臼井比呂子 写真右。東京都出身。テレビ番組での振付からキャリアをスタートし、MISSIONや異色ダンスユニット野猿の振り付け、SweetSやAAAのユニットのオーディションから立ち上げなどを手がける。2010年以降は、東京女子流やアイドルネッサンス、TV番組『アイドル×戦士 ミラクルちゅーんず!』から派生したmiracle2などの振付を担当した。
比呂子先生はどうやって振付師になったのか?
竹中夏海(以下、竹中) 本日はよろしくお願いします。まずは比呂子先生がダンスを始めたきっかけから教えて頂けますか?
臼井比呂子(以下、臼井) 元々習いごとでクラシックバレエやジャズもちょっとやってたんですが、17〜18才の頃にブロードウェイダンスセンターに通い始めました。後にtrfのメンバーとなるCHIHARUさんが先生をしていて。
竹中 CHIHARUさんってエイベックス系のスクールではなかったんですね。
臼井 その頃はまだエイベックスもスクールはなかったんですよ。
竹中 へぇ! ジャンルとしてはジャズヒップホップとかですか?
臼井 そうですね。でもそこのスタジオがほんとに怖くて(笑)。
竹中 周りはみんな年上の方ばかり?
臼井 はい、しかもほんとに上手い人しかいなかったんです。圧倒されて見てるだけしかできない日もありました。友達もいないし、声を掛けてくれる先輩がいるわけでもなく。世の中にまだダンスがほとんど浸透してなかったんです。それで私が高校を卒業する頃にちょうど小室ファミリーブームが到来して。
竹中 なるほど、trfや安室ちゃんの登場以前と以降では、日本の習いごととしてストリートダンスの普及率がぜんぜん違いますよね。
臼井 そうですね。私はその前だったから、同年代でやってる子はほとんどいなかった。で、そういった音楽業界の変化を受けて色んなオーディションに声を掛けて頂けるようになり、バックダンサーをしていました。テレビ東京のダンス番組に出た際、エイベックスの方に「今度安室奈美恵ちゃんの後輩たちが歌って踊るBS NHKの番組で振付の先生を探してるんだけどやってみませんか?」って誘って頂いて。
竹中 振付師を始められるきっかけですね。
臼井 その番組のオープニングダンスに振りを付けたりしていました。
竹中 その番組覚えてます!『Music Jump』ってボーイズサイドとガールズサイドがありましたよね。
臼井 そう、前半30分はジャニーズJr.の男の子たちで、後半30分は担当していた女の子たちが出ていて。ヴィジョンファクトリーの子が多かったけど色んな事務所の子たちがいましたね。
竹中 その頃っていわゆるアイドルがあんまりいなかった時代だと思うんですけど、ジャンルとしてアイドルと呼ばれる女の子を担当したきっかけのグループってどこになるんですか?
臼井 フジテレビの『アイドルハイスクール 芸能女学館』という番組に出演していた子たち何人かで結成された、MISSION*っていうグループ。それが98年。そのあと、日テレの『THE 夜もヒッパレ』から出てきたHipp’s*とかはずっと担当していました。
* 番組出演者の中からavexの松浦勝人氏によって選ばれた5人によって結成。98年7月にavexからデビュー。2000年に解散した。
* 番組のバックダンサーとして結成。上記MISSIONのメンバーも二人在籍した。01年にCDデビュー。02年番組終了とともに解散。
竹中 やっぱりアイドルと謳っていても、流行的にはガールズダンスヴォーカルユニット寄りの時代ですね。東京女子流ちゃんがよくカバーしているSweetS*は担当されてなかったんですか?
* 「avex audition 2002」合格者15名から5名を選抜して結成された。シングル11枚、アルバム4枚をリリースし、06年に解散。女優の瀧本美織が所属していた。
臼井 私は、SweetSっていうユニットを作りましょう、というオーディション作業まではやってました。
竹中 立ち上げには関わってらしたんですね……!
