2018年10月25日 06:00
DTMで音楽制作をする人にとって、重要なテーマの1つが高速でストレスのないマシン環境の構築だろう。ふとメロディが浮かんだとき、ふといいアイディアを思いついたときに、すぐに作業に入れるか、実際作業をしていて待たされることなく、快適にサクサク動作するかどうかは、制作する人のモチベーションを大きく左右する。いい作品づくりができるかを決めるといっても過言ではない。
快適なDTM用のPCには、高速なCPUや大容量のメモリが必要であると同時に、ストレージのスピードも重要な要素となる。高速なストレージと言うと、まずSSDが挙がるが、これはまだ高価だ。一般的な250GBや500GBのSSDに数十GBクラスの音色データをいくつも入れるとすぐにいっぱいになってしまう。かと言って4TBや6TBのモデルが手軽に手に入るHDDでは遅くてイライラ。
もちろん、DTMはオーディオインターフェースやMIDIキーボード、DAWにプラグインといろいろお金がかかるので、高価な大容量SSDにはおいそれと手を出せない……そんな状況に悩むDTMユーザーは多いのではないだろうか。これを解決してくれるのが、今、話題の「Core i+プラットフォーム」と呼ばれる環境。実際どんなもので、どんな効果があるのか試してみた。
高音質化の一方でサンプリング音源の大容量化が問題に
ビデオ編集と比較すれば、処理は軽いと言われるDTMだが、最近はコンボリューションリバーブや物理モデリング音源など、高いCPU演算能力を必要とするソフトウェアも増えているし、数十GBにもおよぶサンプリングデータを持つ音源も少なくない。よりリアルに、より高音質に……というニーズに対応するため、各種音源のデータが大容量化し、それらをどう保存するかは悩ましいところだし、HDDから読み出すだけでもかなりの時間を要する。まさにストレスの原因となっているのだ。
たとえば数多くの音源を1つのパッケージに収めた、DTMユーザー御用達製品、Native Instrumentsの「KOMPLETE 11 Ultimate」の場合、そのインストール容量だけで500GB程度あるし、その新バージョンKOMPLETE 12の最上位グレード、KOMPLETE 12 Ultimate Collector's Editionとなると1TB近い容量が必要となる。
もちろん、実際にはNative Instruments製品だけでなく、IK MultimediaやSpectrasonics、UVI……といった音源を入れたい、それと同時にループ素材集なども多く揃えておきたい……などとなれば、4TB、5TBのストレージ容量が必要となってくる。
これらの読み込みスピードを高速化する手っ取り早い手段としては、SSDを導入すること。しかし、現時点で4TBのSSDとなると、それだけでざっと10万円。そうそう手を出せるものではない。そうした中、今回試してみたのがパソコン工房が発売する第8世代Core i7搭載DAW向けミドルタワーPC、「SENSE-R03A-i7-UHT-DAC」をベースに派生した「SENSE-R039-i7P-UHR-DAC」だ。
手ごろな価格でありながら、最新の第8世代Core i7-8700を搭載。6コア12スレッド対応のCPUなので、各種プラグインを動かす環境としても非常に強力。そして、最大の特徴とも言えるのは、このマシンがIntelの「Core i+プラットフォーム」を採用していることだ。
【表1】SENSE-R039-i7P-UHR-DACのおもな仕様 | |
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CPU | Core i7-8700(3.2GHz)※BTOで第9世代CPUを選択可能 |
チップセット | Intel Z390(ASUS Z390-A) |
グラフィックス | Intel UHD Graphics 630 |
メモリ | 8GB×2 DDR4-2666 |
ストレージ1 | 240GB Serial ATA |
ストレージ2 | Optane Memory 32GB + 2TB HDD |
光学ドライブ | DVDスーパーマルチドライブ |
電源 | 500W ATX(80PLUS Silver) |
CPUクーラー | Hyper 212 EVO |
OS | Windows 10 Home 64bit |
