「バリアフリーのその先へ!」のその先へ - 日常の「フロンティア」発見

「車いすの歌姫」として知られる朝霧裕さんが、6月に著書「バリアフリーのその先へ! 車いすの3.11」(岩波書店)を刊行されました。

いくつかの新聞で紹介され、好評を博しているようです。

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「3.11」のあの日、あなたはどこにいましたか?

「バリアフリーのその先へ!」は、朝霧さんご自身の東日本大震災経験から始まります。

あの日あの時、さいたま市在住の朝霧さんは、介助者とともに池袋駅構内にいました。朝霧さんは内蔵内臓も含めて全身すべての筋肉が弱く、電動車いすを利用しています。生活も行動も、毎日24時間、介助者の存在が不可欠です。

都心にいた多くの人々が帰宅難民となって大変な思いをしたあの日、朝霧さんたちは、いったいどうやって帰途についたのか。そこでどういう体験をしたのか。ぜひ「バリアフリーのその先へ」をお読みください。

私も、朝霧さんよりもずっと障害が軽いものの、外出時には全面的に電動車椅子を利用しています。

あの日の私は、つくば市に行く予定でした。しかし、どうしても行きたくなかったのです。二匹の猫たちも、足元にまとわりついて「行かないで」というかのような素振りをしました。用事をキャンセルして東京都内の自宅の寝室でウダウダしていたところ、地震に遭ったのです。

私の住んでいる古い木造家屋は、倒壊するんじゃないかと恐ろしくなるほど揺れました。仕事部屋からは、まだ固定していなかった本棚2本の倒れる音がしました。しかし、1家1人+2匹はケガもせず、住まいも、住めなくなるほどのダメージは受けませんでした。

夕方、外に出てみると、徒歩で帰宅する人の長い長い列が続いていました。スーパーにもコンビニにも、すぐ食べられるものは何も残っていませんでした。しかし我が家には、10日くらいはしのげそうな水・食糧等の備蓄がありました。その後の計画停電の対象にもなりませんでした。運動障害を抱えている障害者としては、極めて幸運だったほうでしょう。

電動車椅子を利用している別の友人は、公営住宅の1階に住んでいます。ベランダから路面までの移動は、電動リフトで行っています。しかしあの日は停電のためリフトを利用することができず、利用している電動ベッドの高さを変えることさえできず、エアコンも利用できない寒く暗い室内で、電気がふたたび利用できるまでの数時間を過ごしていたそうです。

計画停電のとき、人工呼吸器を利用している人々に対しては、東京電力から発電機が貸し出されました。けれどもガソリンは、東京都内ではガソリンスタンドで調達できる状況ではありませんでした。その人々と介助者は、必死の思いで何とかガソリンを入手して生き延びたそうです。

早くも2011年4月、朝霧さんは仙台を訪れ、障害を持つ仲間たちの状況を調べています。このことは「バリアフリーのその先へ!」第2章の中心となっています。素晴らしい行動力です。

朝霧裕さんの日常 - 本当の「フロンティア」かも

朝霧さんと私は、以前からSNSで知り合っていましたが、お会いしたのは2014年7月7日が初めてです。私が、さいたま市の朝霧さんのお宅におじゃましました。

相対して話していると、柔らかで暖かな、しかし強いエネルギーを感じる、とても知的で思慮深い女性です。

互いの著書を手に(右・朝霧さん、左・みわ)。
互いの著書を手に(右・朝霧さん、左・みわ)。

日常生活・ちょっとした動作のほとんどすべてに、一つ一つ介助が必要です。しかし、長年の付き合いのヘルパーさん(「バリアフリーのその先へ!」に登場するマヤさん)の介助が、ほんとうに自然です。「介助されている」「介助を受けている」ということが意識されないほど、自然です。

朝霧さんとマヤさんと一緒にいると、朝霧さんが障害者であることや障害の内容を、ついつい忘れてしまいます。

しかし朝霧さんの日常は、ぎりぎりのバランスで保たれている身体のコンディションの上にあります。「バリアフリーのその先へ!」の中にも「風邪を引いたら死につながる」という話が出てきます。脆い、すぐにバランスが崩れて生命の危機に陥る身体です。

その日も、朝霧さんは朝からお腹の調子がよくなかったそうですが、しばらく後、苦しそうな様子でベッドに横になりました。急性胃腸炎だったそうです。数日寝込んで元気になられましたが、後で聞いたところでは、相当危機的な状況だったようすです。

朝霧さんは、その脆い身体で、文章を生み出し歌を作り、ライブ活動を継続しています。

突飛な例えですが、いわゆる健常者が「逆立ちで高尾山登山」「竹馬で富士山登山」といったことをするのに相当しているかもしれません。

高尾山も富士山も、季節と状況を選べば、それほど難易度の高い山ではありません。でも「逆立ちで」「竹馬で」となれば話は別です。

だれでも出来る、やっているはずの、ごく普通の、穏やかな日常生活。それから、社会的な活動。

そこにいる人が「筋力がなく筋肉のほとんどない身体で」「弱い心肺能力で」というだけで、その意味するものは全く変わってきます。

日常が極限状況というべきか、極限状況が日常というべきか。

私からみると、朝霧さんにとっての「3.11」は、障害者だから特別に苛酷だったわけでもなければ、特別なサバイバルを強いられたということでもなく見えます。

もともと極限状況が日常、もともと綱渡りが日常であったことが、災害になって顕わになっただけのことに見えます。

誰にとっても「3.11」は非常時でした。日常からいきなり極限状況に直面させられた人がたくさんいました。

障害者の「3.11」とは? 

