「トラウマ」やPTSDにとって、「治る」とはどういうことなのか?
最初に、一言お詫びしておきます。
今、3日前に帰ってきたばかりの海外出張の後処理、数日後に始まる次の出張の準備、留守番続きの2匹の猫のケア(留守中はペットシッターさんに来ていただいてはいますが)、2日後の連載「生活保護のリアル」締め切りのための取材や調べ物、3日後の大学院のゼミ発表、何ヶ月待っていただいているやらの単行本原稿、記事化できていないインタビューなどなどを抱え、テンヤワンヤです。
なので、今、充分な調べ物をすることができません。
ただ、ここ数日間に見かけた「トラウマ」やPTSDという概念についての関心の高まりに対して、危機感を感じています。
感じた危機感に対して「何もしなかった」という後悔をしたくないので、拙速ながらエントリーを書くことにしました。
そもそも、「トラウマ」やPTSDが指す範囲は明確にできるのか
日本で「トラウマ」やPTSDという用語が使われるとき、私は非常に要注意だと思っています。まず、相手の方が何をさして「トラウマ」や、あるいはその後遺症としてのPTSDと言っているのかを確認する必要があると考えています。
現在の日本では、あまりにも不正確に意味や範囲を拡大しすぎた形で、一般化されすぎた用語だと思っています。
では、明確な定義を行って範囲を定め、トラウマとそれ以外の記憶の間に、あるいはPTSD症状とそれ以外の精神症状に境界線を引くことはできるでしょうか?
私は、無理だと思います。定義も境界線も極めて政治的に、力関係によって決まるのが「トラウマ」でありPTSDであるからです。
たとえば性犯罪被害について考えてみてください。
加害者の側は
「そんな事実はなかった」
と言うことが困難であれば、
「相手から非言語的にしぐさや服装や表情で誘われた、合意のもとでの性行為だった、相手は喜んでいた」
というふうに言うでしょう。そうしないと、自分を守れませんから。
被害者の側は
「事実である。こちらから誘ったという事実はない、イヤだと言えない状況に追い込まれて事実上強制された、悲しくて辛くて泣き叫びたかったが、できなかった」
と言うしかありません。少なくとも、意に沿わない性行為を余儀なくされた上、その事実も「なかったこと」にされ、自分の悲しみや辛さも「あってはならないこと」にされる。こんなに辛いことはありません。
そして、さらに辛い二択を迫られることになります。
既に傷ついた上に、加害者の防衛や加害者サイドの人々によって、さらに傷つけられるのか。
既に傷ついた上に、泣き寝入りを選択することになり、自責しつづけることになるのか。
事実関係を明らかにするだけでも容易ではありません。性的行為があったのか、なかったのか。合意に基づいていたのか、基づいていなかったのか。警察その他の聴取によって何らかの「事実関係」が明らかになったとしても、より政治的に力の強い側の意見が多く反映された「事実」です。多分に被害者にとって決して有利とはいえない「事実関係」から、その後の示談・調停・訴訟をスタートすることになるわけです。そのプロセスの一つ一つが、被害者を傷つけるものとなります。
さらに加害者だって「自分だって傷ついている」とか言い、周囲の人々の同情を誘います。加害者は「似たもの同士」で、周囲に数多くの「強きを助け弱きを憎む」友人知人を持っています。味方を増やすのは容易です。
被害者の味方をすること、味方をしつづけることは、一般的にそれほど容易ではありません。被害者は容易に孤立します。
こうなると、誰が加害者で誰が被害者なのかを明確にすることさえ容易ではありません。
ましてや、精神的な「加害」「被害」の範囲を明確にすることは、事実上無理というものです。
しかし、まことに救いのない状況に陥ってしまい、苦しんでいる被害者がいることは事実です。その救いの無さや苦しみが、多様な精神症状・身体症状に結びつくことには、何の不思議もありません。日常的なストレスでも、程度や頻度によっては精神症状や身体症状に結びつく可能性があるのですから。
被害者が、どういう治療や助力も受けられないままでは救いがなさすぎます。少なくとも治療や助力のために、「トラウマ」やPTSDという概念は、大いなる利用価値があります。逆にいうと、「病気」にしてしまわなければ、私たちの社会は何も提供できないということです。