税別価格 | 149,980円 |
Core i+プラットフォームとは
「Core i+プラットフォーム」という名前、聞いたことがないという人も少なくないと思うが、これは強力な第8世代Core i7、Core i5プロセッサにストレージ速度を大幅に高めるIntelのOptaneテクノロジーを組み合わせたというもの。最新のプロセッサーにOptaneテクノロジーを組み合わせることで、総合的にPCの性能向上を図った最先端のプラットフォームであることを意味している。Core i+プラットフォームを搭載するPCには専用のCore i+ロゴが与えられ、ほかのPCと区別されているのだ。
今回使ったマシンもその1つだが、パソコン工房では、Core i+プラットフォームを採用したPCを用途に応じて多数そろえている。そのうち今回使ったのが、DTM・DAWをターゲットとしたモデルなのだ。
では、そのOptaneテクノロジーとはどういうものなのだろうか? 簡単に言えば、安価で大容量のHDDをSSD並みのスピードに引き上げるIntelのユニークな技術だ。ちょっと魔法みたいに思うかもしれないが、仕組みとしてはHDD用のキャッシュとして、Optane Memoryと呼ばれる特殊なSSDを利用するというもの。このOptane MemoryはIntelとMicron(日本ではCrucialブランドのSSDやメインメモリで有名)が共同で開発した高速メモリー技術「3D XPoint」を採用したSSD。この3D XPointは従来のSSDで採用されてきたNANDフラッシュよりもランダムアクセス性能に優れており、かつ耐久性も向上している。
このOptane MemoryはM.2スロットを使用するSSDであり、専用のソフトを利用することでSATA接続のHDDを高速化するキャッシュメモリーとして機能する形になっている。16GBタイプと32GBタイプがあるが、今回使ったマシンには32GBタイプのものが搭載されていた。
ちなみにOptane Memoryの設定はインテル・ラピッド・ストレージ・テクノロジーというツールを用いて行なう。今回試用したPCでは購入した段階で設定されているので、とくにユーザーが手を加える必要はないようだが、DドライブのHDDにOptane MemoryであるSSDがセットになっていることが分かる。
Optane MemoryはDTMにも効果アリ?
とはいえ、本当にHDDを高速化することなどできるものなのか……。やや半信半疑ながら試してみることにした。普通のHDDとOptane Memoryをキャッシュに設定したHDDの速度を比較するため、パソコン工房にお願いして、同じHDDを2つ搭載したマシンを用意してもらい、実験を行なってみたのだ。
方法は前述のNative InstrumentsのKOMPLETEの中から、比較的容量の大きい音源をOptane Memoryと結びついたHDDおよび、通常のHDDにインストールし、それぞれの起動時間がどのくらいになるかを比べるというものだ。具体的には、サンプラーであるKONTAKT 5をインストールするとともに、ストリングス音源であるSession Strings Pro 2、ブラス音源であるSymphony Series Brass Ensemble、そしてピアノ音源であるThe Maverickの三つをインストールした。
ちなみに、それぞれのインストール容量としてはSession Strings Pro 2が34.2GB、Symphony Series Brass Ensambleが27.0GB、The Maverickが4.89GBとなっている。Session Strings Pro 2やSymphony Series Brass Ensembleは、複数の音色が入っているので、1音色で20GBとか30GBを使うというわけではないが、使いたい音色を使いたいときに素早く読み出せることには大きな意味がある。
サンプリング音源が大容量化してきた理由
その昔、「GigaSampler」という1GB近いサンプリングデータを扱う音源が登場して、驚異的だと大きな話題を呼び、さまざまな作品に使われた時代があったが、音源のGB超えは当たり前になったと改めて実感する次第だ。このようにサンプリングデータが大容量になった背景には、もちろんPC側の処理性能が向上するとともに、ストレージ価格が安くなったことがあるわけだが、昔と今で何が変わったのか?