健常者にとっても一人一人意味合いや経験の内容が違うのと同様に、ただ、影響の大きさや影響の内容のバリエーションに大きな違いが生まれる、ということかもしれません。

そして朝霧さんは、自分自身の経験、東北の被災障害者たちの経験を通じて、誰の命も大切にされることの必要性、そのために具体的に何をすればよいかを考え始めます。その一部は、「バリアフリーのその先へ!」最終章に語られています。

身体的な極限状況という「フロンティア」を生きている人が、被災地という「フロンティア」へ。それは不思議でもなんでもないことなのでしょう。

「介助を受ける」は特別なゼイタクか?

「バリアフリーのその先へ!」の内容について、もう一つ、特筆しておきたいことがあります。朝霧さんがかつて介助者に受けたイジメが、赤裸々に語られていることです。

介助者と障害者の間には、少なくとも肉体的な力関係があります。肉体的に「できる」ことの多い側が、肉体的に「できない」ことの多い側を介助するわけです。

「できる-できない」は、容易に「してあげる-してもらう」という序列を生みます。この序列は、少しでも踏み外せば虐待やイジメにつながります。「殴る」「蹴る」といった肉体的な暴力、「障害者のくせに」「バカ」「死ね」などの暴言といった精神的な暴力以外に、「指先だけが動く人のナースコールのボタンを、ぎりぎりで手の届かないところに置く」という目に見えにくいイジメもあります。それで死に至る例もあります。

しかも、被害を受けている側は声をあげにくいように、制度づくり・仕組みづくりがなされています。

ヘルパーに虐待を受けた場合、障害者は介護事業所に苦情を申し立てて良いことになっています。介護事業所には、誠実に対応する努力義務があります。双方の折り合いが着かない場合、自治体の福祉事務所が介入して調整を行うことも可能ということになっています。

しかし介護事業所に対して苦情を申し立てると、実際に起こることは

「事実かどうか確認しようもない理由によって(ヘルパーが退職するとか)契約を切られる」

「翌日からヘルパーが派遣されなくなり、その後2週間にわたって連絡も何もない」

「自治体の福祉事務所から脅しめいた電話やメールが届く」

といったことです。

もちろん、障害者への虐待は、やってはいけないことになっています。2011年6月、障害者虐待防止法も成立しました。しかし、介護事業者と障害者の力関係が最初から調整されていない枠組みの中で「障害者の虐待はいけないこと」ということにして若干の罰則を作ったくらいで、虐待の防止はできるのでしょうか? たぶん、できないと思います。この法律が出来た後にも、私は何回かの虐待(肉体的なめった打ちを含む)を受けています。

介助を受ける障害者は、特別に良い思いをしたいわけでも、ゼイタクがしたいわけでもありません。

生存や生活の基本のラインを、障害のない人と同等のレベルに底上げしたいだけです。呼吸が出来ないなら呼吸器と介助者に呼吸を助けてもらう。移動が出来ないなら車椅子などの補装具を使い、介助者に介助を受ける。食事をし、身だしなみを整えることが自力でできないならば、介助者に介助してもらう。

これでやっと、外に出て社会の中で活動するベースが出来るのです。社会活動、人によっては職業活動や就労自立にもつながるかもしれません。

ベースを作って欲しい。生存・日常生活・社会生活の「機会の平等」を保証してほしい。希望することは、それだけです。なのに、たったそれだけのことが、虐待を呼び寄せてしまいます。

この救いのない構造の中で、しかも声をあげにくい立場にある障害者。

朝霧さんは、勇気をもって声を上げてくださいました。

朝霧さんは、自らの行動によってヘルパーによるイジメを排除し、社会生活の入り口に立ちました。

そして、音楽活動と著述活動の自由をつかみとり、マイペースで結果を出し続けています。

私はそこにも「フロンティア」を見ます。

すぐそこにある「フロンティア」

フロンティアはきっと、大きな研究機関の有名な研究室の特別な装置の中だけにあるわけではありません。

トップアスリートが活躍するオリンピック・パラリンピックの舞台の上にだけあるわけでもありません。

日常に見える風景のあちらこちらに、目を凝らせば見えるさまざまなフロンティアを生きている人がいます。

朝霧さんの「バリアフリーのその先へ!」は、そのことに気づかせてくれる本でもあります。

あなたの周囲にも、きっと、小さな「フロンティア」がたくさんあることでしょう。

生死のかかった大きな「フロンティア」でなくても、日常を少しだけ切り拓き、少しだけ変えていくきっかけになる、小さな「フロンティア」。

ぜひ、発見の旅に出ましょう。

きっと「バリアフリーのその先へ! 車いすの3.11」は、この発見の旅の、よい始まりを作ってくれる本です。