ビルボード・チャートは長い間、ミュージシャンの成功度を測る絶対的な基準として君臨してきた。しかし、ニッキー・ミナージュらが怒りを爆発させたことで浮き彫りになったように、ストリーミングサービスの影響力の拡大がチャートを一変させている。熱狂的なファンがデータを操作できるようになったのだ。
韓国のボーイバンド「BTS(防弾少年団)」がアルバムをリリースした際には、全世界に数百万人いるスーパーファンがビルボード・チャートの1位を目指し、高度なキャンペーンを展開した。
「BTSアーミー」と呼ばれるファンたちの戦略を大まかに説明しよう。まず、米国のファンが音楽ストリーミングサービスのアカウントをつくり、Twitterや電子メール、インスタントメッセージプラットフォーム「Slack」で、他国のファンたちにログイン情報を送る。そして、ログイン情報を受け取ったファンが、BTSの曲をストリーミングし続ける。
多くの場合は2つ以上のデバイスを使い、バーチャルプライベートネットワーク(VPN)を利用することもある。VPNを利用すれば、世界中に散らばる複数のサーバーを経由させることで、トラフィックのルートを変更し、位置情報を「偽造」できる。米国のファンが有料アカウントの料金を支払うことができるよう、募金活動を主催するファンもいる。
デジタルメディア分析会社MIDiAリサーチのマネージングディレクター、マーク・マリガンは、「ポップミュージシャンのスーパーファンたちは長年、このようなことを行っています」と話す。
「しかし、スーパーファンが1つの曲をノンストップで聴くことにしたからといって、それが偽造と言えるのでしょうか? もしそうだとしたら、1つの曲を何回連続で聴けば“偽造”と見なされるのでしょう?」
あるBTSのファングループは、Spotifyのログイン情報を1000以上ばらまいたと主張している。実際よりも多くの人が米国でBTSの曲をストリーミングしているように見せかけ、Spotifyチャートで、BTSのアルバム「LOVE YOURSELF 轉 'Tear'」の順位を押し上げることが目的だ。Spotifyチャートは、ビルボード・チャートで考慮される。
ビルボードは2012年、ストリーミング音楽をチャートに加算し始めた。そして2018年5月、「Hot 100」(シングルチャート)と「Billboard 200」(アルバムチャート)におけるストリーミングの比重を変更したと発表した。
「Spotify Premium」や「Apple Music」のような有料サービスの場合、約1250回のストリーミングが、アルバム1枚の販売と同等になる。無料サービスの場合は通常、約3750回のストリーミングが必要だ。
BTSはビルボード・チャート1位を目標に掲げており、5月に「LOVE YOURSELF 轉 'Tear'」がリリース1週目で「Hot 200」を制し、9月には「LOVE YOURSELF 結 'Answer'」が同じ偉業を成し遂げた。
ストリーミング回数の操作はどんどん拡大しているが、ドレイク級のアーティストにどれくらい影響を与えることができるかは不明だ。しかしこうした不正は、たとえ影響はごくわずかであっても、高い評価を受けているビルボード・チャートの信頼性を損なう恐れがある。ファンによるキャンペーンが高度化すればなおさらだ。
ハリー・スタイルズのファンは2017年、TumblrのアカウントとVPNを武器に、ファーストソロシングルやアルバムのプロモーションを行ったが、BTSのファンはさらに一歩踏み込み、今後のファンたちが献身的な愛を証明するためのテストをつくった。
これは米国だけの出来事ではない。韓国でも、チャート操作の申し立てが相次ぎ、韓国の国家行政機関、文化体育観光部が調査に乗り出す事態へと発展した。
BuzzFeed Newsが取材のために何人かと接触した後で、ファンたちには、記者と話をしないよう警告するツイートが投稿され、8000回以上リツイートされた。同様の警告を発する別のツイートも2000回以上リツイートされた。
Spotifyアカウントの共有に関するツイートを削除するファンも現れ、自己弁護のダイレクトメッセージを送ってきたファンも数十人いた。
Spotifyに質問状を送り、現在講じている対策を尋ねてみたが、回答は得られなかった。ただし、利用規約では、「Spotifyまたはそのライセンサーが適用する各地域制限の回避」は禁止されている(無料アカウントを作成した地域以外でストリーミングが行われた場合、2週間後にアカウントは無効になる)。
また、「他人にパスワードを提供することや、他人のユーザーネームおよびパスワードを利用すること」も禁止されている。これらに違反した場合、アカウント停止または一時停止の処分を受ける可能性がある。
Apple MusicとBTSの関係者にも何度か取材を申し込んだが、コメントは得られなかった。世界3大音楽レーベル兼音楽配信会社であるワーナーミュージック・グループ、ユニバーサル・ミュージック・グループ、ソニーミュージックも同様だった。
しかし、本当の意味で効果的な対策を講じなければ、偽アカウントで同じ曲を連続ストリーミングし、再生回数を押し上げる行為はなくならず、ビルボード・チャートは不正の温床になると専門家は口をそろえる。
ペンシルベニア大学でマーケティングの教授を務めるピーター・フェーダーは、「Spotifyで気軽に再生回数を押し上げる行為が常態化すれば、ビルボード・チャートは破綻に追い込まれるでしょう」と警鐘を鳴らす。
