オーダーロード~理想の道路をあなたに~他 短編集   作:善太夫
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レエブン候の長い一日

 うららかな気持ちの良い昼下がり、一人の美女が館の扉を叩いた。

 

「こんちわーっす。子守を頼まれたんで来たっすよ」 

 

 扉の中から美人だが、どことなく幸薄い印象を与える女が応対する。

 

 一瞬、相手の顔に見とれたかの様に惚けたが、慌てて首を振り、息子を紹介する。

 

「――じゃ、いいっすか。リーたんは今日だけこのルプー姉さんと楽しく過ごすっすよ?わかったら返事するっす」

 

 幼い少年はワクワクしながら元気に返事をした。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 レエブン候は自身の執務室で静かに考え事をしていた。カッツェ平野での出来事は彼の今まで築いてきた全てのものを崩壊させてしまった。

 あまりにも強大な力を目の当たりにし、骨の髄まで染み付いた恐怖から逃れる為、自らの領地に籠もってはいるものの、魔導王国に刃向かった王国の行方はまさに風前の灯だった。

 

 こうして執務室に閉じこもっているのも、単なる現実逃避に過ぎないとはわかっていた。しかしながら、他に何も出来ないのだから、仕方あるまい。

 

 せめて息子――リーたん――に未来ある世界を残したかった。

 

「――貴方!大変です!あの子が!ドラゴンが!」

 

 血相を変えた妻がいきなり執務室に駆け込んできた。レエブン候は胸騒ぎを感じ、尋ねる。

 

「あの子、リーたんがどうかしたのか?一体何が……?」

 

 興奮状態の妻を落ち着かせ、少しずつ聞き出してみる。どうやら息子と新しくきたベビーシッターがいきなりやってきたドラゴンに攫われたという。

 

(何故、こんな所にドラゴンが?……ええい、すぐにも助けに行かないと……)

 

 半狂乱になっている妻を落ち着かせ、すぐに馬車の用意をさせる。こんな時こそ、あの元オリハルコン級冒険者達がいてくれたら、と思ったがもう彼らはいない。

 

 幸い、ドラゴンが飛んでいった方角は王都の方だったので、いざとなれば誰かしらの助力が得られるかもしれない。

 

 レエブン候は自ら馬車を走らせてドラゴンの行方を追った。

 

 道すがら情報を集めながらドラゴンを追いかけ続ける内、王都の近くまでやってきた。

 

 ドラゴンはあちこちを見物するようにフラフラ飛んでいたおかげで、馬車でもなんとか大して離されないで追ってこれたみたいだった。

 

 レエブン候は馬車を降りるとフードを目深に被り、広場に向かった。

 

 あの虐殺の後、自分の領地に閉じこもってしまっていたレエブン候には諸侯に対して後ろめたさがある。極力知り合いに出会う事は避けたかった。

 

 広場までやって来たレエブン候は王城の周囲をグルグル飛んでいるドラゴンの姿を見つけた。本当にドラゴンがいた。よく目を凝らすと背中に二人程、人影がある。小さい方はきっと我が子に違いない。どうやらドラゴンに食べられていない事がわかり、レエブン候はホッとした。

「レエブン候爵様ではないですか?」

 

 聞き覚えがある嗄れた少年の声に思わず振り向くと、白いフルプレートに身を包んだクライム――王女ラナー殿下お付きの兵士――がいた。

 

「いや……人違いでしょう」

 

 レエブン候はフードを深く被り直してクライムの傍を去っていった。

 

 ドラゴンは王城をグルグル回っていたが、方角を変えて元来た方へ飛び去っていった。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 その日の夕方、ヘトヘトになったレエブン候は自分の館に帰ってきた。

 

「パパン!」

 

 遠くからレエブン候の姿を見つけた息子が駆けてくるのを認めた瞬間、涙で前が見えなくなる。

「パパン、大丈夫。泣かないで。ボクはパパンが大好きだから」

 

「ありがとう。リーたん、パパンはパパンは……」

 

「パパン、今日は凄かったんだよ。ルプーお姉ちゃんにドラゴンに乗せてもらったの。パパンも今度乗せてもらおうね」

 

 レエブン候は息子をしっかり抱きしめながら恐怖した。これは何らかのメッセージなのだろう。

 

 この世界でドラゴンを簡単に使役出来る存在――アインズ・ウール・ゴウン魔導王国以外に有り得ない――がレエブン候の最も弱点にこうも簡単に手が届くというメッセージだ。レエブン候は固く目を閉じて、自らと王国の避けられない将来に身震いするのだった。

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「今、戻ったっすよ。ベビーシッターってなかなか面白かったっす。チビちゃんがドラゴンに乗りたいって言ったからフロド便で遊覧飛行したっすよ」

 

 ユリはあっけらかんとした妹を見て、ドラゴンを簡単に使役すべきではないと叱ろうか悩んだが止めた。もしかしたらルプスレギナのこうした行為は至高の御方の意図するものかもしれないからだ。

 

 このルプスレギナの些細なアルバイトはその後の王国の将来に多大な影響を与える事になったのは別の話である。

 







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