「自分たちの税金を、生活保護利用者の酒やギャンブルに使われたくない」は何が問題なのか
払わなきゃいけないのは良く良くわかってる。だけど、せめて、なるべく少なく払いたい税金。
その感情が「生活保護なのに、私たちの税金で酒やギャンブルなんて!」という主張に結びつくことは、自然といえば自然かもしれません。
でも、「自然な感情だから正しい」「自然な感情は認められるべきである」と言い切れるのでしょうか?
本記事では、「生活保護なのに、私たちの税金で酒やギャンブルなんて!」に含まれている問題点を、一つずつ解きほぐしてみます。
ある読者さんからのコメント
昨日公開した記事
「生活保護費のプリペイドカード支給では、生活保護利用者の行動は改善できず、不正受給対策もできない」
に対し、Facebookの「みわよしこ」ページの方に、村上 善紀さんという方からコメントを頂戴しました。
プロフィールによれば、一橋大学を2001年にご卒業とのこと。私の著書「いちばんやさしいアルゴリズムの本」(技術評論社、2012年)に伴走と執筆協力をしてくださった数学者の永島孝先生は、長年、一橋大学に勤務していらっしゃいました。接点があったかもしれませんね。
さてコメント内容です。
回答自体は建前みたいなもので、実際のところ多くの回答者は、「働きもしないで税金からもらったお金を飲酒やギャンブルに使わせるな」と思っている、ということですよね。それに対しては「憲法ですべての人間は健康で文化的な…保障されている」という反論があるのでしょうけど、「健康で文化的な最低限度の生活(うろ覚え) VS 有限でもっとましな使い道があるかもしれない税金でギャンブルを許すべきではない」については、ちゃんと議論すべきかと思います。どっちの主張が明らかに正しい、というものでもないですよね。
それと、問1の「過度な飲酒やギャンブル」という記述から、即アルコール依存症やギャンブル依存症を想定するのは、ちょっと無理がないですかね。別に依存症じゃなくても、「過度」ってあるとおもいます。スマホのガチャとか…少なくとも回答者は、依存症の人を念頭にこたえているわけではないのでは?だとするとあまり有効な反論になっていないと思います
問5の「プライバシー権の侵害」に関する議論も、「集団的自衛金を容認したら自分の子供が徴兵されて海外での戦争に従事させられる」くらい飛躍のある感じなので、もう少し丁寧に経路を説明しないと伝わらないと思います。
コメントでお返事しましたが、さらに加筆して、こちらにも掲載することにしました。
いずれも、生活保護に長く関わっている者にとっては、議論のしようのない明確な話です。
しかしそれは、「一般常識」「世間のみんなの声」にはなっていません。
無駄かもしれませんが、「生活保護業界の常識」といいますか、法や制度運用や訴訟によって積み重ねられてきた知見や考え方を一つ一つ紹介します。
これもまた「税金で」積み上げられてきた実績です。無駄にしてはならないと思います。
1.保護費の使途は自由なので、酒もギャンブルも自由です
確定した判例(中嶋学資保険訴訟)で確認されています。
両親とも傷病で働けなくなった家庭で、二人の娘たちの高校進学のために学資保険を積み立てていたところ、高校進学時に収入認定されてしまったという事件がありました。
夫妻と子どもの一人父親と二人の娘たち(母親は訴訟開始直前に他界)は諦めることなく、訴訟を開始しました。
「保護費の使途は自由だからこそ『自立の助長』に役立つ。だから自由でなくてはならない。したがって学資に使ってよい」
という判決が、既に確定しています。
