特に30代から50代の男性の方、この記事を読んで下さい。あるウイルスに感染しやすいのです。あなたが感染した結果、未来の赤ちゃんが犠牲になるかもしれません。
それは「風疹」のウイルス。防げる手段もなくせる手段もありながら、いまだに流行を繰り返しています。
(名古屋局 松岡康子)
都内で開かれたセミナーで、1人の母親が訴えました。
「前回(平成24年~25年)の流行で子どもたちが先天性風疹症候群で生まれたのは大人の責任だと思っています。風疹はなくせる。ひとりひとりがその意識を持って行動してほしい」(大畑茂子さん)
訴えたのは、大阪府に住む大畑茂子さん(52)です。21年前、三女の花菜子さんを身ごもっていた妊娠14週のときに風疹にかかり、花菜子さんは右耳が聞こえにくい難聴で生まれました。
「大人の責任」と訴えるのは、前回の流行以降、風疹は子どもではなく大人の間で広がり、その結果、生まれてきた子どもたちに障害があったからです。
風疹は、妊娠20週までに感染すると、胎盤を通して赤ちゃんも感染し、障害があったり病気を持ったりして生まれる可能性があります。
この「先天性風疹症候群」で生まれる確率は、妊娠1か月で感染すると50%以上、2か月で35%、3か月で18%、というデータがあります。
前回の流行で、先天性風疹症候群と診断された赤ちゃんは45人。難聴や心臓の疾患、白内障といった症状のほか、肝臓や脳の障害、精神的な発達の遅れなどがみられました。そして11人、つまり4人に1人が1歳3か月までに亡くなったのです。
(亡くなった赤ちゃん)
私が取材した女の子は重い難聴で生まれ、ミルクをうまく飲むことができず、体重が増えませんでした。生後2ヶ月の時に高熱を出し、肺炎が悪化して亡くなりました。
「感染に対して非常に弱い、免疫力が低下した状態で、治療をしても全く効果がなかった。かなりひどい進行状況でした。先天性風疹症候群でなければ、こういう亡くなり方はしなかった」(担当した医師)
風疹は生まれてくる赤ちゃんに深刻な影響を及ぼすのです。
5年前の風疹大流行のさなか、メディアの枠を超えて、医療関係者や自治体、企業などと連携して風疹の予防を呼びかけるため、私は同僚と共にプロジェクト「ストップ風疹~赤ちゃんを守れ~」を立ち上げました。(ウェブサイトはこちら)
そんな私に同僚が紹介してくれたのが、冒頭の大畑茂子さんでした。自責の念から、妊娠中に風疹に感染し、娘が障害をもったことを周囲に伝えていなかった大畑さん。何よりつらかったのは、当時入院した病院の医師や親族から、中絶を強く勧められたことでした。
「風疹にかかりさえしなければ、中絶を言われることはなかった。すごく大事な命、自分の体の中で宿った子を、なかったことにすることを迫られるというのは、暗闇に突き落とされるようでつらかった」(大畑さん)
風疹が流行するたびに、生まれてくることができない数知れない命があります。そして親たちは産むか産まないかのつらい選択を迫られ、苦しみます。大畑さんは、周囲の反対を押し切って三女の花菜子さんを出産しました。
風疹にかかった時の話を聞いた花菜子さんは、こう話しています。
「自分がここにいられることが当たり前じゃないんだと思いました。『産みたい』と思ってくれた気持ちがすごく嬉しかった」(花菜子さん)
大学3年生になった今、中学の国語の教師を目指しています。立派に成長した花菜子さんが、風疹のせいで生まれてこられなかったかもしれない。そう思うと、これが風疹の怖さ、残酷さ、そしてなくさなければいけない理由なのだと心に刻みました。
今回の流行には大きな特徴があります。ほとんどが成人で、男性が女性のおよそ5倍、なかでも30代から50代の男性が多いことです。特に39歳以上の男性は、子どもの頃に女性だけがワクチンの接種の対象で、接種する機会が1度もなかったからです。
その後は男性も無料で接種できるようになりましたが、接種率が低かったり、1回だけの接種で、時間の経過とともに抗体が低くなったりしていて、感染が広がっているのです。
一方、今の子どもたちは確実に免疫をつけるため、1歳と小学校入学前の2回MRワクチン(はしかと風疹の混合ワクチン)を接種する機会があります。患者の中に子どもが少ないことからも、ワクチンの効果は明らかです。
風疹は感染しても15%から30%の人は症状が出ません。しかも症状が出る1週間前から感染力があります。症状がなくても、会話で飛び散る飛まつなどを介して、周りの人に感染してしまう恐れがあります。症状が出てから気をつけても、遅いのです。感染力も毎年流行するインフルエンザを大きくしのぎます。
ちょっと想像してみてください。あなたが知らないうちに風疹に感染し、電車の中にたまたまいた妊婦に、感染させてしまうかもしれないことを。知らない誰かに感染させ、その人の職場に妊婦がいるかもしれないことを。風疹にかかれば、自分が感染源となり、知らない未来の赤ちゃんに障害がでることがあるのです。そしてその赤ちゃんは、一生、病気や障害と向き合わなければいけないのです。
感染を防ごうという社会の動きもあります。今月(10月)、大手製薬会社では希望するすべての従業員を対象に、医師を呼んで“社内”でワクチンを接種し始めました。費用は会社が負担していて、自席を離れて注射を打って戻るまで、10分ほどです。
「風疹のことを自分事ととらえることができていなくて、自分たちの世代に感染している人が多いことを、会社の呼びかけによって理解しました。周りに若い女性も多いので、社内で接種できてありがたいです」(40代男性社員)
「女性社員の不安もあり、職場全体で対策をすることが重要だと思い、実施しました。インフルエンザのように毎年の接種が必要ではなく、一度、接種すれば安心して働けるので、今後、従業員の家族も含めて対策を広げていきたい」(ロート製薬担当者)
誰もが安心して働けるように、企業などはできれば社内でワクチンを接種する機会を設けてほしい、それが無理なら健康診断で、風疹の抗体検査の項目を加えてほしい、それが無理なら社員に風疹が流行していることへの注意喚起、啓発をしてほしいと、私は思っています。
実は、前回の流行のあと、厚生労働省は、東京オリンピック・パラリンピックが開かれる2020年までに風疹を排除する目標を掲げました。しかしこの5年間、有効な対策が行われてきたとは、私はとても思えません。
アメリカのCDC=疾病対策センターは、日本で風疹が流行しているとして、妊娠中の女性に渡航の自粛を求めるとともに、それ以外の旅行者も風疹のワクチンを接種してから渡航するよう求めています。
今、対策をとらなければ、風疹はまた同じ流行を繰り返します。それを防ぐためにやるべきことは、はっきりしています。30代から50代の男性を中心にワクチンを接種してもらうこと、そしてそのための環境を整えること。それがほとんどすべてです。
自分が感染することで、知らない人を苦しめることがある風疹。「ワクチンという防げる手段がありながら、未来の子どもを犠牲にする時代はもう終わりにしたい」、そう、思っています。
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