生活保護を「社会保障」として機能させるために - 何が足りないのか

東京都内で女性による昏睡強盗事件が相次いでいましたが、2014年7月7日、容疑者である30代女性が逮捕されました。「声優のアイコ」を名乗っていたこの女性は、東京都杉並区に在住し、生活保護を利用していたということです。

東京都内で相次いでいた「声優のアイコ」を名乗る女の昏睡(こんすい)強盗事件で、一連の犯行に関与したとみられる●容疑者が警視庁捜査1課に逮捕された。職業は「声優」ではなく「無職」。警視庁の画像公開から約3カ月が過ぎ、生活保護費を受け取りに来たところを捜査員に発見されており、経済的に困窮していた様子がうかがえる。 (略)  女はこの後、近くのマンションで不動産業の30代男性に睡眠薬入りの酒を飲ませて眠らせた上、腕時計など3点(時価計45万円相当)と現金5万7000円を盗んだ疑いがもたれている。 (略)

出典:「声優のアイコ」は無職で生活保護受給 現場の微物とDNA型一致(産経新聞 2014.7.7 23:12)

生活保護を利用している方による犯罪は、多くはありません。この事例でも、最大の問題は「昏酔強盗」です。「生活保護」ではなく。

容疑者が売れていない声優であるのか、本当は声優になりたかったのに不本意な進学や就職を強いられた会社員なのか、それとも生活保護を利用しているのか。あるいは

「高校を卒業したときに声優の専門学校に行きたかったけれども、親に反対されて大学に進学し、非正規雇用ながら就職して家を出たものの、パワハラに遭って精神を病み、2年足らずで退職。その後は生活保護を利用して療養しつつ、声優の夢をもう一度追ってみようと考えるが、挫折。居酒屋でオヤジに願望をまじえて『声優』と名乗ったところウケがよく、高いお酒をおごってもらえた。味を占めて……」

というような、そのすべてを含んだ背景があるのか。

いずれにしても、昏酔強盗に比べれば些細な問題です。しかしこの事件は、高い確率で

「だから生活保護受給者は監視しなくては」

というキャンペーンに発展するでしょう。

監視すれば、生活保護利用者による犯罪は減らせるのでしょうか? 生活保護を利用している立場の弱いご近所さんを「いいことしてる感」のもと監視してチクるという下劣な楽しみを、匿名掲示板の世界ではなく、実世界で認めてよいのでしょうか?

生活保護利用者による犯罪または不正受給を知った場合、自分はどうしてきたか

2011年後半から生活保護問題に関する取材を開始し、「立ち話プラスアルファ」程度の接触を含めれば数百名の生活保護利用者と接してきた私には、むろん、不正受給と思われる事例・不正受給というよりは「それ刑事犯じゃないの?」という事例に接した経験もあります。人数で5名、金額は正確には分かりませんが合計で100万円以下といったところでしょうか。

私のスタンスは、「基本、放っとく」です。徹底して放っておきたいので、取材の記録も消せるものは消せるだけ消しています。

まっとうなケースワークの行われている地域では、早期にケースワーカーが発見して介入することを期待できます。そうではない地域では早期にエスカレートし、警察が介入することになります。

「その能力とエネルギーを仕事に突っ込んだら?」

と言いたくなるほど巧妙なケース(報道でしか知りませんが)で長期かつ多額になってしまった場合には、詐取した生活保護費の返還など多大なペナルティを本人が背負うことになります。

微妙かつ少額で、ケースワーカーや警察に発見される可能性の低いケースでも、「本人の自己評価が下がって精神衛生上よくない状況になる」という形で、やはり本人が自分のしたことの罰を受けることになります。

いずれしても、放っておけば「ケースワーカーに指導される」「警察の厄介になる」「オオゴトになってから本人がケツを拭くことになる」「本人が自己の尊厳を自ら失う」のどれかです。事情を知る人による「チクり」は、成り行きを若干早めるくらいの効果はあるかもしれませんが、有無が大きな違いになるとも思えません。だから、私はやりません、周辺の人々を監視したり権力者にチクったりすることは、近代市民社会の市民として、最もやりたくない行為の一つです。まして、結果に大した違いが現れないのであれば、問題の程度との兼ね合いにもよりますが、基本的に「すべきでない行為」でしょう。

そもそも良心的に生活保護制度を運用している地域の福祉事務所は、過去も現在も、不正受給を摘発するというよりは「不正受給したくなるモチベーションをなくす」「不正受給に至るプロセスを早期にくじく」という方向に力を尽くしています。そのために必要なのは、充分な数のケースワーカー。それから、ケースワーカーが疲弊せずに仕事をできる環境。人数や体制の問題は、少なくとも現在の生活保護のようなタイプの公的扶助を前提とする限りは極めて重要なのですが、今回はさておきます。

あるとき私は、生活保護を利用しつつギャンブル依存をやめられずにいる男性と大喧嘩になり、思わず手を上げてしまいました。男性はギャンブルのため足りなくなってしまう生活保護費の穴埋めに万引きをし、同居している女性に売春をさせていたのでした。ギャンブルと万引きだけだったら、私は大喧嘩まではしなかったと思います。いずれバレますから。しかし女性に売春をさせていたことに私はガマンならず、大喧嘩してしまったのです。

