オーバーロード ありのままのモモンガ   作:まがお
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破滅に向かって

 トブの大森林で森の賢王と呼ばれる魔獣が、息を切らしながら真剣な顔つきで走っている。

 真剣なだけでは無く強い焦りも混じっているようだ。

 この森においてはもはや敵はいないと言っていい程に強い魔獣が、まるでただのハムスターのようになっているのには理由があった。

 切っ掛けは森精霊(ドライアード)の告げた言葉である

 

 

「最近はこの森も平和でござるな〜。おや、そこに居るのはピニスン殿ではござらんか。そんなに慌ててどうしたでござるか?」

 

「ああ、森の賢王か!! 大変なんだ!! 一旦は落ち着いたと思っていたのに、世界を滅ぼす魔樹がまた復活しそうなんだよ!! しかも今度は本体が動き出しそうなんだ…… 私は自分の木からそこまで離れられないし、そもそも木がやられたらお終いだ。ああ、約束してくれた人達は一体いつになったら来てくれるのさ!!」

 

 

 森の賢王の名は伊達では無い。

 森精霊(ドライアード)のピニスンの話から、とんでも無いことが起ころうとしているのは分かった。

 事は個人に収まるものではなく、森全体の危機なのだろう。

 

 

「わかったでござる。某に任せるでござるよ!! 約束した者達はよく分からないでござるが、要はそのモノをなんとか出来る者を連れてくれば良いのでござろう? 某が探してくるでござる!!」

 

 

 こうしてピニスンに一筋の希望を残して、森の賢王は走り出した。

 しかし、森の中を探し始めて数日が過ぎた頃。

 ふと気付いた。自分は自惚れではなくこの森では最強と言っていいだろう。だがピニスンの話す様子から自分が全く太刀打ちできないレベルの相手のようだ。

 つまり、森の中になんとか出来る奴が居るわけがない。

 

 

「大変でござるよー!! 某は自分より遥かに強い存在など100年以上会ってないでござる!!」

 

 

 焦って思考が回らなくなる中、あることを思い出した。

 森の賢王は過去に一度だけ冒険者と一緒に街に行ったことがある。あの時会った冒険者は、根性はあるが自分よりは弱かった。

 しかし、彼の知り合いにはもしかしたら強い者がいるかもしれない。

 出会える可能性は少ないがそれに賭けるため、まずは一番近い村に行って彼の事を聞きに行こうと走り出した。

 

 

「あの時、共に番いを求めた同志ならきっと大丈夫でござる。ピニスン殿、待っててくだされー!!」

 

 

 森の賢王が目指す村の名前はカルネ村。

 流石賢王、強者を探すという意味なら大正解である。

 

 

 

 

 

 

 

 カルネ村で人一倍働く村娘、エンリ・エモットは今日も朝早くから働いていた。

 この村は一度は騎士達に襲われ、人手も足りなくなり存続が危ぶまれていた村である。

 しかし、ほかの村からの移住者を集めたりする事で、何とかかつての様相を取り戻そうとしていた。余裕ができたら防衛用の柵を作るのもいいかもしれない。そんな意見が上がる程度には復興が進んできている。

 

 

「今日はネムは冒険に行ってるわけじゃないし、安心して仕事に取り組めるわね」

 

 

 家の手伝いを終えたネムはモモンガの所に遊びに行っている。

 森の中にある家に行くのも、薬草採取の仕事をするのも大した差はないように思うが少しだけ安心感が違う。

 冒険者の仕事だと、モモンガが一緒だと分かっていてもどうしても心配してしまうのだ。

 

 今頃はモモンガ様に珍しい物でも見せてもらっているのかな?

