どうやって「信用」を構築すればいいのか

私は日本で起業しましたが、本音を言えば生まれ育った中国で会社を始めたかった。それは親、兄弟だけではなく、昔から知っている親友がいたからです。大学院卒業後まもなく会社を立ち上げた私にとって、一番辛かったのが信用できる協力者がいないことでした。「信用」は組織管理やチームワークの基本です。我ながら「信用」がない中、よく起業できたなと思います。

経営者時代は、信用できない人材でも使わざるを得なかった。決して私は他人を信じやすい善人ではありません。たとえ信用できない人がいても、そのリスクを減らすシステムを作ったのです。むしろ「信用」に頼らない心構えが、経営者としての私を成長させてくれたといえるでしょう。

家族や信用できる友人と会社を始めても、経営規模を拡大させれば、見知らぬ人間と仕事をする機会は必ず出てきます。その中には裏切る人も出てくるでしょう。信用していた部下が、豹変して別な顔を見せることもよくあります。そうしたケースを見るにつけ、私も人間不信に陥ったことがありました。

ただ「信用」はまさに組織の核です。それを作り出すことこそ経営者の最も重要な役割です。

「信用する」と「信用される」。どちらが先かといえば、間違いなく「信用する」が先です。他人を信用できない人はどうすればいいのか。コツはあります。それは他人を信用しているフリをすることです。その上で、たとえ裏切られても命取りにならないよう、リスクコントロールをしておけばいいのです。

「三国志」にこんな記述があります。ぎりぎりの戦いに勝った曹操が、敵陣から大量の書類を押収し、その中から自らの部下が敵に送った手紙を見付けます。しかし曹操は封を開けることなく、全て焼却するよう命じたのです。

一見、信用できない人間を見付けるいい機会だと思ってしまいますが、曹操にしてみれば、戦の結果が分からない時に、負けた時の準備をする部下が出てくるのはやむを得ないのです。リーダーに何より求められるのはとにかく勝つこと。勝利を重ねることでリーダーとしての信用は自然に増し、部下の動揺も減っていくのです。

経営者を長くやっていれば、他人を信用するかしないかは大した問題ではなくなります。「あの人は信用できる」という言い方が幼稚に聞こえるようになる。

ビジネスのためこちらは信用を守りますが、相手に信用を守ってもらえる保証はどこにもない。そうした心構えが自然と出来上がるのです。契約内容などでリスクを減らそうとしますが、それでもカバーできないケースはたくさんあります。とにかく用心するしかない。しかもこちらが用心していること自体、相手に知られないよう配慮する必要があります。

中国ではリーダーの心得として「用人不疑、疑人不用」という諺があります。「使う人を疑わず、疑う人を使わず」という意味ですが、その本質は、信用できない人を信用するふりをして使いこなし、どうしても使えない人材を外せということです。こうした過程で起きた心労は経営者としての成長の肥やしにするしかありません。
頭で分かっていても、なかなか真似できることではない。ただ、この「信用」をめぐる考え方はサラリーマンの皆さんも肝に銘じてもらいたいと思います。
(週刊文春2018年3月29日春の特大号より)

P.S.
ここ数週間米国各地を回っていてなかなか落ち着いてものを考える暇がないので、以前「週刊文春」に掲載された連載を使わせていただきました。
この記事へのコメント
「信用」は難しい問題ですね。
”裏切る””裏切らない”の他に、その人が”問題を処理出来る”、”出来ない”が有りますから。
経験的には、”仕事が出来る人間は裏切る””仕事が出来ない人間は裏切らない”場合が多いのでしょう。これは、夫々双方に色々な事情が出来るからで、人間である限り仕方の無いことですね。そこをうまく対処していくのがリーダーとしての能力の一つでしょう。
宋さんは素晴らしいリーダーであったのですね。
Posted by 旧旧車 at 2018年10月26日 08:24
どんなに忙しくても、宗メールが届いた時は必ず目を通します。
読み返したい文章の時は、メールにリマインダーをかけて、後日もう一度自分に届くようにしたりしています。
もう10年以上続いています。

毎回内容を考えるのは大変と思います。
感謝しかありません。
Posted by 小原学 at 2018年10月26日 08:26
宋さま

いつも拝読しています。
今回の記事、これこれ、これこそ宋さんの記事だと心に響きました。

けっして揶揄するつもりは全然ありません。
ただ「天下国家」を語るときの宋さんの記事とは何故か違うと感じるのは小職だけなのかなぁ。

万人に響く記事ってありえないのですが、宋さんの持ち分、やはり今回の記事このあたりではないでしょうか。

また記事を楽しみにしております。
Posted by i.newton at 2018年10月26日 08:35
中々いいお話です。
これからもお願いいたします
ありがとうございます
Posted by 鈴木  at 2018年10月26日 08:40
勉強になります。

経営者になるには、こういった心構えも必要というのは言われると分かりますが、あまり考えない事なので、なかなか思いつかない事です。

ある程度信用してコトにあたりたいけど、完全に信用すると後で痛い目を見るという話はいくらでもありそうですね。

サラリーマンでも共通して言える事なので忘れない様にしていきたい。
Posted by しもよし at 2018年10月26日 09:06
中国人の経営者に日本人の管理職、担当者が部下として仕える場合、「中国人経営者は部下を容易に信用しない」「中国人経営者は信用したふりをしている」等を日本人の部下は銘記して忘れないことですね。
これから、日本国において中国人経営者が多くの日本人部下を使って、企業経営するケースが増加する中、宋さんの指摘は非常にありがたいですね。
Posted by 金井 進 at 2018年10月26日 09:58
宋さん、おはようございます。いつものヘソ曲りです。

今回の「信用」に関するご意見、いつもと違って共感します。

ただ、習近平中国共産党政府も宋さんのご意見に耳を傾けてもらいたいものです。習近平共産党政府は“用人”たる中国国民を全く信用しておらず、言論統制・報道規制に明け暮れていますね。

まさしく宋さんが仰っている通り、習近平共産党政府は「国民を信用していない」のですから、「国民から習近平共産党政府が信用される」ことなどありえようはずがありませんよね。このことを、習近平共産党政府に説いてやってくださいな。
Posted by 田中 晃 at 2018年10月26日 10:46
「用人不疑、疑人不用」は、自分が雇うというガバナンスの効いている人間は、できるだけ権限委譲して疑わない方が得である、ガバナンスの効いていない人は、慎重に対処するという意味だと思います。

信用できない人に対して、「欺いて信用しているふりをする」という論理は自分が全て正しいという前提に立ってはいませんか?ガバナンスが効いて入れば、自分の考えに基づけば信用できないと思っても、相手に任せることによって、自分が持っているものと違う利を生むことができると考えるので信用する、すなわち多様性を受容するのが真の経営者だと思いますが。

宗さんのような経営者がいつかきっと自分を欺くことが嫌になって、辞めてしまうと思います。

経営者(リーダー)には、自分の視点で会社を見るのではなく、たとえ自分の組織でも、客観的な視点で会社や組織を俯瞰できる能力が重要ですし、資質として自分の考えと違っても他を受容する度量とか鈍感力が重要なのです。
Posted by Nicd at 2018年10月26日 11:08
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