男性は、

「自分だって、まともに働いて生きていけるなら、働きたいのに」

と泣き出しました。たぶん、ホンネだったのでしょう。

私にできることはないと思ったのですが、売春させられている女性のことが気になってしかたがありませんでした。しかし数日後、男性が万引きの現場を押さえられて逮捕されたと聞きました。女性ともども、現在どうしているのか全く知りませんが、つつがなく回復への道を歩んでいることを祈ります。

あるとき私は、生活保護費をやりくりして将来への投資をしようとしている女性から、「お金が足りないから『ウリ(売春)』を始めた」という話を聞きました。5年前に買ったパソコンを買い替えて、オフィスソフトの勉強をしてベンダー資格を取得して再び働きたいということでした。彼女は新しいパソコンを購入するために、売春を始めたのでした。方法については模倣者が現れると困るので書きませんが、それは極めて巧妙でした。ケースワーカーが把握することも摘発することも、まず不可能と思われました。この件でも、私は何もしませんでした(後記:いくつかの理由から「やめろ」と説得しても無意味と判断していました)。チクリがあろうがなかろうが、ケースワーカーによる把握・摘発は不可能に近いのです。だったら、放っておくしかないじゃないですか? 結果は同じなんですから。

しかし彼女は数ヶ月のうちに、別人のように性格が変わっていきました。売春でいくばくかの現金を手にしたのはよいのですが、「そんなことしかできない」「そんなことまでしている」という認識が本人の精神状態を悪くしていったのです。私は会うたびに「売春しなくて済むあなたは恵まれている、あなたに困窮者のことが分かるわけはない」と絡まれるようになりました。たまったものではありません。言葉だけならよいのですが、暴力めいたことに発展する気配までありました。ある日、伸ばしてネイルアートで飾った爪で偶然を装って顔を引っかかれそうになったのをきっかけとして、彼女とは接触を断ち切ることにしました。

その後、彼女が深刻な精神状態に陥って入院することになったという噂を聞きました。適切な治療を受けて、回復への道を歩んでいるようにと祈ります。

ある中年の中規模企業の社長(男性)は、離婚されて無一文で放り出された数歳年下の女性を愛人にしました。しかし、社長自身にも企業にも、それほどの余裕があるわけではありません。世間知にたけた社長は、女性に生活保護を申請・受給させました。そして自分の通帳とカードを女性に渡し、一ヶ月あたり5~10万円の「お小遣い」を引き出させていたのです。

ふとしたきっかけで知り合ったこの女性に、私は非常に手ひどく痛めつけられました。しかも「自分のバックには社長がついていて、その社長は暴力団などにも顔が利くから」と脅すのです。私はなんとか女性との関係を断ち切りました。それが精一杯でした。

この社長が本当に暴力団とまで本当につながりを持っているのかどうか、私は知りません。しかしこの社長は、さまざまな方面とパイプを持っており、世界的ブランド企業・日本を代表する大学・他国の政府などにも評価されており、いくつかの大学で非常勤講師を務めたりもしている人物です。一フリーライターが闘って勝てるような相手ではありません。もし表沙汰にするなら、自分の持てるすべてを注ぎ込み、自分自身とその生活を大きな危険にさらすことになるでしょう。

私は、この問題を明るみにすることよりも自分と二匹の猫たちの暮らしを守ることを優先しました。いずれにしても、問題意識を感じるすべての問題に関わることは不可能ですし、仕事を続けてゆくためには自分を守ることも必要です。

一年ほど後、女性が結婚したという噂を聞きました。結婚相手は、社長の腹心の部下である50代のオヤジだったということです。女性の「不正受給」は、ケースワーカーにも「なんだかおかしい」程度以上には感付かれていないままであったかもしれません。なにしろ本人名義の口座のお金が増えているわけではないのですから。もしかすると、福祉事務所は「不正受給」としての摘発を試みたけれども、不可能に近い困難さがあるため断念したのかもしれません。女性も社長も「逃げ切れた」と言えるのかもしれません。でも私には、女性がトクをしたようには思えないのです。

以上、すべて、お笑い芸人の母上の生活保護利用を発端とした2014年4月の「不正受給」キャンペーンよりも前のできごとです。改正生活保護法の検討は、まだ公的には始まっていませんでした(自民党プロジェクトチームによる検討はありましたが)。不正受給やその摘発の奨励・福祉事務所への警察OB配置についても、「検討がなされている」という動きは表面的にはほとんど見えていませんでした。

この種の、なによりも本人をさらに不幸にし、再出発をさらに困難にする出来事の発生は、監視や摘発や厳罰化で減らせるのでしょうか?

