悲惨な遺体がなければ、戦争は許される? - 田中龍作さん、どうか、ご無事にお帰りください!

数ヶ月前、東京都写真美術館にロバート・キャパ写真展「101年目のロバート・キャパ」を見に行ってきました。キャパは、戦争を報道するにあたって、いわゆる「戦場」だけではなく日常の写真も多く残しています。その中には、イスラエル建国間もない時期、絶滅収容所から逃れて入植し、ささやかな日常を再び紡ぎだしはじめたユダヤ人たちの写真もあります。

その写真を思い起こしながら、なぜ現在のガザのようなことになってしまったのだろうかと溜息をついています。迫害されないこと、虐殺されないこと、ささやかな日常が紡がれていくことにどれだけ価値があるのかを一番知っていたはずの人々の国が、なぜ「殺人国家」と呼ぶ人もいるほどの状況になってしまったのでしょうか。

歴史書を読めば、歴史はたどれます。でも「なぜ?」が理解できないんです。でも「ユダヤ人だから陰謀」とかいう説に耳を傾けるのは、徹底して「なぜ?」を突き詰めて答えが出なかったらその後で、ということにしたいです。

田中龍作さんと私の淡いつながり

田中龍作さん(@tanakaryusaku)は、生活保護問題関連の記者会見や集会で何回かお見かけし、何回目かに互いに自己紹介して名刺交換をしました。その後私がFCCJに入会して歓迎パーティーに参加すると、記録写真係(?)のような自然な感じで田中さんがいらっしゃいました。互いににっこりして「あ、こんにちは」とご挨拶しました。その他は、互いの記事を読んでいるだけのお付き合いです。

でも、今回の田中さんのガザ行きに際しては、些少ながらカンパさせていただきました。とにかく、無事に帰ってきていただき、またお目にかかりたいですから。保険とかちゃんと入ってるんだろうか? と気になります。田中さんが「(キャッシングで?)こすりまくった」とおっしゃるクレジットカードがどこの何だか知りませんが、あんな危険な取材、どこのカードでも付帯保険がカバーしている範囲ではないでしょうし。

なんといっても私は、ガザ攻撃が激化した時期に国連本部にいたんです。自分はエアコンの効いた屋内で人権委員会を傍聴、国連はガザ問題に取り組んでいないではないけれども「さっさと停戦させる」というような動きはしておらず、傍聴中にときどき田中さんのご無事を確認してはホッとしていました。自分も大枚はたいて(自分比)ジュネーブまで行ってきたばかりで財布の中身が薄ら寒いので、ほんとに些少なカンパですけど、田中さんのご無事でのお帰りに役立てば幸いです。

参考:田中龍作ジャーナル

http://tanakaryusaku.jp/

「戦争を知らない子どもたち」の戦争リアリティ

約50年前、福岡市近郊の農業地帯(当時)で生育した私にとって、「死」はそれほど遠いものではありませんでした。戦場で命からがらの経験をしたり、ぎりぎりのタイミングで出征・出撃を免れたりした中高年男性が、周辺にはたくさんいました。希望だの夢だのロマンだの大義だの、というような言葉とはまったく無縁の、戦争のリアリティを聞いて育ちました。従軍慰安婦だの出征先での現地住民虐殺だの、私は従軍していた人々から「あった」「やった」と若干聞いてます。非常につらそうに「なんであんなことが出来たのか」というようなニュアンスであることが多かったですけど。

ちなみに私自身の父方祖母(故人)は、空襲で夫を亡くし、女手一つで子ども5人を育て上げなくてはならなかったわけです。その長男だった私の父親は、国民学校6年生のとき戦争で父を失い、東京から九州の山間部へと移住を余儀なくされました。

幼少の私の周囲にいた当時の大人たち、存命なら現在75歳以上になる人々は、太平洋戦争・旧日本軍・天皇制・皇国教育などについて、非常にアンビバレントな感情を抱いていたと記憶しています。肯定すれば自分の悲惨さや辛さが否定されるようで、否定すれば自分の苦労が否定されるようで、目の前の高度成長期の子どもたちや戦後民主主義に対しては、「良いものだ」という感情と「自分はその恩恵にあずかれなかった」というルサンチマンが相半ばするような。

その複雑な感情をぶつけられるのは、子どもにとっては辛いことでもありました。戦争とは、ふつうの人を複雑に、ややこしく扱いにくくして、その人々がいる社会を息苦しくするもの。それが20年や30年も前に終わったはずの戦争でも。

これが、1963年生まれの私にとっての戦争のリアリティです。

戦場のご遺体の写真の公開について

災害に襲われた現場や紛争地帯の悲惨なご遺体の様子は、海外メディアでは若干の注意書きとともに、特に隠すでもなく報道されています。だから田中さんが報道されること自体には、違和感は感じません。正直なところ、食事どきや魚をさばいた直後などのタイミングで見たくはないんですけど、そんな時にSNSにアクセスしなきゃ済むことです。

