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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

二度仲間に裏切られた元勇者、真の仲間を求めて旅に出る

作者:キミタカ

★連載版始めました!

https://ncode.syosetu.com/n0251er/

「「「「乾杯!」」」」


 宿屋の広いダイニングを貸切って、俺たちはパーティをしている。

 俺は今日ほど、生きていて良かったと思ったことはない。


「パーティを結成して五年、とても早かったですね」


 アレーナは心の底から嬉しそうに声を上げた。美人と評判の彼女がたまに見せる笑顔はとても眩しい。俺の年齢からして恋愛対象にはならないだろうけど、客観的に見て綺麗。例えるならお月様……もちろん良い意味で。


「俺はこの日が待ち遠しかったよ。毎年パーティはやってるけど、五年って節目は大きいと思う」

「ハルトさんを初めて見た時は、初心者村なのにおじさんがいたのでとてもびっくりしたんですよ!」


 身を乗り出すようにして俺に話しかけたのはフィアだ。この子もアレーナとは違う種類の美人さんだ。アレーナが月だとしたらこの子は太陽。

 彼女の背丈が小さいので、俺は少しかがんで答える。


「ハハ、確かにこの歳で冒険者になろうなんてやつは少ないだろうな」


 俺はアラサーになってから冒険者になった……ということになっている。

 未だにパーティメンバーには秘密にしていることだが、とある事情があるのだ。……いや、秘密にしようなどとは思っていなかったのだが、言う機会が無かった。


 俺は前のパーティを追放されていたのだ。結成五年目を目前に控えた勇者パーティ。あの時は自殺しようかとも思ったほど苦しかった。命の次に大切な魔道具を預けた。それほど信じた仲間に裏切られたというのは、俺の人生自体を否定されたような気持ちだった。

 自殺しようかな、と思ったこともあった。でもある人のおかげで自殺する気がなくなって、気づけば初心者村に戻って転職していた。

 転職して、ゼロから仲間を作って、強くなった――


「おい! ハルト!」

「……んん?」


 俺を呼ぶ声が聞こえて、気が付いた。

 どうやら過去を思い出している間、ボーっとしていたらしい。


「今日はめでたい日なんだから、ボケっとしてる暇ないぞ? ほら、さっさと食え」


 ザールが目の前にある色とりどりの料理を指さしていた。


「ああ、すまん。っておい! ザール肉取りすぎじゃないか!?」

「ばーか、こういうのは早い者勝ちなんだよ、ハルト」

「年功序列って知ってる?」

「大丈夫、ハルトはまだ若いから」

「あのな……」


 俺は嘆息し、残り少ない肉を皿に移した。

 ザール。……無二の親友だ。

 前のパーティを裏切られ、初心者村で途方に暮れていた時に一緒に冒険しようと言ってくれた。最初こそまた裏切られるんじゃないかってビクビクしていたけど、今では信頼しきっている。

 楽しい時も、苦しい時も一緒だった。


 ザール、アレーナ、フィア。

 俺はこの三人と一緒ならどこへだって行けるだろう。もしパーティ壊滅の危機に瀕するようなことがあれば、俺は命を投げ打ってでも救いたい。


    ◇


 夜が更け、そろそろ貸切時間終了が目前になった時だった。

「ハルト、アレーナ。二人に報告しておきたいことがあるんだ」

 唐突に切り出したザール。

 その口ぶりからは、あえてフィアを除いたように聞こえる。


「どうしたんだ?」


 俺がザールに目を向けると、彼はフィアと手を繋いでいた。

 まさか。


「俺たち、付き合うことになったんだ。……もちろん今まで通り冒険は続けたいと思っている。でも、そのためには二人にちゃんと報告して、許しをもらいたいんだ」


 ザールは真面目な男だ。

 パーティというのは恋愛事情が原因で崩壊するケースが少なくない。でも、それはパーティ内で誰と誰が付き合っているのかわからないまま戦って命の優先順位を間違えた結果の話。

 恋人の危機を救おうと作戦と違ったことをした結果、無意味に犠牲者を増やしてしまったというのが典型的な例だ。

 誰だって恋人を一番に助けたい。だから最初からわかっていればパーティリーダーが配置などを工夫して未然に防ぐこともできたかもしれない。

 きちんと報告してくれるのが一番良い。俺たちのパーティは恋愛を禁止しているわけじゃないからな。


「祝福するよ。ザール、フィア。是非とも披露宴に呼んでくれ」

「なっ、ハルト気が早えよ!」

「まあ半分冗談だけどな。でも、フィアはそのつもりじゃないのか?」

「え、えっと……まあそうかもね!」


 頬を真っ赤に染めるフィア。こうして見ると本物の太陽みたいだ。


「ところで、アレーナ。君もなにかハルトに伝えた方が良いんじゃないか?」


 アレーナが俺に伝えた方が良いこと?

 特に思い当たることはない。


「わ、私ですか? ……えっと……その……」


 なにやらアレーナの様子がおかしい。

 いつもは落ち着き払っているのに、あっちを見たり、こっちを見たりと、なぜか動揺しているように見える。


「そうですね……今日はめでたい日なので!」


 すーはー、すーはー、と何度も深呼吸してからアレーナは言った。


「ずっと、ハルトさんのことが好きでした。……こんな私で良ければ、お付き合いしてほしいです!」


 え……? 俺のことを好き!?

