「集中力」マネジメントから生産性アップをサポートする ── メガネのJINSが究極の集中空間「Think Lab」を作った理由

「時間は全ての人に平等に与えられた資源」といった言い回しを耳にすることがある。日々、仕事に取り組む中で「もっと効率良く成果を出せるようになりたい」と思っている人も多いだろう。限られた時間をいかにうまく使って仕事をするかが、個人が生みだせる成果の量、つまり「生産性」をアップするカギになる。

近年、「仕事の生産性アップ」は、多くの企業にとっての関心事でもある。「働き方改革」のスローガンのもと、オフィスの環境や、勤務スタイルを変えるといった試みを進めている企業も多い。

そのような制度のひとつとして「ノー残業デー」などを取り入れている企業もある。しかし、そうした施策は、「労働時間の削減」を目的としたものだ。単純に時間を削った分成果が減るのでは意味がなく、限られた時間の中で生産性を上げることが求められる。また、IT系エンジニアの業務においては、コミュニケーションを取る時間とは別に、集中してコードを書く時間を確保したい場面も多くあるだろう。それでは、生産性を高めるには、何が必要なのだろうか。

全国にメガネチェーン店を展開するアイウエアブランドの「JINS」は、「生産性」を測る指標のひとつとして、個人の「集中力」に着目している。そうした取り組みの一つとしてオープンしたのが、会員制ワークスペース「Think Lab(シンク・ラボ)」だ。今回は、コーポレートコミュニケーション室の石井建司(いしいけんじ)さんに、Think Labの概要や立ち上げの経緯について、お話を伺った。


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コーポレートコミュニケーション室広報・PR担当 石井建司さん

なぜ「集中」に特化したワークスペースが必要なのか?

2017年12月、JINSは千代田区飯田橋にある自社東京オフィスと同じビル内に、Think Lab(シンク・ラボ)をオープンした。そのコンセプトは「世界一集中できる環境を目指して進化し続けるワークスペース」だ。

Think Labの入り口から受付の間には、神社の参道をイメージした薄暗く、静かで荘厳な雰囲気の通路が続く。初めてこの場所を訪れる人にとっては、少し緊張してしまいそうな空間だ。しかし、通路の奥にたどり着き、自動ドアが開くと一転、街を一望できる明るく開放的な景色が目に飛び込んでくる。適度に観葉植物が配置され、どこからか水の流れる音や鳥のさえずりも聞こえてくる。一瞬、オフィス街からまったく別の場所へ瞬間移動してしまったような錯覚を覚えてしまう。

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「エントランス部分の作りは、和歌山県の高野山がモチーフになっています。神社仏閣が持っている緊張感(ストレス)と緩和状態(リラックス)の共存が、集中力を高めるために有効だという知見に基づいています」(石井さん)

さらに奥へ進むと、広々とした開放的な空間に、さまざまなタイプのデスクやミーティングスペースが広がっている。メインとなるオープンスペースには、全て同じ方向を向いた100席以上のデスクとチェアが3列にわたり並んでいる。これは、ほかの人と目が合うことで集中力が削がれないように考慮した配置なのだという。

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「拡散思考」に適した深めに座れるチェア

チェアは、アーユル チェアーキールハワー Juniorオカムラ Cruise & Atlasの3種類が採用されており、それぞれ高さや傾きが少しずつ異なっている。これは作業の目的によって、座る姿勢を選べるようにするためだ。

座ったときの角度が深いチェアは創造的なアイデアを生みだすための「拡散思考」に、逆に背筋をピンと伸ばして座れるチェアは、よりロジカルな「収束思考」に適しているのだという。

Think Labには、デスクとチェア以外にも、予防医学研究者の石川善樹氏による監修のもと、あらゆる部分に作業者の「集中力」を高めるためのデザインが施されている。例えば、スペース内に多く配置されている観葉植物は、視界の10~15%を占めるよう計算されている。これは、作業者のストレス低減に効果がある数字なのだそう。

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また、照明も時間に合わせて少しずつ明るさや色合いが変化するように設定されている。これには、作業者が集中しているときの感覚時間と実時間とのズレを補正する意味がある。さらに、集中力に大きな影響を及ぼす作業スペース内の「湿度」「二酸化炭素濃度」なども常にセンサーによってモニタリングされている。

ストイックに集中するための「道場」のような趣もあるThink Labだが、そこには近年一般的になっている、コミュニケーション特化型のオフィスやワークスペースへのアンチテーゼも込められている。

