなのでは?」と考えて立命館大学と先端研を選ぶことにしました。そして、2013年秋に入試を受験して合格。

選択を大きく後押ししたのは、卒業生・在学生(いずれも障害者を含む)から聞いた話です。

「障害ゆえの困難は当然あるけれども、大学側に充分以上の配慮があり、障害のために極度の困難に陥ったり何かを断念させられることはない」

ということが一致していました。これはもちろん、遠隔地在住の社会人院生に対する配慮にも共通するものがあります。

決め手となったのは、入試出願の数ヶ月前、現在の指導教員に直接相談したときの成り行きです。私は

「障害者に対する有形無形のハラスメント、ないわけはないと思いますが、どういう解決がされていますか?」

と、直截に質問しました。指導教員は少しドギマギした表情で、

「ちょっとしたこと、健常な学生どうしでもあるようなちょっとした行き違いなら、いろいろあるようすだけれど、教員のところまで上がってくるほど深刻にこじれて研究できなくなったレベルの話は、先端研では今のところはない」

と答えました。

実はその数ヶ月前、先端研の活動に関わったことのある障害者運動家から「あそこの院生に、ひどい障害者差別を受けた」という話を聞いていましたので、内心、戦々恐々という感じでした。だから、ここまで直截に聞いてみることにしたわけです。しかし、この教員の回答でかなり安心して、受験しました。

つまり、受験の決め手は

「直接型・間接型・環境型を含めて障害者差別が少なく、障害者の背景に配慮しないことによる差別も、少なくとも見逃されてはいない」

ということであったわけです。

実際に自分がそこで学べて研究できるのかどうか? 建前として「学べる」「研究できる」「配慮している」ではなく、実際にどうなのか? これは、女性・障害者・社会人と「×」が揃っている人間として、充分以上の注意を払うべきポイントです。ここまでの警戒心のもと、不安をなくしてから進学したことは、正解だったと思います。

直面した困難の数々

とはいえ、進学してから現在までの歩みは、それほどスムーズだったわけでもありません。

時間と体力のやりくりには、非常に苦心しましたし、現在も苦心しています。お金のやりくりでも結構苦心はしているのですが、お金以上に、時間と体力のやりくりの方が厳しいです。

仕事と学業のやりくりだけだったら、まだ何とかなったと思われます。私は高校卒業以後の33年ほどのうち、学歴と職歴が同時並行で走っている時期が通算20年近くになっています。うち5年は、当時実習のキツさで知られていた武蔵野美大の短大部通信課程でしたが、なんとか仕事と両立できました(30代で、まだ若かったからできた?)

一番しんどかったことは、こちらに時間の余裕や「のりしろ」があることを前提にしていた、進学以前の交友関係です。それも「障害+生活保護利用」など、しんどい事情を抱えた人がたくさん。そういう人たちに対して「付き合いの悪い人」「話を存分に聴けない人」になることは、たいへん辛いものがありました。

相手も不満を募らせているのがわかります。でも私も、仕事や学業に使えるはずの時間と体力を、どんどん奪われて辛い。そして私は「仕事が」とは言えても「大学院が」とは言えません。

たぶん、言ってもよかったんだと思います。相手が理解しないようだったら「払っている学費を無駄にしたくない」と言ってよかったんだと思うんです。でも、どうしても言えず、

「生活保護問題に関するライターで、生活保護の研究をしているのに、そんなことをしていいのか?」

と、悩み苦しんだ挙句、「付き合い」「話を聴く」を求める人たちとは絶交しました。

そんな中でも論文は、査読あり論文誌に一本を投稿しましたが、不採択になりました。国際学会発表は一本が採択され、発表してくることができましたけれども(参照:「ダイヤモンド・オンライン」記事)、博士号取得には査読あり論文3本が必要です。今年度、なんとか1本、できれば2本を通したいところです。

やはり「ちょっとしたこと」はあるけれど

さて、受験に際して気にしていた、「ひどい障害者差別を受けた」という障害者の話。本人の思い過ごしだったのでしょうか? それとも、教員の知らないところで、実際にそういうことがあったのでしょうか? 真相はわかりません。

一年を先端研で過ごした後、私は

「先生の目の届かないところで、実際にあったのかもなあ」

と思っています。

「ちょっと面白くない」「ちょっと気に入らない」という感情がぶつけられること、あるいは、初対面に近いのに馴れ馴れしすぎる(と自分が感じる)コミュニケーションスタイルを強いてくる人、マウンティングにかかってくる人。まあ、そりゃ、いますよ、そういう人も。