 まったく予想していなかった。

 俺はアラフォーを控えたおっさんで、アレーナはまだ十代の女の子だ。まさか好きになってくれるなんて思っていなかった。

 考えたこともなかったものだから、答えに詰まってしまう。

 でも、この間はアレーナにとって辛かったようで、


「や、やっぱり私なんかじゃダメですよね……わかってます……すみません」

「いや!」


 俺はほぼ無意識に言葉を発していた。


「ダメなわけない! アレーナはとっても美人さんで、努力家で、素直で……俺なんかにもったいないくらいだよ。正直、アレーナが好きって言ってくれて嬉しかった。でも、本当に俺で良いのか?」


 次の瞬間、アレーナから、涙が流れた。


「好きって言ったじゃないですか!」


 アレーナが俺の胸に飛び込んでくる――


 もちろん受け止めた。

 そうして、俺たちは抱きしめ合った。

 まるで夢のようだ。幸せすぎて爆発してしまいそう。

 俺はパーティを追い出されて以来、人間不信になっていた。最近は落ち着いていたが、心の底には傷が残っていたらしい。

 急速に心が癒されるような感覚さえした。


    ◇


「ハルトさん、杖を触らせてもらってもいいですか?」

「ああ、もちろんだよ」


 俺は魔法師として命の次に大切な物をアレーナに貸した。

 杖は魔法を発動するために必要なアイテムだ。これがないと魔法師なんてほぼ何の役にも立たない。魔法の使えない魔法師なんてただの人間以下だからだ。


「ハルトさんの杖……これって確か伝説の魔道具なんですよね」

「そうだけど……言ったことあったっけ?」


 この杖はどうも伝説の魔道具らしい。俺が前のパーティを追放されてから今のパーティに入る前に、譲り受けた物だ。

 この杖のおかげで転職してレベル1から再スタートになった俺でも次々と敵を倒して強くなれた。

 ただ、誰にもらったのか今でも思い出せない。パーティメンバーに裏切られてすぐのとき、俺を救ってくれた女性がくれたものだったはずだが……初心者村に戻るまでの記憶がすっぱり無くなっているのだ。


「ええ、言われなくてもわかります」


 アレーナはニタっと笑う。

 どこかで見た表情。

 こいつ……もしかして。

 俺は直感した。彼女から杖を取り返さなければと。


「アレーナ、杖を返してくれ」

「……どうして? もう少しじっくり見ていたいわ」

「もういいだろう。俺の大切な物なんだ」

「残念。それはできないわ」

「!」


 アレーナは俺の杖をザールに投げた。


「よっと」


 ザールは杖を右手で受け取り、嘗め回すようにそれを見つめる。


「やっと……やっと手に入ったぞ!」


 ……は? ザールは何を言っているんだ?


「ザール、変な芝居はやめろ。杖を返してくれ」

「ハルトよ、魔法師ってのは杖が無けりゃ何もできないヘボなんだよなあ? 肌身離さず持っておけばこんなことにはならなかったのに。ああ……可哀想な親友よ」

「くそ!」


 そうだ、フィアが説得してくれたら……。

「はい、ガシャン」

 後ろからフィアの声。


「……は?」


 俺の手に手錠をかけたらしい。手が背中に固定されてしまい、まったく動かせない。しかも、これは魔法を封じる手錠だ。

 魔法師は杖がなくても小規模の魔法なら使える。それさえも完全に封じられたということだ。

 しかし、肝心なのはそこではない。この手錠、ドワーフが製作してから二十四時間しか効力を発揮しない。作るのにもかなりの時間とお金がかかる。

 つまり、イタズラじゃなく随分と前から用意されていたということになる。


「お前ら……俺を裏切ったのか?」

「裏切ったとは人聞きが悪い。最初から仲間にするつもりなどなかったんだよ。ハルト、貴様の杖だけが目的だった。おっさんをパーティに入れたいなんて奇特な奴が普通に考えているわけないだろうが!」


 ザールは虫でも見るかのような目を俺に向けた。

 間違いない。

 ……五年前と同じだ。仲間の裏切り。……いや、今回は最初から仲間ですらなかった。

 俺の杖だけが目的だった。多分、売るのだろうな。なにせ伝説の魔道具だから高く売れる。


 一度は癒された俺の心。今では完全に壊れて錆びついてしまった。

 結局は、俺は幸せになれないんだろうな。

 目の前の三人が俺の中で『仲間』から『敵』に変わる。


 俺の瞳から涙が零れた。

 もうすぐ四十代だぞ? なに泣いてんだよ……。でも、辛いものは辛い。


「無様だな。まあ、せいぜい苦しんで死ね」


 ザールの蹴りが鳩尾に入る。

 地面を転がり、壁に激突した。


「痛っ……!」


 手錠のせいで、蹴られた場所を手で押さえることすらできない。

 顔をあげると、そこにはアレーナの姿があった。


「アレーナ、俺を好きだったって……それも嘘だったのか!」

 彼女は愉快そうに顔を歪めて、


「あんな簡単に信じるなんてほんと馬鹿。モテない男って本当にチョロいのね。キモッ」


 そしてザールの腕に抱き着いた。


「お、お前ザールと!」

「あなたをパーティに入れる前から付き合ってたの。あなたなんて好きになるわけないでしょう? 天地がひっくり返ってもありえないわ」

「……!」


 それから、ザール、アレーナ、フィアは俺に何度も暴行した。

 俺は無言で受け入れた。


「さすがは冒険者だけあって、しぶといな。……まあ、楽しめたしそろそろ楽にしてやるよ」


 ザールが俺の額に剣を突き立てた。


 このまま殺されて、死んでしまえば全てが終わる。

 どうせこのまま生きても何一ついいことなんてない。


「殺したいならさっさと殺せよ」


 どうせ生き延びても――あれ? そういえば、五年前俺を助けてくれた人って……誰だっけ。

 今となってはどうでもいいようなことを思い出した。これが走馬灯というやつか。

 まあ、それを思い出してから死んでも遅くはないかもな。


 俺は突きつけられた切っ先を見つめた。

 ……どうせなら、俺を弄んだこいつらに復讐してやる。それから死のう。

 ほんの一時間前まで、愛情を向けていた者に憎悪を向けている。まったく、『仲間』なんて馬鹿馬鹿しい。

 俺は何度騙されれば気づくんだ。


「じゃあ、死ね!」


 ザールの声が聞こえてから、俺は動いた。

 手錠を力づくで破壊し、剣を掴む。


 ガシッ!