「保護費の使途は自由」なので、酒もギャンブルも含め、「何に使うか」を問題にすること自体がナンセンスです。
2.「生活保護でギャンブル」の問題点は、お金がかかりすぎること
しかしながら、生活保護利用者の支援に関わる人々の多くが、「生活保護でギャンブル」はやはり問題であるという認識を持っています。
生活保護の範囲で娯楽を楽しむ自由は当然保証されるべきです。「健康で文化的な」最低限度の生活が娯楽を含んではならない理由はありません。
しかし、ギャンブルは費用がかかりすぎるため、「健康」「文化」が損なわれてしまいます。
健全にギャンブルを楽しめる範囲の上限は、収入の3~5%と言われています。数値には若干の差はありますが、ほぼ精神保健界隈での世界的常識です。
国によっては、公営ギャンブル施設は存在するものの、その人の収入の一定比率以上はギャンブルへの支出が行えない仕組みを作っていたりもします。
単身者で生活保護の生活扶助と住宅扶助を含めて約11万円としたとき、5%は5000円強です。
うち住宅扶助は「住宅の現物」なので、自由に使用できる資金ではありません(使い込んでしまう人に対しては、福祉事務所から直接支払う「代理納付」という方法が既にあります)。
生活扶助の約7万円の5%がギャンブルの上限とすれば、3500円です。
3500円以下で健全にギャンブルを楽しまれる方、たとえば「月に一度だけ競馬に行き、馬券を1枚だけ買ってみる」という楽しみ方をされる方なら、ギャンブルといえども問題にされる必要はないかと思われます。
問題は、健全な楽しみ方ができない方です。これは「依存症」以外の何ものでもありません。
どうしてもギャンブルをやめられない方は、生活保護費のほとんど全額を使ってでもギャンブルをなさいます。場合によっては、住宅扶助まで使い込んでしまいます。すると生活のその他の部分が圧迫され、「健康で文化的な生活」はまったく実現されなくなります。住宅扶助も使い込んでいる場合には、住居を失う可能性も発生します。
ご本人も困っています。問題だと思っていることも多いです。でも、自分の意志ではやめられないのです。
これはまぎれもない依存症なのですから、依存症として治療を受けることが必要ということになります。
飲酒も同様です。
「一ヶ月あたり焼酎1升1600円」といった軽い晩酌だったら、責められるようなものではないでしょう。
繰り返しますが、保護費の使途は自由です。
問題は、お酒の購入費用・お酒による身体的・精神的ダメージや機会損失が、深刻な問題を引き起こしている場合です。
過度の飲酒は、精神的依存だけではなく、身体的依存も引き起こします。
もちろん、依存症と考えて治療につなぐことが重要です。
(後記:スマホの「ガチャ」などインターネットでの消費にも、依存症を引き起こす可能性があります。現在は依存症の治療対象に含められています)
家計のバランスを大きく崩さない範囲の健全な娯楽・息抜きという位置づけにある場合には、ギャンブルも飲酒も風俗も問題ありません(風俗の「買う側」には犯罪性がなければ問題はありません。「買われる側」側の問題はさておきます)。
ある人は1ヶ月に2回ほどカラオケへ。ある人は1ヶ月に1回、お弁当を持って競馬場へ行って馬券を3枚だけ買って。ある人は予算3000円で月1回だけパチンコへ。ある人は月に1回だけ立ち飲みへ。ある人は3ヶ月に1回だけ風俗店へ。私だったら、娯楽費に月あたり3500円なら、何しますかね。名画館で映画を2本見てパンフ買って(1500円)、iTunesで音楽を3曲買い(700円)、昼間のカラオケ1回(700円)、銘酒カップ2本(600円)?