 そんな事を考えながら畑仕事をしていると、森のある方向からエンリのもとに何か大きいものがやってくるのが見えた。

 

 

「――え?」

 

 

 急ブレーキをかけるようにエンリの目の前で止まったのは、知性を感じさせる力強い眼をした四足歩行の魔獣だった。見た目は尻尾を除けば完全にデカイだけのハムスターだが、エンリはその動物を知らない。

 

 

「働いている所すまないでござる!! 某は森の賢王と呼ばれるもの。少々聞きたいことがあって森からまいったでござる。村を襲うつもりは無いので話を聞いて欲しいでござる」

 

 

 余りにも理性的な様子に、エンリは逃げるタイミングを逃してしまった。

 もし戦闘になっても魔法さえ抵抗(レジスト)出来れば勝てる可能性は高いのだが、戦士では無いエンリは気づかない。

 

 

「えっと、なんでしょうか?」

 

 

 話を聞いて欲しいとの言葉でモモンガを思い出したエンリは、相手が強大な魔獣でも普通に対応してしまった。

 

 

「実は森が大変な事になっているので、冒険者を探しているのでござる。それでその者は――」

 

 

 森の賢王の話を聞き終えたエンリは、それなら凄い強い者に心当たりがあるから大丈夫だと答える。

 モモンガの凄さを知っているせいか、世界が滅ぶと言われてもイマイチ森の危機にはピンとこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「冒険者のネム・エモットです!!」

 

「この子の使役魔獣をしているモモンガだ。お前はたしか前に街で見たハムスターか……」

 

 

 紹介されたのは予想外の者たちだった。

 正直なところこの子供には余裕で勝てる。ただの子供にしか見えないし、まるで強者の気配がない。

 問題はこの鎧を着たアンデッドだ。

 森の賢王は嫌な心当たりを思い出した。以前森で騒がれていた噂のようなものだった。

 

 曰く、生き物に話しかけては手当たり次第に爆殺していくアンデッドがいるという話だ。

 今日の森の賢王の感は冴え渡っている。間違いなくコイツが犯人だと本能が告げていた。

 

 

「……ハムスターとは何のことか分からぬが、某は森の賢王。よろしくでござるよ」

 

 

 若干怯え気味の魔獣から説明を受けたモモンガは、アッサリと願いを引き受けた。

 

 

「そいつが暴れてこの村まで来ないとも限らないし、森には私も家があるしな」

 

 

 世界を滅ぼす魔樹だと聞かされても、負ける気など微塵も感じない余裕さである。

 

 

「かたじけないでござる。某は詳しい場所までは知らぬので、まずはピニスン殿のところまで案内するでござるよ」

 

 

 森の賢王が言うには、最初に危機を感じ取ったのはそのピニスンという森精霊(ドライアード)だそうだ。そいつが動けないため、自分が代わりに助っ人を探しに来たらしい。

 

 

「今回もネムを連れていくには危なそうだから、エンリと一緒に待っていてくれ」

 

 

 ネムは一瞬だけ一緒に行きたそうな表情をしたが、それに絆されるわけにはいかずモモンガはグッと堪える。出来ることなら危険な目には合わせたくないので我慢してもらうとしよう。

 こうしてモモンガは森の賢王とともにピニスンという森精霊(ドライアード)に会いに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピニスン殿!! 待たせたでござる。この者が世界を滅ぼす魔樹をどうにかしてくれるそうでござるよ!!」

 

「初めまして森精霊(ドライアード)よ。私が助っ人のモモンガだ」

 

「初めまして…… 私がピニスン・ポール・ペルリアです」

 

 

 コイツは何を連れてきたんだ。

 まさかアンデッドを連れてくるなんて、こっちがどうにかなりそうだ。魔樹より先にこいつに殺されるんじゃないか?

 ピニスンのもっともな心配をよそに話はどんどん進んで行く。

 とりあえずモモンガと共に魔樹を偵察し、そのまま倒せそうなら倒すという流れで決まった。

 

 

 

 

 

 

 

「着いたよ。ここが世界を滅ぼす魔樹が眠っている場所だ」

 

 

 周囲一帯が枯れ果てている場所に連れていかれたのだが、何か様子がおかしい……

 

 ――何もいないのだ。

 

 モモンガが鎧を解除し探知魔法を使っても反応が無い。

 ピニスンも気配を感じ取ることが出来ずに焦る。

 森の賢王も特に何も感じないようだ。

 

 

「そんな!? 確かに太陽が数十回ほど昇る前には嫌な気配が有ったのに!!」

 

「ピニスン殿の時間感覚は曖昧すぎてよく分からんでござる…… 本当にその回数あってるのでござるか?」

 

 

 世界を滅ぼす魔樹がもうすぐ復活しそうだからとピニスンから聞かされ、森中を走り回った森の賢王は不満げな声をだす。

 

