2018年10月18日、推しが燃えた。
彼女(元?)が撮影したであろう写真や動画がSNSに流出した。当然だが何の前触れもなく、あっと言う間の出来事だった。
燃えた、という表現が適切かはわからない。炎上と評するほどの注目は集められなかったように思う。
1日経って3日経って1週間経って、そうしてこの騒ぎが誰の話題に上らなくなっても、私は毎日毎日彼のことを考えて考えて考えてばかりいる。
そんなわけで今回はブログという形をとってぐちぐち吐き出すことにした。
彼はいわゆる若手俳優というやつで、名前を二葉要くんと言う。私自身も、彼が出演する作品をきっかけに彼のファンになった。
5月に長期の舞台への出演を終えてからは、双子の兄とのユニット活動に本腰を入れるようになった。俳優業よりも音楽活動を中心にやりたいようで、ライブではよく「武道館に行きたい」と語っていた。
そうは言っても、少なくとも私は、彼に武道館に連れて行ってほしいだなんて思ったことはただの一度もない。私が好きになったのは俳優としての彼だった。彼が目指す方向性と、私が彼に望む方向性は同じではないことには気が付いていた。
それでもライブには欠かさず通っていた。ライブ中の彼はとても輝いて見えたし、彼の音楽活動を応援することで、彼の仕事に対するモチベーションが上がればいいと思った。
つまらない舞台だって通った。要くんに会えるのならどんな現場にでも行った。
安っぽいユーチューバー活動に身をやつすようになっても好きだった。チャンネル登録をして、いつも高評価を付けた。
ズボンのファスナーを高速で上げ下げしている動画には本気で頭を抱えたけれど、こんなことで彼の魅力は損なわれないと自分に言い聞かせた。
要くんはとにかく顔がかっこよかった。
笑った顔はかわいかった。
接触の対応も良かった。どこまでもやさしかった。歌も演技も、悪くはなかったと思う。
全部全部好きだった。
中でも私は彼の人となりがいっとう好きだった。
それでもいまいち売れなかった。
彼に何が足りないのか、私には分からなかった。
そんな彼が燃えた。
正確には、プライベートの写真と動画が流出してファンの間で話題になっただけで、炎上という言葉は不相応だった。炎上するにも知名度や人気が必要だと学んだ。
かつて炎上した先人たちは要くんよりもずっと人気があったんだなぁ、とぼんやり思った。
写真も動画も、紛れもなく要くんだった。
疑う余地もなく要くん本人で、かつ、隠し撮りでもなんでもなく、ただ普通のカップルが同意の上でたわむれに撮ったものだと窺えた。
要くんは彼女と夢の国に行ったり彼女のとなりでスマホゲームをしたり銀座のフレンチで記念日を祝ったり、どこにでもいる普通の彼氏だった。
中絶費用をワリカンしようと提案したり、女の子を膝の上に座らせて胸を揉んだりすることもなかった。人並み外れて顔がかっこいいだけの、ただの彼氏だった。
要くんはかっこよかった。板の上では特にかっこよかった。誰よりもキラキラして見えた。夢を諦めずに追いかけ続けるところがすてきだと思った。私にとっては、全く手が届かない存在だと思っていた。
でも、そうではないと思い知らされた。要くんは特別な存在なんかではなくて、なんでもないただの男だった。
折しもその週末はCDのリリースイベント最終日だった。私はもちろん予定を空けていたけれど、行くかどうか迷った。
流出した画像と動画を見てから、顔も見たくないと思う瞬間と、一目会いたいと思う瞬間とが入れ替わり立ち代わり訪れていた。
迷って迷って、やっぱり行くことにしたけれど、会場に向かう私の足取りは重かった。早くから並んで前方の立ち位置を確保する気力はもはや湧いてこなかった。
到着すると、すでにリハーサルが始まっていた。
少し離れた場所から見る要くんはやっぱりとてもかっこよかった。歌声は右から左へ流れてまったく耳に入ってこなかったけれど、うっすら涙が浮かんできた。