そういう健全な楽しみ方が全くできない場合、心がけを責めたり管理を強化したりしても何の効果もありません。責めたい人・管理したい人の自己満足が得られるだけです。
このような場合には、依存症をはじめとする精神疾患の可能性を考え、治療につなぐことが最優先事項です。
(病院への入院→)施設入所→中間施設→地域生活
というルートは、依存症では確立されたものとなっており、各段階での治療手法等も確立されています。
日本では、施設も人的資源も不足していますけれども。
3.「生活保護だから」はプライバシーを侵害する理由になるのか
現在も福祉事務所は、生活保護利用者と血縁者・生活保護申請者(さらに血縁者の一部)のプライバシーを「丸裸」にできるほどの強力な調査権限を持っています。この調査権限そのものは、生活保護法によって定められています。そうしないと
「自称困窮者が1億人出現して、生活保護費が1億人分必要になった」
ということになりかねません。執行が適正に行われることは、「適正化」というキーワードが生活保護費抑制の口実としてばかり使われてきた歴史はそれはそれとして、やはり必要だと私も思います。「適正」の100%実現は現実には無理であるとしても。
しかし、ここで考えるべきことは、福祉事務所と生活保護利用者の力関係です。圧倒的に福祉事務所の方が強い立場にあります。
このため、必要な調査は行い、同時に生活保護利用者に対する人権侵害となる可能性を最小にできるよう、調査を行ってよい範囲と場面が具体的に制約されています。その具体的な制約は、生活保護法そのものにはじまり、施行規則・政令・各種通知などの個別文書へと及びます。
力関係と立場を考えれば、強い側により厳しい制約が課されるのは当然です。強い側が「公共」なのですから、公共が率先して人権侵害を行うようなことはあってはなりません。
そもそも法の役割の一つに、力関係の調整があります。わかりやすいところでは労働法。しかしそもそも、生活保護利用者の権利はそれほど強く保障されていません。労働者の権利の方が、よほど強く保障されています。それも近い将来、生活保護並みにまで劣化してしまうのかもしれませんが。
この観点からも、生活保護利用者の権利侵害となりうるプリペイドカード導入は、慎重に議論される必要があります。
「税金」で行われてきた生活保護制度65年間の蓄積を、無駄にすべきではありません
生活保護制度の第一義的な目的は、生活保護を必要とする人の生存権を保障することです。
そのために制度が構築され、法体系が整備され、運用の実際が定められてきました。
解釈の揺れがちな部分は、行政訴訟などによって、一つ一つ意味と内容が確認されてきました。
もちろん、福祉事務所のケースワーカーなどから厚労省方面へのフィードバックもありました。
たとえば高額医療費制度は、東京都の生活保護担当者から厚生省(当時)への相談があって、創設されることとなりました(参考:拙記事)。
もちろん生活保護利用者たちも、日々の自分自身の生活を安定させ、充実させ、発展させる小さな歩みの積み重ねによって、数多くの社会的貢献をしてきています。私には「生活保護でギャンブル」もまた、その試行錯誤の一つに見えます。
この多大な積み重ねは、
「納税者である自分は、生活保護費でギャンブルする人の存在が許しがたい」
「生活保護利用者がお金の使途を制約されたり知られたり管理されたりしてプライバシーを侵害されるのはいいと思う、データが得られて納税者に役立つし」
などの「庶民感情」「納税者の感情」によって、根こそぎにされてよいものなのでしょうか?
少なくとも現在の法体系と、65年間積み上げられてきた生活保護制度の運用は、そのような「庶民の感情」「納税者の感情」を支持するものではありません。
制度自身が、庶民を満足させるためにではなく、日本のすべての人の生存権を保障するためにあります。
生存権の内容を劣悪にする可能性のある試行は、慎重のうえにも慎重に行われなくてはなりません。
どうしても「内容を明るみにする必要が」というならば、大阪市の橋下市長ご自身の給与や交際費等の経費をプリペイドカード化し、明細をリアルタイムで公開されてはどうでしょうか?
生活保護利用者の、最大でも生活扶助の範囲を超えない「税金で」の消費の内容に、私は大きな関心を持てません。見ても、涙ぐましいやりくりに胸が痛むだけです。
橋下市長が「税金で」何をなさり、どういう効果を上げておられるのかにこそ、国民的関心が集まってしかるべきと思います。いかがでしょうか?
そもそも「納税者」vs「生活保護利用者」という線引きが不毛なのですが、踏み込むと長くなるので、本記事はここまでにしておきます。
後記:
生活扶助費プリペイドカード化が含む数多くの問題点に対しては、「国営貧困ビジネスってこと?」「これがビッグデータの活用?」という視点から、連載「生活保護のリアル」にも解説を行っております。
この問題にご関心をお持ちの方は、ぜひこちらもお読みください。
生活保護のリアル:大阪市の生活保護費プリペイドカード化は有害無益 犠牲になる生活保護当事者のプライバシーに配慮せよ ――政策ウォッチ編・第92回
(2015年1月23日午前0時30分公開予定)