同氏は音楽業界を広く研究しており、1999年のNapster訴訟では、専門家証人として証言台に立った。
「音楽ファンはSpotifyに依存し始めています。チャートだけでなく、どのアーティストを聴くべきかというアドバイス、業界のトレンドまで、Spotifyに頼ればいいと考えているのです」
業界大手が詳細なデータを公表していないため、どれくらいのファンがお気に入りのミュージシャンのために不正な戦術を用いているかはわからない。また、そうした戦術がビルボード・チャートに実質的な影響を与えているかどうかもわからない。
ビルボードはBuzzFeed Newsの取材に応じなかったが、チャートおよびデータ開発担当シニア・バイスプレジデントのシルビオ・ピエトロルオンゴは7月、「ワシントン・ポスト」紙の取材に対し、ビルボードは「市場状況に」対応していると述べていた。
「私たちは、音楽消費者の動向を確実に反映するため、ダウンロード、それ以上にストリーミングに、かなり素早く対応していると思います。ただ、それがどのような結果を生むかについては、私にはわかりません」
売り上げ追跡サービスを提供するニールセンと全米レコード協会(RIAA)は対策を講じていると主張しているが、いずれも具体的な手法は明かしていない。35年にわたってRIAAの売り上げデータを監査している会計事務所ゲルファント・レナート・フェルドマンにも何度か取材を申し込んだが、コメントは得られなかった。
ペンシルベニア大学のフェーダー教授は、「測定基準が存在するところには必ず、それを操作する方法を考え出す人々がいます」と述べる。「測定基準がゲームを生むのです」
そうしたゲームによって、チャートのランキングやストリーミングの回数が不正にさらされていると証明されたわけではないが、業界の沈黙が疑問を投げ掛けていると指摘するのは、ジャーナリストのマーカス・トビアセンだ。同氏は、音楽ストリーミングサービスの「TIDAL」が、有名アーティストのアルバムのストリーミング回数を数億単位で水増ししていることを報じた人物だ。
「私たちはTIDALの記事を書くため、ビルボードとノルウェー国内のいくつかのチャートを取材し、カニエ・ウェストとビヨンセによるアルバムのストリーミング回数が数億単位で余分にカウントされていないかどうかを尋ねました」とトビアセンは振り返る。
「彼らは対策を講じていると言いましたが、水増しに気づき、その分を除外したかについて、確実な回答は得られませんでした」
トビアセンは、自身の取材とノルウェー科学技術大学の調査に基づき、ビルボードが対策を講じている「可能性は低い」と結論づけている。
トビアセンによれば、問題は対策が講じられているかどうかではなく、むしろ第三者による監視が行われているかどうかだという。2017年、SpotifyやApple Musicから支払われる印税は、音楽売り上げの実に3分の2を占めていた。さらに現在、Spotifyチャートは非常に重視されており、アルバムリリースからツアースケジュール、プロモーション、アーティスト同士のコラボレーションにまで影響を及ぼしている。
「これらの企業が、システムを公開したがらないのは理解できます。その結果、つけ込む者が現れるのです」とトビアセンは話す。「一方、ほかの業界と同様、第三者による検証は形骸化しています。デジタル経済において、それでは不十分です」
ストリーミングが毎年2桁のペースで成長を続けるなか、トビアセンが行ったような報道はむしろ、ビルボードなどが数字を正当化する圧力となっている。ニールセンによれば、2018年前半、米国のオンデマンドストリーミングは41.7%増加し、4035億回を記録したという。
ペンシルベニア大学のフェーダー教授は、「ビルボードは、データのバランスを取ろうと努力していますが、いまだ手探り状態で、解決策は見つかっていません」と話す。「今の数字と1年前の数字を比較できないような変更は問題があります」
しかし、MIDiAリサーチのマリガンは、数百万人のユーザーを抱えるストリーミングサービスがすべてを取り締まるのは不可能だと述べる。つまり、ダウンロードや購入などの「確かな」測定基準が衰退するにつれ、デジタルストリーミングにおけるファンとのいたちごっこは、回避不能な未来の一部になる恐れがあるということだ。
「コンピューターによって自動生成される連続再生は明らかな偽造であり、音楽ストリーミングサービスは今のところ、効果的に阻止しています。しかし、熱狂的なファンはお気に入りのアーティストを手助けするため、常に全力を尽くします。システムの悪用を完全に阻止することは不可能でしょう」
Illustrations by Ben Kothe / BuzzFeed News; Getty Images
この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan
Blake Montgomery is a reporter for BuzzFeed News and is based in San Francisco.
Blake Montgomeryに連絡する メールアドレス:blake.montgomery@buzzfeed.com.
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