今日のセンター試験初日に失敗した受験生の皆さん、終わったことは取り返しがつきません。

過去は変えられません。

でも未来は変えられます。

絶望的でも、明日は頑張ってみましょうよ。

大逆転はならなくても、結果を少しだけ良くすることくらいはできますから。

というわけで、私自身が受験生だったときの話を紹介します。

最大の得点源の科目、生理痛でリタイヤ

私は二浪してまして、二浪目の1984年に九大理学部・大阪府立大工学部・東京理科大理学部第二部を受験しました。

大学は落ちるけど予備校の特待生試験は高3・一浪・二浪と受かり続けていたので、浪人できました。でも、それ以上浪人を続ける気はありませんでした。精神的に限界だと感じていました。

その年の共通一次(センター試験の前身)の成績は、「九大なら楽勝、阪大がちょうどいい感じ、東大・京大クラスは冒険すぎる」というものでした。

親の強い希望、というか無理やり九大に出願させられたんですが、行きたくなかったので、数学は一問だけ解いて残りは解かずに提出。ここまでやれば、まあ確実に落ちます。

東京理科大には既に合格していました。これはまあ「落ちようがない」といったところです。

確か3日後に大阪府立大の入試でした。

ところが月経の二日目にあたっていまして、激烈な生理痛。

午前中、最大の得点源であり配点も多い数学の試験を、半分も解かないまま、医務室に運ばれてしまったんです。椅子に座っていられない状態でしたからね。

「こりゃあ、落ちるなあ」と思いました。

「せめて採点の手間をかけさせてやる!」と奮起

午後は英語と物理・化学だったような記憶があります。物理または化学だったか、両方だったか、よく覚えてませんが。

「二浪して、共通一次でそれなりの得点してて、国公立大学の入試で結果出せなかった」

ということになりそうだと思いましたが、

「ううう、受験料と交通費と宿泊費使ってるんだから、せめて採点の手間かけさせなきゃ収まらない!」

と思った私は、130%(当社比)くらいのパワーで残る科目のテストに取り組み、できるだけのことはしました。

たぶん、かなり良い点数だったのではないかと思います。

でも、数学で40%も取れてないはず。あまりにもイタい。

「午後の成績が良かったとしても、落ちるだろうなあ」

と思い、三国ヶ丘駅ホームで焼き大福3個買ってヤケ食いしてお腹壊して、福岡に戻りました。

(当時はまだ20歳になったばかりで、酒はほとんど飲んでませんでした)

そして結果は?

もう完璧にあきらめて、東京にアパートを見つけ、東京理科大の入学手続きを終えたかまだ一つくらい残っているかくらいのころ……大阪府立大は合格通知をくれたんです。

いろいろと考え悩んで結局は辞退することにしましたが(理科大の方が夜間部のため学費が安かったし)、とにもかくにも結果出せたことに小さな安心をして、次のステップに進むことが出来ました。

メシ・フロ・ネルはしっかりやって、明日また!

というわけで、明日、やれるだけのことはやってみましょうよ。

そのために、食べられる範囲でちゃんと食事して、お風呂入って、早めにしっかり寝ましょう。

明日のご健闘と納得いく結果になることを、30年前に受験生だったオバハン、心から祈っています。