NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「自業自得」の透析患者。どうやって線引きをするつもり?

私の外来に糖尿病コントロールのあまりよくないおっちゃんがいる。しばしば入院を勧めるのだが、多忙を理由にいつも拒否される。病気に理解がない上司でもいるのか、職場を長期間休めないそうなのだ。従業員に急病で突然休まれるよりは予定入院で健康を保ってもらったほうが職場にとってもよいように思うのだが、仕事を休めず無理をする患者さんはけっこういらっしゃる。

おっちゃんは外来でも、診療時間ぎりぎりか、ときには診療時間が終了してから受診したりする。私だけでなく、看護師や検査技師や事務員の方々が残業することになりぶっちゃけたいへん迷惑である。建前では、急病ではない限り時間外受診はお断り、もしくは、次の診療日までの数日分の処方のみということになっている。しかし、おっちゃんにそんな対応をしても、次にいつ来院できるのがわからない。受診のために仕事を早退するのも一苦労なのだ。仕方ないねえ、とか言いながら、通常日数分の処方をすることになる。

おっちゃんを叱れば次から時間を守るようになるならいくらでも叱るけれども、まずそうはならない。というか、叱られるから今日は受診を止めとこうということになるよね。結果として、糖尿病の薬がないまま過ごし、そのうち糖尿病性昏睡に陥って救急車で搬送される。そうなるぐらいなら、「ちょっと遅刻だけど、とにかく受診してくれてありがとう」という態度で接したほうがいい。おっちゃんは「ホンマすんません」と人懐っこい笑顔でいてくれるので、そうは腹は立たない。病院スタッフも、患者さんにはそれぞれ事情があることをよく理解してくれている。おっちゃんは一家四人を養わないといけないのだ。

自己申告によればおっちゃんはきちんと食事療法を行っているはずなのだが、体重と検査結果からは、たぶんそれほど守れていないと思われる。薬もときどき余る。こちらもいろいろ工夫するのであるが、なかなか難しい。ただね、決まった時間に決まった量の食事を摂って、忘れずに薬を飲むって、けっこうたいへんだよ?やってみたことある?期間が決まっているわけじゃないんだよ。糖尿病と診断されたら、そこからずっと、一生、食事療法をしなければならない。「お前やれ」と言われても私はきちんとできる自信がない。

さて、このおっちゃんの糖尿病性腎症が進行し、人工透析が必要になったとしよう。これは「自業自得」であろうか?確かに、入院するなり、節制しきちんと薬を飲むなりすれば、防げたかもしれない。けれども、同じような生活習慣でも糖尿病にならない人はいくらでもいるし、もっと条件の良い職場で働いていれば入院もできたであろう。おっちゃんはことさら自堕落だったのではなく、たまたま運が悪かっただけの普通の人だ。

百歩譲って、おっちゃんの透析が必要になったのが自業自得だったとしよう。そうだとして、透析の費用を公的負担することのどこが問題なのか。だって、透析しないと死ぬんですよ。自業自得だから全額実費負担なんてことになったら、1年や2年は頑張れても、お金は続かない。一家離散になる。確かにおっちゃんは理想的な患者とは言えない。けれども、つい食べ過ぎる、ときどき薬を飲み忘れるというのは、死に値するほど悪いことなのか。ただでさえ、透析は生活の質を落とすというのに、さらに加えて「罰」が必要だろうか。

さて、もちろん今回のエントリーは、2016年9月に「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」といったブログを書いて炎上した長谷川豊氏が、日本維新の会の公認候補として衆院議員選挙に立候補するニュースを受けてのものだ(■長谷川豊氏、衆院選出馬を表明 「殺せ」撤回も「『自業自得』の線引きをするのが政治だ」)。長谷川氏によると『「人工透析を受けている患者のうち、医師の指示を守らない『自業自得の患者』が1〜2割』いるという*1

人工透析患者の誰が自業自得で、誰が自業自得でないか、どうやって判断するというのだろう。私が勧めてもおっちゃんは入院を断り、食事療法もおそらくきちんとできていなかったが、これは「医師の指示を守らない」に相当するのだろうか?もしおっちゃんの職場の労働環境が良好で、入院のための休みが容易に取れたとしたら、糖尿病コントロールはもっと良かったはずである。医療アクセスだけではなく、生活習慣についても同じことが言える。誰もが「毎日、ランニングをし、お金を出して栄養バランスの良い食事を摂る」だけの恵まれた余裕のある生活ができるわけではない。

長谷川氏は「『自業自得』の線引きをするのが政治だ」とおっしゃる。しかし、その前に、誰もが仕事を休んで病院に行けるよう良好な医療アクセスを整備し、運動や良い食事ができる余裕のある生活が可能になることを目指すほうが、より望ましい政治だと私には思われる。日本維新の会の馬場伸幸幹事長は、長谷川氏擁立の理由として「基本的政策でもほぼ一致している」と述べている。日本維新の会はそういう政党である。読者らは選挙の際の参考にして欲しい。