東京女子流のあの振付の理由
竹中 そこから巡り巡って東京女子流ちゃんがカバーすることになる、と。
臼井 女子流の場合、カバーは先輩たちの歌を受け継ぎながら新しい世代のアイドルとして誕生しよう、という意味もあったので振付もほぼそのまんまで行きましょう、ということで。
竹中 私、「LolitA☆Strawberry in summer」の振付が大好きなんです。以前比呂子先生から「サビの『LolitA~』の部分で言葉とは裏腹に、衣装をチラッとめくってお腹を見せる大人っぽい動きで印象付けたかった」ってお話を聞いて、それが素敵で忘れられなくて。あれもSweetSの元の振り付けにあったってことですか?
臼井 あれは女子流としてオリジナルで出すことになったんですよ。この曲を出した2012年ってすでにアイドルがたくさんいたから、何で印象づけるかというテーマは私の中で常にあったんですね。東京女子流の楽曲がノリやすい曲調というわけでもないし。それで女子流をよく知らない人たちが、「あぁ、あのおへそ出す子たちね」とか「なんかよく小道具持ってダンスしてる子たちか」って会話の中に出してくれるようなきっかけを作れたらなと思って。「LolitA~」はあどけない子たちがそういうギャップを見せたら、ファンの人たちはどれだけドキってしてくれるんだろうと思って付けました。のちの「Partition Love」でのスカートめくる振りとかにも繋がってくるんですけど。
竹中 「Liar」では途中でチュチュの巻きスカートを脱ぎ捨ててショーパンになりますよね。あれは見た目のインパクトもあったし、なによりスタイリストさんと連携がとれていないと振付に取り込めない。アイドルって、たとえばシングルの振付を作る際にどんな衣装を着るか振付師は把握できないことも多いじゃないですか。比呂子先生の場合はどんな順序でオーダーされたんですか?
臼井 最初に振りを付けてから、こういう衣装を用意してくれませんかって相談してましたね。
竹中 振り先行だったんですね。私の場合、曲を頂くのがギリギリで衣装が先に制作に入ってるってパターンも少なくないので羨ましいです。「Bad Flower」はスカートの裾と手が繋がっていますが、振り入れ時ってまだ衣装はないですよね? どうやって練習されてたんですか?
臼井 あの曲の場合は布を持って振りを作りたいっていうのが最初にあったので、二枚の布を用意して持ちながら踊るところから始めましたね。
竹中 なるほど。スカートに繋げようと提案したのはどなたなんですか?
臼井 私かな。布を両手に持ちながら踊るのはハンドマイクもあるし本人たちが大変だから、指につけちゃおうって。前にダンスの発表会で同じようなことをやったんですよね。
竹中 あ〜発表会! アイドルってマネジメントやスタイリストの方々と連携をとらないといけないけど、ダンスの発表会って先生が衣装から小道具まで全部決めますもんね。女子流で最初にそういう先生のアイデアが取り入れられたのって、どの曲ですか?
臼井 「頑張って いつだって 信じてる」で持ったポンポンからかな。間奏にセリフを入れませんかって言ったのも私ですね。せっかく応援歌だしって提案したら、採用されました。
竹中 そうだったんですね……! しかもライブ仕様ではなく楽曲の中にしっかり組み込まれてますよね。アクセントにもなってますし。
臼井 たぶん私がこうやって色々アイデア出すようになったのって、きっかけは『ヒッパレ』だったと思うんです。あの番組は私が振付をさせていただいた時期はプロデューサーの方たちが「やりたいことあったらどんどん意見出していいよ」っていうスタンスだったので。それで「じゃあひな壇にいる人の横で踊ったらどうですか」とか提案するようになって、そしたらディレクターの方々がおもしろがってくれて。
竹中 へー!
臼井 それと、あの番組ってジャニーズ事務所のタレントさんもたくさん出てたじゃないですか。あの子たちってほんと、びっくりするくらい色んなことをやっていたんです。当時振付はサンチェ*さんがしっかり関わってらしたんですが、合間にお話しさせて頂いた中ですごく印象深い言葉があるんですよね。「自分の中に1個アイデアがあって、それを却下されて落ち込むのは間違ってる。だいたい5つくらい引き出しを持っていれば、どれかは通るから」って。たぶん私、その時なにか提案したものが採用されなくてイラッとしてたんでしょうね(笑)。その時そういう風に言ってくれる方がいたのは貴重な経験でした。そこからは腹を括って、まずは思ったことをどんどん言ってみる、という感じになっていきました。
* ジャニーズ事務所の多くのグループで振付を担当している振付師。デビュー以前のtrfに所属していた。
竹中 それは、振付師としてターニングポイントになるひと言ですね……!