「……なっ! どういうことだ! 魔法師が手錠をぶっ壊すなんて……ありえない!」


 まったく、こいつの馬鹿さ加減には反吐が出る。


「ただの魔法師ならそうかもな」


 俺はザールの剣を取り上げ、真っ二つに割った。

 なにを驚いてやがる。こんなこともできないと思っていたのか。

 まったく、舐められたものだ。


「そう言えば言ったことなかったな。俺は転職者だ。前の職の能力はそっくりそのまま使える。近接戦闘系【バーサーカー】だ。お前らに見せるのは今日が初めてだな」


 ザールは本当に驚いているようで、後ろにのけぞった。


「動くな!」


 振り向いた先では、アレーナが拳銃を俺に向けていた。

 いつの間にそんなものを持っていたのか分からない。俺が知らないだけで、ずっと前から持っていたのかもしれない。


「撃てよ。クズ女が! お前ほど腐ったやつは他に知らねえよ。気が済むまでさっさと撃てよ!」


 俺の挑発に触発されたのだろう。彼女は引き金を次々と引いた。

 連続発砲された弾は全部で八発。

 こんなもので俺を殺せると本気で思っていたとはな。

 何度も仲間として命を預けたことすらあるのに。


 俺は全ての弾丸を手づかみでキャッチした。


「ど、どういうことよ! ……この化け物!」


「さらに補足しておくと、俺は前職では勇者パーティの一員だった」


 弾の出ない拳銃の引き金を引き続けるアレーナ。

 顔が引きつり、どんどん青ざめていく。


「そんなオモチャ、何発撃とうが変わらねえよ。死ね」


 俺は掴んだ弾丸のうち、一発をアレーナに投げつける。


 超高速で繰り出した弾丸はアレーナの胸を穿った。


「あ……がはっ」


 アレーナは倒れ、床一面が深紅に染まる。


 一連の流れを見ていたザールとフィアは震えていた。


「ハ、ハルト……杖は返すから、見逃してくれねえか……?」


 涙を浮かべて懇願するザール。

 反省はしているようだ。

 だが、もう遅い。


「あとほんの少し早ければ殺しはしなかった。だがもう遅い。死ね」

 俺がやられたように、鳩尾に拳を撃ち込む。

 ただし百倍返しで。俺の拳はザールの身体に風穴を開けた。


「あ、あの……」


 フィアは恐怖に怯えているらしい。

 二人ともが大量に血を流し、死んでいるのだから当然と言えば当然なのだが。


「お前は確か俺に手錠をかけたな」


 まずは近くにある椅子を引っ張り出し、フィアに座らせる。


 俺は血の海から杖を拾い上げ、魔法を発動した。

 【ブロッキング】……対象を拘束する魔法だ。術者より高位の魔法師でないと解除できない。

 フィアの身体をまったく動かせないよう、椅子と一緒にフィアを固定する。これでフィアは完全に椅子と一体化し、動けなくなった。


「お前に拘束魔法をかけた。人間ってのは不思議なもので、同じ体勢で座り続けるだけで血管を詰まらせて死んでしまう」


「や、やめて……! お願い。私は指示されていただけで……」

「あんなに嬉しそうにザールと手を繋いでいたのに、いまさらそんなことを言うのか?」

「それは……」

「これから、足のむくみや痛みを感じることになる。さらにしばらくすると、息苦しくなり、最後は死ぬ」

「そんな!」


 フィアは頑張って身体を動かそうとするが、俺のかけた魔法は強力なので、ビクともしない。


「せいぜい苦しんで死ね」


 俺はパーティ会場を後にした。


    ◇


 俺は近くの川に向かった。

 月明りのおかげで、夜でもよく見える。水面に映る自分の顔を確認した。

 酷い顔だ。

 涙でぐしゃぐしゃになっている。


 返り血のせいで、衣服を含めて身体中血だらけだ。

 こういう時も魔法は役に立つ。

 【クリーニング】を自分にかけた。衣服を分子レベルに分解し、余計なものを除去してから再構成する。

 ほんの三秒ほどで新品同様になった。


 やれやれ、五年前俺を助けてくれた人……確かその人がこの杖もくれたはずだが、まったく何も思い出せない。

 俺は河原に寝そべった。


 ニャーニャー。


 猫の声が聞こえる。

 野良猫なんてさほど珍しくないが、気になって声の方を見た。


「……綺麗だな」


 まだ小さいので多分子猫だろう。胴体に大きな縦模様がある。脚はがっしりしていて、毛は短め。それから何といっても銀色の毛並みが美しい。


 この猫は人懐っこい性格らしく、俺の肩に乗ってきた。乗ってからというもの、微動だにしない。まるで置物みたいだ。

 俺は猫を撫でながら、


「……なあ、どうすればいいと思う?」


 猫に何を聞いているんだ、俺は。少し恥ずかしくなった。


「……私はあなたの味方」

「そう言ってくれるのは君だけだよ。猫なら人間よりは信用できそうだ。……は?」


 俺は誰と話しているんだ?