まだこの人のことを好きでいたい、と思った。
リハーサルが終わって、ライブが終わった。イベントではCDを購入・予約するごとに彼らと握手ができる特典会の参加券をもらえた。
言いたいことはたくさんあったけれど直接伝える勇気はなかったし、伝えたい言葉なんか何も無いようにも思えた。
CDは1枚だけ予約することにした。
たった1枚しか買わないなんて、初めてのことだった。
特典会が始まっても、私の足はすぐには動かなかった。喉の奥に大きな石がどっしり詰まっているように息苦しかった。
いつも通り、たくさんの女の子たちが列に並ぶところを見た。古参でもTOでもない私1人がいなくなったところで何も変わらないと思えた。
彼女たちが要くんに何を話していたのかは聞こえなかったけれど、要くんは1人1人に対して眉根を寄せて神妙な顔をしたり力強い笑顔を見せたり、きちんとファンと向かい合っているように見えた。
そう見えるのは当たり前だ。だって彼はあんなんでも俳優の端くれなんだから。その程度の演技もできない男なら最初から推してなんかない。
列に並ぶと、すぐに握手の順番が回ってきた。
勇くんはやさしかった。要くんだって、やさしかった。 要くんの手のひらはあたたかかった。
初めて行ったライブの物販で、ゆっくり話ができた日のことを思い出した。
私は緊張でまともに話せなかったけれど、要くんはやさしく微笑みを浮かべながら相槌を打ってくれた。
適当に聞き流したりなんかしないで、耳をすましてきちんと話をしてくれていることがわかって嬉しかった。
店頭に並んだCDを何十枚も買った日々を思い出した。特典会の参加券を握りしめて繰り返し列に並び続ける私に「もう話すことなくなってるやん」と要くんが笑ってくれた、あの頃に戻りたかった。
もうおしまいだ、と思った。特典会はまだまだ続くようだったけれど、見ていられなかった。のろのろと会場を後にした。
あんなに好きだった要くんは、誰か知らない人のように見えた。
まだ彼のことを好きでいたかった。
それができないなら嫌いになりたかった。
自分の気持ちすらよく分からなくなってしまった。
その日の夜、イベントの様子を詳細に書き連ねたツイートを見かけた。
それによると、最初に彼から状況説明と謝罪があった、と書かれていた。
私にはまったく心当たりが無かった。
イベント中のMCは、今回の事態を把握していること、それでも前に進み続けるという意気込みくらいしか話していなかったように思う。
だからきっと、そうした説明や謝罪はリハーサル開始時の出来事なんだろう。
特典会が終わった後にも話があったとも書かれていた。
彼自身はファンへの感謝の言葉とこれからの抱負をツイートした。
これで終わらせたつもりなんだな、と思った。
そりゃあ、わざわざ大宮くんだりまで行って、イベント開始前のリハーサルから会場に来て、握手会それからサイン会が終わるまで会場に居るような人たちなら、どんなことを言ったってあなたのことを肯定してくれるだろう。
でも、イベントに来なかったあなたのファンは、そうした盲目的なファンの言葉をどう受け止めるだろうか。
あなたが、そうやって自分のことを甘やかしてくれる人たちに囲まれて好きなようにやりたいのなら、それでいい。
そんなあなたにいつまでもファンが付いていくと、新規のファンが付くと、そう思うなら、それでいい。
そんなあなたはこれからも売れないだろうと私は思う。
いつまでもこうしてくすぶっているのがお似合いだ。
要くんは普通の男だ。
彼女のほっぺたにキスをしたりふざけてブラジャーを頭に被ったりする、普通の男だ。
普通の男だから恋愛もするし彼女だって作る。
要くんは何も悪くない。
ただ普通の男だというだけだ。
手紙を書いて楽しかった。
プレゼントした服を着てくれて嬉しかった。
頑張っている姿に元気をもらえた。
要くんはきっとこれからも売れない。