エ・ランテル怪奇譚   作:善太夫
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月と太陽と純銀のナイフ

 メイド長のツアレにアリスとシエスタが連れ出されていった時、私は思わず唇を噛み締めた。魔導王アインズ・ウール・ゴウン──強大な力を持つマジックキャスターにしてアンデッドの王。

 

 彼は私の父と兄を殺した。

 

 私は他のメイド候補者とは異なり、魔導国の首都となったエ・ランテルの出身だ。リ・エスティーゼ王国民の多くがそうなように、私の家も小作農をしていた。ここ何年となく続いていたカッツェ平野での王国と帝国の小競合いに兵士として、父と兄──私とは双子で『太陽』という意味の『ソール』という名前の──はまるで散歩に行くように笑って家を出た。

 

「大丈夫。どうせいつもの鮮血帝の嫌がらせさ。大人しく待っていてくれ。留守を頼んだぞ」

 

 農夫として鍛え上げられた逞しい腕で私の頭をくしゃくしゃに撫でると、白い歯を見せて出ていった。それが父を見た最後になった。

 

 その年はいつものような戦争ごっこではなく、虐殺が行われたという。エ・ランテルから一万人程の男達が戦場へ赴き、帰ってこれたのは僅かに数人だった。

 

「……悪魔だ。あれは……悪魔だ」

 

 戻ってきた男は誰もが怯え、何があったのか訊ねてもまともな答えは返ってこなかった。噂では巨大な怪物に食べ尽くされたとも、巨大な星が降ってきてカッツェ平野が焼け野原になったとも聞いたが、実際にはわからない。ただ、どうやら全ては魔導王の仕業だという事だった。

 

 そしてエ・ランテルは魔導王の支配下になった。リ・エスティーゼ王国は私達を見捨てたのだ。しかし、ヴァイセルフ王家に怨みを抱くのは筋違いだろう。元凶は魔導国。生者を憎むアンデッドが君臨する間違った国こそが憎むべきものなのだ。

 

 私は魔法の鍵がかかっている質素な飾りのある匣を開けた。そして中から古びた純銀のナイフを取り出す。

 

 我が家に長らく伝わるもので、なんでも先祖が純銀の十字架を鋳溶かして造り出したものだそうだ。──これならば、きっと──

 

 私は目的を遂げる為にエ・ランテルでメイド見習いとなった。

 

 

 

 

 

 

 あの日、ツアレに連れ出されたシエスタとアリス。緊張のあまり倒れたアリスがメイドの館に戻ってきた。医者は健康面にはなんら問題はない、と言っていた。

 

 アリスの騒ぎに誰も不思議に思わなかったが、一緒に魔導王の館に行ったシエスタは戻らなかった。まるで彼女の存在が最初から無かったかのように、その後一切話題にならなかった。

 

 彼女のベッドに残されていた僅かばかりの私物はいつの間にか処分され、その内に新しく新入りのメイド候補者──名前はカタリナと言った──がシエスタのベッドを使うようになった。

 

 

 

 

 

 

 私達現地人メイドは魔導王の館の一二階までで、三四階には別のメイド達がいた。彼女達に対してはメイド長のツアレもが敬語を使っていて、立場も上のようにすら思えた。いずれもとびきりの美女であったがどことなく冷たい印象があった。

 

 メイドの館や魔導王の館の入り口の両側には警護の為にデスナイトというアンデッドの兵士が身じろぎもせずに立っていて、最初はその不気味さに肝を冷やしたものだ。

 

「ねえ、知ってる? エ・ランテルで警備をしているデスナイトの正体って……」

 

 ある晩、同室のエレナが声をひそめて話し掛けてきた。

 

「デスナイトって戦争で死んだ兵士の死体に魔法で作り出されているんだって」

 

 私はドキリとした。

 

「あんな姿になってもかすかに記憶が残っていてね、探しているんだって」

 

 私は思わず「何を?」と聞き返そうとして飲み込んだ。エレナの言葉は既にわかっていた。

 

「あのデスナイトはね、帰りたがって探しているんだって。家族を。家を……怖い……」

 

 私はふと、父と兄がデスナイトとなった姿で彷徨う様を想像した。そして目を閉じて祈りを込めていつも肌身離さず身につけているネックレスのプレートをぎゅっと握り締めた。私の名前、月という意味の『LUNA』と刻まれたプレートを。

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルの住人の魔導国に対する感情は複雑だ。最初は王国に捨てられたという悲嘆と王家に対する恨み、アンデッドに対する嫌悪と恐怖があった。そして実際に魔導王の統治が始まった最初は得たいの知れない畏怖、そうそう、魔導王が館に入る際に行われたパレードではアダマンタイト級冒険者モモン様が魔導王に剣を向けて住人の安全を約束させた、という事件も起きた。あれ以降表立っての魔導王や彼の配下のアンデッドに対する批判はなくなった。

 

