ネットの文字はなぜ記憶に残りにくいのか

2018年10月26日(金)

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 つい先日、経団連会長の会長執務室にこの5月、はじめてパソコンが設置されたという読売新聞の報道があって、その新聞記事のスクリーンショット(スクショ)を貼り付けたツイートが大量に拡散されている。経団連会長に就任した日立製作所の中西宏明会長がパソコンがないことに驚き、導入したのだという。

 ネット内の人々の反応は
 「えっ? いままでパソコンも使ってなかったわけ?」
 「じゃあどうやって外部と連絡をとっていたんだ?」
 という素朴な疑問からはじまって、やがて大喜利に発展した。

 「経団連って竜宮城だったのか?」
 「会長がメールアドレスを持つのもはじめてらしいぞ」
 「ってことはつまり歴代のボスはメールを使ってなかったわけか?」
 「もしかしたら、指示は竹簡に毛筆とかか?」
 「移動は大名駕籠だな」
 「まあ、ちょっと遠めの行き先には牛車ぐらい使ってると思う」
 「実際、インターネットが来ない環境下で、外部とはどうやって情報交換してたんだろうか」
 「秘書経由だろ」
 「苦しゅうない近う寄れとかいって、耳打ちしてたわけだな」
 「いや、セキュリティー的なアレを勘案するにパンパンって両手を打ち鳴らすと御庭番が石灯籠の陰から現れるシステムじゃないかな」
 「だよな。だからこそ経団連ビルの会長執務室には石灯籠付きの庭と天井裏と床下を設営することが必須だったわけで、してみるとパソコンの設置が後回しになってたのも当然だわな」
 「側女(そばめ)もな」
 「この際ソバメは関係ないだろ」
 「これは異なことを。拙者セキュリティー的に必須と愚考するが」

 つまりだ。
 ネット内の人たちは、「経団連の対人感覚の旧弊さ」と「情報感度の低さ」を嘲笑していたわけだ。

 気持ちはわかる。
 いまどき、固有のメールアドレスを持っていないボスが、口頭や手書きのペーパーで指示を出していたらしいのもさることながら、激変する世界経済に臨む日本の窓口ともいうべき経団連の会長執務室が、インターネットにすらつながっていなかった事実は、老舗蕎麦屋の店主が実は蕎麦アレルギーでしたというのとそんなに違わない驚天動地の日本没落情報だと思う。

 とはいうものの、経団連の会長のような名誉ある職になると、「情報」そのものより「顔」の方が重要になるのではなかろうかという気もする。

 どういうことなのかというと、ある程度以上の規模の会社の社長が自分で運転しなくなるのと同じように、名だたる一流企業の社長が雁首を揃えている組織のトップともなると、もはやいちいちメールに自分で答え、具体的に経営判断を行うことが禁じられていてもおかしくないのではないか、ということだ。であるからして、判断の基礎となる「情報」自体も、むしろ邪魔になる。

 つまり、経済人の統合の象徴として在位している経団連会長は、来客を接待したり、関連の会合であいさつをするための「顔」なのであって、判断や命令を下す「頭」や「腕」ではない。とすれば、私的な肉声を発する発信源たるメールアドレスは、本来そぐわない装備なのだ。

 「だっておまえたとえば天皇陛下がメアド持ってると思うか?」
 「それとこれとは話が違うだろ」
 「じゃあ、おまえは陛下がツイッターとかインスタのアカウント持ってても大丈夫なんだな?」
 「大丈夫ってなんの話だよ」
 「だからさ。人それぞれ天から与えられた役割があって、何人たりとも宿命には逆らえないということだよ」
 「おまえ何言ってんの?」
 「わからないんならもういい。ただ言っておくぞ。すべての人間が固有のアドレスを持ったアクセス可能なアカウントであるべきだというお前のその思想は、世が世なら不敬罪だからな」

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「ネットの文字はなぜ記憶に残りにくいのか」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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