蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江
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無神経な男と神経質な男

 

ナインズ様の好みはこの女性のような方なのだろうか。

 

レエブン侯爵付きの魔法詠唱者として新しく召し抱えられたナインズ・オウン・ゴール。その従者として任命されたアラン・クローム・ディ・ギーリムは闘技場から連れ出した女性の装備を楽しげに選んでいる仮初の主人を見る。

仮初の主人は王国の六大貴族に召し抱えられるに相応しい力を持っている。その実力は群を抜き、第三位階が使えれば超一流であると言われる魔術師の世界で、かの人類最高の魔法詠唱者である帝国のフールーダ・パラダイン翁に比肩する。事実、今までパラダイン翁しか使えないとされていた第六位階魔法を目の前で行使された時には思わず子供のように興奮してしまった。あの時抱いた憧れや尊敬やらのせいで、その後どれだけダメな部分を見せられても嫌いにはなれない。

そう、今まさにそのダメな部分を見せられてもいるとしても呆れはすれど軽蔑できない。

 

場所は帝都にある冒険者御用達という評判の武具店。

そう、武具店だ。貴族は絶対に近寄らないその店で、如何にも貴族と言った男が、訳ありそうな女性に服やら軽鎧やらを鑑定しながら着せ替えている。その貴族風の男がアランの主人で、訳ありそうな女性がつい先ほど闘技場から連れてきた訳ありの貴族令嬢で無ければ、アランはここまで頭を悩ませる必要は無かった。いや、そもそも自分のアドバイスが原因なのだろうか。

 

そも、貴族は家に商人の方が品物を持ってくるので店に立ち寄るという感覚が無い。高級な服飾店だったら、愛人を連れたお忍びの貴族が行くこともあるだろうが、逆にいうとそうでも無い限りは縁がないのだ。そういうこともあり、ここは娼館の特殊プレイ用の店じゃあないんだぞという店主の視線が痛い。違うんです店主殿、これは冒険者風の装備をつけた女性に不埒な事をする為の買物ではないのです。

流石に正面きってそう話す訳にもいかず、店主の視線を無視する事しかできない。

世間知らずの主人の事だ、そういった貴族の習慣だけではなく、冒険者が政治利用されない為に貴族と距離をとっている事も知らないのだろう。

不用意な接触を持たない様にと、店を遠巻きにする冒険者が何組もある。チラリと店の中を覗いては、こちらが出てくるのを待っている。

そんな本来の客を寄り付かせないこれは、立派な営業妨害だろう。

 

「あとは──。いや、とりあえずはこれでいいだろう。剣も三種類、これとそちらのとあの壁掛けの物をもらおう」

 

ようやく普段着に耐えるデザインで、ナインズのお眼鏡に叶った服を選び終えたようだ。ほっとする主人を横目に、ついでにと武器まで選んでいる。

代金を支払い荷物を受け取る時の店主の同情的な目。きっと店主は非常識な主人を持つ気苦労の絶えない従者だとでも思ったのだろう。その目にプライドを刺激されるがやり過ごし、主人と女性の待つ馬車へ乗り込む。

本来ならば御者台に乗るべきなのだろうが、女性と二人きりを嫌った主人に共に居るようにと言われている。先程まで店でアレコレと服を選んでいたとは思えない程のぎこちない空気が流れている。

 

「この後は宝石店の予定ですが、レイナース様もいらっしゃる事ですし変更されますか?」

「そうだな。帝都の品の質があまり良くなかったからこのまま帰ろう。えーと、で、レイナースさんにはこれから少しだけ実験に付き合って頂きたいので、もう少しお時間頂きます」

 

闘技場のドタバタで忘れかけていたが、今日の午後の予定は宝飾店の散策だった。しかし、人数も増えた事だし予定の変更があるかと聞いてみると、そもそも満足できる物がないようだとの答えが帰ってきた。そういえば主人が先程の武具店でいくつかの装飾品を見ていた事を思い出す。冒険者用という事で勿論単純に身を飾るものとしては地味だが、おそらくこの主人の言う質が良くないとはそう言ったデザイン面では無く、込められている効果なのだろう。