 教会は黙ったままだ。それまでは神の救済を人々に説いていたのに、エ・ランテルが魔導国になってこのかたずっと扉を閉ざして沈黙をしている。

 

 私は小さくため息をつくと頬を軽く叩いた。せっかくの週末で、これから街に行こうというのに……気持ちを切り替えなくては。

 

 先に館の外で待っているアリス達に手を振りながら歩き出した途端──

 

「この! アンデッドの手先になった裏切り者め! 思いしれ!」

 

 扉の陰に隠れていた男が私に体当たりをしてきた。胸に痛みを感じて踞る、と男に黒い大きな影が覆うかのように私の前に遮り、次の瞬間、男の首が高く飛んだ。私の手は赤く、白いリネンのシャツは赤く、どんどん染まっていった。アリスとカタリナの歪んだ顔がぼやけていき、私は「お気に入りのシャツだったのにな」と思いながら気を失った。

 

 

 

 

 

 目覚めると白い部屋のベッドの中だった。薬品の臭いが鼻腔をくすぐる。

 

「ルーナ。私達がわかる? 駄目かと思った」

 

 泣きじゃくるカタリナの顔が目の前にあった。部屋にはアリスやエレナもいた。

 

「私……刺された?」

 

 扉の陰に隠れていた男に私が刺された事、踞る私を守るように入り口のデスナイトが立ち塞がり、一瞬で男を斬り捨てた事をアリスが丁寧に教えてくれた。男が斬り捨てられた状況はショッキングだったからかぼやかしてはいたが。

 

 アリスや皆はどことなく興奮して見えた。無理もない。おそらく目の前で人が死ぬ、しかも斬殺される瞬間に居合わせるなどまずあり得ない体験だろうから。ただ、私はそんな彼女達の空気にかすかに怖れに近いものを感じていた。

 

 不思議なものだ。私は魔導王に復讐する為、せめて一矢報いる為にここに来た。復讐するという事は、相手を殺す事だ。しかし──果たして私に誰かを殺せるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 メイドの館にある医務室で二週間程過ごしたのち、私は職場に復帰した。仲間達は自分の事のように喜んでくれた。

 

 以前の生活に戻り、ある日ふと思い立って事件が起きたあのメイドの館の門前に行ってみた。

 

 門の左右には動かぬ彫像のようなデスナイトが二体立っている。フルヘルムの中にはおぞましい死者の顔が──そのいやに真白な歯を見た瞬間、私の脳裏に閃くものがあった。

 

「……お父さん……な……の?」

 

 反応は無い。しかし、私は確信した。あの時、私を庇ったこのデスナイトは父と同じく左手で剣を振るっていた。

 

 そしてもう一方のデスナイトは──

 

「……お兄様……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みになり、カタリナは広場へと向かう。こんなに天気が良い日に室内にいるのは勿体ない。今日は外で昼食をとろうと朝早く起きて弁当を用意してきたのだ。

 

「先輩、待って下さいよ」

 

 新入りのメイド見習いのイレーネがカタリナを追いかける。カタリナはイレーネを振り返り、微笑んだ。

 

 広場に備え付けられたベンチに二人で腰をおろす。彼女達のように外で食事をしようと考えた人間は他にはいないようだ。

 

 カタリナは残念だな、と少しだけ思う。こんなに素敵な天気なのに。

 

 食堂では頼めばお弁当も作ってくれる。事実、イレーネはそうしてきた。二人で弁当を広げる。

「そういえば……あの人、また来ていますね?」

 

 イレーネが何気なく尋ねる。カタリナの顔が微かに曇る。

 

「……彼女は……そっとしておいてあげてね」

 

 普段ならイレーネはそれ以上踏み込む事はなかった。普段ならば。

 

「先輩、この間、あの人がデスナイトに話し掛けている言葉、聞いちゃったんですよ? お父さん、お兄様、って呼んでいたんですが……本当なんですか? あの噂……」

 

「……噂って?」

 

 イレーネは続ける。

 

「あの……デスナイトは死者から作られていて、家族を探しているんだっていう……」

 

 カタリナは笑いだしました。

 

「……その噂は……嘘よ。だってその噂は私が始めたんだから。さ、この話はおしまい。食事にしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック大墳墓 第五階層

 

「おや? この死体……固く抱き合っていますね?」

 

「……ウム。カッツェ平野ノ兵士ノ死体ハカナリノ数ガアンデッドニナッタガコノ死体ハドウシテモホドケナイノデ別ノ利用ヲシヨウトアインズ様ガ……」

 

「そうでしたか。私は同性間の愛情……いや、失礼。なんでもありません」

 

 デミウルゴスは死体の首もとに光るものを見かけてマジマジと見た。

 

「プレート……ですね。S、O、L、ですか。名前ですかね?」

 

 二人の会話はやがて近々バーで飲もうといったものにかわり、抱き合った死体はすぐにも忘れ去られたのだった。







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