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【スポーツ】

[卓球]泣き虫愛ちゃん、最後は笑顔 「今はとっても晴れやかな気持ち」

2018年10月24日 紙面から

取材を終えて報道陣との記念撮影に臨む卓球女子の福原愛=東京・虎ノ門のホテルオークラ東京で(七森祐也撮影)

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 泣き虫だけど、泣き虫じゃなかった-。21日に自身のブログで現役引退を報告した卓球女子で五輪2大会連続メダリストの福原愛(29)=ANA=が23日、東京都内で引退発表後初めて報道陣の取材に応じ、「今はとても晴れやかな気持ち」などと笑顔で心境を語った。

 泣き虫愛ちゃんが、終始笑顔で26年間の卓球人生を振り返り、第2の人生へ思いをはせた。初めてお茶の間に登場した泣き虫愛ちゃんに声をかけるとしたら-。そんな質問に「『泣き虫じゃないもん』と思ったことが何回も何回もあったけど、今振り返ってみると最後のリオオリンピックの時もすごく泣いていたし、やっぱり泣き虫だったんだなって。なので、『泣き虫愛ちゃんだよ』と言いたい」と懐かしみ、笑いながら答えた。

 自ら泣き虫と言ったが、涙は見せなかった。「一区切りをつけると発表してから、いろいろな方にお疲れさまと言っていただき、すごく気持ちが軽くなった。今はとても晴れやかな気持ち。悩み続けていたけど、自分中心ではなく一歩引いて卓球界のこととかいろいろなことを考えた時、今回の答えがストンと出てきた」。じっくり考え抜いた結論だけに、表情には充実感がにじむ。

 現役生活で一番思い出に残っている場面については「初めて全日本選手権で優勝した時に表彰台から見た景色と、ロンドンとリオのオリンピックでメダルを獲得して、メダルを見せた時の皆さんの笑顔」。2012年の全日本選手権女子シングルス初優勝と女子団体でそれぞれ銀、銅メダルを獲得したロンドン、リオの両五輪を挙げた。

 今後については「私は生涯卓球に関わっていく卓球人だと思っているので、もし私を必要としてくださる場所があれば卓球界貢献のためにできることは何でもやりたい」ときっぱり。日本に涙で感動を与え、笑顔で幸せにしてきた愛ちゃん。くしくも24日には自身が理事を務めるTリーグも開幕する。第2の人生も卓球とともに輝き続ける。 (川村庸介)

◆張本「寂しい」 憧れの存在だった

 張本は福原と同じ仙台市出身。小学3年のときに小学校に福原が訪れ、ロンドン五輪団体で獲得した銀メダルを触らせてもらった。「初めて五輪のメダルを見てすごいな、と思った。重かったです」と振り返った。代表合宿でも優しく接してくれたという。

 福原の引退に関しては「憧れの存在だったので寂しい思いがあります。卓球を知らない人の間でも話題になる人。福原さんのおかげで卓球が有名になったし、僕たちも注目されている」と感謝を込めた。

◆水谷 将来ペアを組みたい

 ともに五輪に出場した男子の水谷隼は福原の引退について「愛ちゃんとは6歳、7歳ぐらいから知り合いで青森山田中高の先輩でもあった。一緒に世界で戦ってきたので寂しい。リオで一緒にメダルを取ることができてうれしかったし、今はお疲れさまと言いたい」と心境を語った。

 そして「自分が引退して年を取ったら一緒に混合ダブルスを組みたい」とペア結成を呼び掛けていた。

◆福原愛 一問一答

 -引退を決めたのはいつごろ

 「5月ぐらいにはじわじわとそういった考えが出てきて、言葉にして誰かに伝えることにものすごく勇気が必要で、すごく時間がかかってしまった」

 -Tリーグの開幕も影響したか

 「私の中では大きかった。やっぱり日本卓球界にとって新しい一歩となるリーグの前に、理事としてお仕事をさせていただく中で、私1人で悩んでいるのは失礼だと思いこのタイミングで発表させていただいた」

 -後輩たちにメッセージ

 「選手として一区切りをつけようと思ったきっかけが、私が選手として卓球界を盛り上げなくても大丈夫だと思えたことが大きかったので、後輩たちには何も心配していないし、持ち前の明るさと元気でこれからの卓球界を引っ張ってほしい」

 -子どもが卓球をやりたいと言ったら

 「本人が選んだ道なら全力で応援するけど、本人にばれないうちは私が卓球選手だったことは内緒にしておきたい。小学生ぐらいになった時に温泉卓球でいきなりスマッシュを打って『なんでお母さんできるの』みたいなことをやりたいから」

 -高校卒業まで6年間を過ごした青森で思い出すことは

 「今でも青森のおいしい物が大好きで取り寄せている。一番多いのはホタテ」

 -カメラの向こうの皆さんへ

 「小さいころから日本中の皆さんに支えて応援していただき、『愛ちゃん、愛ちゃん』と呼んでいただいて私がたくさんのパワーをもらった。皆さんからいただいたパワーで卓球界、スポーツ界に貢献したいので、これからもよろしくお願いします」

 -福原さんにとって卓球とは

 「26年間ずっとラケットを握ってきたことでたくさんの経験ができた。卓球を通じて勉強もできたので、私にとって恩人」

◆報道陣と記念写真

 会見の最後に福原は集まった報道陣に対し「小さいころから本当にお世話になりました。小さいころはカメラマンは肩からカメラが生えていると思っていました。そんな時代から三脚で遊ばせてもらったり、縄跳びや自転車を教えていただきました」とあいさつし思い出を語った。そして「ここにいらっしゃる皆さまと記念に写真を撮りたいです」とサプライズ発言。笑顔でカメラに納まっていた。

<福原愛(ふくはら・あい)> 1988(昭和63)年11月1日生まれ、仙台市出身の29歳。155センチ、48キロ。母・千代さんの影響で3歳9カ月から卓球を始め、5歳時に全日本選手権バンビ(小2以下)の部で優勝。15歳でアテネ五輪に出場後、4大会連続で五輪代表に選ばれロンドン五輪女子団体銀、リオ五輪同銅メダルを獲得。16年9月に台湾の卓球選手、江宏傑と結婚し、17年10月に第1子となる女児を出産した。

 

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