魔術師の教育を受けたものの端くれとしてアランも魔法の込められた品かどうか位の目利きはできる。値段にしてはそこそこ良い効果のものもあったはずだが、この主人のお眼鏡にはかなわなかったのだろう。

 

「実験の内容をお聴きしても?」

「なぜ今日貴女の身につけた装備品が壊れたのかの原因を探るだけですからそんなに構えないでください」

「……それは理由に心当たりがあるという事ですの?」

「まあ、そうなります」

 

主人の首肯に女性は驚く。勿論アランもだ。

 

「言っておきますが、私、物を壊すような異能は持っておりません。それでも心当たりがあると?」

「ええ、貴女の受けた呪いに関係する事柄です。……私の故郷には強さを求める為にわざとモンスターの呪いにかかる者が居ました。その者達が持つ能力の一つが、低位のアイテムを壊してしまうというものなのです」

「それは……!」

「心当たりがありますよね。しかし、おかしい部分がありまして。その職業を取る為には前提となる強さがあるんですが、失礼ですがレイナースさんはとてもその強さに達しているとは言えません。なので、本当にその職業なのか確認する為の実験に付き合って頂きたいのです」

 

ナインズの冷静な反応に女性も神妙な顔をして頷く。

レエブン侯の借りている邸宅の中庭で、三人は日が傾くまでナインズの実験に付き合った。

 

 

 

 

はあ。

 

まだ日は高いというのに薄暗い室内。

採光用の小さな窓以外は本棚に囲まれた暗い部屋だ。その部屋の中で魔法の光を灯す事なく、部屋の主人であるエリアス・ブラント・デイル・レエブンは何度目かになるため息をついた。

 

思い返せばこの三ヶ月程は慌ただしかった。

王位簒奪を夢見るエリアスはその野望を叶える為に様々な手段を尽くしてきた。

自領の民には豊かな生活をおくれる様に手を尽くしながら、王国全土から優秀な人材を集め、育成した。結婚も相手の家を厳選に厳選を重ねて選んだ。領地運営、そしてゆくゆくは国を回す為の文民の育成は成功したと言える。それと同時に、そもそも王位を簒奪する為の直接的な武力を求めた。

ボウロロープ侯の様に長く育成した騎士団はレエブン家には無い。

その為、自分が生きている間の短期間で相応の武力を手に入れる為には既に優秀な者を雇い入れるしかない。

幸い王国の冒険者は粒ぞろいだ。流石にアダマンタイト級の冒険者は冒険者ギルドの意向もあり引退後も雇い入れはできない。しかし、その下のミスリルやオリハルコン級は狙い目だ。

多くの依頼で厳選し、選別し、やっと引退後に力になっても良いと言ってくれる者たちに出会えた。

自分の野望が、夢が近づいているという確かな手応えに、力が入る。もうすぐ父から侯爵家を受け継ぐ当時のエリアスには、未来への希望が溢れていた。

 

それがひっくり返ったのが八本指が行ったエリアスの暗殺未遂だった。人類圏に広くその手を伸ばす裏組織八本指。名だたる貴族に献金や、逆に賄賂を受け取り甘い汁を吸っていた彼らを毛嫌いしたエリアスの父。その父を見せしめに殺した後、脅しも兼ねた魔の手はエリアス自身にまで及んだ。

それは領主就任前の最後の仕事、領地の視察の帰り道だった。馬車で移動している途中、イジャニーヤに扮した野盗達に襲われたのだ。幸い、護衛として連れていたオリハルコン級冒険者のロックマイヤーの機転で撃退し、街までを歩いて帰ろうとしていた時だった。

森から大量のモンスターが二人を巻き込む形で飛び出してきたのだ。

高位の冒険者であるロックマイヤーだけならばなんとか窮地を脱する事が出来たのだろうが、大した戦闘経験があるわけでもないエリアスを守りながらでは厳しい。目の前に迫るモンスター達に死を覚悟した時、彼にあったのだ。

 

夜の闇から滲み出た様な黒いローブ。顔を趣味の悪い仮面で隠した魔法詠唱者は、降り注ぐ雨の様に大量の<魔法の矢>を使ってモンスター達を殺し尽くした。それだけでは無く、賊に占拠された街を奪還する手伝いまでしてくれた。

