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元格闘家が「#辞書の旅」に出るまで

一日も休むことなく読み続けるワケ

この世で一番割安な本

私は2013年5月29日から毎日、辞書を引くのではなく読んでいる。実は大人になってからは辞書すら持っておらず、ピコピコと携帯で検索するだけ。

そのキッカケは、2013年の本屋大賞も受賞した三浦しをん『舟を編む』だった。内容を一言で表現するならば、「辞書を作る小説」。途方もない苦労と過ぎ去って行った年月、そして溢れる情熱を結集させて一冊の辞書を創り上げた物語。

私は、今までのように辞書を引くだけ、あるいは検索するだけでは、情熱の塊である辞書に対して失礼なのではないかと感じたのだ。

 

というわけでこんにちは。冷静でありたいと願いながらも、「目前の目的・対象に全身全霊を傾け尽くして悔いを感じさせないひたむきさ」を持っている佐藤嘉洋です。

高校生のとき、「レモン」という愛称を持つ国語の先生がいた(由来は
梶井基次郎『檸檬』から)。

「みんな、この世で一番割安な本は何か知っているかい?」

と問いかけられたことがある。「何度も使えるエロ本!」だのなんだのと私たちはふざけて答えていたが、半ば聞き流され、レモンは誇らしげに胸を張って答えた。

「それは辞書だ。ここまで文字の詰まった本は他にない」

写真:著者提供

当時の私は「何を小理屈こねて」とバカにしていた。それから月日が流れ、縁あって『舟を編む』で感銘を受け、私は読了後すぐさま名古屋市の栄にある本屋に、レモンの言葉を思い出しながら駆け込んだ。書店員を見つけ、そして尋ねた。

「すみません、辞書を読みたいんですけど」
「……はい?」

怪訝な表情で私を見つめる店員(実は店長だった)。私は自分の名刺を渡し、かくかくしかじかと事情を説明すると、店長さんが私の熱意に対して前のめりになって話を聞いてくれたのである。

「いやあ、佐藤さんみたいな人がたくさん増えたら、出版業界ももっと浮かばれるようになるんだけどなあ」

そう言って、本棚に並ぶ辞書を唸りながら眺めて選んでくれたのが、新明解国語辞典第7版だったのである。「他にもありますけど、よかったら立ち読みしてもらっていいですよ」と勧められたが、私はかぶりを振った。

「小川店長がこれと言うなら、僕はこれを読みます。ありがとうございます。このご縁に感謝します!」

私は迷うことなく購入した。本のプロが私の思いを聞き、親身になって選んでくれたのだ。素人がプロに助言を求めて導いてもらったのだから、つべこべ言うのは粋じゃない。人を信じるとは、つまりはそういうことでしょう? 

また、これは自分の選択を信じる、ということ。だから、人を信じることは、自分を信じることに繋がる。私の人生を賭けた趣味「#辞書の旅」は、こうして始まったのである。