 ここは真夜中の河原。俺と、この猫以外だれもいないはず。

 もしかしてこの猫に何か仕掛けが?


 【サーチ】を発動。一定範囲内の魔法を感知する。

 ……魔法の反応はなかった。

 つまり、この猫がしゃべったと? そんな馬鹿な。


「何を驚いているのですか? 猫が言葉を喋ってはいけないのですか?」

「うおおお!!」


 間違いない。猫が口を開けて、発声していた。


「……お前、喋れるの?」

「これが喋っていないように見えるでしょうか」

「見えないが……」

「まあいいでしょう。あんまり驚かれるのも気分が良いものではないので……」


 子猫が光の粒子となり、違う形に組み替えられていく。

 やがて人の形になった。

 猫耳が生えただけの少女の姿だ。

 金髪碧眼で高身長。それに胸が大きい。猫の姿に負けないくらい可愛いかった。これで耳が長ければエルフと間違えそうだ。


「驚いたな。化け猫? いや、猫に化けていたのか? ……それにしてもどこかで会ったような……いや、気のせいか」

「あんまりいっぺんに感想を言われても困ります……ですが、お久しぶりですね」


 やはり、どこかで会ったことがあるらしい。


「すまない、失礼を承知で言うのだが、いつ君に会ったのか覚えていない。教えてくれないか?」

「……いえ、覚えていなくて当然なのです。むしろ忘れてください」


 そう言われちゃしつこく聞くわけにもいかない。


「それよりも、あなたは悩んでいることがあるのでしょう? 私で良ければ話を聞きますよ」

「まあ、簡潔に言うと仲間に裏切られたんだよ」


 俺は時系列順に、ありのままの事実を彼女に伝えた。


「二回目の裏切りですか……それは私も想定外」

「なんか言ったか?」

「いえ、なんでもありませんよ」


 後半何か奇妙なことを言っていたような気がしたが、気のせいらしい。


「ハルトさんはこれからどうするんですか?」

「そうだな……五年前、俺を絶望から救ってくれた人がいてさ。その人にもう一度会いたいって思ってるよ。もう一度会ったらすっきり死ねる気がしてさ」


 彼女は目を丸くした。

 それから、こめかみを抑えた。動作の一つ一つが細かい子だな。


「あの……わかりました。では、私はその人を探すお手伝いをさせていただきます」

「いや、それは悪いよ」

「責任の一部は私にもありそうなので、お気になさらず」

「いや、君に責任はないから。……それに、もう仲間はいらない」


 俺はもう仲間に裏切られたくない。

 この子と仲間になって、もし裏切られたとしたら。

 人を信じるのが怖い。裏切られるのが怖い。二度あることは三度ある。俺はきっと、この子にも裏切られる。


「三度目の正直ということわざがあるじゃないですか。私を信じてください」

「いや……でもな」

「それに私、猫ですから」

「……そうだったな」


 だが、そういう問題ではない。猫とはいえ、意思を持っている。意思を持つ者は裏切る可能性がある。


「では、とりあえず仲間ではなくお供ということでどうでしょう。猫にはピッタリの役目な気もします」

「お供か……」


 単に言葉の違いでしかない。でも、俺にとって仲間とは何か特別なものだった。お供なら、俺が裏切らない限り、一緒にいてくれるかもしれない。

 自分にとって都合のいいことばかり考えて、俺は本当にクズだ。

 でも、今はそれに甘えたい。


「そこまで言うなら……頼む」

「任されました」


    ◇


 いつの間にか俺は眠ってたようで、朝日が差していた。


「あ、お目覚めですか?」

 頭上から聞こえる女の声。


 もしかして……と思いながら声の方を向くと、やはり昨日の女……否、猫だった。姿は少女バージョン。


「えーと、今の状況は?」

「ハルトさんが寝ちゃったので膝枕しています♪」

「君はちゃんと寝てたのか?」

「猫は夜行性なので、これから寝ようと思います……zzz」

「いや、もうそろそろ出発するぞ!」

「え……でも眠いです」

「しょうがないな……」


 結局、猫状態に戻らせて、俺の肩に乗せて運ぶことになった。

 なのだが……興奮して寝ようとしないので困ってしまう。


「人間の肩に乗るなんて幸せだなー久しぶりだなー」

 でも、嬉しそうなので良しとする。


「そういえば、君って名前はあるのか?」


 気になっていたことではあった。

 いつまでも『君』呼びというのもいかがなものかと思う。


「そうですね……名前というと困るのですが……アメショとでも呼んでください」

「アメショ? 変わった名前だな。わかったそうするよ」


    ◇


 それから町の北東部を目指して歩いていた。

 たとえ猫でもずっと肩に乗せていると重い。


「どこまで向かうのですか?」

「クロムの町だ」

「ここからだと、かなり遠いですね」


 ここから百キロ離れた町の名前を出したのに、アメショは驚かなかった。


「荷馬車にでも乗れば数日で着く。……金はかかるけどな」

「そんなにお金かけていいんですか?」

「まあな。持ってた宝石類を売れば多分足りる」


 どうせ、自殺するんだからお金などどうでもいい。

 特別急ぐわけではないが、労力は小さくて済む。


「そうですか。……じゃあだめですね」

「心配しなくても、アメショを置いていったりはしないさ」


 アメショはペット分の料金が加算されることを恐れているのだろう。

 しかしそんな心配は無用だ。最初から計算の内に入れてある。