もう立派な中年、しかも地方出身のオバハンである私は、都市部で生まれて育ったやや若年の方よりは「死」やご遺体への馴れがあるようです。先日ついうっかり、飲みながら

「戦争の場にされてしまった地域の犠牲者のご遺体が悲惨なのは、当たり前じゃない。高エネルギー外傷で亡くなった方のご遺体が美しいわけないでしょう。圧死でも交通事故死でも……」

と言ったら、目の前にいた40代の医師(男性)と薬剤師(男性)が目を点にしてしまいました。やや沈黙あって、

「都市部で生まれて育って生育していると、死は見ないからねえ、自分は医師だから職業がら見るけど、家で看取りとかしないしねえ」

というような反応があり、そこから

「約10歳違って、しかも都市部と地方だったら、どれだけの体験の違いがありうるか」

という話題に展開しましたが。

死は苦しく辛いものです。少なくとも自分が「人間」と思っている誰かの死は、悲しいものに決まっています。たまに例外がありますけど、あくまで例外です。不本意な死は一般的に美しくなりようがありません。不本意な死を余儀なくされたご遺体は、一般的に悲惨なものです。

高エネルギー外傷を引き起こすのは爆弾やミサイルだけではありません。 交通事故は? 土砂崩れは? 鉄道の「人身事故」は? 飛び降り自殺は? 手抜き工事のため鉄骨が入っていないコンクリートの塀や門柱は、ちょっとしたことで倒壊します。そこに人がいたらどうなりますか?(私の通っていた小学校で、小学2年の私もいた時間帯に、これが原因で児童2名が実際に事故死しました) 野宿者襲撃の犠牲者の方々は?

なにもガザまで想像を及ぼすことはありません。つい先日長崎県で起こった特異な少年事件を持ち出す必要もありません。同様かそれ以上に悲惨な亡くなり方をされたご遺体は、残念なことに、日本でも日々生み出されています。

かくいう私も、田中さんが配信されるガザの方のご遺体・動物の死体をみると、胸が痛くなったり涙が出たりはしますけど。

ご遺体が悲惨だから戦争が悪いわけではありません。ご遺体や亡くなるまでの経緯が悲惨であるかどうかが、殺人の是非を左右するわけではありません。悲惨な殺し方でないからといって殺人が許容されるわけはありませんし、人を死に至らせるような社会の問題が(たとえば、交通事故が起こりやすくなってしまう背景や、少年が野宿者襲撃を行ってしまう背景が)許容されるべきでもありません。

悪は、悪だから悪です。

殺人は悪だから、悪として防止し、抑制すべきものです。

戦争は悪だから、悪として退け、憎み、避けるべきものです。

それ以上に何が必要でしょうか?

ご遺体が悲惨かどうか、攻撃が非人道的かどうか、攻撃する側の自己正当化にどの程度の正当性があるか。

そんなこと関係ありません、私には。

田中龍作さんへ(もしお読みになる機会があれば)

無事にお帰りになってから、ぜひ検討していただきたいことがあります。

今回のガザ取材の「どうやって」の具体的なところを聞かせていただきたいんです。

どういう装備と準備で、どういう方法で若干でも安全を確保して、どういうルートで、いくら使って現地に渡り、滞在されたのでしょうか?

健康維持のために、どういう工夫をしていらっしゃるのでしょうか?

体調を崩されて手持ちの薬では間に合わず、さりとて近辺には医者がいないというようなとき、どうしていらっしゃるのでしょうか?

衣類、特に下着はどういうものを何枚持って行かれたのでしょうか? それで今回、洗濯は間に合いましたでしょうか? 足りなくなった時の現地調達は可能でしたでしょうか?

(車椅子のため荷物をあまり持っていけない私にとって、これは旅行時にたいへん切実な問題です)

会計報告はいずれなされると思います。2014年8月◯日、脱出のため兵士に袖の下◯円(日本円換算)とか書かれるのかもしれませんね。

旅行カバンや旅道具やカメラ関連グッズやパソコンやケータイや通信手段や、具体的な工夫の数々や、といったものに私は関心があります。

自分探し系で紛争地帯をうろついてる日本人や「自称」ジャーナリストは、どのあたりが、どんなふうに危険なんでしょうか?

田中さんのガザ取材に役立ったノウハウや工夫の蓄積あるいは不足の指摘、(車椅子でとはいえ)お根性なしで先進国の都市部にしか行ってない私に役立たないわけはないです。ぜひ聞かせてください。

ご無事にお帰りになったら、たくさんのイベントが開催されることでしょう。

政治の話・戦争の話抜きで(完全な「抜き」って絶対にありえないと思いますが)、取材旅行そのものにフォーカスしたトークイベントをぜひ、開催してください。

私、喜んで参りますよ。

そういう話を田中さんから聞きたい方々、たぶん数多くいらっしゃるでしょう。

その時の会場は、どうかバリアフリーのところをお願いしますね。