生活保護のよくある質問に答えてみました(10) 給付は本当に「働けるのに働かない」を促進するのか?
公的扶助を含めて、福祉的給付は一般的に「自立の助長」と対立するものとされています。
生活保護制度の成立前後から、「惰民育成を進めてしまうのではないか」という危惧はありました。
「自立」を就労による経済的自立に限定する必要はないと思いますが、実際にはどうなのでしょうか?
なぜか忘れられる「補足性の原理」
生活保護制度に含まれている重要な原理の一つに「補足性の原理」があります。
「本人が利用できるものを全部利用し、持てる能力を発揮しても足りない部分を、この制度によって補足します」
ということです。
生活保護基準の意味
生活保護基準は、「補足性の原理」によって、どこまでの補足を行うかを定めたラインです。
そのラインは、国の保障すべき
「健康で文化的な最低限度の生活」
に必要な金額であると同時に、
「それだけなければ社会への参入は不可能」
という金額でもあります。
上げ過ぎたら「惰民育成」になってしまうかもしれません。もしも
「誰にでも、一ヶ月あたり一人30万円の可処分所得を無条件で保障します」
ということになったら、
「じゃ、働かないで遊んで暮らそうかなあ」
という選択をする人もいそうです。
しかし充分に高くなければ、「健康で文化的」といえる生活は保障できませんし、社会への参入または再接続も不可能になります。
そして過去、充分に高かった時代はありません。
本当に生活保護制度のせいで「働いたら損」? 本当であるとして、なぜ?
所得がある場合には、生活保護基準との差額が生活保護費として支給されます。低年金高齢者の場合には年金と生活保護基準の差額、就労収入がある場合には必要経費を差し引き、なおかつ「本来の生活保護基準よりも、ずっと良い生活」や「働いたら損」にならないように一応の配慮がなされた金額は本人の手元に残されることになります。
「働いたら損」というより、正確には「稼いだら損」というべきでしょう。
「一応の」配慮と書いたのは、現状でもかなり「稼いだら損」、といいますか「稼いでもトク」にはならない感じがあるからです。2013年4月から「稼いだらトク」感を増やす方向での改定(8000円までは稼いだら可処分所得がそれだけ増える→15000円までは(以下同文))が行われてはいるのですが、それでも、です。これは、
「生活保護基準は2013年8月の引き下げ以前でも低すぎた(現在はさらに低すぎ)」
ということに他ならないであろうと思います。
生活保護から一気に抜け出せるだけの高収入が得られる安定した仕事につかない限り、「稼いだら損」の世界、現在の日本政府が考える「生活保護なり」の世界にいるしかない、という現状があります。
そして生活保護を必要とするだけのハンディキャップのある人が、そんな高収入が得られる安定した仕事に就労できることは「非常に稀」としか言いようがありません。
繰り返しになりますが、そのハンディキャップを「どこまで埋めるか」のラインである生活保護基準が、現状でも低すぎることの問題です。これを解決しないから「稼いだらトク」にならないのです。
「貧困の罠」は本当にあるのか? 誰に対してあるのか?
生活保護のような上限があるタイプの給付では、その上限から抜け出すと、税・保険料などの負担が重くなり生活がかえって苦しくなる「貧困の罠」の存在が知られています。
日本の生活保護制度は「保障ラインが低すぎる」という問題はあるものの、この点ではかなり良く設計されており、単身者ではほとんど「貧困の罠」がない状況です。
ただ、家族を扶養している場合には状況がかなり異なります。扶養する家族に対して扶養される家族が多い場合には、この「貧困の罠」が顕著に見られることになります。複数の子どもがいる場合、特に顕著に見られます。
たとえばシングルマザーの給料は、「子どもがいる」「子どもが複数いる」に対して増えることはありません。逆に、子どもが(複数)いることによって就労条件が悪くなることは多々あります。
大きな無理のない家族扶養を可能にする賃金システム、または子どもの養育に関する充分な手当が存在しない限り、
「扶養すべき家族の全員に健康で文化的な最低限度以上の生活をさせるためには、生活保護以外の選択肢はない」
という人が存在し続けることになります。
しかし、現在これから家族扶養を前提とした賃金システムの再構築を行うのは非常に困難でしょう。
であれば、子どもの養育に関する手当の充実を、生活保護制度そのものの充実とセットで行うしかないのではないでしょうか。
結論:「惰民育成」の可能性を云々する以前の問題
生活保護基準が低すぎるため「充分に能力を発揮することがができない」という意味での「惰民」が育成されている、というのが実態ではないでしょうか? 飢えかけたり凍えたり熱中症で倒れたりしながら、さまざまな社会的活動も含めた「健康で文化的な生活」が出来るわけはありません。
「生活保護基準が高すぎることによって惰民が育成されている」
という可能性は、
「生活保護基準が一ヶ月あたり20万円(単身者を想定)に引き上げられたので、それとの整合を取るために最低賃金が時給2500円に引き上げられ、なおかつ労働政策が方向を大転換して誰もがそういう仕事に就けるようになったため、就労できる単身者は誰も生活保護を利用したいと思わなくなった」
という状況を経験してみてから言うべきことだろうと思います。