「最近のオフィススペースは、どちらかというと他者とのコミュニケーションが取りやすいことが重視されています。一方で、仕事の生産性を高め、イノベーションを生みだすためには、個人が『集中』して行う作業も必要です。しかし、コミュニケーションと集中は本来、水と油のような関係にあると思うんです。そんな中でThink Labは、『集中』に特化した空間をいかに実現していくかという試みになります」(石井さん)

企業が本当の意味で生産性を上げ、イノベーションを生み出していくためには、コミュニケーションのためのツールや空間だけでなく、個人が集中して作業を行うための環境が必要。アイウエアブランドのJINSがThink Labを立ち上げた背景には、そんな企業としての強い思いが込められている。

Think Lab設立の背景にある「JINS MEME」の開発

JINSが個人の集中力にフォーカスしたThink Lab開設に至った大きなきっかけに、同社が2015年に発売したメガネ型のウエアラブルデバイス「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」の存在がある。JINS MEMEには、眼球の動き、瞬きの頻度や強さ、姿勢の変化などをリアルタイムで取得できるセンサーが装備されており、自分の集中状態をスマートフォンなどのデバイスで客観的な数値としてモニタリングすることができる。

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メガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」。この日、石井さんが実際にかけていたのもJINS MEMEだった。

JINS MEMEが集中状態を測る指標として着目したのが「瞬き」だ。例えば人が何かに没頭しているときは、ある種の緊張状態にあるともいえ、瞬きの「回数」が少なくなるのだという。一方、リラックスした状態のときには瞬きの「強さ」が一定になる傾向があるという。スポーツ選手などが非常に高いパフォーマンスを発揮する「ゾーン」と呼ばれる集中状態のときには、こうした没頭による緊張とリラックスが同時に起こっているのだという。

「JINS MEMEを発売して驚いたのは、企業の人事担当部署から多くの問い合わせが寄せられたことです。話を聞くと多くの会社が、仕事の生産性を測る指標として、『働いた時間』くらいしか参考にできる数字がないという悩みを抱えていたんです。MEMEで測定できる『集中力』の数値を、生産性アップの指標として使えないかという相談が多くありました」(石井さん)

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多くの企業からのこうした相談を受け、JINS社内でも、社員がMEMEを着用して「集中力」の測定を行った。すると「オフィスにいる間は、実はほとんどの人が集中状態に入れていない」という事実が明らかになったのだという。確かに、オフィスでの仕事環境を思い出してみると、突然同僚に仕事上の相談を持ちかけられたり、電話やメール、チャットなどへの返答に追われたりと、一人で集中して作業できる時間がほとんど取れていない状況に心当たりがある人も多いだろう。

「スマホやメールなどのツールが発達して、コミュニケーションが取りやすく、便利になった反面、現代人の集中力は、圧倒的な不調状態に陥っていると思うんです。基本がマイナススタートの集中状況を、Think Labを利用していただくことで普通の状態にまで持っていきたいと考えています」(石井さん)

また、JINS社員の「1時間当たりの集中度合い」について、JINS MEMEで計測する「通常の集中」と「深い集中」の2段階を通常のオフィスとThink Labで比較した結果、「通常の集中」は35.8分から45.7分に増加。より「深い集中」は、8.6分から16.5分へと約2倍に増加したことが確認できたのだという。

「集中力」をいかにマネジメントするかが新たな「働き方」のカギ

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現在、Think Labは、1時間あたり1,500円(初回登録料5,000円)での個人利用のほか、「集中作業用スペース」の提供として団体単位での契約も行っており、既に多くの企業会員が利用している。また、オフィス家具メーカーや設備機器メーカーなど、多様な業界の企業と共同しながら、「集中力を高めるための環境作り」の実証実験の場としての意味合いも持ち始めている。業界の垣根を越えたコラボレーションが進むことで、「集中力」を指標とした、より実効性の高い、新たな「働き方改革」に向けたソリューション創出にも期待が高まる。

「JINSはメガネそのものを売るだけでなく、『見ること』を通じて、生活そのものを豊かにしていきたいと考えています。特に人がメガネをかけるときというのは、能動的に何かをしたいと思っているとき。JINS MEMEやThink Labに代表されるような『集中して作業し、何かを生みだしたい』と考えている人をサポートする取り組みを、今後もさらに発展させていきたいと考えています」(石井氏)

Think Labでは利用者に対し、JINS MEMEの貸し出しも行っている。「集中」できる環境や時間、条件は人によってさまざまだが、自分にとって、最も集中して作業を行える環境とはどのようなものか、何が有効なのかを知るために、Think LabとJINS MEMEを使ってみるのもひとつのアイデアかもしれない。

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(取材・文:柴田克己、編集:北内彰一)