どうして90年台に歌って踊れるアイドルは消えていったのか
アイドルのステージの特徴として客席一体型という点を挙げましたが、中でも演者と同じダンスを観客が一緒に踊る振り真似文化は振付を作る際にも欠かせない構成要素です。アイドルのダンスを真似ることは、遡れば1970年代初頭にデビューした山口百恵「プレイバック part2」、麻丘めぐみ「わたしの彼は左きき」、桜田淳子「わたしの青い鳥」などの時代からすでにありましたが、やはり一大ムーブメントを巻き起こしたのはキャンディーズとピンク・レディーでしょう。
それまでのアイドルはソロが中心で、ダンスも手振りのみがほとんどでしたが、3人で揃ったステップを付け、腰を横に振るといった曲線的で女性特有の身体のラインを活かしたキャンディーズのダンスは、日本中の小学生が夢中になって踊りました。そして「女性アイドル=かわいい、女の子らしい」というイメージが定着したところへ、彗星の如く現れたのがピンク・レディーです。スリットの深く入ったミニスカートでひざを外向きにパカっと開くガニ股ダンスは当時のアイドル像を覆すには充分すぎるインパクトでした。
デビュー曲の「ペッパー警部」を観た視聴者から、「品がない」との非難がテレビ局に殺到し、その後はその振付部分だけカメラを引いて遠くからの画にしたり後ろからのアングルにするなどで対応しなくてはならなかったほどです。しかし、大人たちが難色を示したのとは反対に、熱狂的に反応したのはこの時もやはり子供たちでした。インターネットはおろかビデオデッキも普及していない時代、生放送の音楽番組にかじりつき、全国の小学生や幼児までもが彼女たちの振付を覚えようと必死になったのです。
そこからアイドル黄金期の80年代にかけて、振り真似をすることはお茶の間の日常的な風景になりました。しかし、アイドル冬の時代である90年代に差し掛かると徐々にその姿は影を潜めます。そもそもこの頃が“冬”と呼ばれるようになった理由のひとつに、日本から主要な音楽番組が次々と終了してしまったことが挙げられます。
YouTubeやSNSなどはもちろんないため、ライブ会場に足を運んでくれる熱心なファン以外は、テレビでパフォーマンスを見れなくなったらそれが興味の切れ目となってしまうのも仕方のない時代でした。逆にこの時期にバラエティ能力を身につけたSMAPが、新しく、そして息の長い男性アイドル像の基礎を作ったり、雛形あきこらイエローキャブに所属するタレントを中心にグラビアアイドル界隈が活気付いたりしましたが、歌って踊る女性アイドルが全国区でヒットすることは難しくなっていました。
90年代に主流となった「見せる」タイプの振付
90年代半ばに、今度は空前の“小室ブーム”が巻き起こります。音楽プロデューサーの小室哲哉が手掛けた楽曲がオリコンチャートの上位を占めたその現象により、J-POPにダンスミュージックの要素が定着しました。小室ファミリーのtrfや安室奈美恵は、ヒップホップやジャズヒップホップを含むストリートダンスをベースにした振付で本格派路線といわれ、それまでのアイドルとは一線を画す存在としてブレイクします。
小室ファミリーではありませんが、安室と同じ沖縄アクターズスクール出身のSPEEDも同時期にデビューし、ダンスヴォーカルユニットブームの火付け役になりました。最年少の島袋寛子が当時12才と、全員小中学生ながら、その大人びた雰囲気とパフォーマンスで日本中の度肝を抜き、同年代の羨望と嫉妬の眼差しを一身に集めました。
この時代の振付は、ストリートダンスというジャンルそのものがまだ目新しかったためか、歌詞とリンクさせたり見ている人が真似できる工夫よりも、ビートに合わせて楽曲にノることが中心の作りでした。こうしてテレビから発信されるダンスは視聴者が一緒に踊るものから見て楽しむものへと変化していきます。
今までお茶の間が振り真似してきたダンスとは、手振りが中心の振付でした。ピンク・レディーがいくら複雑なステップをこなしていたとしても、上半身だけ追いついていれば不思議となんとなく踊れた気になるものです。下半身の動きは重心移動など基礎を身につけなければなかなか習得できませんが、手だけであれば大抵の人は見よう見まねで覚えることができます。実際、未経験者にダンスを教える際にまずつまずくのがステップで、次に手と足の動きを同時に行うことが壁となります。70年代から続いたアイドルの振り真似文化は、こうした「踊れたつもり」になれる要素を多く含んでいたため、人々に広く浸透したのです。
ところが90年代半ばに流行したストリートダンスベースの振付は、日本人に馴染みの薄いヒップホップのダウン&アップや16ビートといったリズムで、ステップもかなり複雑化していきました。それでもSPEEDの「White Love」や「My Graduation」など音楽番組やMVでスタンドマイクを用いる楽曲は比較的上半身中心の振付だったため、メンバーと同年代の中高生はこぞってカラオケで歌いながら踊っていました。そしてそれだけでは飽き足らない、SPEEDに憧れる少女たちは、ストリートダンスのスクールへ通うようになります。それまでダンスといえばバレエが主流でしたが、ここで一気に習い事の定番となったのです。
それまでの流れを大きく変えたモー娘。のダンス
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