現在、それ以上の枠組みを用意することができるでしょうか? 私には、思い浮かぶものが何もありません。
コミュニティベースの取り組み? 「抑うつ気分なんですね、では抗うつ剤を」より少しはマシかもしれません。でも、コミュニティの中で起こった問題に対しては、どうなんでしょう? 最も深刻な問題は、家庭や職場などのコミュニティの中で起こり、それゆえに言語化も告発も難しいものです。日本にコミュニティベースの精神保健の取り組みが不足しているのは事実ですが、おそらく、それも万能の処方箋ではありえません。
ベトナム戦争後、兵士の「救済」のために設けられたPTSD概念
さらに問題を複雑にしているのは、PTSDという概念が精神医療の世界に公的に持ち込まれた事情です。
出典を「中井久夫氏の書籍のどれか」以上に示せず申し訳ないのですが、精神疾患の診断基準である「DSM-IV(現行はDSM-V)」に初めてPTSDが持ち込まれたのは、ベトナム戦争後に多様な精神症状に苦しむ復員兵士たちへの補償の問題からだったそうです。補償を行うからには何らかの疾病とせざるを得ず、それは本人たちをさらに傷つけるものであってはならず、苦肉の策としてDSM-IVに持ち込まれたのだそうです。国のために動員され、戦争を戦い、心身とも傷ついて戻ってきた人々が放置されるのは、戦争の是非とは別に、やはり非人道的なことであろうと思います。何らかの救済は必要でしょう。それが「精神科の診断基準」によって行われるべきかどうかは、私自身、やや疑問を感じるところですけれども。
ベトナム戦争以前も、同様の症状に対する病名は存在したということですが、「本人が弱いから、そんな病気になる」というスティグマとセットだったということです。ちなみにイラク戦争後になると、「PTSD」さえ「本人が弱虫である証拠」と言われるようになり、別の疾患名が検討されているという話も聞いています。
「DSM-IV」は、徹底的に「原因は何なのか」を排除した診断基準でした。現在の症状の内容と程度と持続期間によって、医師のバックグラウンドや熟練と無関係に、「すごろく」のように診断できることが目指されました。ここにPTSDを含めることには大きな反対もあったそうです(なにしろ「原因」があっての疾患ということですから)。しかし、発症時期について因果関係を明確にできるように(その出来事から離れてすぐ、というように)することで曖昧さを軽減させ、DSM-IVに含められた、という話です。
そもそも、「トラウマ」もPTSDも、高度に政治的な概念なんです。
「導入することによって、複雑な現実が単純に取り扱える」というものではありません。
場合によっては、複雑な現実がさらに「ややこしく」なるかもしれません。
はっきりしているのは、独立した疾患として扱うことの是非はともかくとして、「そこに傷つき苦しんでいる人がいて救済を必要としている」という事実です。
「誤りの記憶」をどう考えるか
人間の記憶力を過信すべきではありません。加害者側にしても被害者側にしても。被害者側の記憶の方に事実がやや多く含まれている可能性はありますけれども(参考:森正「マルセ太郎 記憶は弱者にあり」)。
「カウンセリングや精神分析によって、忘れていた被虐待の記憶が蘇った」
「カウンセリングや精神分析によって、なかった被虐待の記憶が蘇った、ような気がする」
は、いずれもありうることだと思います。
私は、
「そのことによって本人が救われるならば、結果オーライ。いずれにしても、すべきことは同じなんだし」
と考えています。
「親(たとえば)に本当は虐待されていたのだということを、適切な治療によって、安全を確保されたところで明確に思い出せた」
は、本当に虐待されていた人にとっては極めて治療的なことです。「思い出してもいい」「言語化してもいい」と思えただけで大きな前進です。
「親(たとえば)に本当は虐待されていたのだという記憶がもしあれば、事実そうであったかどうかどうかは不明だけど、今の苦しみが説明できるような気がする」
は、親(たとえば)との現在の関係で本人が感じている何らかの違和感を反映しているのは確かでしょう。少しくらい問題はあっても円満で、今後も付き合い続けたいと思っている相手に対して、そんな「物語」が必要になることはありませんから。
