反対派が「中間まとめ」の報告書の作成すら拒否した表向きの理由として、最後まで残ったのが、ブロッキング以外の方法をすべて試さないと憲法違反の疑いが強い、という主張です。
しかし、これはかなり強引な論理だと思います。もし、ブロッキング以外の方法をすべて試さないと「憲法違反だ」というのなら、事実上ブロッキングはやってはいけないという意味になります。ブロッキングよりも難易度が高いものまで含めて、ブロッキングよりも先にやるべきというのであれば、いつまでたってもブロッキングはできないことになります。
検討会議で最終的に意見が割れたのは、そこだったということになるでしょう。ただ、それについての議論は、もはや深まることはありませんでした。なぜなら、報告書を出すのに反対したのは、ブロッキング法制化の可能性をなくすためであるという「本当の理由」を森委員自身が公然と主張していたからです。そこまで言い切ったのだから、3千億円への疑義すら引っ込めなかった森委員と、どんなに議論を重ねようが反対に終始したことでしょう。
本当の理由とは、公然と言えないからこそ本当の理由になり得るのです。法制化のための論点整理を行う有識者会議において、「法制化をさせないために論点整理は許さない」などという理屈は、本来あってはならないと思います。法制化に反対であったとしても、それは有識者としての意見を反映させるべきであって、「実力行使」というのは有識者会議の趣旨に反することではないでしょうか。それを一部の識者が公然と主張し、また一部のメディアが、あたかも体を張って正義の行動をしたかのように報道したことは、非常に残念に思います。
検討会議は結局、明確な根拠も示さないまま、報告書は出させないという反対派のゴリ押しが通った、という残念な結果に終わりました。
現在、メディアやネットの世論を見ると、反対派の主張に偏った意見が多数を占めています。また、サイトブロッキングに肯定的な意見を言うと袋だたきに遭う空気さえも存在します。事実、そういう行動がネットでは頻繁にみられます。
ブロッキングというものは、インターネットを通じたグローバル化のさらなる進展の中で絶対に避けて通れないテーマです。もちろん、安易な導入には私も反対しますが、必要になる局面が今後、次々と出てくるでしょう。
幸い、これまでタブーであったブロッキングに関わる議論が一気に進展したのは、日本の将来にとって大変重要なことだったと思います。この議論が、今後に生かせることを願っています。
最後に、この文章では、特に森委員、立石委員について言及しましたが、私と意見は異なるものの、ブロッキングという重要なテーマにおいて、個人的なメリットはほとんどないにもかかわらず、多大な労力を割いて検討会議に参加されました。
ブロッキングというのは、その言葉だけで過剰反応する人もいる難しいテーマです。それだけにネット上では意見の異なる相手への個人攻撃が過熱する傾向もみられます。ですが、それは議論の妨げにこそなれ、決して議論を深める結果にはなりません。
森、立石両委員を含めて、今回の検討会議に参加されたすべての皆さま、そして事務局の皆さまも大変に苦労されたと思います。ぜひ世間の皆さまも労わりの心で見てやってくださいますよう重ねてお願い申し上げます。