「いいえ、そうではありません。数日も時間をかけるのはもったいないでしょう?」

「いや、でもどう急いでもそのくらいの時間はかかるぞ」


 アメショが心配していたのは金銭面ではなかったらしい。何か用事があるのなら俺の私情に付き合ってもらう必要はないのだが。


「馬車なんて非効率なものを使うのはただの馬鹿ですよ? どうせお金を使うのなら有効利用しましょうよ」

「……えーと、じゃあどうすればいいんだ?」

「ハルトさん、アイテムスロットのスペースに空きはありますか?」


 アイテムスロットというのは冒険者に必須のアイテムだ。冒険する中で手に入れたアイテムを異空間に収納することができる。


「五つくらいなら空いているが、何か必要なのか?」

「十分です。いえ、一つ空いていれば十分なんですけど。……ということで、ついてきてください」


 アメショが俺の肩を下り、テクテクと進んでいく。

 置いていかれないように、駆け足で後を追った。


「ここです」


 アメショに連れてこられた先は、雑貨屋だった。こんなところで買い物をすると馬車で移動するよりも早いとは。俺も馬鹿にされたものだ。

 まあ、どうせなら死ぬ前にもう一度騙されてみるのも一興か。俺は投げやりな気持ちになる。


「そこの雑貨屋で、マタタビを百個ほど買えば十分です」

「……」

「疑わないでください! 私、本当に真面目に言っているので!」


 はー、やれやれ。


「わかった。信じよう」


 俺はアメショの指示通り、雑貨屋でマタタビを百個買った。

 そもそもマタタビが売っていること自体初めて知ったのだが、値段は安かった。

 一個百ゴールドのマタタビが百個で一万ゴールドだ。

 全てアイテムスロットに収納した。


「それで、これ何に使うんだ?」

「少し待っていてください」


 アメショはそういうと、右手をちょこんと前に突き出し、指を上下にひらひらと動かし始めた。


「えーと、それは何かを追い払っているのか?」

「逆です。招いているのです」


 それにしては手の向きが逆ではないのかとツッコミを入れたくなるが、我慢しよう。

 アメショが何度か指を動かしたとき、変化は訪れた。


「あれ、これは魔法なのか……?」


 杖を使っていないのに、強力な魔力を感じる。


「魔法を使わないと今の時代野良猫なんてできないんですよ……」


 確かに、と同意したくなる。町の中では食べ物なんて少ないし、一歩外に出るとモンスターがたくさんいる。生きていくためには魔法は必要なのかもしれない。


 しかし、強力な魔法であるのにもかかわらず目立った変化はなかった。


「これでばっちりです」

「え? 何も起こってないぞ?」


「まあまあ、首を長くして待っていてくださいね」


 それから約十秒。

 ドドドドドドドッと大きな音がこちらに近づいてくる。


 敵か!?

 そして奴らは姿を現した。


「……猫?」


 色とりどりの猫たちが集まっていた。

 その数、ひい、ふう、みい……数えきれない。ざっと数百匹はいる。


 アメショが俺の肩に乗ると、


「諸君、今日依頼したいのはここにいるハルトと私の送迎である。場所はクロムの町。……そして、報酬はマタタビ百個!」


 猫たちの目がキラキラと輝いた。

 そんなに欲しいのか……。


「ハルトさん、少し揺れますけどすぐにつくので我慢してくださいね」

「えっ、って、ちょっと、うお!」


 気づいた時には猫たちの背中に乗せられていた。

 まるで身動きが取れないまま出発――


 結果として、馬車よりは確かにめちゃくちゃ速かった。

 昼過ぎにはクロムの町に到着したので、本当に助かった。


「報酬だが……本当にマタタビだけでいいのか?」

「良いんですよ。猫に宝石なんて与えても使い道がありませんから」


 アメショのフォローが入った。指示に従って報酬を支払うと、すぐに猫の大群は姿を消した。


「ところで、あれって何だったんだ?」

「私の下僕でしょうかね」

「へえ……」


    ◇


 クロムの町は大自然に囲まれた田舎町だ。

 色々思い出深い場所でもあるが、そんなの関係なくもう一度来たくなる。

 冒険者におすすめの町を尋ねると、口を揃えて「クロムの町はいいぞ!」と答えるほどだ。


「ハルトさんじゃないですか!」

「ん?」


 町に入ってすぐ、俺は少年に声を掛けられた。

 色黒で筋肉質。十代前半と思しき顔立ちだ。

 俺は懐かしさで胸がいっぱいになった。


「セルシオじゃないか。大きくなったな!」

「ありがとうございます。……ハルトさんがお元気そうでなによりですよ。この町に戻られたということは、立ち直ったということですね!」

「ん……まあそういう感じかな」


 そういえば、この町から離れるときにセリシオに言ったっけな。「完全に心の傷が癒えたらもう一度この町に来る」と。

 今や状況は完全に逆なのだが、心配はかけたくない。


「僕、今日仲間たちと試験を受けて、合格したら冒険に出るんです! 試験を見に来てもらえませんか!?」


 仲間……か。俺の心がズキンと痛む。

 仲間なんて、所詮形だけのものでしかない。でも、セルシオの瞳は輝いていた。これからの冒険を夢見て仲間を信じ切った輝きだ。


「わかった。必ず見に行くよ」


    ◇


「どうせつまらない。とか思っていたんじゃないですか?」


 アメショの鋭い指摘。

 まったく、この猫はどこまで俺のことを知っているんだ?

