民事訴訟で弁護士を代理人として選任している場合、口頭弁論期日に当事者本人が出頭しないほうが普通だCase:43 今回の相談は自分のことではないのですが、芸能人が原告になって約3300万円の損害賠償などを求めている裁判で「被告は争う姿勢を見せたが公判を欠席した」というニュースを目にしました。「欠席裁判」という言葉もあるように、欠席したら負けてしまうのではないでしょうか。欠席したのにどうやって争う姿勢を見せるのでしょうか。また「訴訟が起こされた」というニュースの際、被告側のコメントは判で押したように「訴状を見ていないのでコメントできない」というような内容です。訴状を見ていないはずはなく、これは不誠実ではないでしょうか。
■口頭弁論は書面で準備
まず、細かいことですが、民事事件では訴訟を行う期日について「公判」という言葉は使いません。「口頭弁論期日」といいます。刑事事件では公判期日といいます。読んで字のごとく、口頭弁論というのは「口頭」で「弁論」を行うことを意味します。
もともと、日本の民事訴訟では原告と被告が口頭で主張と反論をしあっていたのですが、世の中の仕組みが複雑になるにつれて口頭では主張内容が理解しづらく、記録もできないことから、実際の口頭弁論期日では口頭による弁論は行われず、もっぱら事前に提出された書面に基づいて行われます。
民事訴訟法には「口頭弁論は書面で準備しなければならない」という自己矛盾のような条文が置かれています。民事事件では訴状や答弁書、準備書面などが事前に裁判所と相手方に渡されており、口頭弁論期日では「陳述します」と述べるだけで、これらの書面の内容を主張したことになるのです。
少し話が脱線しますが、裁判を傍聴に行った人が民事事件を傍聴しても「事件の内容がまったくわからなかった」という感想を持つことがしばしばです。これに対し、刑事事件は書面も併用されるものの、実際に内容や要旨が口頭で読み上げられるので、傍聴する人にはわかりやすいかと思います。
■第1回期日は訴状提出後、1~1カ月半先
原告となるべき者(地裁の通常事件では多くの場合、原告の代理人として弁護士がつくので、以後、弁護士がついている前提で話します)が訴状を作り、裁判所に証拠の写しなどとともに訴状を提出します。
その後、担当する部が決まり、その部の裁判所書記官や裁判官が訴状のチェックをしたのち(内容に補正が入ることもあります)、原告代理人と裁判所が相談し、裁判所の開廷日で、かつ原告代理人の都合がつく1カ月~1カ月半程度先の日時を第1回期日として決めたうえで、被告本人に訴状や証拠の写しなどとともに「この日に出頭してください」という趣旨の期日呼び出し状を送達することになります。
なお、この送達は特別送達と呼ばれる書留郵便に似た配達方法で行われます。先日、弁護士モノのテレビドラマで訴状がぽーんと郵便受けに投げ込まれていたシーンがあったようですが、そういうことはありえません。
■被告に訴状が送達されるまでには10日程度
ここまでで注意していただきたいのは、裁判所に訴状を提出→担当部へ配転→チェック(場合によれば補正)→第1回期日の打ち合わせ→送達――という流れになるので、原告が訴状を提出してから被告に送達されるまでには早くても10日程度たっていることが多いのです。
通常なら訴状の提出は法律事務所の事務職員の業務ですが、世間の耳目を集めるような事件の場合、原告代理人の弁護士の集団が訴状を出しに行くところを裁判所の門の前でテレビが中継したりしていますよね。
訴状を出した後、原告代理人は記者会見を開くわけです。記者会見では訴えの内容が開示され、場合によってはそこで訴状のコピーが配布されるので、マスコミは訴訟提起の日におよその内容がわかります。マスコミは記事にするにあたり、公平性の見地から、被告からも話を聞こうとします。
「原告Xさんからこんな訴えが起こされたようですが、被告Yさんとしてはいかがですか」
ところが、被告に訴状が届くのが前述のとおり、10日ぐらい先ですからYさんはまだ訴状を見ていません。よって「訴状を見ていないのでコメントできない」のです。不誠実でもなんでもないのです。マスコミとしては、被告に訴状が届いたころを見計らってコメントをとりに行くという手もありますが、被告のコメントだけではニュースバリューがありませんし、仮にそのコメントを聞きに行ったとしても、私が代理人なら「裁判で明らかにします」と答えます。
■出頭しなくても「陳述」したものとみなす
さて、訴状が届いたのに何もしないまま被告が訴訟を欠席すると、それは原告の主張する事実をすべて認めたことになり、基本的には原告の請求したとおりの判決(ただし、被告欠席でも慰謝料等の金額は裁判所が判断する)が出てしまいます。
これが欠席判決です。このため、原告の請求を認めないのであれば、被告側は反論するために答弁書という書面を作成しなければなりません。通常は第1回口頭弁論期日の1週間前までに裁判所と原告代理人宛てに答弁書を提出します。
そして民訴法は、原告または被告が第1回口頭弁論の期日に出頭しないときは、裁判所は、その者が提出した訴状または答弁書を陳述したものとみなし、出頭した相手方に弁論をさせることができるという趣旨の規定を置いています。
条文上は原告も欠席してよいことになっているのですが、原告代理人は自分が訴えを起こしておいて裁判所と期日の調整もしているのですから欠席することはありえず、ほとんど被告のための規定です。
確かに、第1回口頭弁論期日の日時は原告代理人と裁判所の都合だけで決められており、被告としては突然「この日時に裁判所に出頭せよ」と言われても都合がつかない場合もあります。被告が代理人として弁護士を依頼した場合でも、頼んだ弁護士がその日時に別の予定が入ってしまっていることもしばしばです。
このため、第1回口頭弁論期日に限っては、答弁書さえ出しておけば出頭しなくても裁判所がその答弁書の内容を陳述したものと扱ってくれるのです。
本人はもちろんのこと、代理人弁護士も第1回口頭弁論期日に欠席することは決して珍しいことではありません。「被告は争う姿勢を見せたが欠席した」との報道は、違和感があるかもしれませんが、答弁書が提出されて争っているのであれば、それは事実を伝えていることになります。
■当事者本人は出頭しないことがほとんど
また、民事訴訟で弁護士を代理人として選任している場合、第1回に限らず、口頭弁論期日に当事者本人が出頭しないことのほうが普通です。前述のとおり、口頭弁論はほとんど書面のやりとりだけであり、本人がいる必要もないからです。
芸能人や有名人の事件の場合に、芸能マスコミが「本人は姿を見せなかった」などとやや非難めいたトーンで不出頭を報じるのはミスリードであると思います。また、こうしたルールは弁護士が自分の依頼者に十分説明しておくべきでしょう。
志賀剛一 志賀・飯田・岡田法律事務所所長。1961年生まれ、名古屋市出身。89年、東京弁護士会に登録。2001年港区虎ノ門に現事務所を設立。民・商事事件を中心に企業から個人まで幅広い事件を取り扱う。難しい言葉を使わず、わかりやすく説明することを心掛けている。08~11年は司法研修所の民事弁護教官として後進の指導も担当。趣味は「馬券派ではないロマン派の競馬」とラーメン食べ歩き。 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。