安田純平氏への「自己責任論」にも「使命論」にも覚えてしまう違和感

もろもろ議論は出ているが…

誤解も多いようだが

先週は、40ヵ月間シリアで反政府勢力に拘束されていた安田純平氏が解放されたことを受けて、ニュースはこの話題一色だった。

筆者は、24日(水)朝7時から放送されているニッポン放送の「飯田浩司のOK! Cozy up!」に主演した。23日深夜、菅義偉官房長官が安田氏の開放について緊急記者会見したので、当然、取り上げる予定だったニュースが差し換えとなり、安田氏を知る人が急遽電話出演することになり、この話題を扱った。

筆者は中東情勢を説明するくらいはできるが、正直言って事情が判明しておらず釈然としないことがあったので、もっぱら詳しい解説はゲストの人に任せて、筆者は一言、なにはともあれ「とりあえず、よかったですね」とだけ述べた。

一方で、ご存じの方も多いと思うが、この安田氏は、ジャーナリストとして活動する中で、過去に複数回人質として拘束された経験をもっており、いわば人質問題に精通している。正直に言うと、最初に彼がシリアで拘束されたと聞いた時には、「またか」とも思ってしまった。

 

27日(土)に出演した朝日放送の「正義のミカタ」でも、やはり安田氏の解放について取り上げていた。筆者はノーコメントであったが、レギュラーの藤井聡氏が「政府は親みたいな存在なので、邦人保護の責務」があると発言すると、同じくレギュラーで出演している芸人のほんこんさんが「子であるなら、親(政府)が行くなというところに行ってはいけないだろう」とコメントしていた。

これが一般的な国民感情なのだろう。ネット上では、ほんこんさんのように、安田氏を非難する「自己責任論」が多いようだ。ただし、その中には「身代金を政府が払った」と思い込んで安田氏を非難する、やや的外れなものが多いようだ。後述するが、政府にはどんな場合であっても邦人を保護する義務があることは踏まえておくべきだ。

反対に、テレビや新聞では、ネットで広がる「自己責任論」を批判するモノが多い。例えば、テレビ朝日解説委員の玉川徹氏はこれに反発し、安田氏を英雄として迎えよといっている(https://www.j-cast.com/2018/10/24341971.html)。

総じて、ネット上では「自業自得」という意見が多く、対してジャーナリストらは、「ジャーナリストの社会的使命があるのだから、それを非難するのはおかしい」と主張するモノが多いようだ。

これについて、今後の紛争地での取材についてひとつの「議論の材料」になればと思い、以下、筆者の考えを記しておきたい。まず筆者は、次のようにツイートしている。

<自己責任論。ジャーナリスト、というが冒険ビジネスと基本的に類似。誰の手も借りないでやればいいが、誰かの助けを受けたらガックシだよな。英雄ではないでしょ> (https://twitter.com/YoichiTakahashi/status/1055653044430336000

<冒険ビジネス、として考えればせめて誘拐保険に入っているべき。それで解放・身代金交渉をしていれば一般人からも文句は出にくく、ジャーナリスト側もきちんと説明できる。でないと「人質ビジネス」というあらぬ邪推がでてくると面倒になる> (https://twitter.com/YoichiTakahashi/status/1055799986846191616

とつぶやいた(ツイートゆえ短く説明せざるをえない。真意は後述する)。

また安田氏の、

「トルコ政府側に引き渡されるとすぐに日本大使館に引き渡されると。そうなると、あたかも日本政府が何か動いて解放されたかのように思う人がおそらくいるんじゃないかと。それだけは避けたかった」(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181025/k10011684821000.html

という発言に対して、

<政府は邦人保護の為やっていると思うけどな。>(https://twitter.com/YoichiTakahashi/status/1055959774003511298

として、安田さん救出の裏には国際テロ情報ユニットの働きがあったことを紹介する記事を引用・紹介した。(<「国際テロ情報ユニット」の働き 5つの政府機関出身の専門チーム>http://www.zakzak.co.jp/smp/soc/news/181026/soc1810260002-s1.html

続けて安田氏の、

「荷物をすべて奪われたので、そのことがとにかく頭にきている。3年、40ヵ月全く仕事も何もできなかったうえに、すべての資産であるカメラであったり仕事のための道具それまで奪われたというか、そこまでするかという。」(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181025/k10011684821000.html

という発言に対して、

<27日夜のTBS報道特集には、拘束期間中の日記が出ていた。日記はつけてよく、解放時に持ち帰っていい! なぞ解きが必要>(https://twitter.com/YoichiTakahashi/status/1056401540334858240

と意見した。

これを読めばわかるが、筆者は、単純な「自己責任論」は支持しないが、ジャーナリストの純然なる「社会使命論」についても一定の批判を示す立場だ。

そもそも、いくらジャーナリストといえども、どこからかお金を得る以上は、ビジネスである、と筆者は考える。どんなことを報道しようにも、それに対して十分な対価を払う人がいなければ、たとえ社会的使命を訴えようにも、形にならない。

危険地帯で取材活動を行い報道する意義は理解すべきだが、経済的に見た場合、危険地帯の取材は、誰にも登れない山への登頂を目指す登山と同じ「冒険ビジネス」だと思っている。それをいうと、「なにがビジネスだ」「登山と一緒にするな」と異論がでるかもしれないが、社会的意義とは別に、ビジネスとして考えればそっくりだ、ということだ。どうか冷静になって聞いてほしい。