【解説】カショジ記者殺害 サウジアラビアに対するトルコの思惑とは?
マーク・ロウェン BBCトルコ特派員(イスタンブール)
グーグルの検索枠に「エルドアンが罵倒」と打ち込むと、検索結果は果てしなく続く。国連、欧州連合(EU)、イスラエル、フランスの知識人、オランダ、ドイツ、などなどと。最後の2国、オランダとドイツを、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は昨年、「ナチス」で「ファシスト」とのレッテルを貼った。
サウジアラビアに対するエルドアン氏の発言と、過去の罵倒を比較してみよう。サウジアラビアは、同国政府に批判的だったジャマル・カショジ記者を、イスタンブールのサウジ総領事館で殺害したと認めている。
「サルマン国王の誠意を疑う理由はない」。エルドアン氏はそう述べた。
エルドアン氏の報道官はサウジアラビアを「親しみやすい、兄弟のような国」と呼んだ。
にもかかわらず、サウジアラビアの実権を握るムハンマド・ビン・サルマン皇太子が殺人を知っていたか指示したとの疑惑がある中で、トルコ政府はサウジ政府の責任を問う、多くの場合はむごたらしい情報を、次々とリークし続けた。サウジ政府への締め付けのみを目的に。
では、エルドアン氏の狙いは何なのだろうか?
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エルドアン大統領の発言のトーンは、明らかに抑制的なものだ。これは、トルコ対サウジアラビアの問題ではないのだと示すためなのだと私は耳にした。両国関係は、既に緊張状態にあるにせよ、この段階で一気に吹き飛ばすにはあまりに大事すぎるのだ。エルドアン大統領は、サルマン国王を直接標的にすることなく、国王に行動を促そうとしている。
大統領に近い情報筋は、「もしエルドアン氏がムハンマド皇太子を解任するようサルマン国王に言おうものなら、国王は絶対に皇太子を解任しないはずだ」と見解を述べた。
議会演説でエルドアン氏は、ムハンマド皇太子の名前すら口にしなかった。皇太子を自分と対等な存在として扱うことを避けるため、わざと触れなかったのだ。
トルコ政府の狙いは、サルマン国王とムハンマド皇太子の間にくさびを差し込むことだ。しかしそれを実現するための鍵は、サウジアラビア政府でなく米政府が握っている。
皇太子を強力に支持するドナルド・トランプ米大統領が、(「ムハンマド・ビン・サルマン」の頭文字から)MBS」として知られる皇太子の切り捨てに納得すれば、それはサルマン国王にとっての転機となるかもしれない。
中東の権力争い
とは言うものの、この情報筋によると、82歳になるサルマン国王が、少なくとも今のところはムハンマド皇太子を排除しそうにない。
記者殺害をめぐりサルマン国王は、サウジ情報機関の再編を発表した。再編を主導するのは……そう、皇太子だ。
こうした全てに、中東地域の権力争いがからんでいく。
イスラム教の聖地の守護者としてのサウジアラビアに、トルコは敬意を払っている。イスラム色の強いエルドアン政権にとっては重要なことだ。
しかし同時に両国はイスラム世界の指導者として、影響力を競い合っている。その意味で、ムハンマド皇太子はエルドアン氏にとって重要なライバルとなった。皇太子はカタールを中東で孤立させる計画を立案し、推進した。カタールは中東におけるトルコの最も近い同盟国だ。またムハンマド皇太子は、イスラム教原理主義の政治組織「ムスリム同胞団」の取り締まりも進めているが、同胞団はエルドアン氏が率いる公正発展党と結びついている。
ムハンマド皇太子はさらに、エルドアン氏が嫌うイスラエルとの関係を改善し、一方でトルコが和解したイランには強硬路線をとっている。こうした一連の動きによってサウジとトルコは、中東政治の対立軸において向き合うようになった。
エルドアン氏の危険な戦略
サウジ政府が守勢に立つのは、エルドアン氏にとって珍しいチャンスだ。親政府派コラムニストが「トルコの敵」と呼ぶムハンマド皇太子から勢いをそぐ機会を、エルドアン氏はつかもうとしている。
アラブ首長国連邦(UAE)とエジプトがサウジ政府擁護に躍起になっていることも、エルドアン氏の決心を固くするばかりだ。トルコ政府はこの両国ともひどく対立している。
トルコでは2016年7月、クーデター未遂があった。UAEがこのクーデター未遂を支援したのではないかと、トルコ政府は強く疑っている。エルドアン氏は最近、UAE国民を「惨めな人々」と呼んだし、エジプトのアブドゥル・ファタ・アル=シシ大統領がエジプトからムスリム同胞団を排除したことを、エルドアン大統領は決して許さないだろう。
さらに、トルコ警察が「殺人部隊」と呼ぶサウジ当局者たちが乗っていた飛行機が、リヤドに戻る際にエジプトのカイロとUAEのドバイで給油したという事実も、両国の関与をいっそう疑わせる。
エルドアン氏の戦略はしかし、危険なものだ。依然として大きな権力を持つムハンマド皇太子との関係が悪化すれば、トルコに深いわだかまりを抱く人物が今後何年もサウジアラビアを支配する状態を作りかねない。
ムハンマド皇太子は23日、写真撮影の場を設け、カメラの前でカショジ記者の息子と握手を交わした。カショジ記者の息子は、サウジアラビアからの出国を禁じられている。
演出された写真撮影は、ムハンマド皇太子が未だに権力を情け容赦なく振るう様子をあからさまに示した。「我々は和解した、だからもう諦めろ」と、写真はそう言っているのだ。
そして今のところ、ホワイトハウスは皇太子の側に立っている。トランプ氏の義理の息子、ジャレッド・クシュナー上級顧問は、「我々は複数の場所から事実を知らされている」と述べた。「事実が得られれば、国務長官が国家安全保障担当チームと共に、何を信じたいか見定める手助けをしてくれる」と、クシュナー氏は話した。
意味するところは明らかだ。「筋書きを書いて、支持基盤に売り込め」ということだ。
むごたらしい殺人。隠ぺい工作の失敗。ひっくり返る地域関係。米政府と中東の地政学。そして、主要産油国でもある軍事大国のサウジアラビアに、消えない汚点が残ろうとしているという事実。これほど多くの要素が絡み合った物語も珍しい。
イスタンブールでの工作について、サウジ政府が手っ取り早く済ませてうやむやにできると考えていたなら、とてつもない誤算をしたことになる。
(英語記事 Jamal Khashoggi murder: What is Turkey's game with Saudi Arabia?)