たとえば、以前は容量節約のため、数音階おきにサンプリングした音をピッチシフトで補間する形で発音させていたのに対し、今の音源は全音階をサンプリングしているから、よりリアルになっている。
またベロシティ、つまり弾く音の強さによって楽器の音色は変わってくるが、昔は1つだけサンプリングし、それを単に音量を変えて出力していたのを、今は1つの音のサンプリングに5段階とか7段階とか複数行なっているから、本物に近い響きになっている。
さらに、サンプリング時間も昔と今では異なる。やはり容量をできるだけ減らしたかった昔は2~3秒のサンプリングに留めた上で、発音するさいにループを利用することで長時間発音に対応させていたが、今はリアルな余韻が出せるように、数十秒のサンプリングをするケースもある。さらにそのサンプリング自体も以前なら44.1kHz/16bit程度で行なっていたのが、いまや96kHz/24bitが当たり前に。その結果、数十GBが当たり前の世界になってきたわけだ。
実際にSymphony Seriesなどを使ったことのある方ならご存知の通り、これらの音源はとてもリアルで荘厳なオーケストラサウンドを奏でることができる一方、読み込み時間が非常にかかるのがネック。以前、筆者と作曲家の多田彰文氏で展開するネット生放送番組、DTMステーションPlus!で、このSymphony Seriesを特集したこともあったが、そのさいは起動に1分以上かかり、番組の間をどう持たせるかで、やきもきした覚えもある。
2回目以降の読み込みがSSD並みに速い!
では、これをOptane Memoryを搭載したPCで読み込むとどうなるのだろうか。Native Instrumentsの音源はNative Accessというツールを用いて、ネットからダウンロードしてインストールするのだが、基本的には指定した1つのフォルダにすべてインストールされるかたちになる。そこで、ここではOptane Memory対応のDドライブにインストールした上で、そのフォルダを丸ごと通常のHDDであるEドライブにコピー。Eドライブからもドラッグ&ドロップで読み込めるようにしたのだ。
ここで試しにSession Strings 2のEnsemble Modernという音色を、それぞれから読み込み、実際に発音できるようになるまでの時間を測ってみた。
するとOptane Memory+HDDからだと23秒、通常HDDからだと26秒という、ほとんど変わらない結果となった。やっぱり気のせい程度の効果しかないのか……とガッカリしたのだ。ところが、一度PCの電源を落とした後に、再度起動して同じことを試したところ、Optane Memory+HDDのほうは6秒、HDDからだとやはり26秒と、まったくと言っていいほど違う結果になった。
ホントか? と思い、一度アプリケーションソフトであるKONTAKT 5だけを終了し、再起動して、同じEnsemble Modernを読み込んでみると、今度はOptane MemoryもHDDも、ほとんど瞬時に起動する。これはどういうことなのか……。
じつはKONTAKT自体もある程度のバッファ機能を持っているようで、OSが立ち上がったままであれば、一度KONTAKTを終了させてから再起動しても、すぐに読み込みが完了するのだ。しかし、電源を落としたり、PCを再起動させたら、当然そのバッファはなくなるので、再度読み込み直しになるのだが、Optane Memoryは揮発型のメモリではなくSSDだから、電源を落としても先ほど読み込んだデータが残っている。そのため6秒で読み込むことができたのだ。
Symphony Series Brass EnsembleおよびThe Maverickでも同様の実験をしてみた結果が以下の表だ。こう見ると初めての読み込みではHDDレベルだが、2回目以降はSSD並みの速度になることが一目瞭然。これがOptane Memory、Core i+テクノロジーの威力というわけである。
Optane Memoryの利用で快適なDTM環境を安価に実現
実際のDTM制作環境を考えると、同じプロジェクトを読み込んで、前回の続きの作業を行なう、というケースが多いため、同じ音源を頻繁に読み直すことになる。従来なら、そのたびに結構長い時間待たされていたのが、その待ち時間が大幅に短縮されるとなると、かなり快適な環境になりそうだ。
このようなOptane Memoryを搭載したPCをどう活用するかはユーザー次第。SSDの容量が十分でなくても、Optane MemoryによってHDDを高速化することで、大容量かつSSD並みの速度を発揮するストレージが利用できる。その特性を理解することで、より快適なマシン環境を構築し、利用することができるだろう。