はっきりしているのは、本人が現在、何らかの精神症状や「生きづらさ」を抱えているということです。
本人が現在、相手(上記の例では親)を脅威、あるいは過去においての脅威だと考えているということです。
だったら、現在ただちにすべきことは、相手との距離や関係に対する配慮でしょう。
事実だったのかどうかを明確にすることや、どちらにどういう非があるのかを明確にすることは、引き離して双方が落ち着きを取り戻してからでも間に合います。
といいますか、こと幼児期の虐待に関しては、両者ともあまりにも時間が経過しすぎていて記憶が明確でなく、証拠といえる証拠もなかったりします。幼児期に虐待を受けた人が成長し、親に対して勇気をもって何かを言えるときには、既に数十年の時間が経過していることも珍しくありません。事実であったかどうかと無関係に、事実関係を明確にすることが極めて難しく、水掛け論にしかなりようがありません。既に法的には時効になっている可能性も高いでしょう。
であれば、たとえば親から子に対して行われた虐待で、親の側に100%の落ち度があり(虐待の100%はそうですが)、極めて巧妙かつ残虐に行われていたとすれば、事実を明るみにすること・相手に何らかの謝罪や償いをさせることは不可能です。
若干の証拠が残っていても証人がいても事実認定段階で揉め続ける事例は、戦争犯罪の周辺を見れば、いくらでも見つかります。
特に親子関係では、子であった側に有利な材料はほとんどありません。
親子関係の中での虐待で背負わされたハンディキャップを、親が認識することはありません。そんな親なら、そもそも虐待はしなかったでしょう。
不可能なことに時間と費用と労力を注ぎ込んでも意味はありません。今とこれからの安全・安心・充実に注ぎ込むべきです。
成人間の問題であれば、事実関係を明確にすること・相手に何らかの制裁をもたらすこと自体が治療的である場合もあります。
しかし、それは険しい道です。
本人が信頼できる人々に意見を聞き、本人が納得行くまで優先順位付けやバランスの問題を考えた上で、体制を整えて慎重に歩む必要があります。そうでなければ、既に背負ってしまったハンディキャップによって、新しいハンディキャップを背負うことにもなりかねません。そういう社会だからこそ、「トラウマ」が生まれ、PTSDと呼ばれる疾患が発生し、運悪く捉えられた人々が苦しみ、その同じ社会の中でもがかなくてはならなくなるのです。
そのような社会であることは、少なくとも一世代や二世代では解決しないでしょう。
闘うことも辛く、闘わないことも辛い。どちらを向いても辛い中で、本人が納得できる道を探すことしかなさそうに思えます。
治療はどこを目指すべきなのか
結局のところ、薬物療法で治せるわけでも、カウンセリングで治せるわけでもありません。薬物やカウンセリングは、若干の役には立つかもしれませんが。
「治った」とできる状態をイメージしてみましょう。
そのとき、本人の安全・安心は(少なくとも、その社会の一般的な成人と同等に)確保され、現在を充実させる自由・将来の発展を目指す自由が保障されています。行動が反社会的でない限り、充実や発展のための努力を行うことによって社会から懲罰を受けることはありません。
本人は自尊心のもと、社会の多様な人々とのつながりをもち、互いに助け・助けられ、さまざまな意味での「自立」を実現しています(ここでわざわざ「さまざまな意味での」「自立」としたのは、「自立」を本人の就労による経済的自立に限定する必要はないからです)。
その「治った」を目指すために役に立つものは、何でも使ったらいいと思います。
だらだらと長期間・大量ではない、メリハリをつけた向精神薬使用。
本人が納得できる方法・価格・期間でのカウンセリング。
書籍や雑誌で「知る」こと。
インターネット、スマートフォンや携帯電話で、「知る」「つながる」「語る」こと。
信頼できる、顔の見える関係。
元気になれる食事。
自信や自尊心、あるいは(または)居心地の裏付けとなる服装。
すべての人が必要としていることが、「トラウマ」やPTSDと関係ある人には、若干多く必要。
そうして「治った」人を増やすことで、地道に社会が変わっていけばいい。
私はそう考えています。