 まあいい。


「アメショは結婚式って知っているか?」

「人間は結婚のために特別な儀式をするらしいですね。多くは教会で執り行うそうですけど」

「その認識で問題ない。結婚式には親戚がたくさん集まるわけだが、大勢がこう思っているのさ。『人生の墓場へようこそ』とな」

「セルシオさんにとって冒険の始まりは墓場だと?」

「……いずれ分かるときがくる」


 誰だって、希少な成功例を自分に当てはめてしまうものだ。

 もちろん、無数にあるパーティの中には本当の意味での仲間に巡り合えた者だっているだろう。でも、そんな幸せなやつが大多数だとは思えない。


 俺みたいにハメられたわけじゃなくても、命の危機が迫った時、仲間を見捨てず最後まで戦う無謀な奴が何人いる?

 仲間のために、自分の命を捨てられる奴は少ない。

 考えてみれば当たり前のことなんだ。


    ◇


 試験は町の外で行う。

 セルシオの話によれば、試験内容は魔物化した白虎の討伐。

 町の外には当然だが、魔物の他にも普通の生物が多数生息している。

 死んだ動物の死骸にどういうわけか魔物が取り付くことがあり、そうなると厄介なのである。

 町によって試験は異なるが、ここの試験はようするに「命をかけて戦わないと冒険者なんて続けられない」と伝えたいのだろう。


「それでは、試験を開始する」


 町長が笛を鳴らす合図とともに試験が開始した。

 日没までに白虎を討伐すれば成功。できない、もしくはパーティ全員の死亡で失敗。

 重要なのは、一人でも生きていれば成功とみなされること。


「アメショ、俺たちは特等席に行こうじゃないか」

「特等席……ですか?」


 猫状態のアメショを肩に乗せて走る。

 試験はどこで見ようと自由だ。

 非戦闘員は町の中で結果を待つのみだが、戦闘ができる者は彼らの戦いぶりを直接見てもいい。

 ただし、何があっても自己責任になるのだが。



 セルシオたちに追いついた。

 パーティメンバーは他にも二人いるらしい。それぞれ男と女。


 彼らは既に白虎を見つけたらしく今は睨みあいをしている。

 さてと、俺は草むらに身を潜めて観察する。


 先に手を出したのはセルシオパーティの方だった。

 男が先陣を切って特攻し、セルシオが続く。女が向かわないということは、彼女は近接戦闘系の職ではないのだろう。


 声が聞こえてくる。


「リドン、後ろに回ってくれ!」

「了解!」

「アンジェはリドンの回復をメインに頼む!」

「はい!」


 男の方がリドン、女はアンジェというらしい。

 セルシオが指示を出している……ということは彼がリーダーなのだと推測する。

 リドンがタンク役でセルシオがアタッカー、アンジェが回復……かなりバランスの良いパーティだ。


 セルシオが白虎に剣を突き刺した。赤い血が噴き出し、狂暴化する。目が血走っているのがその証拠だ。

 狂暴化したモンスターはステータスがおよそ二倍に上昇。……ここからが本番だ。


 リドンが白虎の注意を引きつけ、背後からセルシオが迫る。

 しかし、戦闘力の高い白虎は縦横無尽に駆け回り、なかなか隙を見せない。


「アンジェ、弱体化を頼む!」

「もうやってます!」

「何!?」


 回復職……ビショップは回復魔法だけじゃなく、敵への弱体化魔法も使うことができる。

 弱体化魔法にはたくさんの種類があるが、俺が魔力探知したところ、白虎には既に防御力低下と攻撃力低下、それに移動速度低下、攻撃速度低下の四種類がかけられている。

 四種類もの弱体化魔法を同時使用できるのはかなりの使い手である。

 だが、それでも厳しい戦いだった。


「うぐっ……」


 白虎が突進し、リドンにぶつかった。

 アンジェがすぐに回復魔法をかけるが、今度はセルシオが攻撃を受ける。

 すぐにセルシオにも回復魔法がかけられるが、依然としてまともな攻撃を当てられていない状況だ。

 これではいずれジリ貧になって全滅してしまう。

 この試験では命の保証はない。


 俺は草むらを出て、セルシオに言った。


「無理だ! 今すぐリタイアしろ。そうすれば俺がすぐにでも助けられる! 今回の試験は難しすぎるんだ! また受け直せばいい。そうだろ!?」


 頼む、リタイアを受けてくれ。俺はすがるような気持ちだった。


 セルシオはまさかこんなに近くで見ているとは思っていなかったようで、少し驚いていた。


「いいえ、リタイアはしません。……僕たちは格上の敵を相手にしても一度も負けたことはありません! 今回だって!」


 何人もの冒険者がそう言って命を散らせてきたんだ。

 ……ルール違反になるが、死ぬよりはマシだろう。俺が白虎を倒して――

 と考えた矢先だった。


「うあああああああああああああ!!」


 セルシオの腕に白虎の爪が刺さり、勢いよく皮膚が引き裂かれる。

 一瞬のうちに大量の血液が雨になって地面に降り注いだ。

 まだ息はあるようだが、このままではいずれ死ぬ。


 だから俺は言ったんだ。リタイアしろと。……クソ!


 俺は残った二人を見る。

 リドンは白虎の攻撃を受け続けていた。どんどん体力が減っていく。

 そして、アンジェの姿はなかった。

 セルシオの治療を放棄し、攻撃を受け続けるリドンを見捨てて逃げたということか?


