「人種差別」以前の問題 - 私たち日本人には、あまりにも「慣れ」がない

つい先日、2014年7月11日から19日までは、パリ経由でジュネーブに行っておりました。NGOの一員として国連人権委員会に参加してきました。国連人権委員会のことについても後々エントリーあるいは商業媒体での記事としたいと考えていますが、今回は人種差別について書いてみます。

日本の風景、息が詰まる

このところ、1年間に2回くらいのペースで海外出張している私は、日本に帰ってくるたびに「この風景、息が詰まる」と感じます。都市部でも地方でも、特別な事情がない限り、人のほとんどが黄色人種。

私自身は、日本国籍の日本人です。両親とも、元禄期あたりまで日本でルーツをたどることができます。でも、髪の色や質も肌の色もさまざまな地域から「どっちを向いても日本人ばっかり」という風景の中に戻ってくると、「息が詰まるなあ」と感じてしまうんです。日本語が通じるし、「ちょっとすみません」と先ゆく人に声をかけるときに「えっとえっと、何語で言えばいいのかな」と考えなくていいのはラクだし、一泊3000円台のビジネスホテルにさえバスタブがあるのは有り難いのですけどね。

人が増えすぎて区別がつきません みんなモンゴリアン区別がつきません

出典:中島みゆき「ショウ・タイム」

外国人の存在が当たり前になったら、おいしい

私は、筑波大で社会人大学院生だった時期があります。筑波大の大学院にはあまり良い思い出はなく、今でも大きなトラウマとなっている出来事が数多くありましたが、大学院とはそういうこともありうるところです。人生をおしまいにされるも同然のダメージを受けて放り出された人、自殺や過労死に追い込まれた人も結構います。それを考えると、私はまだ幸いな方だったのでしょう。

でも、筑波大内外の留学生コミュニティ・卒業した留学生のコミュニティには、ずいぶん救われましたし、「おいしい」思いをさせてもらいました。

「おいしい」とは、文字通り、食べておいしいということです。筑波大構内の巨大な学生宿舎に住んでいる留学生や筑波研究学園都市で働く外国人研究者たちを主要な顧客層とするエスニック料理店が多数あり、

「茨城県の産物(レンコン・ゴボウ・白菜など)を活かしたスリランカ風のカレーやサラダ」

といったものが食べられるからです。

本国の味を求める人がたくさんいるからこそ、のことです。

スパイスやココナッツミルクなど重要な調味料等だったら輸入できても、野菜や肉をいちいち輸入していたら、留学生や外国人研究者たちの経済状況に見合う価格にはなりません。味は地元ナイズせず母国の味を守るけれども、食材は徹底して地元のものを。これはどこの国の移民(筑波研究学園都市にいる外国人たちの多くは移民ではありませんが)にも見られることです。

外国人の存在が当たり前になったら、面白い

私は在学中、筑波大の一の矢学生宿舎と東京の住まいの二重生活をしていました。当時、一の矢学生宿舎のある地域には、管理事務所・共同浴場・コンビニ・電器店・理髪店をまとめた「共用棟」と呼ばれる建物がありました。この理髪店の理髪師である現在60歳くらいと思われる女性と、私はすぐに仲良くなりました。理髪師のお姉さん(互いに「お姉さん」と呼び合っていました)は、周辺のバーゲン情報をたくさん教えてくれました。私の髪を

「きれいねえ、みどりの黒髪って感じよねえ」

と誉めてくださるのに、

「いやこれ染めてるんですよ、白髪がすごくって」

と白状する機会がなかったこと、今でもちょっと心残りです。

その理髪店には、当然ですが、留学生たちや家族も来ます(子どもを含む家族と一緒に来ている留学生もいます)。理髪師のお姉さんから聞く

「人種による髪質の違いに対する傾向と対策」

の面白いことといったら、ありませんでした。たとえば、髪がカールして生えてくる人種では、ヒゲもカールして生えてくるので、日本人の直毛のヒゲとは異なる剃り方ノウハウが必要なのだそうです。へえ!

留学生の子どもたちは、バスに乗って市立の小学校にも通います。同じ宿舎に住んでいるたくさんの人種の(日本人も含まれます)子どもたちがバスに乗り、つくばの森のなかを縫って走るバスの中で楽しそうにふざけ合いながら、和気あいあいとバスを降りて宿舎に帰っていきます。もちろん宿舎の中では、一緒に遊んでいます。それは美しく、心楽しい風景でした。

また、車椅子に乗っている私は、留学生の方々にとても親切にしていただきました。日本人も親切なのですが、留学生の「親切」は「お互いに困っているんだから」という感覚に根ざしていたように思えます。中国人や韓国人の方々から、よく同じ国の人たちの集まりに招待していただきました。招待されても一回か二回かしか行けなかったのですが、たとえば「韓国人はキリスト教会を中心にコミュニティを作る」ということは「へー!」という驚きをもたらしてくれました。これはキリスト教国に根付くにあたって非常に有利でしょう。

また中国人の方々のたくましさ。つくば駅前のスーパーで買い物してる私に

「あなた筑波大の中でよく見るけど、 教員? ポスドク?」

と話しかけてきて(年齢からいって、ただの院生には見えなかったのでしょう)、同郷の人々のパーティーに招待してくれた若手研究者がいたのです。良くも悪くもこのたくましさがあればこそ、中国は今のようであり、華僑は世界のどこにも根付いて活動しているのです。そのことを、身をもって知ることができました。

(後記:「日本人も親切」の日本人は、宿舎の周辺で出会う日本人学生・院生等です。私が研究室の指導教員に徹底的に嫌われ疎まれていることをウワサ話レベルでも知っている、同じ研究科・同じ専攻・あるいは大学の障害学生支援室を通じて顔見知りくらいの学生・院生は、そうではありませんでした。新入生や高校生の受験相談時期から知っている学生とは平和に会話できたんですが、新入生が先輩たちからいろいろ聞かされてくると態度が変わってくるわけです。

つまり、

「あいつと口をきくと、先輩や教員に睨まれるぞ」

を恐れなくていい人たちとだけは接触できた、ということです。

私は今でも「筑波大の人たち=ハブられるおそれがあるので近づいちゃいけない人たち」という感じになっちゃってます。

障害学生支援室にも何かと力になってくれようとしてくださった教職員が数名はいましたし(でも政治力なさすぎたんですが)、差別やイジメを行うでもなく平穏に接してくれた方々のほうが、たぶん比率としては圧倒的に多いはずなのですけどね)

差別をどうこう言う以前に、まずは慣れましょう

もちろん、

「多様性を増やせば多くの問題が自動的に解決される」

などということはありません。移民を積極的に受け入れてきた国々では、そのことに起因する数多くの問題が現在進行形で起こってもいます。

でも日本人は、まず、異質な人たちが「居る」ということに慣れなくてはならない段階にあるのではないかと思っています。対等な立場で、でも異質な人たちが「居る」ということに。

「移民政策どうあるべきか」「永住外国人の人権は」といったことを考えるのは、異質な人々の「居る」に慣れてからでも遅くないのではないでしょうか。

後記:「永住外国人の人権は」を考え始める以前には、人権は最大限に尊重されているべきだと考えます。「なるべく、できれば現在以上に制約する」という文脈で議論されることが多すぎるので。