見たことも聞いたことも無い最高位の魔法詠唱者。

彼は遠い国から気がついたらここに居たと困っていた。

だからエリアスはそれにつけ込んだ。帝国が周辺国から一目置かれているのは、歴代の皇帝に仕えている英雄級の魔法詠唱者、フールーダ・パラダインがいるからだ。ならばこれから王国を手に入れる自分の側にも、それに匹敵する力の持ち主を置くことは十分以上に意義がある。ならばなんとか引き止め、引き入れなければ。

外堀を埋める様に叔父に相手をさせ友人とし、一方でロックマイヤー達にはどこかの紐がついていないか調べさせた。ここまできて、実は八本指の手の者だったなんてオチはいただけない。

 

ところがある日、護衛兼見張りにつけていたロックマイヤーからもたらされた知らせはひどく頭の痛いものだった。

エ・レエブルの散策中、立ち寄った武具店で突然逃げ出すように姿をくらましたというのだ。

大規模な捜索隊を編成する準備を進めていた中でふらりと戻ってきた彼は自らの秘密をエリアスの叔父、イエレミアスに打ち明けたのだ。

 

即ち──バケモノの様に強い魔法詠唱者は、文字通りバケモノだったのだ。

その骸骨の顔を見た時に叫び声をあげなかった自分を今でも讃えたい。一度受け入れることにした人材、種族が予想外すぎたが、今更手放すには惜しい。結局叔父の進言もあって本格的に受け入れた。

正直、領主就任の準備も重なったあの十日程の記憶はほとんど無いが、気がついたら超級の魔法詠唱者は家臣になっていた。名前をモモンガからナインズ・オウン・ゴールと改めた彼は第十位階という常人には理解できないレベルの魔法を使う人外で、しばらくはその出生やらを誤魔化す為の準備に奔走させられた。

 

問題は山積み。

未来は不透明。

踏み出してはいけない一歩だったのでは無いかと不安に思いながら、なんとかこの二ヶ月半をやってきた。

今頃八本指の相手をしているだろう叔父は上手くやっているだろうか。念のためにロックマイヤー達オリハルコン冒険者をつけているので大事にはなっていない事は予想できる。本当に万が一のあった場合は、すぐさまナインズと連絡が取れるようにしている。ナインズが相手ならば、例え八本指最強の六腕が出てきても負ける事はない。

そんな遠い故郷の事を考えてしまうのは、今、もっとも頭が痛い問題がエリアスの机の上に乗っているためだ。

 

それは帝国皇帝から招待状。

皇帝主催の夜会に、レエブン侯爵とその家臣であるナインズを招待するという内容が書かれているものだ。この国に当初きた目的を果たすには絶好の機会。しかし、送り主の事を少しでも知っている者からすればそれは厄介極まりない挑戦状と言えた。

 

「いや、王国を乗っ取るのならばいずれ対峙せねばならない相手だ。それが遅いか早いかだけだ」

 

自分にそう言い聞かせ、返信用の紙にペンを走らせる。

ペン先が紙を擦る音をたてながら、若き皇帝の挑戦を受けてたつエリアス。

 

彼の耳に中庭の剣戟の音は聞こえなかった。

 

 

 

 

「いやぁ、中々興味深かったです。お付き合いいただきありがとうございます」

 

そうご機嫌な声を出すのは目の前の仮面の魔法詠唱者。砕け散った鎧や武器、アクセサリーなどを手に、何かを納得する様に頷いている。

レイナースがこのナインズの誘いにのってこの館に来ておよそ二時間。ヘトヘトになるまでナインズが召喚したゴブリンと戦い、その間にナインズに買い与えられた剣を全て壊し、今はナインズの私物だというとんでもない業物を握らされている。

貴族であるレイナースも見たことのないそれは、一国の国宝だと言われても納得するほどの力がこもっている。

そんな者を特に親しくも無い者にポンと貸せるなど、この男はとんでもない大人物なのだろう。むしろ、王国国王の庶子では無いのだろうかという疑問が湧くほどだ。

 

「いえ、私の方こそ折角買っていただいた装備を壊してしまい申し訳ありませんわ」

「いいんですいいんです。壊れるだろうとは思っていたんですから。それにしても……。本当にレイナースさんはカースドナイトの職業を持っているとは驚きです。前提条件を無視できるなんて」

