職務発明はどのように生まれるのか - 「誰のものなのか」を問う前に
会社員の職務発明を「社員のもの」から「会社のもの」とする方針が報道され、物議をかもしています。
研究部門に勤務した経験が13年あり、うち10年間は企業内研究者だった自分の経験から、今回は職務発明について解説してみます。
自分の特許・公開技報について
10年間、電機メーカの半導体部門で計算機シミュレーションシステムの研究・開発に従事していた私には、特許2件・公開技報1件があります。名前が表に出ない状況で行った他社特許への異議申し立て(いわゆる「特許つぶし」)もあります。
特許と公開技報は、どれも大したものではないです。いわゆる「ゴミ特許」「クズ特許」の類です。気が向かれたら見てください(特許公開平08-298250「半導体ウェハの分割方法」(1995年)・特許公開平11-288881「矩形状ウエハの製造方法」(1997年)、公開技報は探し出せていませんが、干渉露光法の応用に関するものです)。
1997年、もっと筋のよい特許が出そうになっていました。物理法則に関する特許でカネにはなりにくいのですが、応用の可能性が高いものでした。社内知財部門の人たちも積極的にバックアップしてくれていました。しかし上司たちに潰されて、出せないまま、2000年に退職しました。
当時、計算機シミュレーションに従事していて特許2件(+出せなかった1件)+公開技報1件は、かなり多い方でした。そういう部門からは出ないのが普通ですし、出なくても「ま、シミュレーションはしょうがないよね」という感じでした。
私、アイディアはポコポコ沸く体質でした。1年間に30件分とか。でも知財部門は、まさか計算機シミュレーション部門からそんな数の特許が出てくるとは思ってませんから、予算を組んでいません。そこで
「みわさん、ごめん! 1件か2件で勘弁して!」
ということになり、相談の上、一番マシそうなのを、出せそうなタイミングで(なにしろ、女性専門職の存在も活躍も快く思ってない上司たちがいて凄まじいイジメに遭ってましたから)特許化した……というわけでした。
(知財部門でいつも相談に乗って頂いていたOさん、Hさん、今でも感謝しています)
職務発明には「ノルマ」があったりする
たいていの電機メーカには「特許強化月間」「改善提案強化月間」なるものがあります。特許や改善提案(職務上の改善を提案する制度で、社内的に評価される)の件数にノルマが課せられ、部門間・ときには個人間で競争となります。未達成だと社内アナウンスされたり、掲示されちゃったり。
改善提案は、電機メーカを舞台とした企業小説に時々笑い話として出てくる
「『夏は暑いから軽装にしましょう』で一件、同じ人が『夏は暑くて気持ちがだらけるからネクタイを締めましょう』で一件」
といった提案です。大半は実施する価値がまったくない内容ですが、たまに大きな利益を産むことがあるため奨励されています(精神論で効率よく社畜化する手段の一つという側面もあるわけですが、企業によってかなり「濃さ」が違います。職務発明そのものとは関係ないので、今回はさておきます。特許は、そこまで「出せと言って絞ったら出るもの」というわけでもありませんしね)。
職場が研究部門だったら特許、工場や事務部門だったら改善提案、技術部門だったら特許と改善提案の両方が求められることになります。
とりあえず
「数が出れば、筋のよいものも含まれうる」
ということで、数が求められるわけです。
職務発明は何のために求められるのか
そもそも、企業が技術者や研究者に職務発明を求め、奨励するのは何故でしょうか?
出願して成立させるだけで100万円、維持するのに数百万円がかかるのに、なぜクズ特許まで?
通常考えられている「知的生産物の権利を守る」「知的生産物が産んだ価値の対価をいただく」、あるいは「社畜の忠誠心テスト?」とは若干異なる理由が、いくつかあります。
- 特許の件数自体が、企業の技術力や体力のバロメータと考えられる場面もある
発明された時点では、カネになるかどうかは未知数であることの方が多いわけですが、とりあえず特許の件数は「それだけの数のアイディアが出る」「特許を成立させられる体力がある」のバロメータとして使うことができます。もし、それだけの体力があれば、の話ですが。
もちろんその一部は、本当に価値と利益を生み出す特許になるかもしれません。
- 特許そのものによって、企業の競争力を高めることができる場合もある
「なにを当たり前のことを」なんですけど、この「競争力を高める」が結構ミソなんです。
たとえば、ある会社が
「風の通り道に障害物を置いて風を分散させ、課題を解決する技術」
で特許を成立させたとしましょう。そこに障害物の形状が明記されていなかったら、うまくすれば
「☆型の障害物」
「○型の障害物」
「△型の障害物」
「ドーナツ型の障害物」
で別途特許を成立させることが可能です。
その場合、他社が自社の特許を侵害したかどうかは形状ではっきり分かるわけですから、極めて主張しやすく守りやすい特許となります。
バカバカしい話ですが、企業の研究部門では、そういうことのために人海戦術で「1日100件」といった特許申請が行われることもあります。バカバカしいけど、形状にまつわる特許は、非常にお金にしやすい特許の一つです。やらない手はない、というわけです。
意外にこんなことが「競争力」になったりします。
職務発明は「おいしい」
では社員にとって、職務発明とは何でしょうか? 大変すぎるノルマでしょうか? それとも、
「もしかすると自分も中村修二さんみたいになれるかも、ぐふふふふ」
という機会でしょうか?