たぶん、その「ひどい障害者差別」の根拠になることがらは、実際にあったのでしょう。どの程度「ひどい」だったのかはともかく、本人に「ひどい障害者差別」と受け取られたことは事実でもあります。

ただ、深刻な問題に発展する前になんとかなる運営と配慮の網の目が、教員の指導体制(主たる指導教員はいるけれど、実質、グループ指導に近い)・院生の過ごし方のスタイル(さまざまなスタイルの「居場所」があり、どこにも居場所がないということはない)など、さまざまに張り巡らされています。

研究が続けられなくなるレベル、大学に行かれなくなるレベルのハラスメントは、やはり、見受けられないですねえ……。

「立命館大・先端研以外の方がよかったのでは」と思った瞬間は?

実は、ほとんどありません。

京都に行けない時期も多いのですが、授業やゼミの多くは、skypeや録音で参加できます。また、手続き等もなるべく東京から郵送やメールで可能なように配慮されています。遠隔地ゆえの困難を感じることは、ほとんどありません。

入学早々、図書館の論文データベースにアクセスしたとき、

「しまった! 大きな国立総合大学だったら、臨床獣医学の論文も読み放題だったのに!」

と感じたのが、唯一の後悔です。5月に18歳になる高齢猫を抱えている私、猫の持病に関する治療の最新情報は、自分の研究以上に関心あるかもしれない(汗)ことですから……。

ずっと理工系のコースを歩んできた私、先端研のある衣笠キャンパスの図書館や生協書店に理工系の本や雑誌がないことにも、一抹の寂しさを覚えます。18歳くらいで理工系が身近にいない文系だけの世界、逆に理工系単科大学や理工系だけ別キャンパスの大学の世界に入っちゃうと、「そういうもんだ」と思ってしまうのでしょう。

でも、偏っているということくらい、どちらにも自覚してほしいものだと思います。文系・理系を問わず、さまざまな書籍が全部、開架で並べられていた筑波大中央図書館。ああいう風景を見る機会を、10代から20代の人たちには、ぜひぜひ持ってほしいものです。本の背表紙や雑誌の表紙を眺めるだけでも、だいぶ違います。

それにしても、立命館大学の規模だから、まだマシということがありそうです。少なくとも衣笠キャンパスは、街の書店にアクセスできる場所にありますし。小規模単科大学だったら……。すべての、中等高等教育段階・該当年齢の人たちに、大きく充実した図書館や書店を見る機会があってほしいですね。

話がそれちゃいました。自分の研究の話に戻ります。

将来から、どう位置づけたいか

現在の私は、最初に考えていたテーマに関する研究を少しずつ進めている一方で、当初より明確に、学位取得後のイメージを抱いています。

「研究と著述の両輪をもつモノカキとして、確かな根拠と破綻ないロジックのもとで建設的で実際に役に立つ政策提言を行い、一般の人々にわかりやすく正確に伝えていく」

というものです。

研究では、まだ取っ掛かりの一歩を上ったかどうかというところですが、まずは論文をアウトプットしていくこと。そして学位を取得すること。学位取得後、研究を著述とともに発展させていくこと。

現在の将来イメージを忘れなければ、きっとなんとかなるだろうと思っています。

研究に惹かれる社会人の方々へ

私は、立命館大と先端研を選んで正解だったのではないかと思っていますが、あくまでも「私にとって」の正解です。

正解が何であるのかは、ご自分のやりたいこと・明らかにしたいこと・その後の人生展開の希望などによって違います。

「学ぶ」だけなら、多大な学費を支払う必要はありません。図書館も放送大学もあります。

あえてリアルな大学(院)を選ぶことの意味は、あなたにとって、何でしょうか? 

それがはっきりしないうちは、学費を支払う決断はしない方が良いでしょう。

一方、研究によって実現したい何かがあるけれども、要件となる大学学部・大学院修士課程修了の学歴を持っていない方も、大学院に行きたいけれども学費の目処のつかない方もおられることでしょう。でも、現在の日本ならば、これらの問題は、かなり、なんとかなります。

指導を受けたい先生に、直接相談してみてください。

参考:大学院へのショートカットコース ー 学歴不足を取り返したい方のために(みわよしこ)