 

武器だけで無くボロボロになった鎧もナインズから借り受けている。もし今鎧を返せと言われてしまうと、下着でこの屋敷をでなければならない。元から身につけていたドレスも有るが、いくら治安の良い帝都とは言え露出の多い格好なので商売女と間違われてしまうだろう。もっとも、邪な気持ちで声をかけてきた相手はレイナースの顔をみて逃げ出すだろうが。

 

「あの、ゴール様。もうそろそろお暇したいのですが」

 

夏が終わった帝都では日々夜の時間が長くなっている。既に空の色は夕暮れに近づき、空気が冷たい。今日は一段と冷えそうだ。

 

「ああ、これはすみません。そうですね、夕方までというお約束でしたし、それでは外までお送りしましょう」

 

従者に目配せしたナインズ。従者の方はきちんとナインズの意を汲んでレイナースの手を引いてエスコートしてくれる。この顔になってからは誰もしてくれなかった女性扱いに、鬱々と沈んでいた心がほんの少し軽くなる。

 

「少しお待ちになってくださいませ。ゴール様、私が今身につけているものはどうすればよろしいでしょうか? この剣も。買い与えて頂いたものは全て壊してしまいましたもの、これはゴール様の大切な財産でしょう?」

「いえ、まあ、そうなのですが。実はレイナースさんには明日も実験に付き合って頂きたいんです。報酬の前払いという事で受け取ってはもらえませんか?」

「明日もですか……」

「ええ。呪いを解いたらカースドナイトの職業がどうなるのかが気になっておりまして。レイナースさんさえよろしければ、解呪できるか試させて貰えないかと」

 

その言葉に顔を跳ね上げ目を見開きナインズに摑みかかるレイナース。

 

「ほ、本当にこの呪いが解けるというのですか!?」

 

必死の形相にギラつく目。あまりの勢いに従者であるアランの対応が遅れる。

ナインズの襟首を締め上げるように持つレイナースに、力ではとても勝てないアランはナインズと二人掛かりで言葉による説得を試みる。

今すぐでも構わないと息巻く彼女をなんとかなだめ、泊まらせてくれと言う彼女を落ち着かせ、最終的に信仰系魔法詠唱者のつてが無いと無理だとなんとか説得して馬車に誘導した。後はレイナースが自分で宿に案内するだろう。

 

 

「息が詰まるかと思った。レイナースさんはお淑やかな女性だと思っていたから咄嗟に対応できなかった……」

「コンプレックスを持った女性に無闇に希望を与えるからですよ。ところでナインズ様、神官にどなたかお知り合いでもいらっしゃるのですか?」

「ん? それはどう言う事だ」

「だって奇跡には相応の喜捨が必要ではないですか。それにそんな聞いたこともない魔法を使える神官、一体どの位お布施すれば良いのか検討もつかないですよ」

「はははは! 確かにこの国の神官では使えるものがいるかわからないな。だがここに巻物がある。巻物だったら術者が扱えなくても効果はでるからな。だから適当な神官を捕まえて……いや、むしろレイナースさん自身に使って貰うのが早いか? カースドナイトのクラスだったら信仰系の職業を最低でも一つはとっているはずだし」

 

手を仮面のあごあたりにあて考えているナインズにアランは頭が痛くなる。

 

「それは絶対にレイナース様に伝えないでくださいね。あれだけ必死なのですからその場でできたと知れたら末代まで祟られますよ」

「カースドナイトの呪詛は良く効きそうだな。まあ大丈夫だろう。異常状態に対する耐性はほぼ完全に獲得している。それにレベル差──実力差もあるからほぼレジストできるさ」

 

ナインズの手袋に包まれた手で肩を叩かれる。

最初の頃に比べると、随分とスキンシップが多くなってきた。これが彼なりの信頼や信用の表し方なのだろう。貴族的ではないが、悪い気はしない。

たまによくわからない事を言うこの仮面の魔法詠唱者は屋敷の中へと歩を進める。夕飯は今日も自室でとるのだろうが、その前に一日の活動をレエブン侯へ報告するのだ。

屋敷内から漂う夕飯の匂いに、お腹が空く。

ナインズを導くように食堂の扉を開けた。

 

 

 







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