 まあ、それが自然な流れだ。

 二度裏切られた俺には分かる。

 いくら高難易度のクエストをこなしてきて信頼があるとは言っても、その仲間と自分の命を天秤にかけた時、どっちが重いかなんてわかりきっている。

 怖かったのだろう。

 逃げたかったのだろう。

 そりゃそうだ。命の危機が迫っていて、自分が逃げられる状況で、逃げないなんて。そんなやつがいるわけがない。

 せめて、俺に助けを求めてほしかった。でも、危機が迫った状況では頭が回らないのも理解はできる。

 俺は杖を片手に魔法を撃とうとした。


 だが、次の瞬間白虎の身体が弾け飛んだ。


「……は?」


 俺は間抜けな声を出してしまう。

 白虎の皮膚、血液、内臓……諸々が辺り一面に散乱し、状況がぜんぜんわからない。

 俺は魔法を撃っていない。

 ……ってことは?


 気づいた時には、アンジェが大怪我を負ったセルシオに駆け寄り、回復魔法をかけていた。


「大丈夫!? もう! これは最終手段だって言ってたのに!」

「……でも、俺は信じてたから」

「馬鹿! 馬鹿!」


 最後の一撃はアンジェが撃った魔法で間違いない。

 でも、彼女は間違いなく回復職のはず。前職が暗殺系のウィザードだったのか……? いや、転職者にしては若すぎる。

 思い当たるのは一つしかない。


「今のは血液魔法……か?」


 初対面の女性に対してかなり無礼な質問なのだが、今の俺は混乱していてこんな聞き方になってしまった。

 血液魔法というのは、血液を媒介とした魔法である。鮮度の高さと量に応じて攻撃力は変化する。……ただし、血液なら何でも良いというわけではない。


「セルシオは、君にとってそんなにも信頼できる人なのか……?」

「当然です……だって仲間ですから」


 心の底から信頼関係を構築していないと、血液魔法は発動しない。

 そして、恋人では発動しないということがキーポイントになる。純粋に仲間という認識でないとだめなのだ。

 それに、やりとりを聞いていると、これも作戦のうちだったというではないか。

 相手を信じてわざと怪我を負うなんて……今の俺にはできないな。


「リタイアしろなんて勝手なこと言ってすまなかったな。正直、セルシオたちの関係が俺には眩しいよ」


 セルシオは首を振って、

「いいえ、嬉しかったです。普通にあのまま戦っていれば確実に全滅していたのも事実ですから」


 やれやれ、そういえばこいつはこんなやつだったな。

 まるで、昔の俺みたいだ。仲間を無条件に信じている。

 あるんだな、こんなパーティも。


「俺の肩に掴まれ。町まで送っていこう」

「ありがとうございます」


 回復魔法である程度傷が癒えているとはいえ、放っておくと大変なことになる。早く安静にさせないと。

 やや急ぎ足で町に戻っていたのだが――


 ドゴオォォォォォンッ!


 町の方から大きな爆発音が聞こえた。

「なっ! 今の音は!?」


 上空を見上げると、大量のワイバーンがひしめいていた。町を攻撃しているのはそのうちの一体だ。

 町にいる冒険者からすぐに迎撃され、墜落していった。

 だが、このままではいずれワイバーンの大群が押し寄せてしまう。そうなれば並みの冒険者では対応できないだろう。

 小さな田舎町だ。今の状況で対応できるのは俺しかいない。


「アメショ、俺はワイバーンを倒しに行く。お前は三人と一緒にここにいてくれ」

「何を言っているのですか? 私も行きます」


 なんとなく、アメショならそう言うと思っていた。

 だが、危険すぎる。


「わかんねえのか! あの大群だぞ。俺でも庇いきれねえよ!」

「いいえ、私は強いですよ。あなたにもわかっているはずです」

「でもな……」


 ああ。わかっているさ。

 ただ猫を呼ぶだけとはいえ、杖無しで魔法を使っていたからな。

 熟練の魔法師でも杖がないと微弱な魔法しか使えない。

 何百匹も呼び寄せるというのはそれだけで凄いことだ。魔法に関して言えば俺と同等、いやそれ以上に強いだろう。


「私はお供すると誓いました。あなたが思い出の人と再会するまで」


 アメショは人の姿になり、手を差し出してきた。

 もう迷っている時間はない。


「わかった。俺と一緒に戦ってくれ」


 アメショの手を取った。


    ◇


 俺とアメショは三人を残して町に向かった。

 町の外のほうが安全だからということで待機を命じてある。

 三人は口を揃えて「戦いたい」と言ってくれたが、俺は断った。

 セルシオは怪我を負っているし、そうじゃなくても足手纏いになるから……というのも理由の一つではあるが、それだけじゃない。あの子たちはまだ正式に冒険者になったわけじゃないからだ。

 俺は元勇者で、現役の冒険者だ。先輩として、良いところを見せないとな。


「アメショ、作戦を伝える」

「はい!」

「ワイバーンは町の方に飛んでくる。だが、やつらは地上からの攻撃を警戒するはずだ。奴らの飛んでいるさらに上空に魔法陣を展開し、攻撃する。魔法は……シンプルに氷柱でいい。……できるか?」

「もちろんです!」


 元気の良い返事だ。多分、この子ならやってくれるだろう。

 ……問題は俺だ。

 俺は魔法師としても実力を認められているが、この杖に少し不安がある。

 気にしても仕方ない。もう少し踏ん張ってくれるのいいのだが……。



 町の中で一番見渡しの良い広場に到着した。


「よし、ここからワイバーンを撃ち落とすぞ南を頼む」


 大きな口から炎が放たれている。いくつか破壊された建物もあり、急がないと町全体がめちゃくちゃになってしまう。


 俺は【アイシクル】を発動。上空から次々と氷柱を落とし、ワイバーンを串刺しにする。

 アメショも同じ魔法を発動した。

 速度が俺よりも速い。……魔法師としての実力では叶わないかもしれない。


 俺の杖から、パキッという嫌な音が聞こえるが、もうどうでもいい。

 なるようになりやがれ!