*1:1〜2割の根拠は不明である。そもそも、長谷川氏は炎上したブログでは「8〜9割ほどの患者さんの場合「自業自得」の食生活と生活習慣が原因と言わざるを得ません」という医師の言葉を引用していた。8〜9割がいつのまにか1〜2割になっている

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  • WAAT

    腎臓内科医をやっております。いつも大変興味深くブログを拝見しております。研修医のときNATROM先生のブログに出会い、科学リテラシーを学ばせていただきました。今回のNATROM先生のブログのご見解について一言申し上げたく、コメントいたしました。
    透析患者さんの「自業自得」を判断することが困難であることは全く異論ございません。長谷川豊氏の具体的な対策案は問題点が多く、賛同するものでもない点もはじめに申し上げておきます。
    しかし、以前から長谷川豊氏のブログも面白く読んでいた私としては、NATROM先生や外部リンクされているfujipon先生の見解は核心からずれているのではないかと思うのです。
    長谷川氏が最も言いたかったことは、現在の日本財政を考慮すると、医療保険制度はこの先遠からず維持できなくなる、だから危機感を持ってなんらかの対策をしないといけない、ということです。このままでは、誰かが今より多くの負担を強いられる、または今より低いレベルの医療を受けざるを得なくなる未来が必ず来る。だから、長谷川氏はあのような過激な主張をしたのだと私は解釈しています。そういう危機意識に関しては、長谷川氏の主張にも一理あるのではないかと考えます。政治的には、そういう危機意識に賛同する人が長谷川氏を擁立するのではないでしょうか。
    我々医師が、その危機意識に無頓着であればあるほど、長谷川氏を持ち上げる人々も増えると思います。

  • トントン

    >8〜9割がいつのまにか1〜2割になっている

    もっと前のインタビューでは暴言はいたり看護師の尻を触るモンスター患者に保険が使われるのはおかしいと言ってました。
    最初に言ってた、先天性かどうかで分けるといった話はどこへいったのやら(笑)。

  • 名取宏(なとろむ) (id:NATROM)

    WAATさん、コメントありがとうございました。

    「医療保険制度に危機意識を持っているがゆえに長谷川氏は過激な主張をした。表現は問題があったが一理ぐらいはある」という意見が散見されます。しかし、長谷川氏の主張に一理あるという意見には私は賛同できません。長谷川氏が危機意識を持っていたとしたら、「自業自得の透析患者を殺せ」と主張する前に、糖尿病や腎不全のごく基本的な医学的知識や、医療費抑制のために採られている既存の対策について情報を集めなかったのはなぜでしょうか。

    各所で指摘されていることですが、長谷川氏が基本的な事項すら把握していないことは明らかです。公的保険制度の危機を救いたいと願うのであれば、医学や医療制度について調べてみることからはじめるのではないですか。しかし実際には長谷川氏は一般人のブログからコピーペーストして済ませ、「トリアージ」が何かすらご存知ありませんでした。

    このことは、長谷川氏が本心では公的医療制度のことなどはどうでもよく、注目されることを目的に過激な発言をしてみせた、と考えれば矛盾なく説明ができます。長谷川氏は事実を正確に調べることにコストをかける気はなかったのです。炎上して半年近く経とうかというのに現時点でも努力している気配すら見られないではありませんか。

    長谷川氏の主張には一理もないとしても、医療保険制度に対する危機意識が長谷川氏にうまく利用されてしまうのではないかという指摘には、一理あるどころか、きわめて深刻な事態であることには深く同意します。しかしながら、対策は難しいです。正直、どうすればよいのかはわかりません。

    このエントリーにおいて、自業自得論以外の医療費抑制案についても述べることも検討しました。Choosing Wiselyをはじめとした無駄な医療の削減、「砂糖税」のような不健康な生活習慣を抑制する制度の導入、保険適応の採用におけるQALYを用いた費用対効果分析の利用、健康的な生活習慣に対するインセンティブなどなど。しかしながらそれぞれ一長一短で単純な解決法ではなく、丁寧な説明を要するためにエントリーが長くなると考え割愛いたしました。「そうだそうだ!自業自得の透析患者に払うお金はない!」と考える人は、長い丁寧なエントリーは読まないのです。

    医療費問題について丁寧な議論を行っていく必要はあります。それはそれとして、長谷川豊氏や氏を擁立する政党への批判も合わせて行わなければならないと考えた次第です。「長谷川氏の主張にも一理ある」という主張も、長谷川氏にうまく利用されてしまう点についても留意すべきではないでしょうか。公的医療についての危機感はもちろん共有した上で、長谷川氏の自業自得論は、あまりにも荒唐無稽、論外、一理すらないことを明言いたします。

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