 

「ブレインは以前この森でトレントと戦ったことがあると言っていたが、もう倒された後とか?」

 

(いや、以前のブレインの実力は森の賢王とそこまで差は無かったはず…… 森の賢王が絶対に勝てない相手を倒したとは考えにくいか……)

 

 

「そういえば相手の詳細をあまり聞いていなかったが、魔樹と言うからには木の魔物なのだろうがサイズはどのくらいだ?」

 

「えーと、そこにある木の10倍くらいかな?」

 

 

 ピニスンが指差したのは近くに生えていた高さ10メートル程の木だ。

 

 

(10倍…… 100メートルは超えているな。予想よりかなりデカイし、やはりブレインが戦ったトレントとは別だろう)

 

 

「何か巨大なモノが通り抜けたような跡が少しだけあるな…… もしかして移動したのか?」

 

 

 隠れるような存在ではないはずだが、その割には移動した跡を消そうとした痕跡がある。魔樹を見たことも無いため、いくら考えても答えは出ない……

 様々な予想は生まれるがどれも推測の域を超えず、モモンガ達はどこかスッキリしないものを感じながら捜索を終えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「モモンガ様帰ってきたー!!」

 

「ただいま。ネム、エンリ」

 

「お帰りなさいモモンガ様。世界を滅ぼす何とかは何秒くらい耐えれました? もしかして森ごと吹き飛ばしちゃいましたか?」

 

 

 エンリが微塵も心配してくれていない。

 いや、私の勝利を疑っていなかったとポジティブに考えよう。

 これも信頼の証と言えるだろう。

 

 

「私がいつも何かやらかすみたいじゃないか…… 今回は何も無かったよ。その世界を滅ぼす魔物自体見つからなかったからな」

 

「モモンガ様が関わって普通の結果に終わるなんて…… 無事に帰って来れたなら良いんですけどね」

 

 

 エンリには私が常識を知らない骸骨だと思われていたようだ。

 しかし、やっぱり心配はしてくれていたと分かると嬉しくなるモモンガは、どこぞのチョロイン並みに甘いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 某国某所で20歳にも届かないような若い男が、上司と思しき神官に任務完了の報告をしていた。

 

 

「例の移送の件は無事に終わりました。亜人の集落を越え、エイヴァージャー大森林付近に潜ませております」

 

「よくやってくれた。これで戦争も終わらせる事が出来るな…… それにアベリオン丘陵の亜人どもも数を多少は減らせたことだろう」

 

「やはり神々の遺産は凄まじいですね。あんな化け物を支配下に置けるとは」

 

「六大神が人のために残された神の力だからな。さて、人類が団結し生き残るため奴ら裏切者のエルフには滅んでもらう。アレに勝てるものなど番外以外はおらん。滅びは確定だ」

 

 

 平和があれば争いもある。

 今、滅びに向かって動き出す国があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石のお前でも!! 魔法無しの剣のみなら俺の方が強いんじゃないか!!」

 

「くっ、流石に本職の剣は違うな。素人の動きじゃ捉えきれんか」

 

 

 

 トブの大森林にあるモモンガの家の前では、並みの戦士では目で追うことすら出来ないほど激しい打ち合いをしている骨と男の姿があった。

 最近相手になる存在がいなくなってきたブレインは、度々ここを訪れてはモモンガと剣を交えて修行する事が増えていた。

 

 

「あの二人ってブレインさんはともかく、モモンガ様も実は競い合うの好きよね」

 

「モモンガ様もブレインさんも頑張れー!!」

 

 

 以前戦いは嫌だとかネムから聞いた気もするが、こういうのは別なのだろう。

 ネムとエンリは揃って二人の戦いを見守っているが、もちろんネムは動きなど見えていない。激しい音で打ち合っていると分かるだけだ。

 エンリでもギリギリ見えているくらいだった。

 

 

「ふむ、攻撃魔法じゃなく一個だけ戦闘補助の魔法を使って良いか?」

 

「おお良いぜ。素人の剣なら一つ二つの強化魔法があっても捌ききれるぞ」

 

「ふっ、それは楽しみだ…… ――〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――正義の味方はまた一つ、新たな壁を知るのだった。

 

 

 

 







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