多くの企業内研究者や技術者にとっては、「どちらでもないけど、結構おいしい」が実態でしょう。
ざっと見て、特許は出願して成立させるだけで100万円、国際出願もするなら少なくとも300万円、維持してたらあっという間に1000万。この費用を支払う体力に恵まれた個人は稀でしょう。
「ちゃんとビジネスとして展開させ、利益を得る」
が可能な個人は、実際にはさらに稀でしょう。
でも会社にいて会社で職務発明が出来るのであれば、自腹を切らずに済みます。その分、自分の人件費が安くなっているのかもしれませんけど。
出願すれば、些少なりとも報奨金がもらえます。私のときは特許1件8000円、公開技報1件3000円くらいでしたっけ。ある程度の数を出すことが可能な状況だったら、かなりおいしい小遣い稼ぎになります。人によっては「残業よりよっぽどおいしい」ということにもなりえます。
そしてここに、多くの日本の大手メーカで採用されてきた素晴らしい(笑)システムがあります。たいてい
「出張旅費や報奨金を振り込む口座は、給料とは別」
なのです。
金融業界との関係が深い企業では、「おつきあい」で社員に口座を作らせることが、ままあります。必要ないのに3ヶ所も4ヶ所もの口座を作らされているケース、結構あります。
で、その「おつきあい」口座に取引実績がないとマズいので、
「給料はA銀行とB銀行に分割、出張旅費はC銀行」
というふうにすることを求められたりします。これ面倒くさいんですけど、
「結婚した後に配偶者に把握されない口座を持てて、その口座にへそくりを貯める手段もある」
ってことなんですよね。
報奨金は、改善提案でも出ます。
この手の報奨金は、伝統的な大企業にとっては、男性正社員の「へそくり」を確保するシステムとしても機能していたわけです。
で、妥当な特許の対価は?
これは正直なところ、超難問だと思います。少なくとも
「何億円の利益が出ようが、発明した社員が全部とっていい」
「何億円の利益が出ようが、会社が全部とっていい」
は、どちらも不適切なのではないでしょうか。
私は、クズ特許2件と公開技報1件のために、少なく見積もって500万円程度の費用を会社に出してもらったわけです。直接手にした発明の対価は2万円も行ってないと思いますけど、そんなに「損した感」はありません。もう特許としては失効していますが、未だに自分の名前の入った実績として残っているわけですし。
もし「出願できるかどうか」「どの範囲で、どの程度の費用をかけて出願するか」の判断が、極端な不公平感を産まずに行われているのであれば、「一律、報奨金」という制度はそんなに悪くもなかったんじゃないかと思います。「1件数千円」は安すぎると思いますけど。
メーカだったら、ヒット製品に結びつく特許だったら、部門・部署に対して若干は上積みのボーナス査定が行われる場合もあります。もちろん実績が社内的に評価されれば、出世も昇給もします。そこらへんで「報われている」と見ることも出来るのではないでしょうか。
「貢献しているのに報われてない」感を抱えた社員が多数いるようであれば、それは特許に対する報奨制度がどうこうというより、社内風土の問題でしょう。たまたま、特許で可視化されているだけで。
職務発明の対価の歴史、結構面白い
職務発明の対価に対する考え方や運用って、ここ20年くらいで激しく揺れています。
もっと言うと、「ある会社の発明をどう扱うか」は、常に揺れ続けています。
戦略シミュレーションゲームのように
「ここで中村修二さん(例)が出現して、地勢図がこんなふうに変わり、対抗手段が取られてまた変わり……」
と振りかえってみると、面白いです。
ご関心ある業界専門誌のバックナンバーを数十年分眺めてみて、職務発明の歴史をざっと振り返ってみると、たいへん面白いかと思います。
いずれにしても、この問題は、「特許だけ」「職務発明だけ」で議論すると、大事なことをたくさん取りこぼすことになります。
職務発明が話題になっていることをきっかけに、秋の夜長、知的財産権の変遷を振り返ってみるのは、味わい深い居酒屋談義・少し意義大きな井戸端会議に、おそらくは確実に役に立ちます。