現在まで取られてこなかった、究極の「生活保護利用者の犯罪」対策

「過去65年間、生活保護制度は性善説にもとづいていたけれども、結果として生活保護費の増大や不正受給の増加を招いた。生活保護基準が高すぎたため、安住する甘ったれが増え、自立の助長にもつながらなかった」

という俗説があります。

生活保護費が増大したのは、そもそも原理的に「天井」を設けることのできない制度であるからです。昭和20年代、すでに生活保護費の財源は問題になっていました。来年、何人の生活困窮者が出現するのかは、国レベルでも予測できません。しかし出現したら、少なくとも公的扶助による救済が必要です。そうしなければ、たとえば犯罪の多発・餓死者が多数発生することによる社会衛生への悪影響など、社会のコスト負担がさらに大きくなるのですから。

東日本大震災を思い出すまでもなく、明日何がどのように起こるのか、自分の日常が明日も続くのかどうかは、誰にも予測できないことです。「自己責任」で備える? 備えられる範囲は微々たるものです。明日、生活保護を必要とする人が1000万人現れたら、何をさしおいても1000万人に生活保護を利用させる必要があります。それでは国が破綻するというのだったら、「1000万人が生活保護を必要とする」事態そのものへの対策が必要です。経済的困窮という、個人の問題として立ち現れる社会的災害に対する対策です。

経済的困窮に対する根本的な対策は、病気・失業・被災などで経済的困窮に陥った場合の再出発を容易にすることです。アクセスできる必要かつ充分な医療に誰でもアクセスできること・失業給付や社会人教育の充実・充分な防災と、防ぎきれない事態への経済的・社会的な備え でしょう。すべての人に対する良質かつアクセス可能な教育の提供は、個人レベルでの予防としても機能し、さらに再出発をいくらか容易にします。

不正受給は増加したのでしょうか? こちらも過去65年間にわたり、金額ベースでは0.5%程度を推移してきました。この数年、厚労省は不正受給摘発体制の強化を強調しており、本来は不正受給ではないものを不正受給とする取り扱いが増加しています(この方針は厚労省の資料に明記されています)。結果として、件数は増加しました。しかし一件あたりの金額は減少しています(これも厚労省資料に示されています)。ここから読み取れる結果は、「不正受給の判断基準自体が変わっているので、本当に増えているのかどうかは判断できない」でしかありません。

少なくとも、現状の生活保護費は不足にすぎる

では、生活保護基準は高すぎるのでしょうか? 生活保護基準が「健康で文化的な最低限度の生活」を保障できていたといえる時期は、過去、一度もないのです。間違いなく保障されていたのは、日常動作を可能にするだけのカロリー摂取です(参考:岩永理恵「生活保護は最低生活をどう構想したか」などの歴史研究)。「自立の助長」、つまり「就職に向けての活動ができる」「就労ができる」「将来に向けての活動を行うことができる」といったことを考慮した食生活のコスト、日常生活で極度に体力を消耗せずに済むだけの冷暖房のコストなどは、「これが必要だから生活保護基準に含まれるべきである」という明確な形で検討されたことが、過去に一度もありません。むしろ、パソコン購入のために売春を始めた事例に見るとおり、「自立」を目指したくても目指せないような金額でしかない、というべきではないでしょうか? 私はむしろ「生活保護基準は現状でも低すぎて自立を阻害している」と思っています。

生活保護基準は、上げるべきなのです。総額が4兆円/年 で足りないのは、はっきりしています。足りないから、さまざまな問題が立ち現れてくるのです。上げたら無限に増大してしまう? さまざまな試算がありますけれども、概ね「1年あたり10兆円~15兆円あれば充分」という見方が多いですよ。現在の貧困の拡大を大規模自然災害にも準じる深刻な問題と考えるならば、災害対策として捻出できる費用であるはずです。

もう一つ、究極の対策があります。生活保護制度の「対象者を限定する」「必要性を判断する」といった枠組みをなくしてしまうことです。この枠組があるから、制度を利用している人と利用していない人の「不公平感」が問題になったり、申請権の確保や侵害が問題になったり、不正受給が問題になったりするのです。

対象者を限定せず、必要性の判断も行わない給付を導入することは、一つの対策となります。「ベーシック・インカム」の導入です。一人あたり一ヶ月5万円、現在の住居扶助住宅扶助程度の金額でも、あれば状況がまったく異なってくるでしょう。

さらに、子ども・高齢者・失業者・障害者などに対しては、年齢や状況を判断したうえでの給付を上積みしてはどうでしょうか? もしかすると、破綻しかけている年金制度を維持するよりも、国家にとっても個人にとっても現在の予測より少し明るい将来が開ける可能性があります。

現在の生活保護制度には、何もかもが足りません。

戦後間もない時期の混乱の中では、おそらくベストと考えられる選択だったでしょう。でも、不完全な、ほころびの多い社会保障制度でした。

完全に近づけ、ほころびを直すことことこそが必要なのです。さらに不完全にし、さらにほころびを大きくすることではなく。

「声優のアイコ」という個人の事例を問題にし、背景に思慮を及ぼさずに「対策」を考えることは、不完全さやほころびを広げる方向にしか影響を及ぼしません。

後記:

厳罰化し、刑事告発を増加させると、かえって高くつきます。

刑務所費用は一人あたり約200万円~500万円/年(ばらつきがあるのは、考慮する費目によります)、生活保護費のうち生活扶助+住宅扶助では、もっとも高額になる独居でも一人あたり約150万円です。