2010年代以降で振付はどう変わったのか?
竹中 比呂子先生はいろんな時代の女の子を担当されてきていますが、2000年前後のダンスヴォーカルユニットと、2010年代以降のアイドルグループとでは振付で意識を変えたことってありますか?
臼井 10年代からの女子流以降は、「見てすぐ真似ができる」はテーマにしました。それまでは奈美恵ちゃん系譜を継いでるので、みんなとにかくかっこよく踊れば良いんでしょ、って風潮はありましたね。
竹中 たしかに「おんなじキモチ」や「ヒマワリと星屑」なんかは、アイドルファンが見たら一緒に踊りたくてしょうがなくなるような手振りが付いていますよね。でも女子流ってメンバーのスキルが上がるにつれてユニゾンが減って、ひとりひとりが違う振りも多くなったじゃないですか。一方アイドルネッサンスはユニゾンのダンスの割合がすごく高い。一見すると対極にある二組にも思えるんですけど、意識としては変わらず「振り真似がしやすいように」でしたか?
臼井 楽曲の違いは大きいですかね。
竹中 まぁそうですよねぇ、振付はそこありきですもんね。勝手に導かれるというか。
臼井 アイドルネッサンスは振りが付けづらい曲が多かったから。「これ……どうします?」ってマネージャーさんにはよく聞いてました。
竹中 そうなんだ! どれも素晴らしい作品なので意外です。でもそっか、アイルネちゃんがルネッサンス(カバー)してた楽曲って、踊る前提で作られていないですもんね。
臼井 そうなんですよ。
竹中 曲線のラインを生かした女性的なダンスの女子流ちゃんに対して、アイルネちゃんは直線的な動きが多いですよね。そこがジェンダーレスな印象になって、元は男性が歌う楽曲にも合うんだろうなぁ、と。
臼井 彼女たちの場合は振りに力強さがなくなっちゃったら嘘だよなぁと思っていて。「夏の決心」なんかはほんとに歌詞のまま、等身大な部分を見せられればいいなと。最後の方はBase Ball Bearの小出さんがオリジナル曲を作ってくれて、その時の8人にしか歌えないようなものをくれたので、そういう切ない感じを出せればいいなぁと。でもそれも個々でというよりは、全員でひとつのフォーメーションで見せるようなやり方だったかな。
竹中 「前髪」の「急いで作ったおもちゃみたい」の部分で、スカートを一瞬フワッと広げる振付あるじゃないですか。私、あそこが死ぬっほど好きなんです!!
臼井 あら、そうですか(笑)。
竹中 女の子を表現するいろんな振りの中で、あれを超えられるものってそうないんじゃないかなってくらい。あの詞にあの動きって、あらゆる解釈ができるじゃないですか。もちろん歌詞にバチッとリンクした振付ってキャッチーで良いんですけど、この曲に関してはそういう余白を残した方がハマってますよね。
臼井 小出さんが作ってくれる曲ってどれも世界がブワッっと広がるから、ダンス曲でなくても振付はそんなに苦労しなかったんですよね。「交感ノート」も「5センチメンタル」も。この人やっぱすごいんだなって思いました。男の人でああいう……
竹中 変態ですよね*。
* 褒め言葉です
臼井 ほんとそう思いました(笑)。女子高生になったことないのになんで気持ちわかるの!?って。
竹中 変態なんですよね*。「歯の矯正つらかったけど やってよかったな」ってもう、その時の8人そのままで。
* 褒め言葉です
臼井 「私たちの今までを全部見てたんだ!」って思いますよね。この瞬間しか歌えないんじゃないかって思うほど。
(構成:竹中夏海)
後編「未成熟な子どもたちを預かる振付師は教育者」は11月3日公開予定