 俺はありったけの魔力を込め、無数の魔法陣を展開。上空から落とした大量の氷柱がワイバーンの身体を貫いた。全てのワイバーンが地面に叩きつけられる。……絶命、もしくは瀕死のはずだ。


 やれやれ、とほっとしたのもつかの間。

 パリンッという音がした。

 杖が粉々に弾け飛ぶ。


「……割れてしまいましたね」


 アメショが言った。少し悲しそうだった。


「ああ。……この杖をくれた人が言ってた。この杖は耐久性が低いから大事にしてくれってな」

「よかったんですか? 大切なものなのでしょう?」

「町の人を救えたんだし、別にいいさ。多分あの人も許してくれる」

「自殺しようとしている人の言うこととは思えませんね」


 アメショは微笑んだ。



「グギャアアアアアアア!」

 上空から大きな音がした。俺は慌てて見る。

 まさか撃ち漏らしていたのか!?


 そこには、ワイバーンを十倍したような巨大なモンスターがバサバサと羽を揺らして浮かんでいた。


「……あれはワイバーンか?」

「おそらく、親玉です」

「嘘だろ……なんでこんなところに」


 親玉ってのは巣を守るために存在する。外に出てきて積極的に町を襲ったりはしないはずなのに。


 巨大なワイバーンの口から魔力弾が放たれる。

 まずい!

 俺は咄嗟にアメショを抱きかかえ、地面を転がる。

 人間バージョンのアメショの胸が途中何度も当たり、戦闘中なのにドキドキしてしまう。

 間一髪で魔力弾を避けられた。


「……逃げるしかないな」


 俺は諦めた。杖は砕けてしまった。かといって他に武器もない。

 武器があったとしても近接戦闘系では空に浮かぶワイバーンには攻撃を当てることすらできない。


「いえ、倒しましょう」

「何言ってんだ! いくらアメショの魔法が強くても一人じゃこんなの無理だ!」

「無理ではありません。……それに私たちは二人でしょう?」


 こんな状況だというのに、アメショは笑顔を向けてきた。


「杖が壊れたのを見ただろ! 俺は戦力にならない!」

「武器があればいいのですね?」

「……まあ、そういうことになるが」


 だが、ワイバーンの親玉を倒せるほどの魔法に耐えられる武器などそんな簡単に見つかるわけがない。


「私を武器にしてください」


「……は?」


 言っている意味は分かる。

 高位の魔法師は自分自身を武器にすることができる。

 武器になってしまうと、自分自身で攻撃できなくなるという欠点もあるし、なにより――


「私を信じてください」


「……くっ」


 お互いの信頼関係が強固でないと、武器は効力を発揮しない。

 アメショを武器として使えれば、ワイバーンの親玉でも簡単に八つ裂きにできるだろう。

 だが、俺はまだこの子を信頼していない。

 敵だと認識しているわけじゃないが、アメショは俺のお供で、仲間じゃない。


「この杖、何か思い出しませんか?」

 顔をあげると、アメショがさっき割れてしまった俺の杖とまったく同じものを持っていた。

 寸分の違いもない。

 正真正銘、本物。伝説の魔道具。


「なんで……アメショが……あっ!」

 この時、俺は全てを思い出した。

 五年前に俺が仲間に裏切られたときに励ましてくれた女性。その女性がこの杖を俺にくれた。彼女は魔法でこの魔道具を一瞬のうちに作っていた。

 つまり……。


「三度目の正直を信じてみませんか?」

「……ああ。信じよう」


 その後、俺はアメショを武器にした。形態は俺の最も得意とする片手剣。

 アメショの魔力量はまさに底知らずで、サッと一振りするだけでワイバーンの親玉を八つ裂きにすることができた。

 俺とアメショはお互いに信じあうことができた。


    ◇


「五年前、私はハルトさんの記憶を消しました。ごめんなさい」

「でも、どうしてそんなことを?」

「私のことは忘れて、真の仲間に出会ってほしかったのです。結局、また裏切られてしまったのですが……本当にごめんなさい」

「そうだったのか……いや、アメショが謝ることじゃない」


 俺はアメショの頭を撫でた。人間バージョンのアメショにも猫耳は残っていてピクピク動いている。


「ハルトさんはこれからどうするんですか……? 自殺しないですよね?」


 やれやれ、そんな目で見られたら冗談でも「自殺します」なんて言えないじゃないか。


「自殺はやめたよ。アメショに励まされたからね。……これから、俺は旅に出るよ。真の仲間を探すためにね」

「私もお供します!」

「……俺についてきてくれるのか?」

「もちろんです!」


 実は、俺もアメショと一緒に旅をしたいと思っていたところだった。

 でも思い出の人を探すまでという約束だったので、ついてきてくれないと思っていた。

 しかし、一緒に旅をするならここはひとつ、訂正しておかないとな。


「アメショ、旅をするならお前はお供じゃなく、俺の仲間だ」


 彼女は意表を突かれたように目を丸くし、「はい!」と答えた。

気が向いたら連載版も読んでもらえればと思います。


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